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第6話 余りもののクロッカン


 世間ではバレンタインも豆まきも恵方巻きイベントも終わっていたらしい。


 しばらく仕事に集中していたら、世間の賑やかなイベントはすっかり忘れていた。


 結婚していた頃は、元夫にバレンタインデーにチョコレートをプレゼントなんかしていたものだが、今は全くそんな事が出来る気配がない。


 チョコレートは、自分へのプレゼントとして買ってもいいが、特に理由もないのに自分へのプレゼントをする意味もわからない。


 豆まきも恵方巻きも、特にする意味が見出せず、いつものように時が過ぎてしまった。


 あの真白さんのフードトラックだが、相変わらずネット上での情報が乏しかった。一応仕事のペンネームのSNSで、彼のフードトラックの感想などを書いた事もあるが、今のところは新たな情報は得られていない。


 ただ、1月はスーパーの駐車場で長らく営業していたし、おそらく2月は書店の駐車場で営業している確率が高いだろう。


 こうして滅多に会えないというレア感が、真白さんのフードトラックに執着心を高めているのかもしれない。


 それにあのお菓子の数々はどれも美味しかったし、また食べたいと思ってしまう。


 そんな事を考えながら仕事をしていたら、あまり良くない知らせが届いていた。


 一つは妹からだった。姪のメグミが反抗期&登校拒否で困っているというものだった。メグミはまだ小学生だったが、けっこう生意気なタイプだ。妹の性格とは似ておらず、自分の方が気が合うところはあった。メグミは私のところに遊びに行きたいと駄々をこねているようで、こちらも頭を抱えた。


 別にメグミが嫌だというわけではなく、今抱えている仕事の事を考えると、無理矢理時間を作るしかなさそうだ。徹夜になるかもしれないが、妹やメグミの為だ。仕方ない。妹には「いつでも遊びに来ていいよ」と返事をし、当面の仕事をバリバリ片付ける事になった。


 二つ目の悪い知らせは、企画の結果だった。ボツだった。それは仕方ないのだが、同じレーベルの大御所先生のネタと被っていたらしい。実践の乏しい私のネタは、問答無用でボツになったという事か。まあ、よくある事だが、普通のボツとは違う気分になる。やっぱり心はザワザワしてしまった。


 何より他人と同じようなネタしか浮かばないのも、自信をなくす。担当編集者の方は、新たに企画を送ってもいいと言っていたのは救いではあるが。


 こんな時は、本屋に行って普段読まない本を見て刺激を貰うのが良いだろう。やっぱり自分の中での引き出しは、狭い自覚はある。以前アイデアが詰まった時に読んだ電子書籍にも、本屋に行って普段読まない本を見るというアドバイスがあった事も思い出した。それに本屋に行けば真白さんのフードトラックに出会えるかもしれないという気持ちもゼロではなかった。


 という事で、身支度を整えて外に出た。2月中旬過ぎたとはいえ、まだまだ寒かった。マフラー、手袋、帽子をかぶって正解だった。


 空はよく晴れ、田舎の畑だらけの道を歩いているだけでもちょっと気分が晴れてきた。


 今日は平日なので、近所のクソガキも学校に行っている事だろう。クソガキともすれ違わず平和そのものだ。


 町の北側にある書店につくと、駐車場のすみにミントグリーンのフードトラックが見えた。思わず心の中でガッツポーズをとる。やっぱり2月中はここで営業しているようだった。


 フードトラックで今日は何のお菓子を売っているのか気になるところだが、まずは書店に行こう。


 田舎の書店とはいえチェーン店なので、そこそこ品揃えは良い。メディア化作品や人気漫画コーヒーに迎えられると、新刊コーナーをチェックしたり、普段読まないような主婦向けの料理の本を見てみた。今は共働きの家庭が多いのか、時短た手間抜きといったタイトルの料理本も目立つ。この辺にも何かヒントがありそうで、料理本を買ってみる事にした。


 文芸コーナーに行くと、やっぱり自分の本は無さそうだった。同じレーベルでも人気作家や大御所作家の本はいっぱいあり、胃がキリキリしてきそうだが、やっぱり華やかなエンタメな表紙や帯を見ているだけでも、ちょっと楽しくなってくる事は事実だった。


 また書店は文房具や駄菓子などの本以外の商品も力を入れて売り場を割いているようだった。やっぱり出版不況もじわじわと感じてしまい、再び胃が痛くなってくる。自分一人の力では特に何も変わらない事はわかってはいるが……。


 レジで会計をすませると、真白さんのフードトラックの方へ直行した。平日の昼間という事で、他に客はいないようだ。


 フードトラックの前にある黒板上の看板を見ると、イチゴ祭りのようだった。そういえばこの町は、イチゴの農家もあり一応名産物という事になっている事を思い出した。特にイチゴの一口ロールケーキに心を惹かれる。カップに入っていて、いかにも食べ歩きが出来る仕様のようだ。帰り道に無性に食べたくなってしまった。


「お客さんじゃないですか」

「こんにちは。今日は本屋に用があったんです」


 なぜか言い訳じみた感じになってしまった。


「確か作家さんだったよね。大変だよね。ここの店員さんとも話したけど、今は本が売れないって」

「そうでね。本の利益率も低くて、万引きされると大変だとか」


 うっかり暗い話題になってしまった。こんな事を真白さんにしても特に意味は無いだろう。私はイチゴの一口ロールケーキとブラックコーヒーを注文した。


「このイチゴロールケーキは人気なんだよね。ロールケーキのクリームが美味しんだ。自画自賛しちゃうけど」

「はは」


 真白さんの冗談で、この場が少し和んだ。フードトラックのカンター越しではあるが、ちょっと仲良くなった感じもしてくるから不思議なものだ。


「だから材料の卵白がいっぱい余って、クロッカンを作ったよ。どう? クロッカンも買う?このカウンターにあるのなんだけど」


 真白さんはまカウンターにある小袋を見せた。クロッカンというが、マカロンのような生地のクッキーで、表面にはナッツ類がトッピングされていて見た目も華やかだ。ついついこれも購入してみる事にした。


「余った卵白で作ったの? 全然そんな風に見えないよ」

「でしょう。神様からの食材という恵みは、余すところ何てないんだよ。こうして工夫して美味しいクロッカンを作ってみました」


 ちょっとドヤ顔で語る真白さんを見ていると、本当のそんな風には見えなかった。


 家に帰ってこの卵白で作ったクロッカンを食べてみた。サクサクの食感で後をひく。コーヒーともあい、あっという間に完食してしまった。みしろ、メインの一口イチゴロールケーキより美味しかった気もする。


 クロッカンと検索するとレシピが出てきたが、意外と簡単に作れるようだった。卵白が余った時は作ってみようとすら思ってしまった。


 確かに余す材料はないのかもしれない。


 企画が没になったり、出版不況の現実は胃が痛くなってくるが、環境や人のせいばかりにするのは良くない。


 こんな状況でも何か活かせるものもあるかもしれない。


「よし、美味しいもの食べたし、仕事しよう」


 甘いものを食べてお腹いっぱいになった私は、ニコニコ顔で仕事に戻った。

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