番外編短編・異世界のごはん
春になった。私と真白さんは、結婚準備をすすめており、今年の秋頃式をあげる予定だった。本当は式をあげる予定はなかったが、牧師の香織さんの強いすすめにより、あの教会で式をあげる事になった。
一方仕事も順調だった。新しく企画も通り、異世界もののライトノベルを執筆中だった。ご飯が不味い異世界に転移したヒロインが、日本食を広めていくというストーリー。
原稿はほぼできていたので、真白さんにゲラを読んでもらったら、なぜか怒られた。
「雪乃、何で異世界のご飯をこんな悪く書いてるの? っていうかこの異世界ってイギリスがモデルだよね。英国カフェをやっていた僕としては、許せない描写だね」
昼下がりで他にフードトラックの客がいない事を良い事の、真白さんはイギリスのお菓子や料理がいかに美味しいか力説。店の売り物であるイングリッシュマフィンも取り出し、「これが不味いと言えますかー!?」とぷんぷん怒っていた。
やっぱり真白さんはお菓子や料理の事になると、こだわりを発揮するようだ。
確かに真白さんから手渡されたイングリッシュマフィンは、ハムやソーセージとピッタリあい、美味しかったが。
「でも、これはそういうお約束なのよ。もう編集部からも許可出てるし、今更変えられないのよね」
「そっかー。でも次書くときは、イギリスをモデルに異世界の料理書くのはやめてね!」
やっぱりこだわり深いようだ。まあ、そんな所も真白さんらしくて良いのだが。
「でも不味い料理なんて思い浮かばないの」
私は真白さんと付き合いはじめてから、ほとんど三食作って貰っていた。お陰で不味い料理のイメージが全くできない。
「昆虫食にしたら?」
「え、昆虫食?」
「ネットで見たら、コオロギやバッタを食べるのは流行ってるらしいね。キモいね。彩りも最悪だし、僕たち料理人に喧嘩売ってるとしか思えないよ」
確かにネットで調べりと昆虫食が密かなブームらしい。環境保護の観点から流行っているそうだが、さすがにこれは……。
「なんか、昆虫食調べてたら気持ち悪くなってきた。ティラミスラテ作ってくれる? 心理的に口直ししたーい」
「オッケー。でも異世界の不味い料理は、昆虫食でいいよね」
確かに真白さんの言う通りかもしれない。誰がどう見ても一発で不味い料理と描写しやすいではないか。
「ありがとう。やっぱり、真白さんと居ると作品のアイデアが浮かぶみたい」
「どういたしまして!」
真白さんはニコニコ笑っていた。
カウンター越しだったが、もう彼はマスクをしていないので、こんな笑顔を見られる。私はとても嬉しくなってしまった。