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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第5話 布教カステラ

 

 2月に入った。


 寒さは厳しいが、仕事上引きこもっているので大して苦では無い。


 あれから、作家業の方はどうにか企画を思いつき提出できた。クマとリスが経営するベーカリーが舞台の大人の童話といった雰囲気の物語だ。


 まだ企画が通るかどうかはわからないが、とりあえず提出できてホッとしてたところだ。


 今はゲームのノベライズに取り掛かっている。原作のゲームがなかなか面白く、仕事と忘れてやっている面もある。


 こうして最近の仕事は順調だった。その分、忙しくなり、世間がバレンタイン、豆まき、恵方巻きとイベントづくしのスケジュールだった事も忘れていた。まさに引きこもりである。


 なので、あの真白さんのフードトラックに通えずにもいた。


 ネットであのフードトラックを検索してみたが、相変わらず情報はほとんど出てこない。


 おそらくあのフードトラックは田舎を中心に営業しているからだろう。


 都会だったらネットに慣れた若者がSNSに投稿して広まるのだが、この辺りは高齢者が多い。ネットに不慣れな人も多いのか、携帯ショップではスマートフォンの勉強会が大盛況らしい。


 やっぱりネットであのフードトラックの情報を得るのは難しそうだし、営業の日自体も不明だった。


 あれからスーパーに行ったが、フードトラックの姿はなかった。


 店員に問い合わせると、かなり気のままに営業しているようで、次にいつ営業するかは不明だという。まあ、店員が田舎だからこんなもんだと笑っていたが。


「他に何かご存知ないですか?」


 私は仕事で取材をしていると嘘をつき、スーパーの店員に詳しく聞いていた。


「あの店員さんは、菓野真白さんって言ったかね」


 60歳ぐらいの気のいいスーパーの女性店員は、ペチャクチャと話し始めた。


「菓野なんて名前は、まさにお菓子屋さんみたいな名前だねーって印象に残ってたんだ」

「そうですか」


 あの店員の名前は、やっぱり真白さんだったという事か。あのケーキについていたメッセカードを思うと罪悪感を刺激されたが、今は忘れておこう。


「他に何か知りません?」

「そうねぇ。次はこの町の本屋の駐車場で営業するとか言ってな」

「本当ですか? ありがとうございます。さっそく行ってみます」


 思わぬ良い情報を得られて、心の中でガッツポーズをしてしまった。


 営業時間や場所がわからないフードトラックを探すというのは、骨が折れる作業だが、それも悪く無い気もした。


 それだけ特別感がある。便利なのも良い事だが、苦労して得たものは、より美味しく感じられるだろう。


 という事でスーパーの店員の情報を元に、この土地にある本屋に向かった。


 この本屋は、町の北側にある。市道をまっすぐ歩き、住宅街の中にある。駐車場は広く、ときどき焼き鳥やクレープのフードトラックが出ていた。


 真白さんのフードトラックがある可能性は無いとは言えないが、なかったら書店に行けばいい話だ。今はネットで仕事に使う本を購入する事が多いが、やっぱり作家業もやっている自分としては地元の書店は好きなところだ。まあ、私の本はあまり売れないので、在庫はいつも切れている事は知っているが。


 本屋の駐車場には、あのミントグリーンのフードトラックが見えた。


「やった!」


 レアなモンスターでも発見した気分になり、嬉しい。いつも会えるわけでは無いフードトラックに遭遇するのは、普通の店では味あわわえない喜ぶがあると思う。


 フードトラックの前にある黒板状の看板には、チョコレートフェアと書いてあった。バレンタインデーが近いからだろう。チョコレートクッキー、ミニケーキ、焼きチョコレートマシュマロ、チョコアイス……。メニューを見ているだけで、ワクワクしてくる。


 特に気になったのは、チョコレートのカステラだった。


 カステラというと半分和風のお菓子のイメージだ。それに風邪の時に母がよく買ってきたお菓子でもあり、ノスタルジーな気分になってくる。


 今日はこのカステラにしよう。


「こんにちは。チョコレートのカステラいただけますか?」

「おー、お客さんじゃないですか。嬉しいな。わざわざ来てくれたんですか?」


 その通りだが、スーパーの店員に聞いてまでわざわざ来たとは言い難い。


「実は本を買いにきたんです。仕事に必要だから」

「ライターさんでしたっけ?」

「ええ。なんでも書くんです。小説でもノベライズでも」


 うっかりこんな事を言ってしまった。フードトラックからチョコレートの甘い香りがして、口が軽くなっていたのだろう。


 真白さんはニコニコ顔で、詳細を聞いてきた。マスクで顔は隠れているが、目尻は下がっている。


 こうなったら仕方ないので、作家業でのペンネームも教えた。私はいくつかペンネームを使い分けて仕事をしていた。


「へえ。もしかしてこの本屋にもある?」

「ないですね。私の本は売れませんから」

「そっかー」


 ちょっとガッカリさせてしまったが、仕方ない。


 お金を払いカステラの箱を貰った。他に客がいないのをいい事にちょっと話をしてきた。


「カステラって元々はポルトガルのお菓子なんでよ」

「へー。初耳ね」

「うん。イエスズ会の宣教師達が、布教にカステラを配っていたとか。あ! 僕のカステラを書店の店長に配って、お客さんの本を置いて貰おうよう頼むとか?」

「えー、それは恥ずかしいですよ」


 意外と乗り気になっている真白さんを私は必死で止めた。


「まあ、それぐらいこのカステラは自信作だから、うっかり布教されるかもよ」


 そんな事まで言っていて、かなりの自信作みたいだった。


 こうして家に帰って、カステラを味わった。想像以上にフワフワで、チョコレートの味もしっかりと伝わる。


 いくらでも食べられそうだ。半分和風の刺激の少ないお菓子だと思って舐めていた。


 そうか。


 自信を持つのも大事かもしれない。別に自作の布教なんてしないが、あの真白さんぐらい胸張ってみたくなった。


 その為には自分も良い作品を作らなきゃ。


 何かが刺激された私は、さっそく仕事場のディスクに向かった。

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