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第48話 ミンス・パイの幸運

 クリスマスが過ぎ、真白さんの繁忙期は終わったようだ。正月過ぎまで冬休みで、フードトラックの営業も休みになるが、真白さんはミンス・パイを作っていた。


 このパイはクリスマスの日から12個食べると幸運になるとイギリスで言われているらしい。なぜ12個かは諸説あるらしいがイエス・キリストの12人の弟子のちなんでいるとか。


 ミンス・パイの中身は、ドライフルーツやナッツ、スパイスを煮たもので、パイに近づくと豊かな香りが鼻をくすぐった。星型のパイで見た目も可愛い。



 年末、私と真白さんはこのパイを配り歩くことにした。年末年始のお礼と挨拶、それの失踪もお詫びをこめて。フードトラック自体は閉めているが、移動で利用する事になった。


 まず、家の近くにある公園で勇人くんにあって、ミンス・パイを渡した。


「何このパイ。星形で可愛いじゃん。それにいい匂いもする」


 クソガキだった勇人くんだが、ミンス・パイを目の前にしてすっかり機嫌がよくなっていた。


「っていうか、真白さん。11月は何やってたの? もう失踪なんてしないでよ。美味しいお菓子食べられなくなっちゃうじゃん!」


 勇人くんにそう言われた真白さんは、目涙を浮かべて喜んでいた。


 その次はスーパーや書店に出向き、ミンス・パイを配った。


 どこに行っても真白さんは愛されているようで、「もう失踪するんじゃないよ!」「お菓子食べられなくなるのは嫌だよ」「正月も営業して欲しい」と歓迎されていた。


 これには真白さんも感激し、もう2度と失踪なんてしないと約束していた。


 しかし、真白さんには隠れファンもいたのか、私が彼女というと、ちょっと睨まれたりしてしまった。康恵さんが気が強い態度だったのもわかる気がする。


「次は童話公園行こう」

「ええ。圭子さんや晶子さんもいるといいけどね」


 童話公園では、年末のせいなのかあまり人はいなかったが、常連客だったお爺さんと晶子さんには会えた。ママ友だった晶子さんだが、相変わらず家事が忙しそうで、ミンス・パイをあげると喜んでいた。


「わぁ、甘いものは助かるわ。っていうか、二人とも付き合ってるの? 雪乃さん、年下のイケメンをよく捕まえられたわね」


 晶子さんのあけすけな言い方に、私達は顔を見合わせて苦笑してしまった。常連客のお爺さんもミンス・パイをとても喜び、「もう失踪なんてするんじゃないよ」としばらく説教されていた。子供のようにシュンと反省している真白さんを見て、私と晶子さんは声をあげて笑ってしまった。


「もうお昼だね。次はどこ行く?」

「次はシンさんのカレー屋さんでお昼食べない?」

「いいね! グッドタイミングだ」


 という事で、私達は隣り町の商店街に出向き、シンさんのインドカレー屋に向かった。


 真白さんとは、春祭りで仲良くなりアイスのレシピを教えた人物だ。日に焼けた若いインド人だったが、店内に真白さんが入ると、笑顔で歓迎していた。


「こら、真白ちゃん! だめだよ、勝手に失踪したら」


 日本語のペラペラのシンさんは、大声で説教していた。再び真白さんはしゅんと反省していたが、カレーとナンをサービスしてくれた。


 二人でカレーとナンを楽しみ、ミンス・パイを渡し、次にむかった。そう言えば真白さんとこうして外食したのは初めてだったが、二人でよくお菓子も食べていたから、全く違和感がなかった。本当はもっと女性らしく残してみたりしてみたかったが、シンさんのカレーが美味しくてうっかりと完食してしまった。そんな私を見て、真白さんは満足そうに頷いていた。


 次は、運動公園にむかった。ちょっとカレーも食べ過ぎてしまったので、運動公園で少し散歩がてら、ミンス・パイを配る事になった。


「あーら、真白さんじゃない!」


 運動公園ではジャージ姿の圭子さんもいた。何でも年末年始で太りそうなので、運動しているらしい。


「ようやく戻ってきたのね。え、あんた達付き合ってるの?」


 圭子さんは目を輝かせ、私たちの馴れ初めを聞いてきた。ゲスい勘ぐりもあり、本当におばさんパワーを発揮している。


「ちょ、圭子さーん。恥ずかしいですよ。ミンス・パイあげるから、運動に集中してください」


 珍しく真白さんも真っ赤になり、圭子さんにミンス・パイをあげていた。


 そこに、少し小太りの男性に声をかけられた。誰だかすっかり忘れていたが、以前運動公園でクレームをつけてた男性だった。真白さんの糖質オフスイーツのおかげか、前会った時よりもほっそりしていて、すぐに誰か気づかなかった。


「俺がクレームつけちゃったからな。ごめんよ。もう失踪とかしないでくれ」


 おじさんが、そう言い残すとダッシュで逃げて行った。


「あの、おじさん、意外といいところあるじゃない」


 圭子さんは関心していたが、真白さんは呆気にとられていた。


「きっと糖質オフスイーツを食べて反省したんでしょうね。真白さん、もうあんなクレーマーを気にしなくていいよ」


 私がそう言うと、納得したように深く頷いていた。


「そうだね。僕は気にしすぎだったかな」

「そうよ。もっと図太くいきましょう!」


 圭子さんは真白さんの肩をバシバシ叩いて、励ましていた。おばさん全開の励まし方だったが、もう彼は失踪する事はないだろうと思った。


「そうだ、真白さん。姪のメグミから手紙を来たのを忘れてたわ」


 私はカバンからメグミから届いた手紙を見せた。真白さんの似顔絵とケーキの絵も同封されていた。


「あぁ、メグミちゃんも僕の菓子がこんなに好きだったのか……」


 再び真白さんは泣きそうだった。


「そうだよ、真白さん。あなたは愛されてるよ。牧師さんは、お菓子作りの才能は神様からのものだろうとも言ってたよ。うん、あなたは愛されてるよ」


 私も少し泣きそうになりながら真白さんに伝えた。


「そうよ。客商売は大変でしょうけど、あなたは愛されてるよ。SNSのアンチなんて無視よ、無視」


 圭子さんも再び、真白さんの肩を叩きながら言う。


「ちょっと、圭子さん。肩痛いですよー。でも、僕はようやく大事な事に気づけたみたいだ」


 真白さんの頬に、一粒涙が溢れていた。


「これも全部雪乃さんのおかげだよ。ありがとう!」

「え、きゃー!」


 私は真白さんにキツく抱きしめられていた。お互いダウンジャケットを着ているので、おしくらまんじゅうみたくて、色っぽさは皆無だったが。


「恥ずかしいよ、真白さん。圭子さんが見てるって!」

「いいじゃん。僕は今、とっても嬉しいんだよ」


 前に宣戦布告した通り、真白さんの愛は重いようだった。


「なんか二人とも面白いカップルじゃない」


 圭子さんはニヤニヤ笑っているので、余計に恥ずかしい。


 もうすぐ年が明けるだろう。


 来年は、いつもと全く違う年になりそうな予感がしていた。


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