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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第47話 教会のクリスマスクッキー

 シュトーレンを食べながらの仕事は、ヤル気になってしまい、前倒しで半分以上終わらせてしまった。仕事の進捗を窪田さんに報告すると「恋の力じゃないですか。ここで恋愛ものも書きましょうよ」と提案されてしまうぐらいだった。


 恋愛ものは今までにあんまり書いた事はなかった。というのも結婚に失敗した女のラブストーリーなんて誰が読むんだと避けている所もあった。今は恋愛ものを作っても良い気分だった。さっそくアイデアになりそうなものをメモしたり、ラブストーリーの映画も見てみた。クリスマス直前という事で、映画配信サイトでは恋愛ものの映画が多く特集されていた。


 まあ、真白さんはこういったイベントごとにじゃ興味はなさそうだ。クリスマスも教会で過ごすという。私はそれに付き合う形になったが、意外と不満はない。洋画を見ると、案外クリスマスは静かに過ごしているものも多い。商業ベースに乗せられているのは、どうなのだろうと思うほどだった。


 そんなクリスマスもあと数日という時、私はあの教会に出向いた。真白さんにクッキー作りを手伝うように言われていたし、一度行ってみたくはあった。


 教会の牧師夫婦には、やたらと感激されてしまった。


「あのまーくんの彼女さん!? 嬉しいわぁ元カノのモデルはいけ好かないヤツだったからね」


 特に牧師夫人の香織さんは、言いたい放題だった。何か清い感じの人をイメージしていたが、その逆だとで明るくエネルギッシュな人だった。もう65歳とも言っていたが、若くみえた。漫画やアニメと違い、牧師さんは普通のワンピースにカーディガンという格好だった。


「もう、牧師さーん。康恵の悪口はやめてよ。もう関係ないんだからさ」


 真白さんも香織さんのエネルギーに引きながらも、笑っていた。本当に親子みたかった。いつもと違って素の真白さんが見られて、私の心臓はドキドキしぱなしだった。


「じゃあ、雪乃さん。さっそくクッキー詰めを手伝ってもらおうかな。まーくんは、子供達の世話ね? オッケー?」


 香織さんはサクサクと役割を決めた。私は香織さんとクリスマスクッキーの袋づめ、真白さんは教会に遊びにきている子供の世話をする事になった。


 教会の裏手にある牧師館というところに案内された。一見、普通の民家だが、聖書に言葉が書かれたポスターやイスラエルあたりの地図が飾られていたりしていて、普通とは違う雰囲気があった。何よりリビングには立派なクリスマスツリーがある。


 そこで、出来上がったクリスマスクッキーを香織さんと二人で黙々と詰めていった。


 作業自体は地味だが、そばにキラキラ輝くクリスマスツリーがあると、思わず気分は華やぐ。庭の方から真白さんや子供たちの笑い声も響き、なんとも平和な雰囲気だった。


「クッキーつめていると、食べたくなっちゃうわ」


 思わず呟いてしまう。


 クッキーは、真白さんが焼いたもので、星形、ジンジャーブレッド、靴型、星形と見た目も可愛らしかった。甘いバターの香りが食欲を刺激してしまう。


「あら、まーくんが言ってた通り、雪乃さんって食いしん坊ねー」

「そんな事言ってたんですか? 恥ずかしい」


 食いしん坊なんていい大人につける形容詞では無いだろう。


「まーくんは、美味しそうに物を食べてくれる人が好きだからね。むしろそれがあの子の生きがいだから」

「そう、ですか?」

「うん。なかなか繊細なところもあるけど、お菓子作りの才能は神様から貰ったものね。全くあんな元カノとは別れて当然よ。ダイエットだって言ってクリスマスクッキーも拒否してバカにしてたからね」


 よっぽど香織さんは康恵さんが嫌いらしかった。まあ、あのタイプはこの年代の女性には好かれないだろうとも思う。


「しかし、ちょっと疲れたわ。休憩しましょう」


 香織さんは額の汗を吹きながら呟く。作業は大方終わったが、確かの少し疲れてきたので休憩する事になった。


「そういえば、私、教会の礼拝堂って見た事ないんです。ちょっと見学して来て良いですか?」

「良いわよ。まあ、うちはプロテスタントだから何にもないけどね」


 そうは言っても好奇心の方が優ってしまう。私は牧師館を出ると、すぐそばの礼拝堂に入る。


 見た目は公民館のような施設に見えたが、実際中もそんな印象だった。


 椅子がずらりと並び、前方には教壇とピアノが置いてあっった。香織さんが言ったように、確かに派手なものは何もない。大学の大教室や公民館の施設の一部という印象だ。


 ただ、窓は大きく明るい陽射しが降り注いでいた。


 その光が眩しく、思わず目を閉じかけた時だった。


 幻のようなものが見えた。


 子供の真白さんがいた。真白さんは、礼拝堂のすみで体育座りをして落ち込んでいた。


 子供のころの真白さんは顔つき自体はあんまり変わりはない。


 幻なので、声をかける事はできない。仕事のしすぎてでついに自分の頭がおかしくなってしまったとも思ったが、さらに眩しい光が窓から降り注ぎ、幻もすんなりと受け入れてしまっていた。


 そして幻の真白さんに、白い衣を着た男性と天使が、見守っているのも見える。


 まさか男性は神様? 顔はよく見えない。光にさえぎられていた。


 そう思った瞬間、この幻は全部消えてしまった。


「夢だったのかな。やっぱり私は頭、おかしくなった?」


 ちょうど、そこに真白さんが入ってきた。


「雪乃さーん、どうしたの? 香織さんは紅茶入れてくれたから、一緒に休憩しようって」

「あ、うん……。実は」


 信じてもらえないかもしれないが、今見た幻を全部真白さんに説明していた。


「そっか。神様みたんだ」

「え? 意外とすんなり信じたね」

「うん。教会では、神様の声聞けるって人も珍しくないしね。しかし、子供の僕を神様が見ててくれてたのかな……」


 しみじみと真白さんは呟いていた。その横顔は、子供の顔と全く変わらず、彼の純粋さを表しているようにも見えた。


 何故か私も胸がいっぱいになってしまう。


「今も神様が見ていてくれる気がするよ……。なんかもう、カフェやってた時の事とか、どうでも良くなってきた」

「そっか」

「うん。もう、失踪みたいな事はしない。悪かった」


 そう言って真白さんは、私を軽く抱きしめたい。バターたっぷりのクリスマスクッキーの甘い香りがした。ふんわりと優しく香る。


「じゃ、戻ろうか」

「そうだね」


 こうして二人で牧師館のリビングに戻り、みんなでお茶をした。


 紅茶と失敗作の割れたクリスマスクッキーを食べながら、穏やかな幸せを感じていた。


 クリスマスはもっと穏やかで、教会でみんなと礼拝をして過ごしたい。


 世間と少し違うクリスマスだった。いつもと全く違うクリスマスでもあったけれど、なぜか毎年同じように過ごしたくなってしまった。


 年老いた私と、年老いた真白さんが一緒にいる姿もありありと想像できてしまった。


 これも幻や夢だろうか。


 それでも、そんな未来を想像すると心は温かく、穏やかになっていった。


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