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第46話 ふたりの時間とシュトーレン

 12月中旬に入り、私の仕事は多忙を極めていた。特に小説の仕事が忙しく、1月6日に真白さんと約束していると思うと前倒しにしないとならないようだった。


 恋人ができれば仕事のやる気もアップすると思ったが、意外とその点はいつも通りだった。それよりは、真白さんが作るクリスマスのお菓子の方が楽しみだったりもする。つくづく自分の胃袋は正直のようだった。


 そんな折、真白さんのSNSにシュトーレンの画像が載っていた。


 白い粉砂糖をかけられ、まるで雪が降り積もったトンネルのよう。実際坑道という意味があるとか。イエス・キリストの幼子姿を表しているという説もあり、クリスマス時期にぴったりなお菓子だそう。アドベントといって11月の終わりからクリスまで少しづつシュトーレンを食べていく文化もあるようだ。日本でクリスマスはイベントの一種だが、キリスト教徒の多い国では、神様の誕生を祝う日だった。


「シュトーレン食べたいかも……」


 こんな忙しい時期で注文していいか迷ったが。真白さんに電話すると、すぐ作ってくれるという。


「いいの?」

「オッケーだよ。というか恋人の頼みを断る人なんていないよ」


 改めて恋人と言われて、顔が真っ赤になりそうだった。今は家にいて電話で会話していて良かったと思ってしまった。


「ありがとう。ところで真白さん、圭子さんやインドカレー屋のシンさんやスーパーの店員さんにちゃんと連絡した? 失踪中の時、すごく心配してくれてたんだよ」


 恥ずかしいのでわざと現実的な話題をしてしまった。


「うん、一応謝ってはいる。ただ、みんな忙しくてあんまり話せなくて」

「年末だもんね」

「みんなから空いてる時間きいて、パイでも配ろうと思ってるんだ。雪乃さん、一緒に来てくれる?」

「どうして?」

「一応、新しい彼女として」


 私の顔は、もっと真っ赤になっていた事だろう。そういえば何故かはっきりと「彼氏彼女になりましょう!」と言葉にしていたわけでのなかった。改めてそう言われると、すごく恥ずかしくなってしまう。


「良いよ。そのためには、仕事は前倒しでバリバリやらないと」

「お仕事のお供にシュトーレンは最高だよ。まあ、粉砂糖は落ちるけど、それも良いじゃんない?」


 そんな事を甘い声で囁かれ、私は断る事などできないようだった。


 その日の夕方、真白さんはサンタ姿で家にやってきた。家の前にフードトラックが止めてあったが、この辺りは田舎で人や車の出入りもないので問題ないだろう。


「サンタさんからお届けものです。シュトーレンとポットに入れたコーヒー持ってきたよ」


 真白さんはシュトーレンの箱と、コーヒーを渡しながら笑っていた。サンタという格好にちょっと気が抜けてくるが、このまま彼を帰すのはちょっと嫌だった。


「うちよって行かない? ちょとシュトーレン一緒に食べない?」

「え!? いいの?」

「ま、これから仕事があるからちょっとだけだけど」

「嬉しいよ。じゃあ、ちょっと寄らせてもらう」


 冷静に考えれば、彼氏になったばかりの男を家にあげるのは、どうかと思ったが、クリスマスムードでちょっ気分は浮かれていたのだろう。サンタ姿の真白さんを見ていたら、ちょっと心にスキみたいなものができてしまった。


 さっそくリビングに行き、テーブルの上にシュトーレンを広げた。


 見た目は雪の積もったトンネルのようだ。


「うーん、このシュトーレンって私はイエス・キリストには見えない」

「シュトーレンは赤ちゃんイエス様の姿とも言われているよ。おくるみ姿なんだって」

「そう思うと、見えない事もない……?」


 しかし、やっぱりそうは見えないが、これを食べるというのは、失礼というか不敬ではないのだろうか。


 ナイフを入れるのも、ちょっと控えてしまう。


「かして」


 真白さんは私からナイフをとりあげ、シュトーレンをサクサクと切り分けていった。


「シュトーレンは、真ん中から切るといいよ」

「へぇ。あ、断面がナッツやフルーツいっぱい!」


 思わず笑顔になってしまう。


「でしょ? シュトーレンは、各家庭で色んなレシピがあって、これはあの教会の牧師さんから特別に教わったんだ」

「そう言われると、本当に聖なるお菓子みたいじゃない。食べてもいいの?」

「はは、大丈夫だよ。教会では聖餐式っていうイエス様の身体に見立てたパンをみんなで食べる儀式もあるんだよ」

「なんか、話を聞いているだけだと怖くない? 神様に見立てたパンなんて食べていいの?」

「怖くないよ。見た目は普通のパンだよ。だから、クリスチャンが多い国では聖餐式のあるお陰でパン職人がいっぱい生まれたという説もあるね」


 そんな豆知識を聞きながら、時間はあっという間に過ぎてしまった。


「あ、もうこんな時間だ。仕事しなきゃ」

「僕も帰って次の日の準備しないと」


 二人の時間はあっという間に過ぎてしまったようだ。名残惜しいが、ここで真白さんとはお別れだ。


「じゃあね。次は教会に一緒に行ける? 実は手作りクッキーを教会で作るんだけど、袋詰めの人手が足りなくてさ」

「オッケーよ。すぐに仕事片付けていくわ!」


 名残惜しいおかげで、こんな頼みもすんなりと聞いてしまった。


「じゃあ、また」

「また。僕のシュトーレン楽しんでね」


 名残惜しいが仕方ない。もうすぎクリスマスもくるし、美味しいシュトーレンもそばにある。


 その後、シュトーレンを片手に仕事を続けらた。粉砂糖がポロポロ落ちるので、仕事中に食べるものではないが、それ以上に粉砂糖の甘みと、ナッツやフルーツがギッシリ入った濃厚な味の負けてしまった。コーヒーにも合う。


 気づくと、仕事しながら深夜過ぎていた。この調子だと今日は徹夜かもしれない。


 お陰で、大方の仕事は前倒しで終わらせられそうだった。


 今年のクリスマスは、いつもよりも楽しみに感じてしまう。


 シュトーレンがそばにあるせいかもしれない。その楽しみを思うとやる気が出てきた。


「よし、あともう少し!」


 そう言い、再びシュトーレンを食べた。

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