第45話 お祝いのミルクレープ
12月に入り、真白さんはようやくこの町に戻ってきた。駅前やスーパー、書店や公園で元気に営業しているようで、SNSも復活させた。あのアンチは、SNSの運営から警告を受けたようで、アカウントが丸ごと消えていた。誹謗中傷で自殺したタレントもいるし、今後はネット上での発言も厳しくなって行くだろうという新聞記事もみた。
という事で、とりあえず元の日常に戻った。
一応私と真白さんは、お付き合いしている関係に変わったが、これと言って目立って変化はない。連絡先を交換したり、お互いの過去なんかを話したりはしたが、デートの日付は決まっていない。
というのも、小説の企画が通ったので1月中旬までに初稿を仕上げなければならなかった。また、窪田さん経由で決まった作品の書籍化もあり、ほとんど書き直しする事のなり、こちらも1月中旬が締め切りでいそがしかった。
一方、真白さんもクリスマスシーズンで忙しいようだ。店頭の仕事はそうでもないが、24日のためにシュトーレンパイなどの注文が多数きているらしい。また、実家近くのあの教会で、無料で配るクリスマスクッキーも頼まれているので、20日から超忙しいらしい。
ただ、24日と25日はどうにか時間を作って教会に行くらしいので、私も誘われていた。これが実質私達の初デートというやつだろうか。あんまりデートという感じもしないが、今年はいつもと違うクリスマスになるのは確かのようだった。
そんな12月の初旬、真白さんからフードトラックに来ないかと電話をもらった。
「書籍化と企画通ったお祝いのケーキを焼いたよ!」
「本当?」
「ちょっと早いけどクリスマスケーキも兼ねて」
そんな事を言われたら、行くしかない。午前中に仕事をしゃかりきの終わらせ、昼過ぎに真白さんのフードトラックへへむかった。
今日は、真白さんは近所の公園で営業中だった。噴水は相変わらず止まっていたが、公園の大きな木は、クリスマスイルミネーションがされ、賑やかな雰囲気だった。
真白さんもサンタクロースの格好をしてフードトラックで営業していた。マスクはしてなかった。
「いやー、サンタの格好だとさすがに暑くてね。もうノーマスクでいいやって感じ」
「そうねぇ。最近はマスクは個人の判断になってるもんね。海外だと誰もつけてないし」
「だよねー」
真白さんは、昔経営していたカフェでの傷かたマスクも手放せなかったと言っていたが、今はもうその傷も癒えてきたらしい。フードトラックの助席には、私が以前あげたレポートを置き、気が落ち込みそうになると見ているらしい。真白さんのメンヘラっぷりは、今の私にはなんとも言えないが、とりあえず失踪するような雰囲気はもう全くなかった。
「サンタさんからのお祝いのケーキだよ」
「ありがとう!」
私は真白さんから、ケーキの白い箱を受け取る。想像以上に大きな箱で、ずっしりと重みがあった。
「これ、一人で食べるには無理だよ。ちょっと、一緒に食べない?」
「そう? まあ、今の時間はお客さんいないから、いいか」
こうしてフードトラックの前にある、簡易のテーブルにケーキの箱をおいた。真白さんはナイフ、フォーク、コーヒーカップをおぼんに乗せて持ってきた。全く気の利くサンタである。
「箱、開けてみて」
「うん!」
箱を開けると大きなミルクレープが入っている。かまくら型で、てっぺんには「おめでとう!雪乃さん!」とチョコペンで描いてある。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり、寒い風が吹く屋外という事を忘れそうになった。今日は日差しもあるので、意外と寒くはなかったが。
「美味しそう!」
「ありがとう。さっそく食べよう」
「まって、このまま食べるのはもったいないから写真とる。SNSにはあげないけど」
こうして写真を撮ったあと、二人で一緒にミルクレープを食べた。層になっているので、モチモチとした食感とクリームの滑らかさが同時に楽しめる。見た目はかまくらみたいだが、意外と食べ応えがあり、すぐお腹いっぱいになってしまった。
「ミルクレープは、実は日本で生まれたもんなんだよ」
「へえ、意外」
「ミルクレープのミルは1000を意味するフランス語なんだって。僕はクレープを一枚一枚焼きながら、雪乃さんの事を考えていたよ。どうしたら喜んでくれるかなって」
とても甘い声でそんな事を言われるものだがら、脳みそが溶けそうだった。急いでブラックコーヒーを飲んで冷静さを保つ。
「意外と重いね、このミルクレープ。美味しいけど」
「うん。重いよ。僕はめんどくさくて、重い男だから。覚悟しておいてよ?」
そう言って、ちょっぴり悪い顔を見せている真白さんをみながら、私の心臓も溶けてしまいそうだった。
「それって宣戦布告?」
「うん。僕は雪乃さんの元旦那には絶対負けないから。マドレーヌだって市販のものより、絶対美味しく作れるから」
「本当?」
「うん!」
胸を張っているこのサンタクロースは、とても頼もしかった。
「雪乃さん、1月の6日は空いてる?」
「まあ、仕事を前倒しにすれば、何とか」
「この日だけは明けといて。とびっきり美味しくて楽しいケーキを焼くから」
「どんなケーキ?」
「それは当日のお楽しみ」
「じゃあ、仕事がんばらないと」
「うん、頑張って。僕もクリスマスに向けて死ぬほど頑張らないとね」
再びちょっぴり悪い顔を見せる真白さんの顔を見ていると、楽しみになってきた。
口の中は甘みで幸せいっぱいだが、心まで甘く溶けていきそうだった。
重めのミルクレープだが、二人であっという間に完食してしまった。