第44話 たい焼きと告白
康恵さんから、真白さんの居場所を教えられた私は、さっそく行ってみる事にした。
康恵さんと会ったベーカリーがある街から電車に揺られて30分ぐらいだろうか。長閑な田舎の風景が広がっていた。私の住んでいる町も田舎だが、ここもかなりの田舎だ。駅から降りると、民家や医院はあるもののコンビニやスーパーはない。野菜畑が広がり、遠くの方に山もみえる。もう11月も終盤なので、風が冷たくてちょっと震えてしまう。駅前のは自動販売機があったので、缶コーヒーを飲んでは見たがドロドロに甘く、香料でもつけているのかコーヒーの味もボヤけているように感じた。真白さんの作るコーヒーとは雲泥の差だった。
康恵さんから教えてもらった住所には、真白さんの実家と教会の場所が書かれていた。さすがに実家に乗り込む勇気はなく、またフードライターのフリをしながら行ってみようと思う。
駅から野菜畑が広がる田舎道を歩き、10分ぐらいで教会についた。屋根に十字架のオブジェがあり、白い小さな家のようにも見えた。十字架がなければ教会にはとても見えない。私はステンドグラスやマリア象がある長崎のカトリックの教会には行った事はあるが、それと比べたら普通の民家にしか見えなかった。
庭は広いようで、野菜やハーブが植えられていた。幼稚園生ぐらいの子供が、キャッキャとハーブを抜いて収穫していた。
チャイムを鳴らしたが、大人は留守のようだった。
仕方ない。
庭にいる子供達にちょっと真白さんにつ聞いてみる事にした。
「ねえ、君たち。ちょっといい?」
子供達は私をみて怪しんでいたが、真白さんの名前を出すと、すぐに表情を和らげた。
「うん。まーくんは最近この教会で寝泊まりしてるよ」
一番しっかりしていそうな女の子が、答えてくれた。康恵さんの言った通りのようだ。
「まーくん、メンヘラって牧師さんが言ってたよ!」
生意気そうな子供がそう言って笑っていた。なるほど、康恵さんが言っている事はやっぱり事実のようっだった。
私はしゃがみ、子供達に視線を合わせてさらの聞いてみた。
「まーくんは、どこにいるか知ってる?」
自分がまーくん呼ぶをするのは、恥ずかしくなってきたが、子供相手だから仕方ない。
「たぶん、公園じゃない? まーくん、そこでフードトラックのお仕事してる。ここは人が少ないから、お客さん来なくて暇なんだって。いつもすぐ帰ってくるよ」
ようやく真白さんに居場所をつかめたようだ。この教会で待っていてもいいが、私がその公園に行った方が良さそうだ。さっそく公園の場所を聞き向かった。
野菜畑が広がる田舎の道は、たまに車は達が、
人は全くみかけない。やっぱり、過疎化が進んだ田舎である事は、確かのようだった。こんな事をしている私は、立派なストーカー。恥ずかしくて仕方ないが、もうプライドは打ち砕かれていた。
「あ!」
そんな事を考えている私の目の前のミントグリーンのフードトラックが走っていった。
「待って!」
反射的に追いかけていた。冷静に考えれば車を走って追いかけるなんて、馬鹿のすることではないか。でも今の私は確実に馬鹿だった。もう見栄やプライドなんてどうでもよかった。
「雪乃さん!」
こんな馬鹿の私に気づいたのか、真白さんはすぐにフードトラックを止めて、出てきた。
「何やってるの?」
「それは、こっちの台詞じゃん! 勝手に失踪するとかズルいじゃん。メンヘラだよ!」
ついつい口から暴言が出てしまった。もう会えないかも知れないと心のどこかで思っていたのに、真白さんの顔は相変わらず呑気そう。それに走って息切れして、頭のネジも数本抜けていた。たぶん、こんな自分を感情的な見せるのは真白さんが初めてだった。
「まあ、雪乃さん、落ち着いて。少したい焼きでも食べながら、落ち着こう。事情は全部話すから」
「本当?」
真白さんに宥められ、フードトラックの助席に連れていかれた。コーヒーと何か包みを持った真白さんが運転席に座った。
「たい焼きだよ」
「いつからたい焼き屋さんになったの?」
「こっちは洋菓子も和菓子も受けないから、たい焼きが一番人気なんだよね。安い型買って作ってみたけど、あんまり味の評判はよくないね」
「ふーん」
そうは言ってもたい焼きは、皮はパリッとしてあんこがどっさり入っていた。走った後の甘いものは単純に美味しかった。
その後、真白さんはポツポツと事情を話し始めた。SNSのアンチコメントから、昔の常連客のおばあちゃんがコロナで亡くなってしなった事を思い出し、メンタルが崩壊し、実家に戻ってきたそう。
「そんな気にしすぎだよ。おばあちゃんだって、老衰かもよ?」
「そうだとも思う。でも、僕のカフェも一因だったと思うと、悲しくてさ」
真白さんは泣きそうだった。
弱い人。
そうも思うが、人は完璧ではない。
「僕はなんか昔から人の考えている事がわかってさ。いわゆる繊細さんってやつらしい。本当は客商売なんて向いてないし、利益を競争するのも好きじゃない。たぶん、このフードトラックのような仕事が一番向いているのかもね。というか、雪乃さんはなんでここにきたの? よくわかったよね」
そこを突っ込まれると痛い。私はカバンから、あのレポートを取り出して、真白さんに渡した。レポートは、勇人くんやカレー屋のシンさんなど町の人々の真白さんへの声をまとめたものだ。何か役に立つかもと思い、印刷して持ち歩いていた。
「真白さんは想像以上に人から愛されてるって伝えにきたよ。圭子さんも心配してた。あのカフェの前では女子高生っぽい子もあなたのこと心配してた。康恵さんもあなたの幸せを願っていたよ」
そう言うと、真白さんは涙を一筋こぼした。マスクが濡れて困ったようで、ようやく外していた。二重マスクをしていたが、運転席でしているのはあんまり意味ない気もする。
「私も真白さんの事が大好きだよ。胃袋も心もあなたに掴まれてしまったみたい。だから、こんな風に探したっていうのもある。もう勝手にいなくならないでね」
「う、うん……」
「それに私、企画も通ったし書籍化も決まったんだよ。お祝いのケーキ焼いてくれる約束、守ってよ」
そう言うと、真白さんはさらに泣いていた。私の気持ちが伝わったかはわからないが、今はとても心は柔らかなっていた。
「美味しいよ、このたい焼きも。評判悪いって嘘じゃない?」
「ありがとう」
真白さんは、笑顔を見せていた。やっぱりマスクなんてない方がいいと思った。
「このレポートも……。さすがプロだね。ドラマチックで良い文章だ。僕も雪乃さんが大好きだよ」
「それって、私と同じ気持ちって事でいいの?」
「うん。実はちょっと前から勘づいてた。もう、僕の気持ちを隠せないかなー。これは、とっても嬉しいよ」
真白さんは、再びあのレポートを読み、感動していた。
私はたい焼きを食べながら、隣に座る真白さんの横顔を見ていた。
「たい焼きって、めでたいって意味で作られたらしいよ」
「ギャグじゃん。おかしいね」
私も思わず笑ってしまった。
「うん、でも今は本当にめでたい気分だよ。雪乃さん、書籍化と企画通ったのおめでとう。約束通り、お祝いのケーキを焼いてあげる」
そう言って、真白さんもたい焼きを食べた。
今日のたい焼きは、今までで一番おめでたいと思った。
いつの間にか真白さんの涙は、綺麗に乾いていた。




