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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第4話 甘くないドーナツ


 あのケーキに入っていた天使のマスコットは、仕事部屋のディスクの上に飾ってみた。


 何かと机の上はごちゃごちゃと散らかりやすいものだが、こうして可愛いものを飾っていると抑止力はありそうだ。それに仕事中に見ているとちょっと和む。


 真白さんと康絵さんの事は気になるけれど、忘れるしか無さそうだった。あのカードも、机の引き出しに入れて忘れる事にした。捨てるのはちょっと微妙なので。


 休み明けの仕事は、いつもより忙しかったが、あのフードトラックで買ったドーナツを片手になんとか乗り越えた。


 ライターの仕事で、食べ物の記事を買いていたわけだが、やっぱり美味しいものを片手に食べていると捗る。


 問題は、作家業の仕事だった。新しい企画のネタが全く思い浮かばない。


 流行りの作品や漫画などをペラペラめくってみたが、ピンとこない。いわゆるスランプというやつ。時々ある。


 そんな時は、エゴサでもして自作の好意的な感想を見てヤル気を出したりしていた。SNSでは、そんな感想をまとめてお気に入りに入れていた。


 しかし、エゴサしている時にうっかり酷評レビューを見てしまった。他の作品に似ているだの、パクりだのと熱心に叩かれていた。


 気分はぐっと下がってしまった。


 昔はこんな時は、母に慰めて貰ったりしていたが、もうそんな事はできない。両親はとっく亡くなっている。


「はぁー」


 思わずため息がこぼれる。結局、自分の機嫌は自分でとらなければならないのだ。世の中は厳しいし、他人はあてにならない。


 でも自分の機嫌ってどう取ればいいんだっけ?


 最近はずっと働き詰めだった。悪い事が起きても仕事をして忙しくすれば、すぐに忘れられていた。


 ただ、今は急ぎのものは全部片付けてしまったので、少し余裕はある。本当は企画のアイデアをまとめて、資料探しをするはずだったが、ネタが思い浮かばない。


 元凶はネタが思い浮かばない事だと気づいた。それを改善できればいいのだ。


 さっそく電子書籍で、アイデアの生み出し方などの本を購入し、読んでみた。この仕事はこういった資料も経費で落とせるのは良い点だ。


「なになに、アイデアは今までの知識の掛け算……」


 本を読みながらメモをとり、少し手がかりも出てきた。やっぱりこの本を読んで正解だったみたいだ。


 本の最後には、外で軽く散歩をすると良いアイデアが浮かびやすいとある。


 それも試してみようと思った。幸い、今日は綺麗に晴れている。1月なのでまだ寒いが、帽子やマフラーをつければ問題無いだろう。


 そんな防寒を終えると家を出た。確かにちょっと寒いが、帽子やマフラーのお陰で問題ない。


 それにあのフードトラックのお菓子が食べたくなった。もしかしたら今日もスーパーで営業しているかもしれない。


 家を出てスーパーまでの道で、近所の子供に会った。


「やーい、引きこもりが歩いてる!」


 子供、いやクソガキは私を見るとからかってきた。確かに引きこもり生活だけど!


「感染症対策のための自粛しているのよ」

「へへーん、コロナは茶番なんだぜー」


 クソガキはそう言って走ってどこかへ行ってしまった。


 こんな生活をしているので、近所のクソガキからは引きこもり疑惑が出ている事を思い出した。全く腹立たしいが、少しは事実なので反論できない。


 イライラとしてきたら、急にお腹が減ってきた。やっぱりあのフードトラックのお菓子は食べたい。カードの事はすっかり忘れていた。


 スーパーの駐車場には、ミントグリーンのフードトラックがありホッとした。


 子供や主婦達がドーナツを買っているようで、賑わっていた。


「お客さんじゃん。また来てくれて嬉しいよ」


 店員さん、おそらく真白さんは私の顔を覚えていた。


 カンター越しで、相手もこちらもマスクをつけているので、完全に顔はわからないが。


 ふと、あのカードや天使のマスコットなどを思い出してしまうが、とりあえず話題には出さないでおこうと思った。


「それにしてもあのドーナツもすぐ食べちゃうなんて、お客さんの胃袋すごいね」

「仕事していると糖分なくなって死にそうになるのよ。その上、片手で食べられるドーナツは最高なんです」

「え? どんな仕事しているの?」


 ライター業で小説でもシナリオでもネット記事でもなんでも書いていると言えばいいが、色々と誤解を受けそうなのでぼやかした。


「フリーの仕事です。ライティングの仕事が多いかな」

「へー」


 店員さんは色々と察したようで、特にそれ以上聞いてこなかった。


「おススメはある?」

「今日は甘くないドーナツがおすすめだよ」

「甘くない?」

「うん。ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーとよく合う豆腐ドーナツだよ」


 そう言われると甘くないドーナツも美味しそうに感じた。


「甘くないものも、時々はあった方がいいかもね。他の甘さを引き立てるから」


 確かに。


 今の状況は決して甘くはないけれど、企画が完成したらより喜ばしいだろう。


「エチオピのボンボリーノっていう甘くないドーナツがあるんだ。これも甘いコーヒーとよくあって、今開発中なんだ」

「えー、食べたい」

「完成したら販売するよ。その時を楽しみにしていて」


 そんな話をして後、私は甘いコーヒーと甘くない豆腐ドーナツを購入した。頭のすみには、あのカードの事があったが、やっぱり話題n出さなくて良かったと思う。


 揚げたての匂いに負け、帰り道にこのドーナツを齧ってみた。


 まあ、ここは田舎の道で周りは野菜畑しかない。今日はあんまり肥料の匂いもしないし、クソガキもいなかった。


 確かにこのドーナツは甘くないが、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーとの相性は抜群だった。


 コーヒーの香ばしい香りに目尻が下がる。コーヒーの入った紙コップは暖かく、手の中が幸せだ。


 甘くないドーナツも悪くない。


 こうして食べ歩きのもたまには悪く無い。


 近所のクソガキ、酷評レビュー、思いつかない企画。


 確かに一筋縄ではいかない問題もある。


 ただ、今はそんな問題もちょっと良いものかもしれないと思い始めていた。


 帰ったらさっそく仕事をしよう。


 きっと手を動かしていたら、思い浮かぶ事もあるはずだ。きっと大丈夫。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。ネトコンのタグから参りました。 でてくるスイーツやパンがとてもおいしそうで、ほくほくします。雪乃さんという疲労困憊(主に心が、かな?)の女性が癒やされているのを見ると、ほのぼの…
2023/05/01 13:09 退会済み
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