表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/51

第39話 におわせティラミス

 10月中旬に入った。里帆先生経由で知り合った編集者に企画を出していたが、まだ結果は出なかった。窪田さんからは新しいレーベルを作るとは聞いていたが、その件についての進展はなかった。


 その他のライターの仕事がひと段落つくと、再び里帆先生の講座に出席していた。今回はオンライン講座ではなく、隣町にあるカルチャーセンターでの講座だった。文化の秋という事でカルチャーセンターでは、ギター、英会話、お菓子作りなど他の講座も賑わっていた。お菓子作りの講座では真白さんが講師だったら、行ってみたくもなった。


 再び里帆先生から頼まれての出席だったが、やっぱりベーシックな事を一からおしえてもらうと為になった。特に私は人物描写がうまくはないので、熱心に聞いていた。


 まだまだ小説の方の仕事は、順調とは言いがたいが、里帆先生の講座では収穫があり、出席してよかったと思う。


「雪乃さーん、前にあなたが言っていたフードトラックに行ってみたいんだけど」


 講座が終わると、里帆先生は真白さんのフードトラックに行ってみたいという。確かちょっと前に真白さんの事は話した事があったが。それにSNSによると、今日はこのカルチャーセンターのそばにある公園で営業していると書いてあった。運動公園や童話公園と比べると小さな公園だが、タイミングがいい。


 という事で里帆先生と二人で公園に向かった。ちょうどお昼時という事もあり、主婦や子供連れだけでばく近所の営業マンや制服を着たOLらしき人も並んでいた。私達は列の最後尾につく。小さな公園だから客は少ないと思っていたが、最近はSNSの影響もあり、客が増えていると言っていた。


「講座でも言ったけど、小説一本で食っていける人は少ないのよねぇ。雪乃さんも、万が一の時に他に資格でもとってもいいかもね」


 里帆先生は、現実的で講座でも甘い事は全く言わなかった。特に今の出版不況については、聞いていると胃が痛くもなった。


「まあ、今更国家資格とかは難しいかなー」

「そんな事ないわよ。作家やりながら、宅建や司法書士とった人もいるし」

「里帆先生、それはレアケースだよ……」

「そうかなー」


 保険として他に資格などをとる事も考えた事はあるが、どうもうまくいかなかった。やっぱり自分はものを書く事しかできないのかと思うと、ちょっと憂鬱になってくる。


 そんな事を話していると、列がすすみカウンターにる真白さんに会う。


「今日はお友達と一緒? うれしいな!」


 はにかむように笑う真白さんに、心はきゅんとしてしまったが、顔には出さずにに注文した。今日はベーグルの野菜サンドを注文した。


「このメニューにあるチーズのベーグルは売り切れ?」


 里帆先生は店の前にある黒板状の看板を指差しながら言う。


「ごめんなさい。チーズベーグルは、人気で売れ切れちゃったんだ」

「そっかー。だったら、この胡麻ベーグル、野菜とチーズ挟んだものを一つ。あと、コーヒーください」

「ありがとうございます! 雪乃さんもお友達も連れてきて嬉しいよ」


 今日は、客が多く混んでいるので、真白さんとは話せないようだったが、仕方ない。私達は、さっそく公園のベンチにこしかけ、ベーグルやコーヒーを味わった。


 まさに秋晴れといった雰囲気の空で、公園で食べるベーグルもコーヒーもおいしかった。なぜか屋外で食べるご飯って美味しい。里帆先生は仕事の後という事もあり、すっかりリラックスしているようだった。


「このベーグル、美味しいわ。SNSに載せておこー」


 里帆先生は写真をとり、SNSに絶賛コメントをアップしていた。里帆先生のSNSは意外とフォロワーが多いので、ちょっとした宣伝になるかもしれない。


「帰りになんかお土産買って帰ろうかな」

「そうだね、里帆先生。あのフードトラックはむちゃくちゃ美味しんです!」

「珍しく熱心ね……。あの店員さんと知り合い?」

「いつも通っていて、顔見知りになっちゃったの」

「それだけ胃袋を掴まれって事ね」


 ハートも掴まれましたが。まあ、その事は里帆先生には言わなくて身いいだろう。


 1時を過ぎ、会社員やOL達は職場に戻ったのか、フードトラックの前には他に客はいなかった。


「さっきは、ほんとにごめんなさい。チーズベーグルがなぜかここでは人気でさ」

「いえいえ、気にしてないですよ。というかベーグル美味しかったです」


 里帆先生が笑顔を見せると、真白さんはホッとした表情を見せていた。こんな事を気にしていたのは、やっぱり真白さんの性格は繊細そうだった。


「雪乃さんのお友達だし、お詫びに一つ何か奢るよ」

「えー、いいんですか? 私は気にしてないですよ」


 里帆先生は慌てて断っていたが、甘い香りに負けたらしい。チョコレートマフィンをもらっていた。


「雪乃さんには、ティラミス・ラテを奢ってあげるよ」

「え、いいですよ」


 思わず恐縮して断ったが、このティラミス・ラテは砂糖を材料に使っていないのに、なぜか甘い糖質オフメニューの一つだった。もともとは普通のティラミスとして売っていたが、片手で食べ歩きたいというリクエストが多かったらしく、今のような形になった。新入りメニューながら、かなり人気の一品らしい。


「いいよ、いいよ。いつも来てくれるお礼だよ!」


 そんな笑顔で言われたら、断れない。結局、私はティラミス・ラテを受け取った。なぜか里帆先生は微妙な表情を浮かべていたのが、気になったが。


「ところで、なんでこのティラミスって砂糖使ってないのに甘いの?」

「それは、秘密だよ」


 とびっきり甘い声でいうものだから、私はこれ以上追求できなかった。


 こうして手品のように甘いティラミス・ラテを片手に、里帆先生と一緒に公園をでて、しばらく駅に向かうために市道を歩いた。


「雪乃さん、あの店員さんと付き合ってるの?」

「何言ってるんですかー、里帆先生。付き合ってないですよ」


 もう夏は終わったとはいえ、私の顔は真っ赤になっていたと思う。


「ティラミスって『私を元気づけて』って意味でしょ。本番のイタリアでは、男性が女性を誘うとき、ティラミスをあげる事もあるらしいよ」

「いやいや、ここは日本だし」


 そういえば、前にも一度ティラミスを貰った事があったが、それは励まして貰っただけだ。そんな深い意味があるとは思えないのだが。


「そうかなー。なんか雪乃さんには、甘い声だった気がするんだけど」

「お菓子作ってるから、声まで砂糖漬けになってるだけだよ」

「雪乃さん、それは謎理論だよ……」


 里帆先生は苦笑していた。


 しかし、そんな事を言われると、期待してしまうではないか。脈は無いとどこかで諦めていたが。


 ティラミス・ラテを一口飲む。


 砂糖が入っていないのが信じられなほど、甘く感じてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ