第31話 運動公園のチョコバナナ
ボスママ・圭子さんとは、あのお茶会以来連絡を取り合っていた。
以前は、圭子さんに一方的に苦手意識を持っていたが、話してみるとそれは偏見だったのかもしれないと思った。夫はモラハラらしく、夫婦仲も冷え切っているらしい。そんな愚痴も聞かされると、一方的に嫌えなくなってきた。
それに、圭子さんは美容意識が高い。糖質オフのスイーツなどのレシピをよく知っていて、教えてもらっていた。特にプロテインいりのアイスを作ってみたが、美味しかった。プロテインは余っていたので、作ってみたが、糖質オフとは思えないぐらい美味しかった。
そんな圭子さんに、運動公園に遊びに行こいと誘われた。何でも運動公園にある体育館で、ピラティスというストレッチをやっているようで、気分転換に参加したらと誘われた。
確か運動公園は、この町の南側にあり、規模もそこそこ大きい。プールや大きなグランドや広場もあったはずだ。それに真白さんのSNSによると、最近の昼間はそこで出店しているようだった。
本当は運動するのは得意ではないが、帰りに真白さんのスイーツを食べられるも魅力的だ。仕事も作品のの改稿を終え、あとはアップし直すだけだった。時間もある。という事で圭子さんの誘いにのり、運動公園に遊びに行くことになった。
ピラティスはヨガの仲間みたいに思っていやが、あちこち筋肉を使い、立派な運動だった。インストラクターの先生によると、ピラティスはドイツ人のジョセフ・ピラティスという人が考案したものらしい。虚弱体質を改善するためにジョセフ・ピラティスが考案したもので、宗教的な要素はないという。一方ヨガは、仏教やヒンドゥー教の修行や拝んでいる神を礼拝する為に考案されたもので、ガッツリと宗教的なものらしい。オシャレなイメージがあったヨガだったが、そんな事を言われるとピラティスの方が良さそうだ。
「ここだけの話、ヨガ教室に通ってた時、金縛りが頻発にあったのよ。やっぱ、変な宗教の修行みたいなものは、良くないね」
隣で一緒ピラティスをやっている圭子さんは、そんな事まで言っていた。
「そうですよ! 全ての運動は修行ではありません。楽しみながらやりましょう」
インストラクターの先生は、明るくそう言い、ピラティスの時間は本当に楽しく過ぎていった。
終わった後は汗だくだったが、身体も心もスッキリとしていた。
「これだったら雪乃さん、ピラティス毎週習ってもいいかもね」
「そうですね!」
着替えを終わると、圭子さんとそんな事を話しながら、運動公園のく広場に向かった。圭子さんに真白さんのフードトラックの事を話すと、是非とも行きたいという。
「そんな美味しいフードトラックなの? 私も一応お菓子作りは好きだから、チェックしておきたいわね」
「美味しいですよ。今だったら、アイスとかもあるってSNSに書いてありました」
「本当? 運動の後にアイスっていいわー」
すっかり圭子さんと打ち解けながら話していると、広場の隅にミントグリーンのフードトラックが見えた。夏の蒼い空と、この車体はよくマッチしている。
運動公園の広場は、ジョギングやウォーキングしている人も多く、開放的で爽やかな雰囲気に満ちていたが、フードトラックの前で何やら騒ぎ声が聞こえた。
「俺はダイエット中で、運動しに来てるんだよ! こんな所でお菓子の販売なんてすんな!」
フードトラックの前では、小太りのおじさんが文句をつけれていた。確かのダイエット中にフードトラックから漂う甘い香りは、一種の暴力だが。
カウンターの方に目をやると、真白さんは人形のように固まっていた。一言も言い返せず、固まっていた。
私は反射的に動いていた。
「ちょっと、おじさん。迷惑行為はやめください」
いつもだったら、こんな勇敢なことはできない。固まってる真白さんの姿を見ていたら、いてもたってもいられなかった。
「何だ? 女か?」
明らかに舐められていたが、圭子さんが機転をきかせてくれた。
「今の様子、動画に撮りましたけど、警察行きます?」
さすがボスママ。本当にゴリラのように堂々と録画した動画を再生しながら、おじさんに見せつけていた。
「う、うるさい!」
おじさんは捨て台詞を吐いて、逃げていった。
「圭子さん、すごい!」
私は思わず拍手してしまった。
「近所にも似たようなクレーマーがいて、撃退してるのよ。店員さん、大丈夫?」
「真白さーん、大丈夫ですか?」
女二人でガヤガヤとカウンターに詰め寄ると、真白さんはようやく笑顔を取り戻していた。
「い、いや。大丈夫、大丈夫。クレーマーなんてフードトラックには滅多にいないから、びっくりしただけだよ」
真白さんの笑顔をようやく見れて、私はとてもホッとした。
「太るのって自己責任だわよ。それを人のせいにしてるから、いつまでたってもデブなのよ。別に私はデブだって開き直っていればいいのにね。別に日本の法律を違反しているわけじゃないんだから」
圭子さんは見た目通りに辛辣で、真白さんは大笑いしていた。お礼という事で、今日はどれでも奢ってくれるという。これは嬉しく、私と圭子さんは目をキラキラさせながら、メニューを選んだ。
圭子さんは、見た目も派手な金平糖つきのメロンソーダを選んでいた。私はやっぱカウンターの目の前にある、チョコバナナが気になる。運動したあとは、なぜかバナナを食べたくなるし、カラースプレーチョコを見ていると童心に戻ったみたいにワクワクしてくる。
「チョコバナナの起源は、諸説あるみたいですね。昭和はバナナが高級品だったみたいで、それにチョコをかけてお祭りで提供したら、大ヒットしたみたい」
「へー、今は手軽にバナナは買えるのにね」
圭子さんはそう言っていたが、チョコバナナはお祭りでしかで会えない。コンビニにも置いてないし、家で作るものでもない。そういう意味では、レアで高級品ではないか。
さっきのおじさんは、このフードトラックに文句をつけていたが、全く真白さんは悪くない。悪いのは、美味しいものを上限なく食べてしまう欲望ではないか。人間の心の中にあるものが悪いのだろう。
「しかし、あのおじさんむかつくわね。糖質オフスイーツ作って見返してやりましょう。この圭子さんは、お菓子作りは好きで糖質オフスイーツも詳しいのよね」
「本当ですか!」
私が提案すると、真白さんは食いついてきた。
「ええ。糖質オフスイーツに関しては結構得意よ」
「レシピ知りたいなー」
「スマホにメモしているのは教えてあげましょうか?」
「知りたいです!」
しばらく圭子さんと真白さんは糖質オフスイーツに関しては盛り上がっていた。
二人の笑い声を聞きながら食べたチョコバナナは、やっぱり少し高級に感じてしまった。
とりあえず、真白さんの笑顔が元に戻ってよかった。
それにしても、あんな固まっている真白さんは初めてみた。
意外と繊細な部分もあるんだろうか。
私はもっと真白さんについて知りたくなってしまった。
「あれ?」
ふと誰かの視線を感じて、振り向くと誰もいなかった。気のせいだったみたいだ。
真白さんと圭子さんは、話が盛り上がり二人で糖質オフスイーツを開発するとまで言っていた。
思ってもみない展開だ。
新しくできる糖質オフスイーツが楽しみになってきた。




