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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第30話 今も昔も金平糖

 8月に入った。相変わらず暑い。


 真白さんの牛乳プリンや豆腐ドーナツが効いたのかはわからないが、どうにか夏バテはよくなってきた。


 食欲は以前と比べて回復してきた。真白さんのアドバイス通りに、ゆで卵などタンパク質が多いものを食べると調子はいい。プロテテインも良さそうなので飲んでみたが、これはあんまり味は美味しくないので挫折しそうだった。


 そんな折、小説の仕事の担当編集・窪田さんから連絡があった。フリーの編集者で、 窪田さん自身も四コマ漫画やエッセイも書いている多彩な人だ。確か自分と同じぐらいのアラフォー女性で、ネットの流行り物など気が合うところもあった。


 編集者の特性なのかはわからないが、はっきりと物事を言わない。だから電話をしていても長くなってしまう。また、私はレーベルの戦力外になった事も何度かあったが、その時もはっきりと編集者に「クビ」と言われたことはなく「察してね」という感じだった。


 同業者にると、こうやって曖昧な関係にしておく事で万が一ヒット作家になった時に取引きを再開する為らしい。なかなか狡猾だが、実際、この業界は何がヒットするかわからず、全く芽が出ない売れない作家もヒットが出る時もある。可能性は低く、ほとんどギャンブルみたいなもんなので、私はそういった幸運には期待しないようにしてる。


「先生、また企画出して良いですよ」

「でも、ちょっと今の段階だと厳しいよね」


 私は冷静に現状を頭の中に描きながら言った。


「他の編集者からは、ネットの投稿サイトで新人賞に出した方がいいって言われてるしね。今は本当にネットの投稿サイトが多いよね」

「あ! 先生のネットでの新作見ましたよ。いつもと違って妙にお菓子の話題が多い話で、ちょっと面白かったです」


 ちょっと面白い?


 これは褒めているのかどうかよくわからない。相変わらず曖昧な物言いだと思う。


「でも、ランキングには全く載らないわね。ファンの読者からはポツポツコメント貰ったりするけど」

「あー、先生は作風というか文章が古臭いですから」

「そうね……」


 窪田さんはうっかり口を滑らせた感じだった。


「いえいえ、別にそれが悪いって言ってるんじゃ無いですよ。昔のコバルト文庫みたいな感じで、悪いとは言ってませんよ」


 とってつけたようにフォローされたが、自作の弱点ぐらいはよくわかっていた。ネットで人気の作品は、文も若々しく軽やかだ。自分はその点、どっしりと重くしてしまう。


 窪田さんの電話を切ったあと、悩んでしまった。今ネットにあげている新作の文を軽めに作り直そうか。しかし、ファンはこの文が良いというコメントも貰う。どっちを優先すべきか煮詰まる。


 すっかり脳は糖分切れになってしまった。真白さんのフードトラックに行きたくなった。そういばこの町の駅前商店街でお祭りをやっていて、そこで出店すると出ていた。


 夜からは細々とした仕事があったので、お祭りに長時間はいられないが、ちょっと見るぐらいはできる。私は、身支度を整えると駅前商店街に向かった。


 駅前商店街は、大きな規模ではないが、浴衣姿の若者や家族連れで賑わっていた。屋台やフードトラックも出ていて、お好み焼きやたこ焼きの屋台からいい匂いがする。


 夕方になってきたので、ちょっとだけ涼しい。お祭りの賑やかなや音を聞いていると、さっきまで煮詰まっていた気持ちもスッキリしてきた。


 ふと、浴衣姿の若い女子達とすれ違った。その手には真白さんのフードトラックのロゴつきのカップを持っていた。


「このメロンソーダめっちゃ映える!」

「映える!」


 女子達はキャッキャはしゃいでいた。


 それは確かに映えるものだった。メロンソーダで、上にアイスクリームが載っているが、色鮮やかな金平糖がトッピングされていた。見た目も夏らしく、可愛らしい。これは若い女子達に受けそうだ。


 私は真白さんのフードトラックの行列が途切れたタイミングを見て、可愛らしいメロンソーダを注文した。人気があるらしく、もうすぐ売れ切れるかもしれないと言っていた。


「雪乃さんは、夏バテ良くなった?」

「ええ。もうすっかり」

「それはよかった!」


 自分の事のように喜んでいる。マスクで顔は半分見えないが、やっぱり真白さんの笑顔を見たくなってしまった。


「雪乃さんは、金平糖の起源って知ってる?」

「知らない」


 真白さんはメロンソーダを作りながら、金平糖の豆知識を教えてくれた。


「元々はポルトガルのお菓子で、コンフェイトというんだ。これは日本の金平糖よりゴツゴツっとした食感。今は日本と同じように伝統菓子の位置付けなんだって」

「へー。確かに金平糖っていうと、古臭いイメージはある」

「でも、こうしてみると映えるでしょ?」


 真白さんは出来上がったメロンソーダを渡してくれた。確かに色んな色の金平糖が、星空みたいで可愛い。ちっとも古臭くない。工夫次第で、古めかしいものも今っぽく映えるようだ。


「金平糖は元々、昔の日本に来たポルトガルの宣教師が配っていたらしい。金平糖目当てでクリスチャンになった人もいるとか」

「えー? それでいいの?」

「まあ、きっかけは何でもいいんじゃない? それぐらい当時の日本人にとっては珍しくて面白いお菓子だったんだろうね。今のマカロンみたいなものかも。昔も今も色鮮やかなものに人って惹かれるから」


 そう言われて改めてこのメロンソーダを見てみる。昔も今も変わらない何かを感じられた。


 こうして私は、この映えるメロンソーダを飲みながら、ネットにあげている新作の改稿しようと思った。文を短めにし、漢字も減らして今風の雰囲気にしても良い気がした。


 このメロンソーダは見た目だけで味はもの凄く美味しいわけではなかったが、飲んでいると窪田さんの言っていた事はもっともだと思っていた。いつの間にか心は柔らかくなっていた。


 メロンソーダを飲み終たら、お土産にたこ焼きとお好み焼きも買って帰ろう。


 それを食べたら、さっそく仕事だ。


 柔らかくなった心では、仕事も楽しみに感じていた。

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