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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第29話 甘い牛乳プリン

 7月ももう後半に差し掛かっていた。子供たちは夏休みに入り、昼間仕事をしていると窓の外からはしゃぎ声が聞こえた。


 コロナの影響で在宅勤務が増えるに従い、子供の声が騒音問題になっていると聞いた事があるが、長年引きこもって仕事をしている自分からしたら、慣れたものだ。在宅勤務は、仕事とプライベートの境界線があやふやになりやすいので、気分展開やメンタルの保ち方も重要だと個人的に思う。


「あつーい、夏バテした……」


 長年在宅勤務の私だったが、ついつい仕事に熱中してしまい、すっかり夏バテになっていた。ワーカーホリック気味の人間にとって自宅が仕事場になっているのは、一瞬のトラップかもしれない。


 さすがに徹夜はやっていないが、この暑さで身体も疲れていた。


 食欲も落ち、素麺と塩むすびばっかり食べていた。真白さんのフードトラックにも行きたいものだが、こう食欲がないと行く気もしない。


 そんな折、SNS経由から真白さんからダイレクトメッセージが届いているのに気づいた。


『最近どうしたの? 雪乃さんが好きなブラウニー、それに前に気に入ってくれた冷たいぜんざいも売ってるよ。夏にはチョコバナナやアイス、ゼリーも売るんだけどなー』


 そんなメッセージを貰ってすまうと、確かに食欲は戻ってきた。しかし、お腹がギュルギュルと痛くなってきて、食べたくても食べられない感じだ。


『実は夏バテしちゃってね。あんまり食欲もないし、お腹も痛いんです』


 こうしたメッセージを送ると、すぐに返事がきた。


『それは大変じゃん。何かもってこうか? 夏バテには、タンパク質、卵や豆腐がいいんだって。だったら豆腐ドーナツか、牛乳プリンがいいね。豆腐ドーナツはあげないで焼いてるだけだし、持っていこうか?』


 そんなメッセージを貰って、戸惑う。一常連客にしては、やけに優しくないか?


 ただ、真白さんの人柄などを考えると、本当に親切心で言っているのだろう。元夫はやけに優しい時は、必ず浮気をしていた。後ろめたさから優しくされると、余計に傷ついた事を思いだす。そう思うと、真白さんは完全な善意で言ってくれているのだろう。


『困った時はお互い様!』


 そんな事まで言われると、本当に善意しかないのだろうと思わされた。


 という事で、この善意に甘える事にした。夕方、豆腐ドーナツと牛乳プリンを配達を注文した。


「雪乃さん、大丈夫?」


 夕方になる少し前、真白さんは保冷バッグを持って現れた。家の前にはミントグリーンのフードトラックが止まっていて、なんだか変な気分だった。


「ありがとう。しかし、こんな来てくれるなんて悪いわね」

「いいんだよ。困った時はお互い様じゃん? それに具合悪い時は、ちゃんと休もう?」


 真白さんはそう言いながら、保冷バッグを渡してくれた。


「雪乃さんは、頑張りすぎてると思うよ」

「そう見える?」

「うん」


 珍しく、真白さんはそう断言していた。


「じゃあね。ゆっくり休んでよくなってね。あ、保冷バッグの中にコーヒーのポットも入ってるけど、オーガニックのカフェインレスのやつだから、大丈夫」


 気が利きすぎる……。自分よりよっぽど女子力が高い気がする。


 それに具合が悪い時に、下心のない善意をもらえると、単純に嬉しい。そういえば元夫も含めて自分が関わってきた男は、もれなく全員下心で優しくしていた。明らかにに真白さんは、今までも男と達と違う何かを感じた。


「じゃあね。お大事にね」

「うん、ありがとう」


 こうして真白さんと別れたあと、私は家に戻り、保冷バッグをあけてみた。ポットのコーヒーをカップに注ぐと、香りがいい。オーガニックはともかくカフェインレスなのがちょっと信じられない。


 豆腐ドーナツは、まだちょっと体調のせいで食べられないので、牛乳プリンを食べる事にした。プラスチックの使い捨て容器に入っているプリンは、半透明でツルツルとした表面が特徴的だった。これだったら夏バテ中でも食べられそうだった。


 スプーンですくい、口に入れる。ほとんど噛まずに食べられる。喉越しもよく、あっさりとした甘さが心地いい。牛乳の自然な甘みはとても優しい。


 夏バテて食欲がなかったはずだが、この優しい甘みのプリンは、あっけなく完食してしまった。


 コーヒーも美味しく、この様子なら今日の夜ちゃんと睡眠をとれば、翌日には回復していそうだ。


 それにしても、わざわざこんな風に配達してくれるなんて。


 身体はよくなってきているのに、真白さんの事を思い出すと、胸がドキドキしてきた。


 真白さんの事をもっとよく知りたい。


 牛乳プリンの味を思い出しながら、そんな事を強く思った。

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