第28話 桃のコンポートと冷たいお汁粉
7月中旬に入り、毎日暑い。
すっかり忘れていたが、元夫からの変なメールがこなくなった。これで完全に縁が切れればいいのだが。
仕事は細かい作業がたまっていて、なかなか纏まった休みがとれなかった。今月の下旬から来月にかけて、真白さんはお祭りやイベントに多く出店するようだが、全部行けるかどうかは微妙なところだった。
そんな折、元ママ友の晶子から電話があった。ゴールデンウイークに偶然再会してから、ちょくちょく連絡がとっていた。といっても晶子の家事や子育ての愚痴をこちらが聞くだけで、何の生産性はなかったが。晶子は仕事はともかく家事が大変らしい。
「とにかく日本って手作り神話がすごくない?たぶん戦前なんかは、お手伝いさんを雇って外注してたんだろうけど、今は別にそんな事ないし。この手作り神話って昭和から生まれた気がするんだけど、どう? 経済が成長するにつれて、妙に家庭的なものが神聖化されたっていうか」
晶子の愚痴は、愚痴といってもちょっとユニークで聞いていると面白かった。
「そうかなぁ。そもそも日本の男性は家事しない割に、家庭的なものが好きだよね」
元夫の顔を思い浮かべなが私も言う。全く料理をしない癖にレトルトなど出すとよく文句を言われた。
「でしょうー。それに日本の食へのこだわりって、尋常じゃないわよね。今は中華もタイ料理も家庭でできてあたり前だし。アメリカや韓国のお弁当は、もっと質素で主婦としては羨ましいよ」
「確かにねー。確かに自国のものだけ作ってる方が楽よね」
私も深く頷きながら、この愚痴も小説に活かせそうだと頭の中でメモをしていた。
「ところで、次の土曜日に圭子さんとでお茶会開くみたいだけど、行く?」
「あ、あの圭子さん……」
「うん、あの圭子さんだけど、断るとカドがたつじゃない? 正直行きたくないんだけど、雪乃と一緒だったら、乗り切れるかも」
圭子さんはママ友中でボスだった。通称ボスゴリラ。本人の前では決して言わないあだ名が、夫や子供、家のマウントがすごい。実際ルックスもちょっとゴリラに似ていて、逆らうとある事ない事を噂される。晶子も噂好きだが、圭子さんはその倍ぐらい好きだ。正直関わりたくないが、晶子のことを思うと、ちょっと断りづらい。
圭子さんの方は私の事はすっかり忘れていると思うが、晶子の状況を思うと同情はできる。
「仕方ない。行ってあげるよ」
「ありがとう!これでかどがたたないで済むわー」
全く気乗りしないいが、晶子と一緒に圭子さんの家の行く事になった。隣の隣町にある大きな庭付き一軒家だ。なんでも圭子さんのご主人は大企業のエリートらしく、金もあるらしい。白い壁の大きな家は、少しアメリカの住宅っぽいが、日本の住宅街にあると浮いているのは事実だった。確かに庭が広く、よく手入れされていたが、晶子は「掃除が大変そう。全く羨ましくない」とこぼしていた。
「あら、皆さん。いらっしゃーい」
圭子さんは笑顔で出迎えた。確か45歳ぐらいだったと思うが、きちんと化粧を髪を巻いているので、若々しい。さっそく「美魔女」として雑誌の取材をされた事があるとマウントをとってきたが、晶子も私もオウムのように「すごいですねー」と言うしかなかった。
通された客間のソファはフカフカだった。テーブルも立派で、何か有名そうな絵画のレプリカも飾ってある。庭もよくみえて、夏の強い日差しが部屋にも入ってくる。
私もこんな立派な客間があったら「掃除が大変だろうな」としか思えないが、圭子さんは満足そうに紅茶をカップに注いでいた。カップも薔薇や小鳥がデザインされている立派なものだった。「このカップって食洗機使えるのかな?」と余計なことも考えてしまう。
「このケーキ、私が焼いたの。食べてみて?」
圭子さんはイチゴのショートケーキを持ってきた。手作りらしく、スポンジとクリームの層がユルユルとしていて締まりのないショートケーキだった。
晶子は、顔には出さないが、「食べたくない」などと思っている事がなんとなく伝わってくる。私も食べてみたが、真白さんのフードトラックのも菓子の味に慣れているせいか、特別美味しく感じなかった。
その後、圭子さんはずっとマウントをとっていたが、私も晶子もさらりと受け流していた。
「ところで、雪乃さんは離婚したのよね? 大変よね。でも子供がいなくてよかったんじゃない?」
大人しく聞いていた私だったが、話題が飛び火すると笑顔が引き攣る。
「まあ、大人だから色々あるのよ」
晶子はフォローしてくれたが、気分は良くない。
来るんじゃなかったと思った。その後、圭子さんの自慢話を受け流して、どうにかこのお茶会は終了した。
「疲れたー」
「私も疲れたー」
圭子さんの家を出たら、私も晶子もぐったりしていた。この後、どこかへ行く気分にはなれず、すぐに解散した。
そのせいか、最寄りの駅で真白さんのフードトラックを見つけた時は、ちょっと感動してしまった。午後の中途半端な時間のためか、駅やロータリーのは人がおらず、真白さんもちょっと暇そうだった。
「雪乃さーん、疲れてない?」
フードトラックのカウンターには、きな粉や砂糖がたっぷりなドーナツや、ナッツやドライフルーツのカップケーキがあったが、少し胸焼けしてしまい。圭子さんの出したケーキの味を思い出し、再び疲労感を持ってしまう。
「そっかぁ。ママ友の付き合いは大変だね」
事情を話すと、真白さんは眉毛を下げて苦笑していた。
「という事であんまりコッテリしたものは、食べたくないんだけど、何かおススメある?」
「そうだね。暑いし、冷たいお汁粉はどう?」
「冷たいお汁粉? 普通、温かいものじゃないの?」
そういうイメージだったが。
「うん。このお汁粉が桃のコンポートと白玉団子入りで、あっさりと美味しいよ。コンポートっていうのはヨーロッパの果実の保存食だね。シロップで果実を煮詰めるんだ」
そんな事を聞くと、口の中はよだれでいっぱいになりそう。
「ジャムと違うの?」
「コンポートは、果実の形がそのまま残ってる。あと長期保存ができない。夏にぴったりだよ?」
「食べたい!」
という事で冷たいお汁粉を注文した。使い捨ての紙の容器に入れてくれて、駅前のロータリーのベンチで食べる事にした。
ちょうど木陰になっているベンチだが、やはり夏の日差しは強い。そんな中で食べる冷たいお汁粉は、とても美味しい。桃の果実とあんこの相性もいい。ヨーロッパの果実の保存食が、こんな風にあんこと合うのも不思議な気分だった。食べていると、頭も冷えてきた。圭子さんの事も気にしない方がいいかもしれない。
「美味しかったわ」
空いた容器を真白さんに渡して、笑顔で言った。
「そのボスママも、寂しいからマウントとっているのかもね。連絡とってみたら? 手作りのケーキ作った人なんでしょ? お菓子作りが好きな人で根っから悪い人はいないよ」
そんな理屈は納得できないが、真白さんのおっとりとした笑顔を見ていると、間違ってはいない気がした。
帰ったら圭子さんに連絡してみようかな。あのマウントも、満たされている人がやる事ではないだろうし、ちょっと心配になってきた。
しばらくトークアプリで圭子さんとやろとりしていると、予想通り夫と不仲で不満が溜まっていたらしい。そんな話を聞くと、一歩的に圭子さんを責められない気がした。
この事で圭子さんからも愚痴をよく聞かされるようになってしまった。晶子からも相変わらず愚痴を聞かされるが、まあ、これで何か発散できるのならいいだろう。
愚痴を聞いていると、普通の主婦が主役の小説のアイデアも浮かんできた。真白さんが言う通り、圭子さんに連絡とって良かったかもしれない。




