第27話 色とりどりのビスケット
最近、出来上がった新作をネット投稿サイトにアップしていた。今のところ良い反応もなく、閲覧数もいいね!も無いが、とりあえず順調に毎日アップし続けていた。
7月に入り、少々食欲も落ちていた。本来なら真白さんのフードトラックに行きたい気分だったが、どうも食欲がわかず、雑炊や素麺ばっかり食べていた。
そんな中、妹から電話があった。何か用かと思ったが、愚痴だった。主に娘のメグミの事で頭を悩ませているらしい。本格的に反抗期に入ってしまい、ろくに口をきかずYouTubeばっかり見ているらしい。
「本当に嫌になっちゃうわよ。どうしたもんかね」
「だったら、またメグミこっちに遊びにくる?」
そう提案してみた。
「いいの?」
「まあ、仕事は何とかなってるし」
「ちょっと待ってメグミに聞いてくるわ」
妹はメグミに意見をききに一旦、電話から離れた。
「メグミ、来週の土曜日遊びに行きたいって」
「わかった。準備しておく」
という事で来週の土曜日、メグミが遊びにきた。メグミは何だか大人っぽいワンピースを着ていた。別に変ではないが、爪もマニュキュア もしていたし、反抗期である事は間違いないようだった。
「もーすぐ夏休みだから、ウキウキ気分だよ」
メグミの機嫌は良かったが、家にいても退屈だというのでこの町に駅近くにあるファミレスに向かった。前来た時と同じように、メグミは大人ぶって糖質オフのメニューを選んでいた。
「ねえ、メグミ。最近どうなの? 学校は?」
やんわりと聞いてみた。
「別に学校は、問題ないよ。別にいじめもないし、どうせもう中学行くしねー」
「それは良かったわ。ね、ママとはどう?」
ママという言葉にメグミの表情はピクっと動いた。やっぱり反抗期である事は間違いばさそうだった。
「私、YouTuberになりたいの」
「本当?」
突然、そんな事も言い始めた。確かに子供の夢の中には、YouTuberもあったはずだが。一方、世相を反映し、公務員や正社員が子供の夢にランクインしているらしい。夢らしい夢と、現実的な夢が二極化しつつあるかもしれない。まさかメグミが夢らしい方を語るとは、予想外だったが。
「YouTuberになって何したいの?」
「特にない。チヤホヤされたい」
「それじゃダメだよ。ちゃんとビジョンがないと。売れてる人は、ビジョンが明確だよ。というかYouTuber自体は今からできるんだから、さっさとやってみたらいいんじゃない?」
まともな指摘をしたつもりだったが、メグミは不機嫌になりはじめた。
「私は好きなことして生きたいの。YouTuberでも、好きな事してワクワクした方をやってれば成功するって言ってたもん」
私は頭を抱えそうになってきた。それで上手くいくなら人生楽ではない。そういった発言をするのも、ある意味夢を見せているのだろう。成功している人ほど、陰でやっている血を吐くような努力は決して見せない。
「雪乃おばちゃんだって、好きな事やってるでしょ?」
「そうだけど、ギャラの交渉とか営業とか、締め切りの前とか大変だよ。あと確定申告も」
そうは言っても全くメグミには伝わらず、頬を膨らませていた。妹の苦労がよくわかる気がした。かくいう私も漠然と子持ちになる事に憧れていた事もあったが、現実を見ると綺麗ごとはいえなくなってしまう。
「そうだ、メグミ。スーパーの駐車場でフリーマーケットやってるみたいだけど行ってみない?」
不機嫌になるメグミに、私は苦笑しながら提案した。確かこのフリーマーケットでは、真白さんの店も出店しているらしい。いつものフードトラックではなく、焼き菓子中心に屋台で販売するとSNSででていた。
「行く! フリーマーケットか、ワクワクしてきたよ!」
「わかった、行こう」
食事を済ませてファミレスを出ると、私とメグミはスーパーの駐車のむかった。ファミレスから数分でついた。
よく晴れているせいか、フリーマーケットは賑わっていた。古着や手芸品はもちろん、花や野菜を売っている屋台も出ていた。
「わー、ワクワクする!」
メグミは手芸品のブースにいくと、ビーズやイヤリングに目を輝かせていた。一個100円ぐらいだったので、買ってやったが甘やかしていないかちょっと不安になってくる。やっぱり子育ては難しそうだ。夢ばっかりではやっていられないだろう。
「おばちゃん、あっちにフードトラックにお兄さん、いるよ?」
メグミが指差した方角には、真白さんが屋台に立っていた。
「メグミ、行ってみようか」
「うん!」
二人で真白さんの屋台に向かう。今日は袋詰めされた焼き菓子しか置いてないようだった。ビスケット、パウンドケーキ、マドレーヌなど。パンケーキとマドレーヌは売れているようで、スカスカになっていた。
「あれ? 雪乃さん、今日は姪っ子さんと一緒?」
「ええ。こんにちは」
いつもはフードトラックのカウンター越しで会話するので、変な感じだった。
「お兄さーん、どれがオススメ?」
メグミは身を乗り出し、焼き菓子を見ていた。
「今日はこのビスケットセットかな。色々入ってるよ。ジャムビスケット、アンザック、チョコ、レモン、コーヒー、抹茶、ココナッツ、アーモンド。絞り出しのもあるから、形も色々あね」
真白さんが見せてくれたビスケットの袋は、確かにたくさんに種類が入っているようだった。コスパの良さそうで、一袋ワンコインはお得だ。
「お兄さん、ビスケットとクッキーってどう違うの?」
「それは私も気になった。どう違うの?」
「ビスケットは、クッキーより材料の脂肪分が少ないです。特にアンザックは、オートミールとココナッツで作ってるから、糖質オフでダイエットにもいいかもね」
「え、そうなの?」
メグミは意外と真白さんの営業トークには、載せられていなかった。
「私、コーヒーと抹茶のビスケットは要らないかな。苦いじゃん。そのアンザックってやつとチョコのしか食べたくない」
「わー、メグミ! 失礼な事言うんじゃないの」
私は慌ててメグミを注意したが、真白さんは苦笑していた。
「このビスケットバッグは、嫌いな味も入ってるからより楽しめるよ。嫌いなビスケット食べた後に、好きな味を食べてみ? より美味しく感じるよ」
「そうかなー」
メグミはあくまでも疑り深かった。
「まあ、甘いものばっかり食べるのも飽きるしね。人生と同じで、たまには苦いものもやると楽しいよ。僕だって本当はいつもみたいにフードトラック販売がいいけど、たまにはこうして屋台出すのも悪くないね。楽しい事ばっかりしてても飽きるじゃん?」
その真白さんの言葉に、メグミは何もいえなくなり、素直にビスケットバッグを購入していた。
その後、駐車場のすみにあるベンチに座って二人でこのビスケットを摘んだ。
「あのフードトラックのお兄さん、私みたいな子供も意外と大人扱いしてくるよね?」
「そうかなー?」
「うん。なんか、YouTuberになるのやめよっかなー。あんまり楽しくなさそう」
そう言ってメグミは、袋からコーヒー味のビスケットをつまんだ。
「コーヒー味の美味しい?」
「別に好きな味じゃないけど、たまに食べると美味しい気がするような? っていうか、このオートミールとココナッツ入ったアンザックってやつ美味しい」
確かにメグミの言うように、アンザックというビスケットはザクザクで美味しかった。
実は私はレモン味は少し苦手だったりする。でも、いろんな種類のビスケットを食べていたら、それはそれで悪くない気がした。
「YouTuberになるのやめてどうするの?」
「うーん、わかんない」
「そっかー。まあ、おいおいやりたい事も見つかってくるよ」
そう言うと、いろとりどりのビスケットを楽しんだ。なぜかレモン味のビスケットも、そんなに不味く感じなかった。真白さんの言った通りかもしれない。
気づくと、あんなに袋いっぱい入っていたビスケットは空になっていた。