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第26話 子供のスコッチパンケーキ

 

 7月に入り、間も無くして梅雨があけた。不安定な天気はなくなったが、日差しが強くて熱い。服装もすっかり半袖になったが、日焼け止めや日傘はかかせなくなっていた。屋外でマスクもしていない。屋内では一応するが、この暑さでマスクをしたら、暑さで大変だろう。まあ、相変わらず日本ではマスクをしている人が多いが、感染者も減っていきアクリル板などは撤去されつつあった。


 そんな折、小説の新作が完成した。8月のネット新人賞の締切までに何とか間に合った形になる。秋ごろに結果がわかるが、その前にネットの投稿サイトにアップしていく形になるので、読者からの反応はわかる。その点は久しぶりで、ドキドキしてくるが、ようやく企画が通らない状況は脱失出来るようだった。


 その作業などもあり、他の仕事もあり真白さんのフードトラックは行けない日が続いていた。雨の日、スーパーのイートインスペースで会った事を思い出すと、理由は全くわからないが心が浮ついたようなドキドキしてくるような妙な気分になった。


 梅雨があけて夏が来たし、新作も完成したので自分の気持ちもどこか浮ついているのかもしれない。


 SNSを見ると7月の真白さんの営業予定は、かなりイレギュラーのようだ。場所はこの町周辺だったが、夏祭りなどのイベントに多く出店するようで、スーパーや書店駐車場、駅前ロータリーではあまり営業しないようだった。それでも今日は、私の家の近所の公園で営業するというので、行く事にした。


 私の仕業も少々忙しくなってきたし、次の日いつ行けるかわからないからだ。何だかこんなに真白さんのフードトラックを楽しみにしている自分に戸惑ってしまう。確かにお菓子は美味しい。よっぽど胃袋を掴まれてしまったという事で納得するしかない。


 昼ごはんを食べたあと、散歩がてら近所の公園に行くことにした。


 日焼け止めを塗り、日傘もさした。最近は男性も日傘をさすと聞くが、この暑さだと仕方ない。


「やーい、おばさん、日傘してる!」


 家をでて野菜畑が広がる長閑な田舎の道を歩いていると、近所のクソガキがからかってきた。確か名前は高木勇人くん。小学五年生らしいが、ちっとも可愛げが無い。この子は体格も良く、ぐんぐん背が伸びているよう。もうランドセルもあんまり似合っていない。


「日傘さしちゃダメなの?」

「おばさんっぽい。ギャハハ!」


 本当に生意気だ。親や学校の先生の苦労が簡単に想像できてしまうが、いつもよりちょっと様子が変だ。わざと大人を挑発しているというか、かまってちゃんしてる気がする。


 私は勇人くんに視線をあわせて表情をよくみてみた。確かにちょっといつもより変な気がした。


「どうしたの? 何かあった?」

「ふん、別に何にもねーよ!」

「本当に生意気ねぇー」

「クラスのヤツがわからず屋なんだよ。生意気で、偉そうなんだ!」


 勇人くんは口を尖らせ、ぶつぶつと小声で文句を言っていた。どうやらクラスメイトと喧嘩してしまったらしい。口では文句ばかり言っていたが、色家と複雑ない心境の模様。


「イライラしてたらお腹すいちゃったよ。おばさん、真白さんのフードトラックで何か奢ってくれよ。シナモンロール持ってないの?」


 そういえばシナモンロールを勇人くんに餌付けした過去があった事を思い出す。


「図々しいわねー」

「出世払いだよ。俺は大物になるぞ!」

「馬鹿言ってないの。そうねー、私もフードトラック行く予定だったから、一緒に行こうか」

「やったー!」


 思いがけず勇人くんに奢る事になってしまったが、子供らしく笑っている姿は、ちょっと可愛いものだ。自分にも同じぐらいの子供がいてもおかしくない年齢なので、ちょっと親心のようなものも芽生えていたかもしれない。生意気なクソガキだが、根っからの悪い子とも言い難い。


 公園に入ると噴水のある広場で、ミントグリーンのフードトラックが見えた。


 今日も噴水は止まっていたが、公園の木々の緑は太陽の光に反射され、生き生きと輝いていた。


「勇人くんと雪乃さんじゃないですか」


 真白さんは、私達を見ると歓迎してくれた。勇人くんも真白さんのフードトラックの常連客で中が良いようだった。


「真白おじちゃん、こんにちは! 今日は何がある?」

「勇人くん、グッドタイミングだよ。今日はスコッチパンケーキを作ってあげよう」

「スコッチパンケーキって何?」


 私は聞いた事ない名前で思わず質問してしまう。


「イギリスのパンケーキで、小さくて可愛んだ。イギリスでは子供に大人気みたいだよ。おやつにぴったりだし、値段も安いよ」


 真白さんの営業トークにのせられ、今日はスコッチパンケーキにする事になった。さっそく真白さんはパンケーキを作り始め、ふんわりと良い香りが広がり、勇人くんの上機嫌な声をあげていた。


「わぁー、うまそうじゃん!」


 スコッチパンケーキは、小さなパンケーキが何枚も重なってある。まるで葉っぱのような可愛らしいパンケーキだ。ハチミツとバターもかけられ、キラキラと輝いている。確かに子供の為の可愛らしいお菓子に見えた。


「うまそう!」


 勇人くんの機嫌は完全に良くなっているようだった。


「実は俺、クラスメイトと喧嘩しちゃったけど、これアイツにも食べさせてあげたいなー」


 私が財布を出してお金を払っていると、勇人くんはそんな事を言っていた。


「アイツって誰?」


 真白さんがカウンター越しに聞くと、なんと勇人くんは女の子の名前をあげていた。


 思わず私は真白さんと目を見合わせる。


「恋じゃないですかね? これは。好きな子をいじめちゃう男子ってよくいるじゃないですか」

「たぶん、そうね」

「まあ、僕はいじめるタイプじゃなかったけど。むしろ女子にいいように扱われる系だったけど」

「本当?」


 小声でそんな事を話していると、勇人くんは早く食べたいと騒ぎ始めた。


 という事で、私と勇人くんは店の前にある椅子とテーブルにつき、スコッチパンケーキを食べた。


 はじめて食べるのに懐かしい味のするパンケーキだった。焼きたてのパンケーキの香りは、やっぱりちょっと特別だ。


「美味しい!」


 何より、目の前で美味しそうに食べる勇人くんの表情を見ているのが楽しくなってしまった。


「勇人くん、今度その女の子連れてきなよ。腕によりをかけて甘〜いスコッチパンケーキを作ってあげるよ!」


 冷やかすように真白さんは声をかけてると、勇人くんの顔はゆでダコみたいに真っ赤になっていた。


 勇人くんにしては珍しくおとなしくなってしまった。その姿を見ていると、ちょっとおかしくて笑ってしまった。

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