第25話 雨の日のおやき
6月下旬だが、まだまだ雨の日が続いていた。単なる雨の日だったら良いが、晴れたあとにゲリラ豪雨があったり、ちっとも洗濯物が乾かない。
洗濯物は乾燥機を使って手抜きしていた。文明の力に頭が下がる思いだ。
小説の仕事の方は、新作を取り組んでいた。そろそろ終盤に差し掛かり、7月には完成しネット投稿する予定だった。ネット投稿は久々にするので、その点はちょっとドキドキしてくる。
ネット投稿サイトは、ランキング、イイね!の数、閲覧数などが露骨に見える化する世界だ。正直なところ、今回の新作はネットで受ける要素が無いので、ランキング上位に行く事は難しいだろう。それでも今回チャレンジする新人賞は、意外と丁寧に作品を見ることで有名だった。過去にネットで受けないテーマの作品も多数受賞している。小説の難しさをよく知っている私は、簡単に受賞できるとは思っていないが、出来るだけの事は最後まで頑張りたいと思う。
今日は窓の外の雨音を聞きながら、小説の新作を書き続けた。真白さんに聞いたお菓子の豆知識も作中に入れている。
「はぁー。今日も書いたわ……」
今日も筆がすすみ、1万文字近く書いてしまった。プロだと当たり前の文字数だが、新作はいつもと違う神経をつかう。すっかり糖分などのエネルギー切れを起こしていた。
今日は雨が強いので真白さんのフードトラックは、中止だとSNSにでていた。かといって冷蔵庫には昨日の残り物の野菜スープ、冷えたご飯しかない。しかも表面はパサついているんlで、あとでチャーハンか雑炊にするしか無いだろう。この冷蔵庫の中身を食べる気分にはなれず、スーパーに買い物に行くことにした。
雨は降っていたが、歩けないほどではない。天気予報では夕方ぐらいから雨があがるとあったし。
「おばちゃん! 今日はシナモンロールないの?」
途中で近所のクソガキにあった。シナモンロールの一件から、それをねだられる事が多かった。下校途中なのか、クソガキは黄色のレインコートがよく似合っていた。
「ないよ。真白さんのフードトラックも雨でお休みだって」
「そっかー。残念! っていうか雪乃おばさん、知ってる?」
「何が? というかおばさんというのは失礼では?」
「真白さんって昔はカフェやってたんだって。何でフードトラックやってるんだろうね」
その話は初耳だった。
「さあ。知らないよ」
「やっぱりコロナで潰れたのかな? フードトラックは、コロナ関係ないし」
意外とクソガキが鋭かった。確かに店内で食べるカフェと違いフードトラックは、お持ち帰りが基本スタイルだ。
しかし、真白さんの過去を詮索する気持ちにはなれない。そんな距離感でもないし、私と真白さんは常連客とフードトラック店主という関係の域を出ていない。
「じゃあね。雪乃おばさん」
「おばさんって失礼では…? というかちゃんと宿題やるのよー」
「やるって」
こうしてクソガキと別れ、スーパーに向かった。
雨の日で昼過ぎのスーパーは、あまり客はいなかった。店内ではテンションの高い音楽が流れていたが、別にこちらの気分は上がらない。やっぱり雨の日は、どうも心が重くなるような何かがある。しかもいつもより食欲もますというか、甘い物かしょっぱいものを食べたくなってしまう。
トマト、キュウリなど野菜、インスタントコーヒー、食パンをカゴに入れると、お惣菜コーナーを見てみたい。
惣菜コーナーには、お焼きがあった。長野県の名物で、中には野沢菜がたっぷり入っている。
確か色々食感があり、蒸しているだけのものはモチっとしていて、焼いたり揚げたりしているのはカリッとしているらしい。このお惣菜コーナーにあるお焼きは、その中間といったところだろうか。
表面は焼き色がつきカリっとしてうたが、他の部分はもちもちだ。
別に長野県には何の縁もゆかりもないが、見た目もまん丸で素朴で、思わずカゴに入れた。
惣菜コーナーにはセルフでカップに入れる豚汁もあるようだ。味噌汁とお焼きの組み合わせなんて最高ではないか。
今日のおやつはこれにしよう。甘い物もいいが、こんな雨の日は塩っぱいものが妙に食べたくなった。
こうしてお焼きと味噌汁も購入し、レジをすませた。スーパーのレジはもうほとんふセルフレジだ。技術は進歩しているのに、袋も有料だしどうも昔より不便になっている気がする。このまま有人レジは全部なくなりそうで、少し寂しい気分だ。
レジを済ませると、イートインスペースにいき、自動販売機で紙コップの紅茶を購入した。
イートインスペースは他に人もいないので、ここでお焼きと味噌汁を食べる事にした。
お焼きは野沢菜たっぷりで、溢れ落ちそうだった。イートインスペースで食べるべきではなかったかと後悔しそうになるが、急いで口にいれる。
表面はカリッとしているが、全体的にもちもちで、食感も楽しい。素朴なおやつだが、意外と奥の深さを感じる。味噌汁との相性もよく、これだったらカロリーという罪悪感にも打ち勝てそうだ。
「あれ? 雪乃さん?」
偶然、真白さんに会ってしまった。今日はいつもの白いエプロンではなく、シャツにジーパンだった。普段と違う姿にちょっとドキドキしてくる。
「お焼き食べてるの?」
「ええ。美味しいわ。真白さんは、どうしたの?」
「雨でさ、お客様も来ないから今日はお休みだよ。僕もお焼きで一休み」
真白さんはマスクを外し、お焼きを食べていた。初めて素顔をみた。想像通りのかおだったが、歯並びもいい。笑顔が似合いそうな顔に見えるが、今は真白さんを笑わせられそうなネタは思いつかない。
「うちでもお焼き売ろうかな。意外と奥の深いよ。野沢菜も美味しい」
「是非売ってくださいよ。甘いものばかりなのの、カロリーが心配で」
「でも雪乃さんは太ってないよ」
ナチュラルに褒められてしまったのだろうか。やっぱり真白さんは人たらしのようだった。
二人でしばらく雑談しながらお焼きを食べた。別にどうって事ない世間話だったが、やっぱり一人で食べるより、誰かと食べる方が楽しかった。
「長野県の友達いるから、今度お焼きの作り方聞いてみよう」
「へえ、長野県に友達いるの?」
「うん。僕は友達の多さだけが誇りだからさ」
確かに真白さんは友達が多そうだ。
「私も友達にカウントしていい?」
なぜかこんな言葉が溢れてしまった。
「はは、いいよ。っていうか常連さんはみんな友達さー」
真白さんのマスクなしの笑顔を初めてみた。人懐っこい優しい笑顔だった。なぜか満足してしまった。これはお焼きのせいではないかもしれない。
「あ、野菜やお肉がダメになっちゃうから、もう帰るね」
「そっかー。じゃあ、また今度お店で」
「じゃあ、また」
そう言って真白さんと別れた。
スーパーを出ると、もう雨は上がっていた。地面の上の水たまりは、薄い青空を反射していた。
また、こんな風に真白さんと会話したいなぁ。理由はよくわからないけれど、ちょっと胸がドキドキしていた。




