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第24話 一人で食べるマリトッツォ


 久々に仕事で徹夜をしてしまった。真白さんのブラウニーやお菓子のおかげで何とか乗り越えられたものだが、身体は疲れていた。その後、ほぼ半日中眠りこけていた。


 起きると、もう昼過ぎだった。最近は規則正しい生活をしていた為、こんな時間帯まで寝ていた事に罪悪感はある。


「はぁー。なんかお腹空いてきちゃった。というか、真白さんのコーヒーポットや保冷バッグ返さなきゃ」


 これは早く返した方がいいと思うし、お腹も減ってきた。


 コーヒーポットを洗い、身支度を整えて真白さんが最近営業している隣町の駅前ロータリーに向かった。


 昨日と違って今日は雨も上がり、薄い水色の空が広がっていた。湿気のせいで別に涼しくはないが、とりあえず雨は上がってよかった。


 晴れた日に水たまりのある道を歩いていると、ちょっと嬉しい気分になってくるものだ。徹夜をしたせいで、身体は疲れてはいたが気分もすっかり晴れていた。というか、締め切りまで間に合った爽快感で、少しハイになっているのかもしれない。


「真白さん、昨日はありがとうございました」


 ミントグリーンのフードトラックを見つけると、さっそく駆け寄りコーヒーポットや保冷バッグを返した。


「今日じゃなくても良かったのに。その顔は無事に仕事終わったね?」

「ええ。おかげさまで。本当に爽快な気分! ブラウニーもコーヒーもどれも本当に美味しかったわ」

「お役に立てたのなら良かったよ!」


 カウンター越しとはいえ、二人の間にほのぼのとした空気が流れてしまった。真白さんはニコニコと笑っていたが、やっぱりマスクをしているのは残念に思う。


「マスクは外さないの? もうだいぶ緩和されてるし、海外でも誰もマスクしてないよ」


 私も屋外ではマスクは外していた。店舗などの屋内ではするが、基本的に自己判断に任されていたはずだが。


「いや、やっぱり飲食店だからね。そこは変な噂立つと……」

「そっか」


 珍しく真白さんの顔が曇ったので、この話題は変える事にした。何かマスクというか感染症対策で嫌な気持ちになった事でもあるのだろうか。やっぱりこの事はあまりツッコミを入れない方が良さそうだ。


「今日は何かおススメある? ベーグルやマフィンも美味しそうだけど」

「マリトッツォがオススメだよ。この場でクリームいっぱい詰めてあげる。クリーム爆弾! どう? 締め切り明けに血糖値爆上がりのスイーツ食べない?」

「う、でもカロリーが」

「たまにはいいじゃない? 頑張った後に美味しいもの食べて何が悪いの? ご褒美だよ」


 そんな事言われてしまうと、もう拒絶はできない。今日はマリトッツォにする事にした。


 真白さんの手によりクリームがパンに挟まれていく。これでもかと大量のクリームだ。カロリーの心配より、食欲の方が優っている。


 出来上がったマリトッツォを見ると、確かにクリーム爆弾だが、白いクリームはかまくらを連想させる。


 イタリアのおやつだが、この形は日本人のノスタルジーを刺激する何かがある。フォルムも巨大な鈴カステラに見えなくもない。


「マリトッツォは元々聖なるマリトッツォとも呼ばれていたんだ。イタリアでがカトリックっていう戒律に厳しいキリスト教徒が多いじゃん? それで唯一許されていたスイーツがマリトッツォだったとか」

「へー。許されているものの割には、カロリー炸裂してるわね」

「そうだねぇ。あと、イタリアでは男性が結婚予定の女性に贈り物送る習慣もあったらしい。マリートっていう夫を意味する言葉からマリトッツォになったそう」

「面白いね。新作の役に立ちそうだからメモしてくわ」


 メモをとっている私をみて、真白さんは満足そうに頷いていた。


 家に帰ると、さっそくこのマリトッツォを食べてみた。


 買ってすぐ食べても良かったが、このクリーム爆弾をスマートに食べる自信はない。しれにあの後、また天気が悪くなってきてしまった。今はポツポツと雨音が窓の外から聞こえてくる。


 マリトッツォは美味しかったが、案の定口が手がクリームで汚れてしまう。これは外でがなく、家で食べるスイーツだろう。コロナ禍が始まった時期にマリトッツォが流行した意味もわかってしまう。マナーなど忘れて家で思いっきり楽しむスイーツだ。


「お、美味しいー!」


 クリームは微かに柑橘系の味もして、くどくない。意外とするっと全部食べてしまった。


 ふと、このマリトッツォを一緒に食べる相手はよっぽど仲のいい家族ぐらいしか居ないだろうとも思う。


 元夫と一緒にマリトッツォを食べているシーンがどうしても想像できない。元夫に壁を作り、いい奥様ぶっていたかもしれんない。そういう意味では、離婚の原因は自分にもあるのだ。元夫が全面的に悪役という事はない。どんな揉め事もどっちかが100%正しい事も間違っている事も無い気がした。


 そう思うと、元夫の事もだんだんと許せそうな気がした。


 そんな事も思うのも、このクリーム爆弾で自分の固くなった心も砕かれていたのかもしれない。


「美味しかった」


 たまには一人で食べるマリトッツォも悪くない。

 

 窓の外から聞こえる雨音が強くなってきた。梅雨明けはもう少し先になりそうだ。

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