第23話 真夜中のブラウニー
近所の変質者の事件が解決し、あの女性が謝りにきた。ちょっと気まずい時間が流れたが、これで誤解も解けてよかった。
すっきりとした気分で、仕事部屋のパソコンに向かうと、ライティングの仕事のクライアントからメールが届いていた。なんと納期の時期を間違って伝えたようで、締め切が明後日……。まだ半分以上残っている仕事だった。
「そんな、困りますよ。一カ月先が締め切りって言われてたんですよ」
電話をかけて、クライアントに確認したが、相手は涙声で謝るだけだった。
「本当ごめんなさい。ここをなんとか明後日までに!」
「わかりました。でもクオリティは、いつもより落ちるかもしれません」
「大丈夫です!」
電話を切ったあと頭を抱えた。これは徹夜コースかもしれない。
過去にも色々と突発的な事が起きた事があったが、自分がスケジュールを念押ししていなかった事も悪かったのかもしれない。
仕方がない。やるしか無いようだった。
ふと、仕事中の食事はどうしようと考えた。昔はチョコレートバーをネットで大量に購入し、仕事が忙しい時に食べていた。今はそこそこ規則正しい生活をしていたし、真白さんのフードトラックにもすっかり常連になっていた。
「SNSで予約注文できないかな?」
そう思いついた私はSNSから真白さんに連絡をとった。
事情を説明すると注文もできるという。というか、突発的な大雨で隣町で営業できなくなったため、お菓子が各種余っているという。しれでよければ少し値引きして売ってくれるという。確かに最近はゲリラ豪雨も多く、今日もつよい雨が降っていた。
しかも私の家まで届けてくれるという。真白さんの優しさに恐縮してしまうが、ここは甘える事にした。同時に私の本名や住所もバレてしまったが、まあ大丈夫だろう。
こうして雨音を聞きながら仕事をしつつ、真白さんが来るのを待った。
キーボードを叩きすぎて、ちょっと指が痛くなってきた時だった。家のチャイムがなった。
「こんにちは! 注文したお菓子を持ってきたよ!」
真白さんだった。いつもはカウンター越しに会話をするので、普通に会うと変な感じだった。
雨は少しおさまっていたが、まだポツポツ降っていた。雨の匂いに混じってケーキ屋のショーケースのような、焼きたてのクッキーのような甘い香りが真白さんからした。
「中身はブラウニー、ベーグル、カップケーキ、ドーナツ。あとポットに入れたコーヒーもあるよ」
真白さんから保冷バッグを受け取ると、どっしりと重かった。
「そんな。こんないっぱいいいの?」
コーヒーは注文していなかったはずだが。恐縮しながら代金を払った。
「いいよ。いつもご贔屓してくれる御礼。ポットやバッグは後で返してくれればいいから」
「わかった。本当、ありがとう!」
思わず笑顔で礼を言った。真白さんは目尻を下げて頷いた。やっぱりマスクで顔が見えないのは、残念だと思う。
「ちなみにブラウニーは、西洋にすむ妖精が由来なんだ。寝ている間にこっそり人間を手伝ってくれる妖精ブラウニーがいるだって。雪乃さんの仕事もきっとうまくいくよ」
そんな風に励まされたら頑張るしか無い。
「ありがとう! 仕事がんばる」
さっそく仕事部屋のディスクに向かい、私は仕事にとりかかった。もちろん、真白さんが持ってきたお菓子を片手に。
どのお菓子も片手で食べられるものばかりで、助かった。
コーヒーも温かく、紙コップも一緒にあったのが地味にありがたい。ここに注げば後片付けが楽だ。
「ブラウニー、美味しい」
気づくと夜になっていたが、特にブラウニーの甘さに生き返ってくる。チョコは濃厚で、ナッツがぎっしり。少しスパイシーな香りもして食べ応えもある。
真白さんの話だと妖精ブラウニーは、人間を手伝ってくれるらしい。そんな妖精は一切現れず、手が痛くなるぐらいキーボードを叩きつづけている。
むしろこのブラウニー自体が私を助けてくれている。頭に糖分が入り、バリバリと文字を打ち込んでいく。
あと少し!
気づくともう真夜中だったが、コーヒーでカフェインをとり、何とか踏ん張った。
少し窓の外も明るくなりはじめた頃、ようやく仕事を終えて納品した。
「お、終わった……」
ディスクの周りはお菓子のクズ、紙袋や紙コップで散乱していたが、どうにか終わった。
妖精なんていない。
それでも、真白さんやコーヒーに助けられたところも大きい。決して自分一人の力では、完成出来なかったと思う。
窓の外は、どんどん明るくなっていた。雨も上がったようだ。
「と、とりあえずよかったわ……」
ホッとして、身体から力が抜ける。同時に眠気も遅い、自室のベッドに向かった。
夢の中では、ブラウニーが出てきた。よっぽど美味しかったのだろう。願わくはこんな緊急事態ではなく、落ち着いた時に食べたいと思った。