第18話 偏見のキャロットケーキ
ゴールデンウィーク中、姪のメグミが遊びにきた。メグミの親達は、ゴールデンウィーク中も仕事があり私に面倒みてほしいと頼まれたわけだが。ちょうど仕事も順調に進んでいて時間もある。私は喜んでメグミの面倒を見ることにした。
前回会った時より少し性格も落ち着いたようだが、お菓子食べたいと騒がれ、結局真白さんのフードトラック目当てに隣町の童話公園に行く事になった。
「あのフードトラック? わーい、楽しみ!」
メグミは、前回行った真白さんのフードトラックを記憶していたようで、上機嫌だった。
「あの地味なマカロンが美味しかった!」
「メグミ、今日も地味なマカロンがあるとは限らないわよ」
「どうして?」
「あのフードトラックの店員さんは、メニューは気まぐれ営業していんだって」
「そっかー。あれ? なんか雪乃おばちゃん、嬉しそうじゃない?」
メグミにそんな指摘をされたが、自分の機嫌が良い自覚はあんまりなかった。
そんな事を二人で話しながら童話公園に入ったが、行楽日和のゴールデンウィーク。人だかりができて混んでいた。今日の童話公園ではご当地アイドルのステージもあるらしく、余計に混んでいるようだった。家族連れも多いが、ご当地アイドル目当てのちょっとヲタクっぽい人も多い印象だった。
メグミの横をヲタクらしき男性がすれ違った。
「うわぁ、あれヲタクだよ」
メグミは顔を顰めていた。
「そんな風に言ったらダメだよ。人を見かけで判断したらダメだって」
一応教育的な事を言っておく。というか、妹や学校の先生はこんな風に子供に注意して教育していると思うと、頭が下がる思いだった。子供の教育なんて耳の痛い事を言わず、甘い事ばかり言っている方が圧倒的に楽だろう。
「えー、だってヲタクはキモいよ」
「そんな事言ったらモテないわよ。クラスで男子に人気ある女子は、人を分け隔てなくフレンドリーなタイプが多くない?」
「確かに……」
そういうとメグミはようやく納得してくれた。やっぱり子供の世話というか教育は大変だと思わされた。
「しかしフードトラックの方は混んでるね。雪乃おばちゃん、行列に並びたく無いんだけど」
「仕方ない。たぶん、しばらくしたら空くと思うから、ちょっと待っていましょう」
二人で童話公園にあるオブジェを見たり、特設ステージの方でご当地アイドルをちらっと見たりした。確かにヲタクっぽい人も多いが、意外とクオリティが高い歌と踊りで、メグミも楽しんでいた。
「けっこう楽しかったかも。偏見持つのは良くないかもね」
ヲタクを馬鹿にしてたが、メグミはそんな事まで言っていた。
こうして再びフードトラックの方の向かった。予想通り行列はひき、売れきれてクローズになっているフードトラックもあるようだった。
「えー、マカロンもドーナツも全部売り切れなの!」
真白さんのフードトラックもほとんど売れ切れになっていた。それを聞いた真白さんは、苦笑していた。
「僕のおやつ用に作ったキャロットケーキでいいなら、どう? もちろんお代は頂かないよ。いつもご贔屓してくれているからね。子供の日だし、お嬢ちゃんには特別」
「あらあら、そんな。でもありがとうございます」
私は真白さんからタッパー入りのキャロットケーキを受け取った。本当に真白さんのおやつ用だったみたいだ。
真白さんの気遣いに私はぐっと込み上げてくるものがあるが、メグミは子供らしく口を尖らせていた。
「えー、キャロットケーキなんて美味しいの?」
「こら、メグミ。そんな事言ったらダメよ」
こんな時も子供らしくワガママを言うメグミにため息が出そうだ。やっぱり子供の教育は難しい。
「うん。美味しいはずだよ。イギリスの代表するお菓子でもあるんだ」
「イギリス? イギリスって料理が不味い、日本の方が質がいいってパパが馬鹿にしてたよ」
生意気な口をたたくメグミをどうしようかと思う。妹は反抗期とも言っていたが、それは本当のようだった。
「そんな事ないよ。イギリスはイギリスでご飯もお菓子も美味しいよ。それは偏見だと思う。日本人も本当に食べ物に誇りがあるのなら、他国の料理も尊重すべきじゃないかな。日本食だって他国のものから影響受けたもの、日本風にアレンジしたものもいっぱいあるよね」
真白さんはやんわりとメグミを叱っているようだった。口調はソフトなので、メグミは叱られている自覚は無さそうだったが。
「イギリスのニンジンは、実はとっても甘くてね。戦争中、砂糖の代わりにキャロットケーキが作られていたらしい。このキャロットケーキは、日本のニンジンで作ったからちょっとイギリスのものと違うけれど、スパイスやオレンジ、アイシングを工夫して甘いケーキにしてみたよ。それでも甘さ控えめで、野菜の栄養素もとれるケーキってすごくない?」
「そ、そんな事言われると食べたくなるじゃん」
メグミは真白さんの営業トークというかヲタク的なお菓子の蘊蓄トークに、すっかり意見を変えていた。
「だったら商品化していつでも食べられるようにして下さいよ」
私も食べたくなって、リクエストした。
「これはこだわりの一品だからね。正直、キャロットケーキに偏見があるお客様には売りたくない」
「めちゃ職人肌!」
メグミは冷やかしていたが、その気持ちはなんとなくわかる気がした。自分も趣味でエッセイや小説を書く時があるが、そんな時こそ妙にこだわってしまう。
フードトラックをあとにすると、公園のベンチの座り、メグミと一緒にキャロットケーキを食べた。
「う! これ美味しい!」
メグミはびっくりして目を丸くしていた。
「これは、控えめに言って最高ね……」
ニンジン入りのケーキなんて食べ応えがないだろうと偏見があったが、スパイスやオレンジの香りがよく、フロスティングもたっぷりで美味しい。満足感も高い。ニンジン嫌いの子供が食べたら、騙されたような気分になるだろう。
「そっかぁ。偏見持つのは勿体ないのかも」
メグミはポツポツと呟いた。
その通りかもしれない。ニンジン入りのケーキなんて不味いなんて偏見を持ち続けていたら、このケーキを食べる機会はなかったかもしれない。
「これ、商品化してほしいわ……」
やっぱりそう思うが、職人肌の真白さんを説得するのは難しそうだった。
自分のSNSではキャロットケーキを推すぐらいしか出来ないだろう。
やっぱり人々の偏見はもったいないと思ってしまった。