第17話 メーデーのムンッキ
世間ではゴールデンウィークというものに入ったらしいが、私は相変わらずの日常を送っていた。
無事、新しいアイディアが浮かび、資料探しに取り掛かっている。
異世界のヨーロッパで、元修道士がケーキ屋を開き、街の人々の悩みをきき解決していくハートフルな物語というのが浮かび、ウキウキとした気持ちで資料を集めていた。
企画を通すのは難しいと判断し、久々にネットで新人賞の応募になるわけだが、その事で一歩進んだ。
元夫からは、時々不明なメールが送られてきたが、全部無視していた。今は資料探しに忙しく、それどころではない。
一つ残念な事は、真白さんのフードトラックが隣町で営業を始めてしまった事だった。お陰でフードトラックに行けない状況が続いていた。
もっとも電車を使えば行ける距離だし、ゴールデンウィークでは隣町の童話公園と言われている場所で営業するので、楽しみだ。
童話公園は、その名前の通り人魚姫、親指姫、シンデレラなどのオブジェがある公園だった。この町にある公園よりも広々とし、バラ園もあり、親子連れで賑わっている。おそらく真白さんは集客が見込める場所に移動したのだろうと思う。
資料探しにひと段落した私は、5月1日に童話公園に行ってみる事にした。
まさに行楽日和。よく晴れた日だった。
童話公園の中央広場では、たこ焼き、今川焼き、ピザなどのフードトラックも集まり、行列ができていた。真白さんのフードトラックも見えたが、行列ができていて、ちょっと気後れする。
しばらく行列が消えるまで、童話のオブジェがある方へ向かう。童話もオブジェは、幼稚園生活ぐらいの子供ぐらいのサイズで、大きくはないが、表情豊でなかなか面白い。仕事の何か役に立つかと思い、オブジェの写真をとっている時、声をかけられた。
「雪乃じゃない! 久しぶり!」
友達の晶子だった。結婚していた時に仲良くなった友達だ。いわゆるママ友という存在だったが、私には子供はできる間もなく離婚してしまった。以来、晶子とは会った事はなかった。
晶子は10歳ぐらいの子供を連れていた。確か凛太くんという名前だった。前あった時はもっと小さく、幼い顔だちだったはずだが、時が経つのは早いものだ。晶子もそれだけ老けていたが、それはお互い様だろう。彼女は噂も好きだったから、私の離婚については色々陰で話していた事も容易に予想がつき、ちょっとげんなりしてきた。
特別会いたい相手ではなかったが、なんとなく話すことになり、公園のベンチで二人で腰掛けた。
凛太くんは、はしゃぎ回っていた。見た目よりは、ちょっと元気な子供のようだ。
「なに? 雪乃は一人で公園来たの?」
晶子はちょっとゲスっぽい目をしていた。
「うん。美味しいフードトラックのお店が気になって」
「へー。雪乃はいいな。私はさ……」
晶子はずっと愚痴をこぼしていた。コロナで旦那の収入が減った為、仕事を再開したが、共働きは想像以上大変で、毎日心が砕けそうという事だった。その上、凛太くんに発達障害の疑惑があり、「結婚するんじゃなかった。雪乃が羨ましい」とまで言ってきた。てっきり、私の離婚について嫌味を言ったり、マウントとってくるかと思ったが、そうでもなかった。
「仕事はいいけど、家事が本当に嫌。シャンプーとか洗剤の容器詰め替えしてる時、発狂しそうになる。ぶっちゃけリサイクルなんてどーでもいいよ。地球より主婦を労って欲しい」
これは相当お疲れのようだった。下手に励ますのも違うと思い、とりあえず晶子と凛太くんを真白さんのフードトラックに連れていった中途半端な時間のせいか、行列も無くなっていた。
今日の目玉メニューは、北欧のドーナツのようだ。ムンッキという名前のドーナツでカルダモンというスパイスが入っているそう。真白さんは、北欧では5月1日・メーデーのお祝いとして食べると楽しそうに豆知識を語っていた。
「ふうん。メーデーか。でも私の仕事は所詮ダンナの給料よりは劣るし、家事の方が大変ですよ〜」
その話を聞いた晶子は、再び愚痴をこぼしていた。凛太くんは、フードトラックの周りでちょっと騒いで、晶子はため息混じりに注文した。
確かに晶子の姿を見ているだけで、大変そうだった。自分がその立場になれと言われたら、嫌だなぁ、無理だと思ってしまう。
「家事や子育ても立派な労働ですよ。主婦の知恵から生まれらお菓子のレシピもいっぱいありますし。僕は尊敬するなぁ」
真白さんの優しい言葉に、晶子は少し涙目になっていた。相変わらず人たらしのようだが、私も同じ気持ちだ。晶子は自分には決してできないことをしていると思う。友達なので、尊敬とまでは言えないけど。
こうして私達は、この珍しい北欧のドーナツ・ムンッキを購入し、公園のベンチで座って食べた。
「うまい! 母ちゃん、こんな美味しいドーナツ初めて食べたよ!」
凛太くんは、ドーナツを食べてちょっと大人しくなっていた。
見た目は普通の粉砂糖がかかったドーナツだが、爽やかなスパイスの香りがして、甘みもくどくなく美味しい。確かにこんなドーナツは、他の店では食べた事は無い。
「本当、美味しいじゃない。しかもあの店員さん、イケメンだった」
「え!? 晶子はそう思うの?」
真白さんをイケメンだと認識した事はなかった。確かに雰囲気は優しそうな好青年だが。
「うん。さらっとあんな事言えないよね。男性って気がきかない人の方が多いから。うん、美味しい」
そんな事を言われてしまうと、真白さんが自分の印象以上によく見えてしまった。
それはともかく、このドーナツは美味しい。ゴールデンウィーク中にも働いてくれる人がいるから、こうして美味しい時間を楽しめるのだ。
陰で働いている人達を想像しながら食べるドーナツは、より美味しく感じてしまった。