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おいしい時間〜小さなお菓子の物語〜  作者: 地野千塩


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第16話 生活の糧とエッグタルト


 4月も終わりになり、花粉症もだいぶ治ってきた。規則正しい生活も相変わらず続けていて、健康的だった。


 昔は仕事で徹夜ばっかりやっていたが、今はもうアラフォーだし、無理しない方がいいのだろう。今年は少し仕事の休みもとっても良いと考えていた。実際、小説の仕事の方は企画が通らず、時間に余裕はできていた。


 だからと言って企画のボツを重ねるわけにはいかず、新しいアイディアで新人賞の応募を考えていた。企画がボツになったのもそれなりの理由があると思うと、もう少し今までに無いようなアイディアを生み出したかった。


 これが案外難しい。アイディアが浮かべば、資料を探して、一気に進むのだが、最初の一歩でつまってしまっていた。


 時を同じくして求めて夫からもメールが届いていた。元夫は美容師だったが、店をクビになったらしい。上司と揉めて怒りに任せて辞めたいという愚痴が長文で綴られていた。「だから何?」というメール内容で、返信するか迷う。


 過去の浮気について謝罪の一言でもあれば、返信してもいいが、そんなものも一つもない。仕事を辞めたきっかけも、上司は悪くない気がする。あの男は、いつも自分を正当化していた。


 返信するかしないかと考えるだけでもイライラしてしまい、元夫からのメールを削除した。


 このメールを読んでからイライラしてきて、新しいアイディアも浮かばない。


 次の朝は、また真白そんのフードトラックに行こう。明日の朝は、こんな気分をカラッと晴らすような甘いものを食べたい気分だった。


 こうして翌朝、真白さんのフードトラックに行く為に駅ロータリーに向かった。昨日は元夫のせいでイライラとしていたが、フードトラックから漂う甘い香りに胸に吸い込むと、そんな事はすっかり忘れてしまいそうだった。


「あー、お客さん。いらっしゃい。実は5月からは、ここでの営は終わるんだ」

「そんなー」


 確かにそろそろ場所を変える時期だとおもっていたが、改めて聞くとちょっとショックだ。それにこの一カ月ぐらい、ほとんど毎朝真白さんのフードトラックに行く事で規則正しい生活リズムができていた。


「駅前の北口のちょっと先にあるベーカリーがおすすめだよ」

「ちょ、他の店の宣伝するなんて」

「僕は人に美味しいものを食べて貰う事が何より幸せだよ。別に僕の店のものじゃなくたっていい」


 真白さんは、よっぽど美味しいものが好きなようだ。こんな事を言う真白さんは、いかにも「らしいなぁー」と思った。


 カウンターの上を見ると、粉砂糖がふんだんに振り掛けられたドーナツ、野菜やハムが挟まったベーグルやサンドイッチ、しっとり甘そうなフレンチトースト、それに手のひらサイズの可愛らしいエッグタルトがあった。


 エッグタルトは卵の黄身をたっぷり使っているのか、黄金に輝いている。まるで太陽の輝きだ。今日はこのエッグタルトに一目惚れしてしまった。


 さっそくエッグタルトとアメリカンコーヒーを注文すると、真白さんは包に入れながら豆知識を披露していた。


「エッグタルトは、もともとポルトガルのお菓子だけど、修道院が作ったお菓子らしい」

「そういえばポルトガルってキリスト教の国だね」

「うん。修道院では洗濯の糊付けに卵白を使ってたんだけど、卵黄が余ってたんだ。だから、卵黄たっぷりのお菓子が生まれたみたい」

「へー」

「修道院を追われた修道士もこうしてお菓子を売って生活できていたそう。エッグタルトは神様がくれた生活の糧だったんだろうね。ほら、お祈りとかだけじゃ生きていけなし」


 そんな豆知識を聞いていたら、色々とインスピレーションが浮いてきた。異世界風のヨーロッパ世界で、元修道士がお菓子屋を作る物語なんて良いではないか。再びカウンターの上のエッグタルトを輝くような見つめる。確かにエッグタルトは生活の糧というのは、嘘ではない気がしてきた。


「僕のエッグタルトは自信作だよ。外はカリッと中はトロトロ!」

「そんな事言われると絶対食べたい!」


 思わず笑顔でそう言うと、真白さんも目尻を下げていた。つくづくマスクで人の笑顔が見えないのが残念に思う。しかも真白さんは二重マスクだった。飲食店の人だから仕方ないけれど、残念だ。


「僕の生活に糧もお菓子作りだね。僕もお菓子を作ること以外できないから」


 なぜかそう言う真白さんの声は寂しげだった。目尻は下がっていて、表情は柔らかなのに。


 ふと、1月に貰ったケーキの箱に入っていたメッセージカードの事を思い出してしまったが、今はその件については何も言わない方が良いと思った。


 その後、家に帰りゆっくりとコーヒーとエッグタルトを楽しんだ。ほっぺが溶けそうだった。


 その後は、思いついたアイデアをメモして纏めてみた。


 このアイデアだったら書けそうな手がかりを感じた。さっそく資料探しを開始しよう。お菓子の事は真白さんにちょっと質問しても良いかもしれない。


 私も書く事しか出来ないようだ。全く安定性はなく、世間一般的な人とは違うが。


 願わくばこれが生活の糧になりますように。


 祈るような気持ちで、再びアイデアを書き留めた。

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