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第14話 朝のチョコクロワッサン


 4月半ばに入り、花粉症はだいぶ良くなってきた。


 病は気からという言葉は正しいのかも?


 自分で調べて治そうと思った時から、だんだんと良くなってきた。薬、食べ物、空気清浄機、洗濯の徹底など色々要因があるだろうが、とりあえず治ってきてよかった。


 おかげで仕事もバリバリとこなしていたが、小説の新しい企画はなかなか通らない。色々とライターの仕事をしているが、やっぱり1番難しいのは小説の仕事といっていいだろう。デビューして5年生存率はかなり低いときく。私は運良く10年ぐらい小説も書いているが、仕事が無い時は全くない。ジャンルも人気の波があり、レーベルごと潰れるのも珍しい話ではない。そういう意味では、サラリーマンのような安定性は皆無の仕事だったが、仕方がない。自分にはものを書く事しかできない。


 出版社の担当編者には、ボツになった企画でも他のレーベルや新人賞に出せば通る可能性もあるから好きにして良いと言われていた。確かにこのレーベルは抱えている作家も多く、その分競争も激しい。戦う場所を変えるのも一つの手だと思い、新人賞の応募を検討していた。


 今はネットで広く投稿もできるし、賞の数自体は少なくない。


 いつまでも企画の没を引きずっていても仕方ない。幸いな事に時間には余裕があり、ネットで開催されている新人賞に新作を書く事に決めた。まだアイディアは浮かんではいないが、食べ物やお菓子をテーマにしてみるのも良いかもしれない。真白さんの書いているブログを見てちょっと刺激を受けている自分がいた。


 その為には、健康や体力も大事だ。よく誤解されているが、ライティング作業は体力勝負だ。執筆の為に筋トレやジョギング、水泳などをしている作家も珍しくない。


 私も花粉症の一件から、健康を見直そうと思った。生活リズムを崩しやすいので、毎日ぃきちんと同じ時間にご飯を食べようと思った。特に朝ご飯を抜く事が多いのは、反省すべき点だった。


 ちょうどタイミングよく、真白さんのフードトラックも朝の販売も始めたらしい。駅前ロータリーで1ヶ月弱、朝のベーグル、チョコクロワッサン、ドーナツなどをコーヒーとセットで売るらしい。


 という事で、朝にこの町の駅前ロータリーに行ってみる事にした。


 今のご時世はテレワークが多くなったとはいえサラリーマン、OL、高校生達が通勤通学の為に駅に吸い込まれていく。中には子供を連れて保育園に預けてから、出勤しているものも多そうだ。


 久々に朝ご飯をきちんと食べるだけだったが、世間と自分はやっぱり別の生活リズムで生きていると思わされた。


「お客さん、いらっしゃい。花粉症良くなった?」


 後に客がいない事を良い事に、ちょっと真白さんと雑談する。


「ええ。少しはよくなってきた」

「それは良かったね。今日のおススメは、チョコクロワッサンだよ。これは、普通のチョコクロワッサンじゃなくてイスラエルのルガラーっていうパンをヒントに作ってみたんだ。生地はちょっとお菓子っぽくてサクサクしてる」


 そんな事を聞かされたら、注文する他ない。チョコクロワッサンとブラックコーヒーをセットで注文した。駅前ロータリーの近くのベンチは、通勤中のサラリーマンやOLが使っていたので、持ち帰って食べる事にした。


「ルガラーって元々はお祭りの日だけに食べるパンだったけど、ニューヨークで暮らすユダヤ人達が色々アレンジしていたらしい。それで日常的に親しまれるパンになったそう。お祭りの特別のパンが、日常に溶け込むって素敵だよね」


 真白さんは、そんな豆知識を披露していた。確かに特別なものが、日常にあるのは悪い事ではないかも。そんな話を聞いていやら、何か新しい作品のアイデアが浮かびそうで、私の気分も軽くなってきた。


 こうしてちょっと特別なチョコクロワッサンとコーヒーを買い、家に帰った。


 帰る途中、通勤途中のサラリーマンやOLとすれ違う。子供連れの夫婦ともすれ違った。おそらく共働きで子供を預けてから会社の向かうのだろう。


 これが日本の一般的な家庭という姿だろう。もう日本は経済的な成長もないので、男性の給料も下げられ共働きしなければならない家庭が大多数だ。


 今の私の生活は、すっかり一般的なものとは変わってしまった。世間とは逆行していると考えていいだろう。その上バツイチで結婚も失敗した。仕事も成功者とは言い難い。


 そう思うと、言いようのない虚無感のようなものに襲われる。


「あ、このクロワッサン、確かに生地がサクサクでパイっぽい……」


 そんな気持ちを抱えたまま食べたチョコクロワッサンは、とっても美味しかった。慰められている気もした。


 世間と逆行してしまっているのは、仕方がない。自分はこんな風にしか生きられないと許すしか無いだろう。


 こんな世間とは違う日常は、たぶんずっと続いていく。


 でも、ちょっと特別なチョコクロワッサンを食べている時間だけは、虚しい気持ちも忘られていた。

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