13話 創意工夫のバナナブレッド
今年は花粉症がひどかった。
仕事中もグズグズと目が痛くなり、ろくにパソコン画面に向かえない。
空気清浄機をつけたり、自分なりに工夫していたが、全く効果はなく、町の西側にある病院へ行くことにした。
相変わらず感染症対策でピリピリしている病院内で、花粉症というだけでも人々の視線が痛い。ネットで探すと「花粉症です」と書かれたバッチが売っていたので、買おうかと思ったぐらいだ。
でも、それをする事で、風邪をひいている人にもかえって差別的な感情が生まれる気もする。障害者のヘルプマークのような、目的や意図がわかりやすいものでもないし、単なる一目を気にしてつけるバッチのような気もする。
いつから体調不良の人に冷たい世の中になったんだろう。どんなに気をつけていても人は具合が悪くなる。うつした、うつさないで揉める社会は、正しいのかどうかわからない。
そんな事を考えてたら、余計に花粉症の表情が重くなったようで、薬を処方して貰ったらすぐ帰るつもりだった。
薬局を出ると、花粉を吸い込んだのが再びグズグズと鼻も目も痛い。
本来ならすぐ帰るべきだったが、病院の近くの公園で真白さんがフードトラックを営業している情報を思い出した。
甘いものが花粉症に効くとは聞いた事はないが、お菓子を食べれば少しは心も安らぐだろう。
公園に入るとミントグリーンのフードトラックが見えて、ちょっとホッとしてしまった。平日の昼過ぎという中途半端な時間のせいか、公園は散歩している老人ばかり目がついた。
老人達は意外とフードトラックで買い物しているようだ。どうも今はチョコやクリームなどの刺激が強いスイーツではなく、米粉など身体に優しいお菓子を重点的に売っているらしい。
心なしか、フードトラックから漂う甘い香りも優しい感じがした。
フードトラックの前にある黒板状の看板によると、春限定で甜茶も販売されているらしい。しかも花粉症に効くと書いてある。これは買うしか無いだろう。
「おぉ、お客さん。すっかり常連さんだね」
真白さんは私を見ても全く驚かない。その言葉通りすっかり常連客になってしまったようだった。
「花粉症で、目や鼻がグズグズしちゃって。甜茶ください」
「それは困ったね。僕も軽い花粉症だから。あと、このバナナブレッドもオススメだよ」
真白さんはカウンターを指差す。
そこには焼きたてのバナナブレッドがケーキクーラーの上にあった。
こんがりと焦茶色に焼けていて、良い香りもする。大きな生命力のある木みたいな色で、見ているだけでもちょっと元気になってきた。
「美味しそう!」
「ありがとう。じゃあ、適当にバナナブレッドを切り分けるね」
真白さんはバナナブレッドを切り分けながら、このお菓子の逸話を話してくれた。
バナナブレッドは、アメリカが大恐荒時代にできた創意工夫されたスイーツらしい。飢餓と栄養不足を補う為、効率的に栄養素をとれる。バナナは栄養価は高いが、腐りやすい。こうしてバナナブレッドにする事で、長持ちする事ができる。
「そんな背景があったなんて。なんか、食べるだけでも元気が貰えそうだね」
「そうだね。あと、バナナは花粉症にも効くというデータもあるそうだよ。薬に頼るのもいいけど、それ以外は自分で工夫してみるのも大事だね。家に帰ったら、空気清浄機つけて服も洗った方がいいよ」
真白さんのアドバイスはもっともだった。それに、病院と違って自分に普通に接してくれる真白さんの存在も嬉しくなってしまった。
「わかった。色々と調べてみるよ」
こうして甜茶とバナナブレッドを買い、家に帰る事にした。
帰り道に甜茶をちびちびと飲む。相変わらず目は痛いが、すっきりとした甘みでだんだんと頭も冷静になってきた。
とりあえず家に帰ったら、できるだけ花粉を家に持ち込まないようにしよう。
着ていた衣服にコロコロをかけ洗濯機にいれた。手洗いとうがいもし、空気清浄機もつけた。
自分でできる工夫は、今はそれぐらいしか思いつかないが、バナナブレッドを食べながらネットで色々調べてみた。
花粉症の時は、トマトやメロンやスイカは悪化させてしまう事があるらしい。メロンやスイカは食べていないが、トマトは毎日のように食べていた。トマトにはスギ花粉症と似たような成分があるらしい。
「知らなかった…」
確かに真白さんの言う通り、ボーっと医者に言われるままに何もしないのは、違う気がした。結局、自分の健康管理は医者ではなく、自分でするしかない。薬はその補助的なものだ。
再びバナナブレッドを齧る。
優しい甘みだが、なぜか叱咤激励されているようにも感じる。ほんのりとスパイスの香りもしたので、隠し味にそれが入っているかもしれない。
創意工夫の上で生まれたバナナブレッドは、単なる甘いだけのお菓子では無いのかもしれない。
「花粉症にはヨーグルトもいいんだ。意外とチョコレートもいいの? へぇー」
役に立ちそうな情報を調べてメモをとった。
「ルイボスティーや緑茶もいいんだ。さっそく淹れてみよう」
甜茶は花粉症に良いとは知っていたが、それは初耳だった。
だんだんと元気が出てきた。
バナナブレッドの表面の焦茶色は、確かに生命力のある木にも似ていると思った。