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第12話 儚いアイスと春の夢


 昨日はお祭りに行ってきたが、2日目も隣町の歩行者天国に向かっていた。


 一人でお祭りを楽しむなんて。しかも2日連続。昔だったら考えられない事だが、やっぱり離婚して一人が板についているのかもしれない。


 そう考えると、心はちくっとしてきたが、小説の企画作りに何かヒントになるかもしれない。


 それに真白さんのフードトラックのお菓子も気になるところだ。SNSを見ると、食べ歩きしやすいお菓子を中心に販売するようだ。また、隣のフードトラックのインドカレー屋の主人と仲良くなったそうで、インドのスイーツも興味津々だそう。インドのお菓子の試作品の画像もアップされていた。ラッシーを固めたプリンのようなお菓子が気になる。


 フードトラックの隣の店主とも仲良くなるのは、真白さんらしい。少しほのぼのしてしまった。


 そんなほのぼの気分で、再び隣町の桜祭りに参戦した。


 昨日の反省点を踏まえ、先に真白さんのフードトラックに向かった。


 歩行者天国は混んでいたが、真白のフードトラックはまだ行列ができていなかった。さっそく昨日と同じくドーナツボール、それと一口ミニパイやパウンドケーキなどを注文した。


「おぉ、お客さん。そんな食べるの?」

「ええ。やっぱりお祭りムードにやられちゃうのよね」


 遠くからは特設ステージからの陽気な音楽が聞こえる。今日は地元のバンドや中学生の吹奏楽部を呼んでいるようで、昨日よりも賑やかだった。


 別にテンションが高いわけでは無いのに、こうして賑やかな音楽を聴いていると、ゆいつい財布の紐がゆるくなる。


「じゃあ、いつもご贔屓してくれるお客さんに特別に、試作品をプレゼントしよう」

「え? 試作品?」


 注文したお菓子をまとめて受け取ると、真白さんはいつもよりニコニコそながら、棒がついたアイスを私てくれた。


 優しい月の色みたいなアイスだった。


「これはクルフィっていう南インドのアイスだよ。隣のフードトラックのシンさんから教えてもらったんだ。卵を使っていないコンディスミルクで作ったんだ。型もシンさんからかりてね。だから今日だけの特別な試作品」

「えー、もらっても大丈夫?」

「うん。それにお客さんが書いて本を読んだら、感動したよ。心がホッとするような話だね」


 やっぱり真白さんは、人たらしだ。こんな事を言われて嬉しく無い作家は居ないだろう。


「そんな、褒めないでくださいよ」

「いやいや、本心だから。っていうか、アイス溶けちゃうから、もらっていって!」


 慌てて私は、アイスを受け取った。歩行者天国の隅の方を歩きながら、このアイスを食べる。


 今日は春とはいえ、日差しがあり、アイスは溶けやすそうだ。食べているうちにちょっと溶けてきたので、少し急ぐ。


 卵が入っていないというので、あまりコッテリはしていないが、優しい甘みで喉越しがいい。さっぱりしているので、今の時期に食べても美味しい。


 小さなアイスだったので、あっという間に食べてしまった。


 儚い甘みだった。


 たぶん、もう食べる機会は無さそうなので、余計に美味しく感じてしまう。桜も散るから、花見が楽しいのかもしれない。


 こうしてパウンドケーキなどを食べながら、特設ステージの演奏を聴いたり、屋台のたこ焼きを食べたりした。


 やっぱりお祭りムードで、ちょっと気が大きくなっているのかもしれない。中学生達が募金活動をやっていたので、千円札も入れてきた。


 少し疲れてきたので、カフェの屋台でアメリカンコーヒーを買うと、少し離れた場所にある休憩スペースに向かった。


 いくつかベンチが出ていて、お祭りムードに疲れた老人やおじさん達が休憩していた。


 私ももう若くは無い。急に胃もたれも感じ、そうそう若者のように食べられない事を悟る。


 彼らに混じってベンチに座り、コーヒーをちびちびと啜りながら、真白さんの店で買ったお菓子を完食した。


 これらのお菓子もおいしかったが、あの儚いアイスもおいしかった。やっぱり、滅多に食べられないと思うと、より美味しく感じるのかもしれない。


 コーヒーにはカフェインが入っているはずだが、歩き疲れたのかうとうとしてくる。春の暖かい日差しを背中に感じ、気分良くなっていた。


 少しの間、眠りながら夢を見ていた。


 元夫が出てきた。元夫とこのお祭りを楽しんでいた。


 元夫は、いつになく優しく、人混みから私を守るように歩いていた。こんな事は、結婚してからは一度もなかったのに。さすが夢だ。自分が都合の良いものを見ているかもしれない。


 夢の中の元夫は、今までの不倫を悔いていた。もう二度としないといい、お詫びとしてインドカレーを奢ってくれた。


「これがお詫び?」


 二人でインドカレーを食べながら、ちょっと文句を言うと、元夫はドヤ顔をしながら、まるで手品のようにアイスを見せた。


「クルフィだよ。雪乃はこのアイスが好きだろう? 好きなだけ食っていいよ」


 元夫は笑顔で、あのアイスをいっぱい奢ってくれた。


「わあ、美味しい。あなた、ありがとう!」


 ちょうど夢の中でアイスを食べようとしたところで、目が覚めた。


「夢だったか……」


 独り言が溢れる。


 いい夢だったのか、悪い夢だったのか自分では判断がつかない。


 こんな夢を見ていたなんて、やっぱり私はまだあの男に未練があるのかもしれない。元夫が再婚したと聞いたら、私はきっと正気ではいられないだろう。


 そんな事思うと、少し涙が出てきそう。


 でも、一つ言える事は夢に出てくるほどあのアイアスが気に入ってしまったという事だ。これだけは確かだ。


「お客さんも休憩?」


 そこになぜか真白さんがやってきた。店の商品はほとんど売れきれてしまい、休憩しにきたそうだ。


 フードトラックから出た真白さんは、ケーキ屋のガラスケースのような、焼きたてのクッキーのような甘い香りがした。白いエプロンもよく似合ってるいるが、この甘い香りは彼の雰囲気とかなりマッチしている。


「ええ。というか、あのアイス本当においしかったわ。商品化すればいいのに」

「本当? まあ、型は変わっちゃうけど、いくつか工夫すればメニューに出来ない事はないな……」

「是非、メニューにして」


 珍しく念を押すように言う私に、真白さんは目を丸くしていた。


 こうして楽しいお祭りの時間はあっという間に終わってしまった。


 桜も散り始めているようで、地面が少しピンク色になっていた。


 お祭りも永遠に続かないから、楽しいのかもしれない。


 あのアイスが再び食べられなくても、それはしれで良いのかもしれない。

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