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第11話 お祭りとドーナツホール


 もうすっかり春だった。


 3月も下旬になり、私はいくつかの仕事の納品を終え、ちょっと気が抜けているところだった。


 SNSのおかげで真白さんの店の営業時間、場所が把握しやすくなってありがたい。


 この町を中心にして周辺の町で気ままに営業しているようだ。SNS上から予約販売が始まったようで、まさに私が待望しているものだった。


 締め切り前にはまとめて注文して、仕事中に頼む予定を想像するとニヤニヤとしてきてしまう。


 すっかり真白さんはSNSを活用しているようだが、ブログも開設したようだ。SNSでは書き切れないお菓子の話を比較的長めの文章で更新していた。


 これが意外と面白く、うっかり「フリーライターになれば良くない?」と言いたくなってしまう。素朴な真っ直ぐな文章で、彼の人柄をよく表しているようだ。


 ブログの更新も楽しみになっていた。


「あ、更新してる」


 仕事部屋で休憩中、何気なく真白さんのブログを見ていたら、新しい記事が更新されていた。


 更新されたブログのお題は、ドーナツの穴だった。


 まずドーナツの起源が語られている。起源はオランダで、小麦、玉子、牛乳で作った生地を揚げるシンプルなもの。


 アメリカにこのドーナツが伝わったさい、今のような穴が空いているスタイルになったそう。ドーナツの穴については諸説あるようで、必ずしても一つの説が正しいわけではないが、こんな美味しいドーナツを思いついた人に敬意が綴られていた。


 最近では揚げないドーナツ、蒸すドーナツなどバリエーション豊にもなり、研究しているという事だった。


 最後に「人間の心は、ショックな出来事や傷で穴が開きやすい。そんな時に少しでも心の穴が埋まるお菓子を作りたい」という一文で締めくくられていた。


 想像以上に真白さんの仕事への意識の高さも感じられ、私も仕事のヤル気が出てきた。私も自分の作品や言葉で、誰かの役に立てればこれ以上嬉しい事は無い。


 こうして刺激を受けた私は仕事も前倒しで片付け、隣町で行われる桜祭りに参加する時間がとれた。もちろん、真白さんのお菓子が目当てだが、他にも美味しそうなフードトラックの出店、ご当地アイドルやゆるキャラのステージも面白そうだ。まあ、桜というか花見は二の次、三の次だ。


 桜祭りは、二日間連続で隣町の桜並木の道で行われる。このお祭りの期間だけは、歩行者天国になり、自由に食べ歩きができるようだ。


 当時、私はウキウキしながら電車にのり隣町で下車した。


 もう桜はすっかり満開で、綺麗な桜の花びらの色を見ているだけで、気分も明るくなってくる。天気も晴れ、気温もちょうどよくお花見日和と言っていいだろう。


 歩行者天国は、人は多く少々密状態だった。少し前は、感染症対策で騒がれてこの祭も中止になっていたそうだが、今年から開催が復活されたらしい。そのためか余計に込んでいるのかもしれない。


 普段は商店が集まる桜並木だが、それぞれの店が屋台を出しているようだ。その上でフードトラックがいくつか出店しているようだった。ケーキ屋や和菓子屋など真白さんのフードトラックと同業の屋台も出ているようで、これはどれを食べるのか悩むところだ。


 しばらく人混みに身を任せて歩き、カフェが運営している屋台でアイスコーヒーを買った。それを片手に、特設ステージで行われるご当地アイドルやゆるキャラのステージなどを見る。


 一人でお祭りに行くのは微妙な気がしたが、こうして人混みに紛れてステージを見ていると、あまり気にならないものだ。よく見ると一人でお祭りに来ているものも多いようだし、誰も自分の事なんて気にしていないものだ。


「意外と楽しいかも」


 ゆるキャラのコントのようなステージを見ながら、そんな小さな独り言も漏れる。


 空は綺麗な蒼だし、桜も綺麗だ。別にお酒なんて飲んでいないのに、ちょっと春の空気に酔いそうだった。


 特設ステージを後にすると、ちょっと小腹が減ってきた。行列ができていたが、唐揚げ専門店の屋台で、いくつか揚げ物を購入した。


 ポテトとイカリング、そして唐揚げが入ったミニセットを片手に、再び歩行者天国の中を歩く。


 揚げたての揚げ物は美味しく、あっという間に空になってしまった。


 そして、ようやく真白さんのフードトラックに辿り着いた。歩行者天国の奥の方にあり、立地は不利だが行列が出来ていた。フードトラックの前にある黒板状の看板を見ると、片手で食べられそうなドーナツやミニパイなどは売れ切れになっていた。まだ午後過ぎぐらいの時間なので、これは人気のようだ。


「おぉ、お客さん。お祭り楽しんでる?」

「ええ。意外と楽しいです。ミニドーナツボールいただけますか?」


 真白さんは店が人気なのが、嬉しいらしくいつもよりご機嫌そうだった。そういう私もご機嫌で、ちょっと笑っていたが。まあ、春はそんなものだろう。


 今日は混んでいるので真白さんとはあんまり会話できなかった。


 素早くお金を払い、ミニドーナツボールを買った。これは透明なカップの中に小さなボール状のドーナツが入っている。片手でも食べられて、お祭りにはピッタリのお菓子だろう。ふんわりと甘い香りも漂い、片手に持っているだけで笑顔になってしまう。


 ドーナツボールの上には、ココアパウダーが振り掛けられていた。


 ココアパウダーは、まるで春の生命力溢れる土のように見えた。見ているだけでちょっと元気になってきた。


 一応写真におさめ、SNSにアップもしてみた。特に反応はないが、こうしれ見ると意外と映える。派手ではないのに、元気を貰えそうな見た目だった。


 そういえば真白さんは、心の穴が埋まるようなお菓子を作りたいと言っていた。


 私の心には、穴があるだろうか。


 確かに離婚では、かなりの穴が空いてしまった。仕事で塞ごうとしているが、実際はその穴が埋まっているかはわからない。


 若い女性とすれ違う。やっぱり、元夫の愛人の数々を思い出してしまう。


 まだ、心の穴は塞がっていないのかもしれない。


 私は、歩行者天国を歩きながら、このお菓子を口に入れる。


 ふわふわな食感で、さっき揚げ物を食べたのに関わらず、ぺろっと食べてしまった。


 まだ手には甘い香りが残っている。


 心の穴が塞がっているかはわからない。ただ、この穴の無いドーナツを食べた後は、少し元気になってきた。


 再び特設ステージの方から賑やかな音楽が響き、頭上の桜は狂ったように咲き誇っている。


 まだまだお祭りは始まったばかりのようだ。明日もお祭りがある。


 とりあえず、今日は仕事も元夫の事も忘れてお祭りを楽しもう。


 元気が出てきた。

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