19話。教導大隊のブリーフィング
「では、これより作戦を説明する」
「「「「はっ!」」」」
ベトナム軍がぼろ負けしたという情報を得た直後に行われた遠征軍の方針を決定するための軍議は、一時間もかからずに終了した。
これだけ早く方針を決定することができたのは、偏に第四師団の司令部が優秀だったから……ではない。
もちろん司令部が優秀という点を否定するつもりはないが、それ以上に、首脳部の中にベトナム帝国軍による軍事侵攻が成功すると思っている人間が一人もいなかったことが最大の理由だろう。
つまり上層部の面々は、彼らが最初から失敗するとわかっていたからこそ、リカバリーのための策を考えていたというわけだ。
転ばぬ先の杖というかなんというか、軍事行動を行う際には準備が大事だということを教えてくれる現場である。
そういう意味では第一師団の上層部が観戦武官としてきていたのは良いことなのだろう。
今まで首都で安穏と暮らしていたのに、一度のミスで陛下からお叱りを受け、年末年始にかけて東南アジアまで出向させられた挙句、1万を超える魔物の軍勢と向き合うことになった本人たちがどう思っているかは知らんけど。
「我々が相手をすることになる魔物は、小型が約1万体。中型が約300体。大型が6体とのことだ。第四師団司令部と統合本部長の間で行われた協議の結果、我々はこの基地を拠点とした防衛的迎撃策を採用することと相成った」
「「「「はっ!」」」」
しかしアレだな。ボスがミッションの説明をしているのを聞くと自然と背筋が伸びるな。
これがカリスマってやつか? それとも単純に声の質?
「拠点を放棄して行われる攻勢的な迎撃を行わなかった理由は……五十谷准尉、わかるか? ベトナム帝国に配慮した結果、などと言ってくれるなよ?」
「はっ! 現状我々に攻勢的な迎撃を行うために必要な要素が不足しているためかと思われます」
「うむ。その通りだ」
いきなり問題を当てられたというのにあっさりと正答する五十谷さん、マジ五十谷さんである。
あと、対外的な名目としては同盟国の臣民を護るためってのもあるので、完全に否定するのはどうかと思わないでもない。
ただ、軍事的な理由としては五十谷さんが言った通りなんだよな。
「貴様らも理解しているように、今回の作戦が採用された理由には外交的な理由よりも我々に攻勢的な迎撃を行うために必要なものが不足しているという点が大きい。現状我々に不足しているものを……田口。言ってみろ」
「はっ! 情報、土地勘、機動力、火力、防御力、練度、継戦能力いずれも不足しております」
「その通りだ」
散々な言いようだが、実際何も足りているものがない。それが我々が置かれている現状である。
そもそも予定されていた攻勢的迎撃とは、撤退しているベトナム帝国軍や民衆、遠征軍のいくつかを餌にして魔物の隊列を前後左右に引き伸ばし、薄くなったところを各個撃破するという戦術である。
これを行うためには、敵の行軍進路の予想はもとより、薄くなったところへ的確に戦力をぶつけるという指揮能力と状況判断能力、さらには機動力が求められる。
もちろん反撃を受ける前に敵を討伐する火力と、ぶつかった際にできるだけ損害を出さずに勝ち切るだけの防御力、いくつもの敵部隊と戦うための気合と根性、戦闘の度に消費される武器や弾薬の補給体制を整える必要がある。
これだけ必要なものが存在しているという反面、俺たちにはそれらすべてが無い。
一応、決められたポイントに伏兵を用意して、そこに誘引されてきた魔物を叩くという策もあるにはあるのだが、そもそも野生の獣から進化した魔物に対し伏兵がどれだけ効果があるのかが不明であることや、敵に魔物を操っている指揮官がいると予測されている点から、伏せた兵が逆に各個撃破される可能性が高い点などを指摘されてしまえば、伏兵という賭けの要素が強い策を採用することはできない。
まして敵の数が数である。
「こちらがこれだけ不足している中、敵の数が一万を超えているからな。ほとんどが小型とはいえ、森林でぶつかるには分が悪すぎる」
うん。まぁな。
大型とそれ以外を引き離したところで、最初の奇襲で大型を倒せなかったら波状攻撃を受けるだけ。加えて、敵をいくつかに分散させたところで、数や森林での機動力は相手の方が圧倒的に上なのだから、各個撃破をする前に囲まれてしまう可能性も高いときた。
対して、基地を利用した迎撃であれば基地に設置された火力を最大限に活用できるからな。
小型であれば通常兵器でも潰せるので、数の脅威に目を向けなくて済むようになるのは大きい。
とはいえ、決定的な要因は自軍の練度だろうと思われる。
それなりに動ける俺や、簡単な回避行動が取れる五十谷さんはまだしも、量産型に乗っているボスや田口さんは、攻撃を行うだけなら特に問題はないが、機動力、特に「反撃を受けた際に回避できるか?」と問われると、現状では不可能と言わざるを得ない状況である。
また、第一師団が持ち込んだ草薙型の砲戦仕様に至っては、大型を倒すだけの火力はあるものの、普通に歩くことさえできないので、戦術的な利用方法としては与一型よりも火力のある固定砲台としてしか使えないらしい。
そんなのが機動力を欲する攻勢的な迎撃戦などできるはずがないし、なにより潜伏しているところに奇襲されるなどといった不測の事態に陥ったときに的確な対処ができるとは思えない(なお、これに関してはどの部隊も一緒である)
それくらいなら最初から基地の防御力を頼った陣形で待ち構え、向こうが見えたら一斉射撃を行う形にした方が計算外の事態が発生しにくいというわけだ。
また、防衛的迎撃であれば、敵が上陸してから半包囲で叩くという防衛戦を繰り返してきた第二師団の戦訓を流用しやすいというのもあるのだろう。
そういった諸々の理由から、犠牲は多くなるだろうが確実に大型を仕留めることができる作戦として、防衛的な迎撃案が採用されたのだと思われる。
「基本的に、小型や中型の魔物に対しては遠征軍が当たることになる。故に我々が最優先で狙うのは主に大型の魔物だ。6体のうち、割り振りは大尉が2。五十谷准尉が1。私と田口准尉で1。第一師団が持ってきた砲戦仕様が2となっている」
大型さえいなくなれば基地を基地として使えるが、大型が一体でもいれば基地の防御力などあってないようなものだ。故にこの「とにかく最初の一撃で大型を潰せ」という作戦が採用されたもようである。
「攻撃の順番も決まっている。最初に大尉が攻撃を行い、敵の反撃を誘ったのち、他の面々が攻撃を行う。各自がどの魔物を目標にするかは司令部が指示を出す。よって大尉にはそれを受けた後、即座に攻撃を開始してもらうことになる」
「それは……」
「それでは大尉が真っ先に反撃を受けることになりますが?」
五十谷さんと田口さんが心配そうな目を向けてくるが、これに関しては「しょうがない」としか言いようがない。
「仕方ない、という言葉は使いたくないが……実際そうやって攻撃を誘導しないことには、攻撃を仕掛けた途端に反撃で蒸発することになるからな。故に一撃目は相手の攻撃を誘いつつ生き残れる人間でなくてはならない。そして現状、大型の魔物からの攻撃を回避した実績を持つのは我が軍に大尉しかいないのだ」
だから俺にお鉢が回ってくる。当たり前と言えば当たり前の話だ。
「貴様に頼らざるを得んのだ。我々は。……できるか?」
不安げに聞いてくるボス。
俺がゲームの主人公的な存在であれば「できます、いいえ、やってみせます!」と言い切るシーンなのかもしれないが、残念ながら俺は主人公キャラではないし、何より今のボスが求めているのは精神論ではない。現実的な意見だ。
だからこそ俺はこう答えよう。
「正直わかりません。ただ、初撃であれば回避に失敗したとしても防ぎきることは可能です」
嘘ではない。戦闘開始直後であれば魔力もあるし、大型の魔物の装甲から造った盾もあるからな。大型の攻撃が全部当たれば蒸発するしかないが、数発程度であれば耐えられる……はずだ。
「落ちなければそれでいい。もちろん継戦できるのであればそれが一番だがな」
「微力を尽くします」
そうとしか言えん。
「頼む。結局我々が行うことは簡単だ。とにかく大型を倒す。それが終わったら他の部隊と肩を並べて中型を迎え撃つ。それだけだ。あぁ、橋本准尉と綾瀬准尉は私の直掩部隊に入ってもらうことになる。小型の魔物がメインの敵になるだろうが、量産型は接触されたら手も足も出なくなるからな。しっかりと務めを果たしてもらうぞ」
「「はっ!」」
「ここまでで何か質問はあるか?」
「「「「……」」」」
皆からは「聞きたいことはあるけど聞きづらい」って雰囲気が醸成されているような気がしないでもない。
こうなるとこれは俺が確認しないと駄目だろう。みんなが聞きたいことはわかっているしな。
というわけで質問。
「はい」
「なんだ大尉」
「持ち込まれた砲戦仕様は3機と伺っておりますが、それで大型を2体いけるんですか?」
皆からも「良く言った!」みたいな視線が送られてくる。
当然気になるでしょ? こいつらが失敗したら全滅する可能性もあるんだぞ?
「それか……一応四菱の技術者は『先制攻撃ができるのであれば同数でも大丈夫』と太鼓判を押していたそうだ」
そう言いながらボスが悩まし気な表情を見せれば、話を聞いていた他の面々も顔を顰めさせる。
皆がそんな表情をする気持ちはわかる。
技術者がいう『大丈夫』ほど信用のできない言葉はないからな。
量産型だって大丈夫と言われて鳴り物入りで防衛戦に参加したものの、結果は上陸前に半分削ったものの、上陸した11体の大型を崩せずに大敗したわけだし。
だいたい一番実績のある俺だって、海を渡ってきているために疲労困憊となっていた大型の魔物ならともかく、陸地を走っているためそこそこ体力に余裕のある大型とは戦ったことはないのだ。そのため「確実に攻撃を回避できるか?」とか「確実に殺れるか?」と問われると返答に困るものがあるというのに、一体彼らは何を根拠にして『大丈夫』などと抜かしているのか。
端的にいって信用できない。
ましてこれから現場で命を張る身である。技術者の思い込みを信用して動いた結果『やっぱりできませんでした』ではお話にもならない。だから砲戦仕様が使えなかった時のための対処法を聞きたかったのだが、やはり現実は非情であった。
「確実にできるとは思っていないが、不可能とも言い切れないというのが上層部の意見だ。故に大尉には『早急に2体の魔物を討伐した後、生き残っている大型の魔物を最優先で仕留めること』が求められている」
砲戦仕様ができなかった場合、俺に全部任せる、と? それはまたいくらなんでも。
「無責任すぎません?」
最上さんあたりが聞いたら『どうなっているんです四菱さぁん?』と煽り散らかすぞ。
「単純に余裕が無いのだ」
なら戦争なんかするな! と言いたいところだが、今回に関してはまぁ、元々ベトナム帝国軍が暴走したせいで発生した戦闘だからな。万全の状況で始めることができないのはわかる。わかるんだが……。
「どちらにせよ、予定通りやれなければ味方が死ぬだけだ。我々だって予定通りにできるとは限らんしな。だから、大尉は大尉にできることをやればいい」
「そうですね。あぁそうだ中佐、大尉ができなければ私が二体目を頂いてもよろしいのでしょう?」
「ふっ。もちろんだ五十谷准尉。貴様ができなければ我々がやろう。なぁ田口准尉?」
「えぇ。反撃を引き受けてもらった挙句に2体の魔物を割り当てられた大尉にこれ以上お任せするわけにはいきませんもの。砲戦仕様が失敗した際は私たちにお任せくださいな」
「僕たちは大型に手を出すことはできないけど、直掩としてサポートするよ。ねぇ綾瀬准尉」
「そうだね。だから大尉は安心して戦えばいいよ」
「……了解です」
これは、相当マジにならないとやばいことになりそうだ。
閲覧ありがとうございました
↓にある作者の別作品もよろしくお願いします













