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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
4章 ベトナム遠征
90/111

18話。攻勢か防衛か

――草薙型砲戦仕様――


体高6メートル

重量22トン

武装

100mm滑腔砲

88mm榴弾砲

超鋼大盾


製造元は財閥系企業の四菱重工業。


二度に亘る大攻勢の戦訓から機動力や汎用性よりも大型の魔物を討伐できるだけの火力が必要であると判断されたが故に、各所から『最優先で造ってくれ』と要請された結果、急遽製造されることになった機体。


草薙型と比べて横幅が二回りほど大きくなっている。


武装は量産型のおかげで対大型を想定した際に最低限必要な火力を測定し終えていたので、とりあえず条件を満たしている上、既に製造ラインが出来上がっている武器、つまり量産型用に製造されている砲をそのまま流用している。


重量が従来の倍以上になっているのは、砲撃の反動を抑えるために駆動部や各関節部分だけでなく全体的に手を加えたため。


重量を見れば想像できると思うが、大型を討伐できる火力を手に入れた代わりに機動力を完全に失っている。


また、土木作業のような各関節に負荷がかかるような作業をやろうとすれば自重で各パーツが破損することになるので、狙撃や砲撃以外の目的で運用することは不可能。もちろん近接戦闘も不可能である。


最上隆文曰く『欠陥品。草薙型の最大の長所である汎用性を放棄したせいで、戦術目的を見失った機体』とのこと。


しかしながら製造元の四菱からすればこの機体は『軍に無理を言われたから組み立てただけ。本来対大型用にと考えていた新型の機体がロールアウトするまでの繋ぎになればいい』程度の認識なので、欠陥品なのは当然なのかもしれない。


キルレシオは大型に対して1:1。中型に対しても1:1。小型に対しても1:1。


大型だろうと中型だろうと小型だろうと砲撃が当たれば倒せるが、反撃を受けたら死ぬ。

近付かれたら中型はもちろんのこと小型にも勝てない。


そんな機体である。


明らかに間に合わせで造られた機体であるが、運用方法次第では一方的に大型を討伐できる火力を有しているので、遠征で試してほしいと言われて試作機を渡された第一師団からの評価は悪くない。第一師団からの評価は。


―――


「6万のうち戦闘部隊に所属していた大多数が戦死。生き残ったのは補給部隊とその直掩部隊。数にして7千弱、文字通り完敗です。そのうえ最終的にこちらに向かってきている魔物は小型が約1万体。中型が約300体。大型が6体とのこと」


「迷惑な話だ。死ぬなら独りで勝手に死ねばいいものを」


「我々を巻き込むな、ですな。率直に言って自分もそう思います」


「まぁ、そうね」


参謀長である由布月(ゆふづき)(しげる)少将から告げられた内容に対して伊佐木が簡素にして誰もがそう思っていることを述べれば、由布月もそれを否定するどころかあっさりと肯定する。


同盟国の軍勢が敗れたのだからもう少し配慮してもいいようなものだが、この場にはそんなお為ごかしをするような人間は一人しかいなかった。


(愚痴りたくなる気持ちもわかるもの)


その例外的存在である浅香とて、面倒ごとを引き起こした連中が死んだせいでその後始末を強制的にさせられる身となれば毒の一つや二つは吐きたくなるだろうと思ったし、なにより自分もそれに巻き込まれた立場である。


故に彼女はただでさえ悪い空気を今以上に悪化させるような真似、即ちベトナム軍を庇うような発言をするつもりはなかった。


今、浅香の脳内にあるのはただ一つ。

即ちこの状況をどう捌くか、である。


「随分数は減ったけどそれでも大軍であることに違いはないわ。伊佐木中将にはこの状況を打破できるような腹案はあるかしら?」


「あります」


「そうよね。いくら伊佐木中将でもいきなりこんなこと言われても……え? あるの?」


「えぇ」


自然に返されたせいで空耳かと思ったが、再度尋ねれば伊佐木には腹案があるという。


「もしかして、元からこうなることを想定していたのかしら?」


「何を今更。本部長とてベトナム軍の軍事作戦が成功するとは思っていなかったでしょう?」


「それは、そうだけど」


「そうであるならば対処法を練るのは当然ではありませんか」


あまりの用意の良さにベトナム軍が敗退することを見越していたのか? と問い詰めようとした浅香だが、そもそも浅香とてグエンが提唱していた作戦が成功するとは思っていなかったことを突かれれば反論は難しい。


「本部長はグエン将軍に魔物側が焦土作戦を取る可能性を指摘しました。ならば兵を伏せての即時迎撃も想定して然るべきでしょう」


「その通りですな。焦土作戦も想定していなければ迎撃も想定していないとなると、元々グエン将軍を始めとしたベトナム軍の首脳陣は魔物がどう動くことを想定していたのか。率直に言って理解に苦しみます」


伊佐木が言うように、本来焦土作戦とは撤退と伏兵と迎撃を混ぜ合わせた戦術である。

それができるのであれば普通に迎撃することだってできるだろう。


伊佐木からすればそれを想定しないほうがおかしいのだ。


(耳が痛いわね)


かく言う浅香も焦土作戦を取られた際の危険性は指摘したが、即時迎撃に出てくることは想定していなかった。


浅香の脳内には「焦土作戦をしてこなかった場合は群れ単位で反撃をしてくるだろう」程度の考えしかなかったのだ


つまり浅香がベトナム軍を率いていたらグエン将軍と同じような目に遭っていたということである。


もちろんそうなる前に参謀が注意喚起を促すだろうが、それをどこまで受け入れられていたか。


ベトナム軍の有様を見て自嘲する浅香と、嘲笑する伊佐木。


今回の件に於いて二人の違いはただ一つ。

それは能力ではない、立場の違いである。


浅香も伊佐木も最初からベトナム軍が敗退することを織り込んでいた。だが戦術指揮官であるが故に退却するベトナム軍を追撃して来るであろう魔物と戦うことを想定していた伊佐木と、軍政家であるが故に作戦が失敗したあとの政治的な動きを警戒していた浅香では見ているものが違う。


徹頭徹尾自分を戦術指揮官であると定義している伊佐木が、友軍が作戦に失敗した時に陥るであろう状況を想定しているのは当たり前の話なのだ。


「由布月。説明を頼む」


「はっ。それでは説明させていただきます」


本来であればお客さんでしかない浅香に作戦を説明する義務はない。


だが国元に帰ったときのことを考えれば、浅香との間に隔意などない方が良いというのは当然のことである。


また今回伊佐木らが考えた策を実行に移すためには、第一師団に所属している部隊の協力が必要不可欠となる。そのため伊佐木たちは本来部外者であるはずの浅香に対して作戦を開示することとしたのであった。


――


「現在敗走中のベトナム軍は、その大半がサパへと向かっております。それを追う魔物も概ね彼らと同様のルートを通っています」


スクリーンに映る地図に指揮棒を当てていく由布月。

伊佐木は当然だが、司令部の中で慌てている者は一人もいない。


尤も、丁寧語で作戦を伝える由布月に違和感を覚えている者は一人や二人ではなさそうだがそれはそれ。


由布月が説明をしているのは皇族にして統括本部長である浅香大将その人なのだから、一介の指揮官に文句など言えるはずがない。


周囲に微妙な空気を振りまきつつ、由布月は説明を続ける。


「我々がこの状況から取れる策は大きく分けて二つあります。一つは攻勢的な迎撃。この場を放棄して連中をより多方向に誘引し、陣列が伸びきったところを叩く策となります」


グエンらが東方向、つまり横方向に魔物を引き付けたのに対し、伊佐木が提唱したのは多方向への誘引であった。


イメージとしてはアメーバ状に広がる形といったところだろうか。


「魔物が誘引できるのはこれまでの行動で証明されているからね。横やりを突くのは戦術上正しいでしょう。ただ、それだと民間人に被害が出るのでは?」


「えぇ。逃げ遅れたベトナム軍や、民間人に多大な被害が出ることになります」

「それは……」

「逆に言えばそれが狙いとなります」

「……あぁ、なるほど」


被害が出る、のではない。出すのだ。


魔物が獲物に飛びつき陣列が伸びたところを各個撃破する。

それが伊佐木らが立てた策なのだから。


魔物の基本戦術は、早さと戦闘力を両立している中型が前に立ち突撃を行う。次いで中型によって崩されたところに大量の小型が群がり食い荒らすというものだ。


故に最初のそれらをやり過ごすことができれば、動きが遅いため必然的に後ろにいるであろう大型を真っ先に潰すことが可能になる。というか、それができなければ勝ち目はない。


逆に、大型さえいなくなれば、あとは消化試合となるだろう。


もちろん消化されるのは魔物だけではないが、それでも遠征軍の損耗は少なく抑えることができるはずだ。


一歩間違えれば非道の誹りを免れない策だが、そもそも無駄に戦線を拡張して無駄に敵を呼び込んだのはベトナム軍である。さらに言えば、伊佐木ら遠征軍の将官にとって最優先で護るべき存在は己の部下であって現地の民間人ではない。


もちろん命令によっては死ぬような目に遭うこともあるだろう。

だがそれだって日本の国益に沿うことが大前提である。


遠征軍には中華連邦の策略だの、現地貴族の誇りだのによって生み出されたクソのような状況の尻拭いのために浪費されて良い兵士など一人たりとていないのだ。


だからこそ、伊佐木を始めとした第四師団の司令部が、ベトナム軍にツケを払わせたうえで自分たちに最も被害が出ないような計画を立案するのは当然のことと言えるだろう。


一応憂慮すべき点としては、同盟国の臣民を犠牲にするような策が政治的に許されるか否かという点だろうか。


だがここで浅香の存在が役に立つ。


基本的に帝政にして貴族社会であるベトナム帝国では、一般市民と貴族の価値は平等ではない。当然、自国の一般市民と同盟国の貴族を比べれば後者が優先される。


まして浅香は貴族どころではなく、皇族である。

それこそ一般市民をどれだけ犠牲にしても護らねばならぬほどの重要人物だ。


故に伊佐木が『自国の皇族を護るために最善を尽くした』と言えば、どれだけ内心に思う所があろうともベトナム帝国側は文句をつけることができない。というか、あまりにも真っ当な意見過ぎてそもそも文句を言おうとさえ思わないだろう。


また、浅香とて日本の軍人である。他国の市民と自国の兵士を比べれば自国の兵士を優先するのは当たり前のことだ。


「それしかないのであれば是非もありません。皇帝陛下には私からも口添えしましょう」


「ありがとうございます」


浅香からの口添えにより、ベトナム帝国側から『友軍を見捨てた』だのなんだのという非難を抑えることができるのであれば、伊佐木としてもありがたい。あとは実行に移すだけだ。


「それで、もう一つは?」


それしかないのであれば認めよう。しかしながら、友軍を犠牲にしない手があるのであればそれを選びたい。というか、そちらのほうがありがたい。


軍政家である浅香にとって偽らざる本音であった。


そこで出てくるのが二つ目の案である。


「防衛的迎撃。つまりこの基地を最大限に利用して連中を迎え撃ちます」


「なるほど。わかりやすいわね」


基地周辺は元々防衛戦を想定していたため、周囲に魔物の隠れ場所となる熱帯雨林は存在しない。

敵を感知するためのレーダーも配備しているので、攻め寄せてくる敵の数や位置もわかる。


物資を移動させる必要もなければ、誘引の為に少なくない兵を犠牲にする必要もない。


ただし、逃げ場がなくなる。


基地が丸見えということは魔物の目標になりやすいということでもある。

畢竟、大型や中型の魔物からの砲撃を受けるだろうし、小型も群がってくるだろう。


間違いなく激戦となる。


特に問題になるのが、中型と大型が纏まってくることだ。


大型の魔物にかかれば基地が備える防御力など紙同然。

先に大型を潰そうとしても直掩している中型が邪魔だ。

この点をどうにかしなければ戦いにすらならない。


「その点はどうするつもりかしら?」


「いくつか案はあります。が、最終的には噂の英雄殿に張り切ってもらうことになるでしょう」


「……川上大尉、か」


「えぇ。現状確実に大型を沈めることができると断言できる戦力は彼と彼が乗る機体しかありませんので。もちろん彼が所属する部隊の面々や本部長が持参してくださった砲戦仕様にも動いて頂きますが、メインは彼になります」


使えるモノはなんでも使う。それが戦争だ。


そう割り切っている伊佐木だが、さすがに子供に頼るような真似をしたいわけではない。(グリフォンに関しては、できるかどうか不明だったからとりあえず試しただけであって、ここまで完璧に対処できるとは思っていなかった)


しかしながら真正面から敵を迎え撃つとなれば本当の意味で手段を選んではいられない。


大型の魔物とは、本当の意味で全てを懸けて当たらねば倒せない強敵であるからして。


故に、本来であれば護るべき子供であろうとも使おう。

たとえそれで恨まれることがあったとしても、それが軍人というものなのだから。


敵を前にした兵士に必要な覚悟が『己が死ぬか相手を殺すか』という、言わば闘争における覚悟であるならば、指揮官に必要な覚悟とは『如何に効率的に味方を殺すか』という、言わば取捨選択の覚悟である。


そして伊佐木ら第四師団の司令部に所属している面々は、すでに必要ならば己でさえも駒の一つとして扱う覚悟を決めている。


「決めましょう。我々が死ぬか、我々以外が死ぬか、を」


「そう、ね」


未だ覚悟が定まらず迷いが見える浅香に対し、それが指揮官の仕事だと告げる伊佐木の姿には一片の揺らぎもなかった。

閲覧ありがとうございました


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