14話。あとは勇気だけだ
「あの馬鹿は殴る! 絶対に殴り倒してやる!」
翔子は激怒した。必ずやかの無知暴虐の輩を殴らねばならぬと決意した。
初陣である翔子に戦場のイロハは分からぬ。
だが翔子は武門の人間である。
この日の為に鍛錬してきた。剣を振り、ナギナタを振り、銃を撃ってきた。
武人として鍛えてきたからか、悪意や敵意にも敏感であった。当然ニンゲンと相容れない生物である魔物に容赦するつもりはない。
殺すべきときに殺す。それを違えるつもりもない。
だがそれはそれである。
「なにが『狙って撃つだけだから簡単です』よ! それが簡単にできたら戦死する狙撃手なんていないっての!」
魔物の狙撃という冷静さが求められる任務の最中とは思えないほど荒ぶっている翔子だが、彼女の立場になって考えればそれもむべなるかな。
数日前にベトナムはフエの地に上陸したと思ったら、いきなり北部のサパにまで連れて来られたうえ、ブリーフィングもそこそこに『では第四師団を悩ませている魔物を討伐しましょう』と言われて、あれよあれよと密林の中に単独配備されたとなれば、武門の娘といえども文句の一つや二つは出るだろう。
ちなみに今回のような任務の場合、本来であれば部隊指揮官であり、実戦の経験がある久我静香が指揮を執る、もしくは一番槍を飾るべきものなのだが、いかんせん静香はようやく【射撃】ができるようになったばかりの未熟者。
さらに相対する相手が教本にすら存在しない航空戦力ときている。
さしもの静香とてそんなのが相手では何時、どのタイミングで狙うのが正しいのかなどわからないし、それ以前にどう潜むのが正解なのかすらわからない。
なにより現段階では量産型の火力でグリフォンを一撃で落とせるかどうかも量り切れていないのだ。
このような状況では【移動】はおろか【射撃】もままならない量産型に乗った静香に攻撃を担当させることなどできるはずもない。
よって今回は、先乗りしていた啓太によってグリフォンを落とせる火力を有していることが実証されている試作三号機と、それを操る翔子が静香らよりも先に実戦配備されることになったのだ。
「うぅぅ。なんでこんなことに……」
啓太だけが戦場で活躍するのが面白くなかった。
啓太の活躍が聞こえてくる度に自分も戦場に出たいと思った。
だから同じ思いをしているであろう同級生を誘って教導大隊なんてものを立ち上げた。
その結果あれよあれよと話が進み、なぜか試作三号機なんてゲテモノを預かることになった。
試作機を任されたことに関して言えば計算違いもいいところなのだが、よくよく考えてみれば性能は量産型よりも優れていたし、なにより試作一号機のデータを流用しているため操作性も量産型より向上していたので、この計算違いは自分にとって良いことだと己を慰めた。
実際そのおかげで他の面々が満足に【射撃】できていない中、彼女は他の面々に先駆けて【移動】の訓練に臨むことができていたのだ。
これにより翔子の自己承認欲求は大いに満たされた。
ここまでは良かった。
だが翔子は失念していた。
自分たちは軍人であるということを。
軍人である以上【他の人間よりできる】ということは、それだけ戦場が近くなるということを。
啓太とて、他よりもできたが故に戦場に連れ出されたのだということを。
翔子は正しく認識していなかった。
その結果が今だ。
【できる】と判断された翔子は単騎で配備されることとなった。
最初は無理だと言った。
自分はまだ実戦経験のない未熟者だから無理だと主張した。
結果として彼女の主張は退けられた。
それはもうあっさりと退けられた。
頼みの綱だと思っていた静香からも、哀れみの視線を向けられつつ『諦めろ』と言われた。
当然だろう。戦場に於いて万全の態勢を整えられる状況など存在しないし、なにより戦える者がいるのであれば戦わせるし、使えるものがあるのであれば使うのが軍という組織なのだから。
特に今回のこれに関しては、指揮系統が違うので一応『要請』という形を取っているが、実質は命令である。
その命令が第一師団や第四師団の間で生じた政治的ないざこざの結果発令されたものであれば断ることもできたかもしれない。
だが、これは敵の新兵器を打ち破ることを目的とした要請である。
今後の国防全体に関わる問題を解決するための要請である。
そうである以上、一定の裁量権を与えられているとはいえ、一部隊の指揮官に過ぎない静香に拒否することなどできるはずもないし、武門の人間である翔子にも断るという選択肢は存在しない。
尤も、要請を受けた静香とて最初は翔子を単騎で配備することには難色を示した。量産型は無理でも、盾を持った草薙型か、援護射撃ができる与一型を配備できないかと提案もした。
しかしグリフォンの情報を持っている面々から『動けないのが集まった方が危険だ』と諭されたことで、渋々ながら翔子の単独配置を受け入れたという経緯があった。(なお翔子にはこれらのことがすべて決まってから通達されている)
「全部あの馬鹿のせいだ……」
もちろん第四師団の面々とて学生を単騎で放り出すことに何も感じていないわけではない。
しかし、相手は既存の兵器を用いた既存の戦術では太刀打ちできぬ空の王。
完全に油断していたときであれば奇襲も通じたが、今は違う。
同族を堕とされたり自分たちも負傷をさせられたことで警戒することを覚えたのだろう。
連中は森の中に与一型が見えた時点で砲撃を加えてくるようになってしまった。
(ちなみに啓太からみて無警戒としか思えないような行動をとっていたのは、単独で配備されていた御影型を脅威と認識していなかったため)
これにより機動力のない与一型は一方的に撃たれるだけの的と化してしまう。
草薙型も似たようなものである。与一型と比べれば圧倒的な機動力を有する草薙型だが、上空からの砲撃に対して取れる手はなかった。
唯一残された対抗策は機動力のある八房型による砲撃だが、それも敵を散らすだけで堕とすには足りなかった。
あれやこれやと試行錯誤を繰り返すこと早半年。
グリフォンによる被害は拡大する一方であった。
あんなのどうしろというのか。
そう頭を抱えていたときに現れたのが、蜘蛛のような下半身に鬼のような上半身をのせたかのような、なんとも冒涜的なフォルムを持つ新型の機体と、それを操る一人の少年であった。
少年は強かった。いろんな意味で規格外だった。これまで苦戦していたのが何だったのかと思えるほど簡単に、それこそオヤツ感覚でポンっとグリフォンを堕として見せたのだ。
その少年が、同行していた綾瀬勝成から激賞された際に『この機体にかかればあの程度は案山子です』だの『機体性能のお陰』だのと主張し続けたのは少年なりの謙遜だったのか、それとも計算されつくした答えだったのかは今もって明らかにされていない。
機体の製造者であり整備士でもある変態技術者が「彼女の乗機である試作三号機は、大尉が乗っている機体の同系かつ正統な後継機です」と、しつこいくらいに喧伝していたことも確認されているが、これらのことと現在彼女が森林地帯にポツンと単騎で配備されていることにいかなる因果関係があるのかもまた明らかにされていない。
唯一言えることは、第四師団の面々は翔子のことを『ただの子供』ではなく『グリフォンを討伐できる切り札』として認識しているため、翔子の主張が受け入れられる可能性が皆無であるということくらいだろうか。
閑話休題。
散々前置きしている通り、この場にはすべての元凶たる馬鹿こと啓太が操る真っ黒な機体は配備されていない。
もちろん、静香や那奈が乗る量産型の姿もない。当然新型の強化外骨格を纏った夏希や茉莉といった随伴歩兵もいない。
ここにいるのは、緑色のギリースーツのようなモノを纏った試作三号機ただ一機である。
「集団だと目立つ? 目立ったら狙われる? えぇ、そうね。そうでしょうとも!」
翔子は他の面々(というか啓太)はあくまでこの場にいないだけで、ちゃんと翔子をフォローするために他の場所で待機していると聞かされてはいた。
「フォローって言ってもさぁ! この場にいないやつが一体何をしてくれるっていうのよ!」
だがそれが、初陣を前にして、我が物顔で空を飛ぶグリフォンを前にして震えている今の自分になんの慰めになるというのか。
「当たれば殺せます? 殺せば反撃はきません? そりゃそうでしょうね!」
逆に言えば、当たらなければ殺せないし、殺せなければ反撃がくるのだ。
そして反撃がきた場合、今の翔子にそれを回避できる技量はない。
(つまり、死ぬ。外したら死ぬっ!)
第二次大攻勢と呼ばれる戦闘で日和って攻撃を行わなかった輩がいると聞いたときは「正規の軍人が、それも新型を託されたほどの機士が一体何をしているのか」と憤った。
「たとえ反撃で死ぬことになっても、自分なら必ず攻撃を加えていた」と嘯いた。
生き残った連中が肩身の狭い思いをしていると聞いたときも「当然だ」と納得した。
翔子は知らなかった。
兵器を駆って戦場に出るということの意味を知らなかった。
命を懸けて戦うということの意味を知らなかった。
攻撃をすれば必ず反撃がくる状況で攻撃を行うことの怖さを知らなかった。
反撃を受ければ必ず死ぬという状況で攻撃を行うことの怖さを知らなかった。
『当たれば殺せる。殺せば反撃はこない』と嘯く馬鹿の凄さを知らなかった。
『反撃がこようとも当たらなければどうということはない』と嘯き、それを実践してみせた馬鹿の凄さを知らなかった。
その凄い馬鹿に対して怒ることでなんとか気分を紛らわせようとしているものの、震える手と怯える心はごまかせない。
(怖い。怖い。怖い)
攻撃を外すのが怖い。
反撃を受けるのが怖い。
攻撃を受けて死ぬのが怖い。
なにもできずに死ぬのが怖い。
死んだ後に失望されるのが怖い。
『グア?』
「ひっ! 見つかった!?」
見つかったもなにも、元々グリフォンからすれば中途半端な偽装が施されただけの機体など丸見えである。
今まで視線を向けなかったのは、単騎で潜み隠れている翔子を脅威として見做しておらず、他に自分を害する存在が隠れていないかどうかを観察していたからだ。
今回視線を向けたのも特に深い意味はない。グリフォン的には「さっきから挙動不審なんだけど、なにをしているんだ?」くらいの感覚だった。
確かにグリフォンは魔力による砲撃を行えるが、それだってタダではない。文字通り魔力を消費して行う攻撃だ。それを脅威でも何でもない相手に使うほどグリフォンの頭は悪くない。
なので、通常視線を向けられただけで砲撃が行われることはない。
だが余裕がない翔子はそうは受け取らなかった。
スコープ越しに見えるグリフォンの目は間違いなく自分に向いている。
隠れている自分を敵と認識している。そう錯覚した。
だからだろう。
見つかったら攻撃される。
攻撃されたら死ぬ。
「こ、攻撃をされる前にっ!」
恐怖に駆られた翔子は、自分が震えていることも、それに連動して機体が震えていることも認識していなかった。
ドンッ。と重厚な音と共に放たれる120mm徹甲弾。
『ギュオ?』
体に当たれば必殺。かすっただけでも多大なダメージを与えることが実証されているその一撃は、当然のように的を外した。
「外した!?」
震える手で行われた狙撃が的を射貫くことはない。
客観的に見れば当たり前の話であるが、それを指摘できる者はいなかった。
『グォォォォォ!!』
攻撃は外れたものの、今の一撃は自分を殺しうるものだった。
そう判断したグリフォンは、ここで初めて翔子を【何を使ってでも殺すべき敵】と認識した。
「ひぃ!」
(反撃? 無理! 回避? 無理っ!)
滑腔砲による狙撃は連射できるような攻撃ではないし、相手の砲撃よりも早く動けるほど習熟していない。
『ギュアァ!』
(あ、死んだわ)
時間の流れが遅くなる――所謂走馬灯状態――中で、己の死を確信した翔子は自分に向けて口を開くグリフォンを見て「あ、魔力砲撃ってこうやるんだ」と、なんとも気が抜ける一言を呟いた。
最期の言葉がこれか。と自嘲する翔子。だが現実はそこまで非情ではなかった。
『隙だらけだ』
「え?」
『ゴァッ!』
「え?」
今まさに攻撃を行おうとしていたグリフォン。
己に死を告げる一撃を放とうとしていた空の王。
それが、弾け飛んだ。
「え?」
つい先ほどまで周囲を圧する威容を備えていた空の王は、真っ赤な肉片を飛散させていた。
「え?」
『獲物を狙う瞬間こそ一番隙を晒す瞬間でもある。ってな』
「え?」
『衝動に任せたとはいえ、今回は初めてだからな。引き金を弾けただけでも十分だ』
「え?」
耳に聞こえるは馬鹿の声。
「え?」
目に映るのはただひたすらに青い空。
そこにはグリフォンの影など存在しない。
「え?」
『次は当てに行こう』
「え?」
他の場所で待機していた馬鹿によるフォローは、間違いなく翔子の命を救った。
それは間違いない。
「え?」
ただし、その馬鹿が少女の尊厳まで救えたかどうかは定かではない。
少女がバトルプルーフすらされていない兵器(啓太のそれは参考にしてはいけない)で敵の新型と戦わされるとか、地獄かな?
ちなみに主人公は自覚していませんが、この世界はハードモードです。
主人公に至ってはルナティックモードです。主人公は自覚していませんが。
当然主人公に巻き込まれた(自分からきたともいう)少女たちもルナティックモードです。
閲覧ありがとうございました。
新作あげました。↓のタグから飛べますのでよろしくお願いします













