13話。ね? 簡単でしょ?
空を飛ぶことができる。それは生物にとって絶対のアドバンテージである。
それがどれだけのモノか分かりづらいのであれば、専用の武器や罠を使わずにスズメを殺すことがどれだけ難しいことなのかを考えてみるといいだろう。
少なくとも普通のニンゲンは、素手では空を飛ぶスズメを殺すことができはしない。
体積で100倍以上の差があってもこれなのだ。その優位性は語るまでもないだろう。
まして相手はグリフォン。極限まで軽量化されているが故に散弾一発で狩れるような脆弱な鳥類ではなく、神話に登場する神獣の形と中型に分類されるほどの大きさを備えているだけでなく、その大きさに比例するかのように肉も魔力もみっちりと詰まっている(はずなのに、なんで空を飛べているかわからない)魔物だ。
その攻撃方法は爪や嘴を利用した攻撃だけでなく、中型以上の魔物が行える魔力による砲撃も可能であることが確認されている。
既存の生物が所持していない能力を備えているが故に、天敵のいない空を堂々と飛ぶ姿は正しく空の王者。
索敵能力・戦闘力・討伐難易度。そのどれもが高次元の存在を前にした第四師団は、グリフォンを通常の魔物とは違う戦力、所謂特記戦力としてみなすことにした。
その脅威度は中型の魔物の5倍以上。
何故ここまで高いのか? 通常対中型の主戦力とされる草薙型と中型の魔物のキルレシオは1:2であるが、このグリフォンを相手にした場合はその限りではないからだ。
何故か? 攻撃が当たらないし、当たっても殺せないからだ。
基本的に草薙型が射撃武器として持っている武器は40mm機関銃である。
これには10~20発で6メートル級の魔物をミンチにできる程度の威力がある。
よって耐久度の話だけをするならグリフォンも同程度の攻撃で汚い花火にすることはできるだろう。
だが、それはあくまで耐久度だけを見た場合の話である。
少し考えればわかるはずだ。地上を歩く魔物を相手にした場合と、空を飛ぶグリフォンを相手にした場合の違いが。
そう。グリフォンは避けるのだ。空というフィールドを思うがままに飛び回るグリフォンに連続して攻撃を当てるのは至難の業である。というか、現行の機体では不可能だ。
そしてグリフォンの脅威は回避だけではない。反撃能力もまた脅威そのものであった。
爪で引き裂かれる。嘴で貫かれる。魔力で砲撃をする。
いずれもニンゲンを殺すのには十分すぎる威力を備えた攻撃であった。
結果として第四師団は、グリフォンの存在を確認してから僅か半年という短い期間で草薙型を5機。八房型を3機。与一型を10機以上失っていた。
ちなみにこれだけの被害を出したにも拘わらず、彼らが今までに落とすことに成功したグリフォンの数は僅かに2体のみである。
このことから第四師団では、グリフォンの脅威度を通常の魔物の5倍以上に匹敵する戦力と見做すことにしたのだ。
ちなみにこの5倍とは、6メートル級の魔物5体分……ということではなく、30メートル級の魔物1体に相当するということである。
敵の脅威度を高く盛りすぎ?
相手が空を飛ばない中型の魔物の場合、半数の草薙型を揃えることで普通に討伐できる――もちろん犠牲を払うことを覚悟する必要はある――のに対し、グリフォンを1体仕留めるのに必要とされる戦力――及び犠牲――を、未だに算出することすらできていないのに?
草薙型を10機用意してもグリフォン1体を落とすことができていないという状況なのに?
ちなみに草薙型10機という戦力は、中型の魔物20体に匹敵する戦力である。
そして大型1体の脅威度は中型10体に相当するというのが定説である。
そうである以上、草薙型10機で落とせないグリフォンの脅威度が大型に匹敵するという第四師団の判断を間違いと断言できる者はいない。
そして綾瀬勝成曰く、現在確認されているグリフォンは10体以上とのこと。
つまり今の第四師団は、最低でも中型の魔物50体以上。もしくは30メートル級の魔物10体以上に相当する戦力に頭上を取られている状況というわけだ。
そのストレスたるや如何程のものか。
少なくとも首都で無聊を託っていた第一師団の面々には想像さえできないレベルにあることは間違いないだろう。
唯一の救いは航空戦力による上空からの一斉爆撃という最悪の攻撃がされていないことくらいだろうか。
だがそれとていつまでもこのままということはないだろう。
なぜならここには魔物の上位種たる魔族と、その魔族を従える悪魔がいるのだから。
ニンゲンの敵たる彼らが、ニンゲンが嫌がることを知らないはずがない。
ニンゲンの敵たる彼らが、ニンゲンが嫌がることをやらないはずがない。
それは予想ではなく確信であった。
現時点で向こうがそれをやってこない理由は不明だが、相手の気分次第でいつそれをやられるかわからない状況であることはかわらない。そうである以上、第四師団の面々にはこのままグリフォンを放置するという選択肢は存在しなかった。
一応討伐方法として草薙型に狙撃用の兵器を持たせる案が浮上しているが、機体の操作と狙撃を両立させることは簡単なことではないし、なにより習熟訓練を行っている間にどれだけの被害が出るか、想像することすら億劫であった。
故に第四師団の司令部はどうにかしてグリフォンを殲滅……までは無理でも、なんとかしてその数を減らせないものか、と頭を悩ませていたのである。
とりあえず今まで集めた情報を本国に報告して狙撃銃なり砲撃用の武器なりを用意してもらおう。
……そう決断しかけたときであった。
最前線の視察という名の懲罰命令を受けた第一師団の上層部と一緒に彼らが来ると知ったのは。
―――
ベトナム北部・サパ周辺。
「落ちろカトンボ」
『ギュオッ!?』
40mm機関銃から放たれる銃弾を10~20発耐えられる?
それは凄い。だが無意味だ。
120mm滑腔砲から放たれる徹甲弾が齎す貫通力、ないし衝撃力、ないし破壊力は、40mm機関銃から放たれる銃弾が齎すそれとは文字通り桁が違うのだ。
故に当たれば死ぬのだ。それこそ汚い花火ばりに弾けとんで。
そして自分のペースで構え、自分のペースで撃つ。それができるのであれば狙撃手として未熟な俺でも狙いを外すことはない。大体機械がやってくれるしな。
というか、草薙型の射撃も八房型の砲撃も脅威とは思っていなかったのはわかるんだが、遮蔽物のない空を我が物顔でパタパタ飛ぶとか、連中正気か?
「遅い」
『ギャワッ!』
確かに連中からすれば草薙型の機関銃による射撃を受けたら動きを変えるなり高度を上げればいいだろうし、八房型の砲撃は音を聞いたら動けばいい。与一型は纏まらないと意味がない。纏まったら見えるからそこから来る攻撃を見逃さなければ大丈夫だけどな。
だから連中なりに『ここは安全だ』と確信していたとすれば、あの無警戒さも理解できなくもない。
いや、そもそも鳥って飛んでいるとき同じ鳥類に対して警戒することはあっても、地上にいる生き物に警戒している感じはない、か?
……もしかしたらグリフォンはただの鳥頭って可能性もある?
まぁその辺の生態調査はお偉い学者先生にお任せするとして。
「そこ」
『ギュアッ!』
俺としては撃てば当たるし当たれば死ぬってことがわかれば十分だ。
ついでに狙い放題ってところもな。
「これで3体目。ま、ただの案山子ですね」
さすがに瞬きをするまでには殺せないが、これでは的にしかならんよ。
問題点としては、120mm滑腔砲から打ち出される徹甲弾だと一撃が重すぎて当たった瞬間にミンチより酷い状況になってしまうため、珍しい素材が取れなくなることだろうか。
逃げられるよりはマシだけどな。
「……まさかこんなに簡単にグリフォンを落とすとは」
「馬力が違いますよ。勿論あの機体を十全に扱える大尉の実力あってのもの、ですが」
驚く綾瀬大佐に最上さんがドヤ顔でなんか言っているが、狙うのも当てるのも機械がやってることだからな? 俺なんて、ただ引き金を弾いているだけのなんちゃって狙撃手だぞ。
ここが俺にとってのボーナスステージなのは確かだけど、何があるのかわからんから今の段階であまり強い言葉は使わない方がいいと思うんだ。
あとは、そうだな。このへんで確認しておこうか。
「最上さん。とりあえずグリフォンを落とす算段はつきました。これ以上は向こうが警戒するかもしれませんが、どうしますか?」
「どうするって、なんのことだ?」
「ここで落とせるだけ落とすか、後続を待つかってことですよ」
「後続? ……あぁ。そういうことか」
「えぇ。そういうことです」
「あの、どういうことでしょう?」
何やら困惑している綾瀬大佐にはあとで説明するとして。
例のグリフォンだが、俺が落とした3体はいずれも一撃で落としているから自分たちの死因――つまり俺の情報――を共有できていないのは確定している。もちろん野生動物の勘で同族が減ったことに違和感を覚えるだろうし、何らかの方法で情報を共有していたとしても、俺を探るのには時間は掛かるだろう。なにより狙撃への対処法を見つけて実行に移すには俺を探す以上の時間が必要になるはずだ。
もしかしたら魔族がナニカするかもしれないが、それだって時間が必要なのはかわらない。
そうである以上、落とせるべきときに落とすべきなんだろうが……ここで俺は思ってしまったのだ。
『このボーナスステージを俺だけで消化するのは勿体ないんじゃないか』ってな。
具体的には、ボスとか五十谷さんにも狩らせるべきじゃないか? って話だ。
「……ふむ」
最悪ボスや田口さんたちが乗る量産型はどうでも良いと思っている最上さんとて、五十谷さんが乗る試作三号機については色々と思うところがあるはず。
しかし【射撃】はそれなりにできるが【移動】に未熟なところがある今の五十谷さんが魔物と戦って経験値を稼ぐためには、どうしても危険な橋を渡らなければならない。
もちろん、危険がない戦場なんか存在しないと言われればその通りだろう。だが彼女たちは初陣なのだ。部下であり同級生である彼女たちに、できる限り危険性が少ない状況で経験を積ませたいと思うのは上官として間違ってはいない……はず。
ん? 普通は経験豊富なベテランに囲まれた上で小型を相手にする?
そんな初陣になんの意味が? そんな生温い経験しかしていないから、肝心なときに竦んで動けなくなるのでは?
似たようなことは俺もやっているしさ。
なにより折角軍が期待を寄せている量産型や新型を預かっているんだからさ。
見せつけてやろうぜ。新型の性能を活かした狙撃ってやつを。
これぞなろう系主人公
閲覧ありがとうございました。













