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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
4章 ベトナム遠征
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12話。現地の情報

「最上社長の御高名は常々聞き及んでおります」


「ははは。生意気な新参者、でしょうか? それとも常識を弁えない破綻者、ですかな?」


「ははは。御冗談を」


表面上朗らかに隆文と言葉を交わしている男、綾瀬勝成は第四師団に三つある機甲連隊のうちの一つを率いる連隊長にして、啓太の同級生兼教導大隊の部下である綾瀬茉莉の父親である。


勝成が率いる第二機甲連隊は通常兵器である戦車やその随伴歩兵を中心とした部隊であり、今回の遠征にあたっては主に拠点防衛任務に従事している。


そんな拠点防衛の経験を積んでいる彼らは現在、本国からのお客さんが来るということで、港湾都市であるこの【フエ】に駐在していた。


よって、連隊長である勝成が教導大隊や第一師団の面々に先だってフエに上陸した啓太を出迎えることについてはなんら問題はない。


(問題はないが、違和感はある。というか違和感しかねぇな)


啓太が帯びている任務の性質上、現地の人間による出迎えと現地を知る人間による案内が必要なのは確かなのだが、最初に連隊長にして大佐である勝成が、なんちゃって大尉にしてなんちゃって部隊長でしかない学生の啓太を出迎える必要はどこにもない。


というか、通常であれば啓太の方から挨拶に行かなくてはならない相手だ。


(それが向こうから来た? 非常事態でもないのに? いくらなんでもおかしいだろう。いや、もちろん、新型の機体や強化外骨格の製造元にしてスポンサー企業の一つである最上重工業の面々に配慮したと言われればそこまでだが……)


事実、隆文らは度を超えた変態であるが、それと同時に、軍として配慮が必要な相手であることは確かだ。


昨今彼の会社がたたき出した実績と独自に抱え込んでいる技術の価値は、遠征軍の連隊長程度よりもはるかに上なのだ。変態なのに。


なので勝成が隆文と知己を得るためにこの場に現れたというのであれば啓太も納得もしただろう。だが、勝成が最初に挨拶した相手は隆文ではなく啓太であった。


(ありえんだろう)


取引先の社長とそれと一緒に来たテストパイロットの二人がいた場合、挨拶するならどちらが先かという話である。


通常であれば当然取引先の社長が先だ。そうしないと問題になる。


なのに勝成は啓太に挨拶をした。

単純なことだが、これに違和感を覚えない啓太ではない。


(間違い? あり得ない。娘の同級生を見定める? それもない。秩序を重んずる軍人、それも大佐にして連隊長という幹部がそんなミスを犯すはずがないし、客人を前に私情を優先させるような行動をとるはずがない)


ミスでないなら故意。そして勝成(現場指揮官)がスポンサーよりも啓太(機士)を優先させる理由など一つしかない。


「どうやら大佐殿は小官にさせたいことがあるようですね。それも急ぎで」


「ほう。そうなんですか?」


「……いえ、まぁ。ないとは言えませんが」


深淵のたとえ話ではないが、こちらが相手を利用しようとしているときは、相手もまたこちらを利用しようとするものだ。


そのための観察もまた然り。


啓太が勝成の思惑を推し量っていたように、勝成もまた隆文との世間話をしながら啓太を推し量っていた。


尤も、啓太が推し量っていたのが勝成の思惑であったのに対して、勝成が量っていたのは啓太の人柄であったが。


(話が早いのは助かる。だが今回のコレは駄目だ。早すぎる)


急ぎでやって欲しいことがあるのは事実だが、人柄を知らないうちに頼みごとをするのは憚られるものがあるのもまた事実。


勝成からすれば、自分は大佐で相手は大尉だ。しかしながら啓太は直属の部下ではない、というか所属している師団が違うので命令系統があやふやなうえ、この場には軍の命令系統とは違う立ち位置にいる最上重工業の社長がいる。


この状況では啓太を無理に命令系統に組み込むことはできない。

かといって指揮系統をあやふやにしたまま下手に頼みごとをすれば、第四師団が他の師団に借りを作ることになる。


なによりスポンサー企業とはいえ民間人に情報を漏洩することになる。


それらの事情を鑑みれば、どのようなものであれ現時点で勝成が啓太に依頼をするのは好ましいことではない。


(好ましいことではないのだが……)


背に腹は代えられぬという言葉があるように、現状は時期を逸してしまえば何もかもが台無しになる状況でもあった。


(なればこそ彼の人柄を確認したかったのだがな。こうして自分の意図を見抜かれた以上、詳細を明かさぬ限り彼が胸襟を開くことはないだろう)


少しでも自分たちに都合がよくなるように啓太らを動かそうとしていた勝成の目論見は、常に人間不信一歩手前の精神状態を保っている変人のせいで初手から躓くことになってしまったのであった。


―――


「ここなら大丈夫だ」


少しして。『ここで話すことではない。ついてきて欲しい』と宣った大佐が俺と最上さんを連れてきたのは、フエに駐留している国防軍の拠点となっている基地の基地指令室であった。


ここを自由に使っていることから、どうやら綾瀬大佐は連隊長と基地司令を兼ねているらしい。

俺としても偉い人と繋ぎが取れるのはいいことだと思っているので、そのこと自体に不満はない。


彼に俺を利用しようとする企みが無ければ、だが。


「大尉が推察したように、貴官らに頼みたいことがある。あぁ、もちろん最上社長が無理だというのであれば強要するつもりはございません」


俺だけだった場合は無理だと言ってもやらせるつもりだったんですね。わかります。


「まぁ、いくら強要されようとも、物理的にできないことはできませんからな。ご依頼の内容次第ではありますが、その辺を考慮していただければ助かります」


「……えぇ。もちろんですとも」


両肘を机に置いて手を口の前で重ねる例の司令官ポーズを取る大佐に対し、ソファーに座りながら自然体で応えつつ釘を刺す最上さん。


俺? 直立不動ですが何か?


最上さんの態度は基地司令に対してちょっと態度が大きくないか? と思わなくもないが、最上さんの立場からすれば間違っているわけではない。


ついでに言えば、軍という組織は部下や技術者に対して『物理的に無理なことをやれ』と言ってくることが稀によくある組織である。よって釘を刺すことができるのであればそれをするに越したことはないのだ。


また、ここで最上さんに遠慮されると調子に乗った大佐から強制的に命令が下される可能性があるので、自分はあえて彼の態度には触れない方向でいこうと思っている次第である。


「それで、その、大佐殿からの頼み、とはなんでしょう?」


俺は俺で【命令】ではなく【依頼】であることを強調することで、それほど無体なことを言われないよう予防線を張ることを忘れない。


直属の部下なら許されない行為なのだろうが、俺は彼の部下ではない。よってこのくらいの小細工は許されるだろうと思っている。まぁいざとなったら最上さんを盾にして逃げるだけだし、特に問題はあるまいよ。


「……そうだな。本題に入ろう。まずはこれを見て欲しい」


そう言って見せられたのは、獅子の下半身と鷲の翼と上半身を持つ魔物、というか空想上の動物の映像であった。


「グリフォン、ですか?」


「そうだ」


グリフォン。国によってグリフィンだとかグリュプスだとか鷲獅子だとか呼ばれる生き物である。


俺の場合は前世の記憶のせいで、解放する度に武装組織に制圧されては新しい任務の舞台にされるという、なんともちょろい都市を思い浮かべてしまうが、一般的にはギリシャ神話に於ける神の乗る車を引く神獣として認識されている生き物だ。


性質としては知識や黄金を司ることや、何故か雌馬と交配が可能で、交配した結果ヒポグリフという上半身が鷲で下半身が馬という、獅子の成分をどこに投げ捨てた? と問いただしたくなるような不思議生物が生まれることでも知られている。


もちろん神話の中の生き物なので現実には存在していない。

あくまでそういう設定の生き物だ。


俺としても今更古代の人間が作った設定に文句をいう心算はないのだが、残念なことにこの世界は『設定だから』で完結するような優しい世界ではない。


「いるんですね?」


「あぁ。元々中央アジア方面で存在が確認されていたのだが、半年ほど前からこちらにも出没するようになってきた」


「大きさと数は?」


「体高はおよそ6~7メートル。幅は、翼を広げれば10メートル前後」


(すごく、大き……くもないな)


「なるほど。分類的には大型、いえ、中型ですか」


「ん? サイズだけみればギリギリ大型なんじゃないか?」


「それなら彼らがまだ生き残っていることに説明が付きませんよ」


「あぁ、それもそうだな」


大型か中型かという微妙なサイズの魔物を分類する要因として、その大きさ故に蓄えることができるエネルギーを攻撃に転用できるか否かがある。(ちなみに中型と小型を分けるのはその身に魔力を宿しているか否かで決まる)


具体的に言えば、10メートル級の魔物は着弾地点一帯を蒸発させることが可能な程の威力を誇る攻撃が可能だが、9m90センチの中型はそれができないのだ。


この10メートルに何があるのかはいまだ解明されていないものの、それについての考察を行うのは専門家の仕事であって俺の仕事ではない。


本題に戻ろう。


「数はどれほど?」


「詳細は不明だが、少なくとも10体以上いることは確認できている」


10体()()、ねぇ。どれだけいるかは不明ってことか。

まぁいい。つまるところ大佐の依頼はこれだ。


「大佐は自分にこのグリフォンを仕留めろ、と?」


「そうだ。貴官が扱う機体は遠距離狙撃型だと聞いている。故に可能なら対処して欲しい」


ふむ。可能か不可能かで言えばできそうだが……。


「実物を見ていないのでなんとも言えませんが、その前に一つ確認させてください」


「なんだろうか?」


「第四師団の方々では駄目だったのですか?」


俺としては『空に浮かぶ敵を倒すのが難しいのはわかるが、他の師団に借りを作ってまで依頼することか?』としか思えないんだが。


「あぁ。まず貴官も知っての通り、こいつらには通常兵器が効かない」


「それはそうでしょうね」


中型だから魔力の篭ってない攻撃は効かんわな。


「かといって草薙型が持つ40mm機関砲では威力が足りん。当たっても大したダメージにはならないし、高度を上げられれば手も足もでない」


「なるほど」


そこそこの耐久力もある、と。

まぁ所詮は機関砲だからな。そんなもんと言えばそんなもんだろうよ。


「一撃の重さで言えば与一型がありますが?」


「確かに与一型による砲撃であれば倒せたよ」


倒せた?


「今は違うのですか?」


「あぁ。こちらから攻撃を当てるには弾幕を張る必要があるんだが、なにせ向こうからも丸見えだからな。射程に入ってくれないうえ、今では上空から攻撃を受けて損害が出る始末だ」


「あぁ」


熱帯雨林がその姿を隠してくれるとはいえ、単体で配備しているところに小型や中型に群がられたら死ぬしかないからな。直掩部隊を含めてどうしても集団で纏まる必要がある。


だが地上の魔物から守るために纏まれば、隠蔽の効果が薄れてしまうわけだ。


で、逃げてくれるならまだしも、集まっているところに上から砲撃されたら……まぁ死ぬわな。


「このような状況のため、現在は八房型が移動しながら砲撃を行うことでグリフォンを追い払っているのだが……」


「確かに、砲撃に特化した八房型であれば反撃を受ける前に回避できるし、単体でも動けるから熱帯雨林に隠れて攻撃を行うこともできる。害鳥を追い払うには最適ですな」


「えぇ。最上社長の仰る通り、追い払うことはできます。ですが、八房型は【砲撃】を行う機体であって【狙撃】を行う機体ではありません」


「追い払うだけで一向に数が減らせない、と」


「はい。端的に言えばそうなります」


つまり現状第四師団は常に頭上を取られている状態なのか。

うん。ストレスが物凄いことになっていそうだな。


とりあえず話を聞く限りでは怪しいところはなさそうだ。

それどころかかなり危うい状況なんじゃないか、これ?


もし依頼を受けなければストレスで暴走した兵士に殺される可能性もあるぞ。


そんなわけで俺個人としてはこの依頼を受けたいのだが、これは俺一人で判断できることではない。


「最上さんはどう思います?」


周りがどう考えているかはしらないが、俺の功績は全部が全部最上さんが造った機体や強化外骨格あってこそのものだ。そして機体を使うには整備を担当する最上さんの許可が必要不可欠。だが最上さんは軍属ではなく企業の社長である。


つまり彼は自分の会社にとって利益がないことをする筋合いがないわけで。


(もし駄目って言われたら……ボスが来るのを待つか。その場合わざわざ先に来た意味がなくなっちまうけど、それも已む無しかなぁ)


最上さんが冷静な判断を下したらボスを待とう。

そんな風に思っていた時期が俺にもありました。


「どうもこうもねぇ! 殺れ! 一方的に狩りまくって俺が造った御影型の性能を見せつけてこい! ついでにグリフォン型の素材も持ってこい!」


「ア、ハイ」


「……は?」


うん。そうだね。

冷静? なにそれ、美味しいの? を地で行く男がここで退くわけないね。

さらに言えば、これって自分の造った機体を売り込める機会を向こうが用意してくれた形だもんね。そりゃスイッチも入りますわ。


「では大佐。グリフォンが出現する場所まで案内していただけますか?」


「あ、あぁ。わかった。しかし……」


それでいいのかって? 

これでいいんだよ。


「何をするにも、まずは現物を見てからです。そうでしょう?」


「……そうだな」


そうこうして俺は、自分の要請が通ったことに安堵すると同時に、敵を軽んずるような発言をした最上さんに対して『そんな簡単なもんじゃねぇぞ。技術者が戦場を無礼(なめ)るなよ』という気持ちを抱いたかもしれない綾瀬大佐と共に、害獣、もとい、害鳥、もとい、グリフォンの目撃情報が多発している地域へと赴くこととなったのであった。

ウ〇娘の天敵みてぇな野郎ですね。


閲覧ありがとうございました。

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