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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
4章 ベトナム遠征
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9話。そのころ女子たちは

啓太と静香が遠征についてのあれこれを語っていたころのこと。同じ部隊に所属しているが故に同じ時間に訓練を終えた五十谷翔子・田口那奈・橋本夏希・綾瀬茉莉の四人は、一週間に一度行うこととなっている進捗状況の確認を行っていた。


「……で、そっちはどんな感じ?」


「どんな、と言われましても、ねぇ?」


「あぁ。こちらは特に変化はないよ。せいぜいがシミュレーターに乗る頻度が増えたくらいさ」


「だね。元々私と夏希は機体よりも強化外骨格の方に専念してるからね。まぁ夏希が言うように最近シミュレーターに乗る頻度は増えているけど、劇的な変化はないね」


尤も、進捗状況と言っても綾瀬が語ったように、強化外骨格の習熟を第一としている橋本夏希や綾瀬茉莉の方に特段の変化はない。強いていうのであれば副腕の大きさに慣れてきたくらいだが、その程度のことは一週間も訓練していれば誰だって想像できることなので、翔子に『特筆するようなことではない』と言い放った夏希の言葉に嘘はないのだ。嘘は。


(ちっ。面倒な)


当然のことながら『嘘ではない』ということと『真実であること』は同義ではない。


間違いなくなんらかの成長はあったはずなのに、それを隠しているのが見え見えである。


……無論、質問した翔子とてその程度のことは理解している。

なんなら夏希らがそう答えることも想定していたくらいだ。


なにせ同じ部隊内とはいえ互いのバックが違う以上、秘匿するべきものと開示するべきものは分類しなくてはならないし、なにより彼女らが扱っているのは最新兵器に関わる軍事機密であるからだ。


当然それぞれが持つ情報の価値は極めて重いし、下手に自分の持つ情報を開示すればそれだけで問題になる可能性だってある。


よって同じ部隊に所属する人間に対しても情報を秘匿しようとするのは当然のことと言えよう。(もちろん上官である啓太や静香に対しての秘匿は許されない)


とはいえ、彼女らが所属しているのが()()を冠する部隊であることからもわかるように、軍としては、今は一方的に教導される側にいる彼女らが、将来的には他人に教導できるようになって欲しいと考えている。


そのため軍は、翔子ら教導隊の隊員たちが、自分が持ちえた情報を秘匿することよりもある程度の情報を開示し交換することを止めていない。いや、むしろこの部隊に限って言えば推奨していると言っても良い。


なにせ、各々が情報を秘匿したせいで各々の習熟度合いに大きすぎる差が生じたり、足を引っ張りあった結果4人全員が必要最低限の水準にすら到達できなかった場合、わざわざ各師団の将来を担うとされている人材を新設したばかりの教導大隊に所属させた意義が消滅してしまうのだから。


そういった諸々の事情から、軍は各々が持つ情報を開示させて成長を促した方が良いと判断しているし、翔子らにもその旨は伝えられている。


――ちなみに軍が彼女らに対して情報を秘匿するよう指示しない一番の理由は、彼女らの得るであろう情報が、どう転んでも部隊指揮官に任命されている啓太が持つ情報に届かないことを理解しているからなのだが……まぁ、わざわざそんなことを告知して年頃の少女たちの自尊心を傷つけることもないので、この件に関しては暗黙の了解という形で一部の将校に周知されているとかいないとか――


他の追従を許さず、単独で最先端(サイレントライン)へ突撃し続ける規格外の変態はさておくとして。


彼女たちの中には、軍が開示を許したからといって、自分が持ち得た情報を馬鹿正直に全て開示するのも芸がないという思いがある。


錬金術ではないが、基本的に物事とは等価交換が基本である。そのため彼女らは、各々が持ちえた情報はその価値に応じて開示したり交換したりするべきと考えている。


翔子とて、普段は夏希らと同じような考えのもと色々と暈した情報を与えていたし、なんなら今日もそのつもりであった。


――訓練が終わった際、最上隆文から遠征に行く旨を告げられるまでは。


「そういうのいいから。こっちは正直余裕が無いの。これ以上くだらない前置きをしたらこっちの情報あげないわよ」


「おや?」

「ん?」

「……何か、あったんですか?」


翔子の不機嫌さと、それを隠そうともしない姿勢を見て訝しむ那奈たち。


(やっぱり知らない、か)


そんな彼女たちの様子を見て、翔子は『こいつらは自分たちが遠征に同行することを知らないみたいね』と判断した。


もし知っていたら、情報を交換する前に面倒な言葉遊びに興じるなどという、いつも通りのルーティーンを行う余裕などあるはずがないのだから。


(問題はなんでこいつらが知らないのか。いえ、なんで最上重工業が私にこの情報を教えたのかってことよね)


最上が言うには遠征に同行することは最早決定事項である。

さらにそれを上奏したのは那奈たちの機体の整備を担当している連中だ。

ある意味で一番の関係者である。情報を得ていないなどということはあり得ない。


で、あればこそ、那奈たちにその情報が渡っていないのはおかしい。


(私とこいつらの違いはなに? 乗っている機体? 整備している企業? 所属している師団? 習熟度合い? ……あ)


そこまで考えたところで、翔子は一つの可能性に思い当たった。


(こいつらの習熟度合いが想定を下回っているから? 重圧を与えないために遠征の情報を与えるのを避けた?)


そう。なんやかんやで翔子は現時点で【射撃訓練】を行える程度には機体を動かせているが、那奈は、いや、指揮官である静香でさえ少なくとも一週間前の時点で【射撃】を満足に行える状況にないのだ。


それは遠征への帯同を上奏した整備士たちにとって計算外のことだったのだろう。


ことの発端となった文化祭が行われたのが10月中旬。

上層部の遠征と教導大隊の発足が決定したのが10月下旬。

遠征は12月下旬から1月上旬にかけて行われると内示が出ていた。


これを踏まえた上で、翔子たちが訓練できる期間は、量産型の配備やらなにやらの準備にかかる諸々を除けば凡そ一か月から一か月半となる。


通常、上奏を行ってからそれが認められるまでにはある程度の時間が必要である。具体的に言えば、早くて一か月。よほど無理をしても半月程は必要だ。


そして今回の上奏は、護衛を欲している第一師団上層部にとっても、新型を見たがっている遠征軍にとっても、教導大隊に――もっと言えば啓太に――経験を積ませたいと考えている面々にとっても悪いものではなかったため、おおよそ半月程という、最速に限りなく近い期間で承認されている。


つまり財閥系の企業から派遣されてきた整備士たちがこの上奏を行ったのは半月以上前のこととなる。


しかしながら――現時点でもそうであることからわかるように――当時も那奈や静香は満足な【射撃】を行えていなかった。しかし整備士たちは那奈たちが成長することを前提にして予定を組んでしまった。


上奏を行った整備士たちが想定していたのは、量産型を扱ったデータに於ける最低最悪のケース。つまり第三師団の機士たちだ。


彼らでさえ、なんだかんだで約二か月の訓練期間で戦闘に使える程度には射撃を行えるようになっていたのだ。


今は全部が手探りだった数か月前とは違い、あの時になかった簡単なマニュアルがある。


量産型を使って魔族を討伐した際のデータも得ている。


その上、訓練するのは第三師団の落ちこぼれではなく、各師団から将来を嘱望される程に優秀な人材だ。なんならすぐ隣に理想とする動きを可能としている規格外がいる。


これだけの好条件が揃っているのだ。整備士たちが『遠征までになんとかなる』と楽観的な意見を抱くのも無理はないのかもしれない。


だが現実は非情である。


今でこそ周囲の全てに見下されている第三師団の機士たちは、最前線に赴いて死亡した優秀かつ経験豊富な機士には劣るものの、第三師団の再興を託される程度には優秀な人材だったのだ。


その優秀な人材が師団の未来の為に必死で、それこそ血の滲む思いで訓練に従事したからこそ、彼らは第二次大攻勢の際に他の師団の面々と変わらぬ精度での砲撃を可能としていたのである。


一番大事な部分を見落としていた整備士たちの楽観論とそれを前提にした見切り発車は、彼らに『射撃すら行えない機体と共に最前線へ行く』という、自殺志願以外のなにものでもない事態を突きつけることとなった。


自業自得とはいえ、整備士たちが抱いている絶望はいかほどのモノか。


絶望する彼らに容赦のない追い打ちがかかる。


それは上奏が承認されることが確定している以上、それに巻き込まれる形となった那奈たちに説明しなくてはならないということであった。


ここで問題になるのが告知を受ける側、即ち那奈たちの立場である。


彼女らはその辺にいる一兵卒や、後ろ盾のない民間人ではない。由緒正しい家格と、各師団から未来を担う存在として認められるだけの才を持った生粋のお嬢様なのだ。


そんな彼女らに対して今回のことを馬鹿正直に話してしまえばどうなるだろうか? 


『死にたいなら勝手に死ね』と突き放されるだけならまだいい。だがそうはならない。まず、彼らが所属する企業体が、彼女たちの実家や軍から『自分たちの子供を殺そうとした』と猛抗議を受けるだろう。


帯同を許可した第一師団上層部も、受け入れを表明した遠征軍も、まさか指揮官である静香でさえまともに射撃さえ行えないような未熟な部隊が、自分から遠征に帯同することを希望するなど考慮しているはずがないのだから、上奏を主導した面々とその上官が詰問されるのは当たり前のことである。


――実際、統括本部長である浅香も、静香から大隊の習熟度合いを聞いた際には「なんでそんなのが帯同の上奏をするのよ」と文字通り頭を抱えたそうな――


それでも最終的に浅香が教導大隊の帯同を認めたのは、すでに根回しが終わっていることに加え、啓太の存在と、翔子が【射撃】を行える段階に到達していたからに他ならない。


最低でも二人は使えるし、あわよくば静香や那奈に成長して欲しい。

浅香は今回の件についてそう割り切ることにしたのである。


もちろん、十分な情報も得ずに企業側からの根回しに応じた面々に対してはしっかりとした処分を行うことが決定しているし、無責任な上奏を行った企業に対しても罰を与えることが決定している。


そして、抗議を受けた上に罰則を与えられた財閥系企業が彼ら整備士を護ってくれるか? と問われれば、もちろん答えは否。護ってくれるはずがない。


むしろ、すべての責任を負わされた上で切り捨てられることになるだろう。


いや、その前に現地で死ぬ可能性が高いか。


どう転んでも死。そんな絶望の未来を覆す方法が唯一つだけ存在する。

それは『那奈たちが遠征までに成長すること』だ。


現状では論外だが、最低限【射撃】ができるようになれば、そして遠征先で魔物を討伐することができれば、彼らは『彼女らの成長を前提に上奏した』と誤魔化すことができる。


当然、無責任な上奏をした罰を受けることになるだろう。


だが、実戦で経験を積んだ機体を整備したという実績は間違いなく彼らを護ってくれるはず。


そこまで考えが至れば、後は単純だ。


彼らは那奈たちに余計な情報を伝えず、一心不乱にトレーニングに励んでもらうことを選択した。


量産型のメイン機士である那奈はもちろんのこと、強化外骨格の習熟をメインにしている夏希と茉莉にも量産型のシミュレーターを使ってもらい、少しでも習熟の度合いを高めてもらおうとしていることからもその本気度合いがわかろうというものだ。


(100%保身だけど)


自らの進退がかかっているからこそ、整備士たちも訓練や整備に本気で打ち込もうとしているのは理解できる。理解できるが、連中の保身のために同級生が、ひいては自分の命が危うくなるのは頂けない。


「……どうしたんでしょう?」

「さて……」

「やっかいごとかなぁ」


(この緊張感のなさよ。うん。まずは私が持つ情報を提供するべきね)


同僚が使えるかどうかは生死に直結する。そのことを理解している翔子に――もちろん那奈たちもそれは理解しているが、自分たちが戦場に行くことを知らないので緊張感がない――遠慮の文字はない。


「いい? 落ち着いて聞きなさい」


「「「?」」」


「私たち、第一師団の遠征に帯同することになったわ」


「「「は?」」」


「出立は今月下旬よ」


「「「は?」」」


「これからは死ぬ気で訓練しなさい。じゃないと……死ぬわよ」


「「「は?」」」


「冗談でも夢でもアニメでもないわ。現実(ほんとう)のことよ」


「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


この日、非情な現実を突きつけられた少女たちの口から淑女らしからぬ様々な種類の罵倒が発せられたとか発せられなかったとか。

色々なところで計算外が発生していたもよう


閲覧ありがとうございました。



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