8話。遠征は誰の為に(後)
「つまるところ、切っ掛けはこちらの技術者たちからの上奏ではあるものの、向こうでも諸々勘案した結果、国防軍としても我々を遠征に同行させることに問題はないと判断した。いや、我々を同行させた方が良いと判断した、ということでしょうか?」
要約すればそういうことだよな?
「……そうだ」
どうやら俺の理解で間違っていなかったらしい。
「なるほど」
俺個人の感想を言わせてもらえば、率直に言って面倒だとしか思わない。
大体、なにが悲しくて冬休みのほぼすべてを――つまり年末年始も――海外、それも戦場で過ごさねばならないというのか。すでに遠征している方々には申し訳ないが、俺は妹様とゆっくり過ごしたいのだ。
しかし個人としてではなく軍人として考えるのであれば話はがらりと変わる。変わってしまう。
まず常識的に考えて防戦だけでは勝てないというのは紛れもない事実である。物資だっていずれ尽きるしな。加えて防戦の要とも言える第二師団が半壊状態となっているのも痛いところだ。
もちろん国防軍としても冬の間にできる限りの補填を行うつもりだろうが、機士や砲士の数が限られている以上、機体だけを増やしたところで意味はない。
現状、このままではこれまでと同じ規模での防戦さえ不可能となるのが目に見えてしまっているわけだ。
これをそのまま放置した場合、九州や中国地方が魔物に制圧されてしまう。
国防軍はそう判断したのだろう。
「そこで重要になるのが私たち教導大隊。いや、大尉、貴様だ」
「はぁ」
「貴様はもう少し自分の価値を自覚しろ」
「はぁ」
なんでも軍に於いて俺は一人で大型10体以上の戦力と数えられているらしい。
その俺を主力として待機させると共に、来年の春に学校を卒業する生徒たちを重点的に第二師団に回すことで一応の数を整えるというのが現在国防軍が考えている再建プランの第一段階とのこと。
この学校の生徒って各々がそれぞれの師団の関係者なんじゃないの?
勝手に割り振り決めていいの?
そう思ったが、そもそも五十谷さんたちのような幹部候補生は通常市ヶ谷の本校に通うのが普通であって、ここ青梅の分校に来るような人材ではない。
それでも彼女らがここ青梅の分校に入学してきたのは、偏に一昨年に第三師団が壊滅したせいだ。
これにより国防軍は実行戦力の補充を急ぐために素質のある子供を青梅の分校に入れるよう各師団に要請したし、国防軍からの要請を受けた各師団も、再建されるであろう第三師団の実行戦力部隊に自分たちの関係者を潜り込ませたいという思惑があったために、本来市ヶ谷の本校に通わせる予定であった子弟の多くを青梅の分校に入れることにしたのだとか。
つまり、師団の紐付きとされる人員が大量に入学してきたのは去年からのことであり、現在三年生の先輩方はそれほど師団の影響を受けていない人たちらしい。
そんな感じなので、当然彼らの配属先は多少以上に融通が利くことになる。
そこで国防軍は、例年であれば各師団に平等に配属されていたであろう来年卒業する先輩方の大半を第二師団に配属させることにしたんだとか。
これだけ聞けば他の師団から文句がきそうだが、このまま第二師団が崩壊した場合は当然の如く国土が魔物に侵されることや、なにより次に最前線に立たされるのは自分たちということになるので、地元の防備が薄くなることを懸念している一部の政治家を除いて声高に反対するような意見は出ていないらしい。
大局観も戦略眼もない一部の政治家さんについてはさておくとして。
「これにより数だけは揃えることができる。数だけはな」
「そうですね」
戦いは数。昔の偉い人もそう言っている。
ただし、数だけでは意味がないのもまた事実。実際大量の量産型や防衛兵器を揃えたにも拘わらず国防軍は第二次大攻勢で甚大な被害を出したからな。
そこで重要になるのが俺である。
「第二師団では、大尉がいれば最低でも1年は持たせられると考えているらしい」
「買い被り、と言いたいところですが……」
去年と同じ規模なら、確かになんとかなりそうではある。
もちろんずっと九州に貼り付くのではなく、学校に通いつつ大規模な魔物の襲来を確認したら呼び出される感じになるだろう。
「私も大尉であればそのくらいはできるだろうと考えている。ただ、軍としては大尉一人に国防を背負わせるつもりはない」
それはそうだろう。俺が死ぬとか負傷する場合もあれば、風邪をひいて出られなくなるような場合だってあるからな。
軍だって『川上大尉が風邪をひいて倒れたせいで負けました』なんて言えるわけがない。
なので軍は俺以外にも防衛戦力となる存在を用意しなければならないわけだ。
そこで最有力候補として挙げられているのが……。
「……教導大隊に所属する面々、ですか」
「そうだ。我々はこの冬の間に国外に遠征して経験を積み、我々以外の教導隊は国内で量産型を動かすカリキュラムを構築することに全力を尽くすことになる」
「ふむ」
シミュレーターに於いて普通の【射撃】さえできていない状況で経験を積むと言われてもアレな感じではあるが、おそらくボスがいう『経験』とは、単純に現場で量産型を扱って得られる経験ではなく、草薙型や強化外骨格を利用して魔物との戦闘を行って各々の魔晶に魔力を蓄える行為のことを指すのだろう。
そうして集めた魔力を量産型の制御に流用させる、というわけだ。
最上さんも「魔晶に魔力を蓄えた方が制御はやりやすい」って言っていたからな。
俺も機体の制動には無意識ながらも魔力を使っているらしいし。
この辺はまぁ魔力が補助輪みたいな役割を果たすと思えばわかりやすいかもしれない。
で、ボスや田口さんたちが魔力を補助輪として使うことで量産型を十全に扱えるようになったら、今後量産型に乗ることになる機士にも同じことをさせれば良い。もし魔力を使っても駄目なら別の方法を考える、と。
教導大隊というよりは試験大隊みたいな感じではあるが、対象が新兵器であることを考えれば似たようなものになるのは仕方のないことなのだろう。
そこまでは理解した。個人的には上層部の護衛にされる可能性があること以外は特に問題があるようには思えない。
だが、ボスは違うらしい。だってこの話をする前に溜息を吐いていたくらいだからな。
「話を聞く限りでは十分に理のあることかと思いますが?」
ナニカ俺が理解できない問題があるのだろうか?
「確かに理はある。軍人としても教導大隊の意義としても実戦を経験することは重要だと思っているし、現地で戦っている友軍に対して新兵器の情報を提供するのも悪いことではない」
それはそうだ。その新兵器が高い反撃能力を持つことを知れば、現地で防衛にあたっている第四師団や第五師団の面々の士気はあがるだろう。
なおさら問題はないのでは?
「……私が懸念しているのは、単純に我々が未熟であることだ」
「……学生、それも軍学校の一年生が未熟なのは当然のことでは?」
それも扱うのが新兵器だ。習熟している方がおかしいと思うんだが? 俺は訝しんだ。
「無論そうだ。その点に関しては我々を派遣する第一師団も、受け入れ先である遠征軍も気にはしないだろう」
では猶更問題ないのでは? いや、もしかして。
「学生を戦場に連れて行くことを気に病んでいらっしゃる?」
俺はまだしも他の面々は普通の学生だからな。そういう可能性もある、か?
「いや、学生である貴様らを戦場に連れて行くことに対する後ろめたさがないとは言わん。しかしそれは将来のために必要なことと割り切ればいい。というか割り切る」
「……そうですか」
本当に割り切れている人はそんなことを言わないと思うのだが? 俺は再度訝しんだ。
とはいえ、基本的に軍の存在意義とは即ち『勝つこと』だ。故に軍人としてきちんと教育を受けた者は、部下を死なせることが勝利のために必要と判断したのであれば、部下に『死ね』と命じることにさえ躊躇しないし、してはならない。
その点、ボスはそういった必要な割り切りができる人間だと判断されているのだろう。そうでなければこの歳で中佐になれないからな。しかしながら、さすがのボスもいざという時に『死ね』と命じる相手が未熟な学生だと話は別らしい。
学生の命を簡単に切り捨てられないところは人間として好ましいところではあるが、指揮官としては微妙な感じと言えなくもないところである。
まぁ、その辺は最終的に本人が解決することだろうから別にいいんだ。
俺みたいな中身オッサンの学生が諭しても説得力の欠片もないしな。
今の問題はボスが何に憂慮しているかって話である。
未熟に関することでありながら部下の命に関することでないとすれば……。
「では、やんごとなき御方からのお叱りについてお考えですか?」
そもそも学生である俺を戦わせたことに苦言を呈されたんだもんな。それなのに俺たちを最前線に送るとなれば更なるお叱りがあってもおかしくはない。
「……いや、それはない」
「そうなんですか?」
貴族とか武家の考えることはよくわからんからな。当然その上に立つ御方に関しても俺にはさっぱりだ。
「そもそも文化祭の一件で上層部の面々がやんごとなき御方からお叱りを受けたのは、彼らがあの、無力な国民や来賓など護るべき存在が大勢いる状況下に於いて無策のまま魔族を放置するような命令を出したことや、自分たちは何もしないくせに学生である大尉を一人で矢面に出して戦わせたこと。なにより彼らが勝手な判断で魔族の要望である一騎討ちを承諾したことを問題視したが故だ。よって今回の件のように自分たちも戦場に赴いた上で『教導大隊に経験を積ませることが将来のために必要なことだ』と判断したのであれば、やんごとなき御方も国家を担う立場から反対することはない」
「そうなんですか?」
「あぁ」
よくわからんが、そんなものらしい。
「なにより貴様がいれば彼女たちも死ぬことはあるまい? であればこそ、この遠征は我々が経験を積むための行為となる。このことをしっかりとお伝えすれば、あの御方からお叱りを受けることはあるまいよ」
「……努力はします」
この歳で他人の命を背負うのは正直嫌なんだが、そうも言っていられない、か。
尤も、俺たちが行くのは遠征軍が拠点を造っている土地、つまり最前線であっても激戦地ではないからな。よほどのことがない限りは死ぬようなことはないだろう。
フラグ? 知らんなぁ。
しかし、学生を連れて行くことを気に病んでいるわけでもなければ、お叱りを警戒しているわけでもないとなるど、一体全体なにが問題なんだ?
「……さっきも言っただろう? 問題は我々、いや私自身が未熟であることだ。本来貴様らを護るべき私が満足に【射撃】もできんのだぞ?」
訝しむ俺を見て、ボスは溜息交じりに自分が憂慮している点を教えてくれたが……いや、それはどうなんだ?
「別に、指揮官が強者である必要はないでしょう」
もちろん実働部隊の隊長であればそれなりに戦える必要はある。
指揮官であっても戦えないよりは戦えた方が良いのは確かだ。
また教師であるボスからすれば、部下であるとともに学生でもある俺たちを護るのは自分の役目だと考えているのだろう。その気持ちも分からないではない。
だがそもそも指揮官に求められるのは己の力で敵を討伐する戦闘力ではない。
何時如何なるときでも慌てない冷静さと、確かな知性。常に状況を正しく把握し、瞬時に物事に判断を下せる決断力。部隊の維持に欠かせない政治力等々、戦闘力以外のものが大部分を占めている。
それに鑑みれば、ボスが量産型を十全に扱えないからと言って憂鬱になる理由はない。
彼女はより効率的に俺を使えばそれで良いのだ。
政治に関わるつもりがない俺としては半ば以上本気でそう思っているのだが、どうやらそれは俺が『使える人間』だから言える意見だったようで……。
「なぁ大尉。貴様は第二次大攻勢で生き延びた第三師団の機士が現在どのような扱いを受けているか知っているか?」
「……はい」
第二次大攻勢に於いて、最後の最後で命令違反を犯しながらも諸事情によって裁かれることがなかった機士たち。
彼らが罰を受けなかったのは、現場指揮官であった芝野准将――当時は大佐――が戦場に混乱を齎さないよう弾詰まりとして処理したことや、最終的な砲撃を行う前までは彼らもしっかりと砲撃を行っていたこと。なにより実戦で大型を討伐したという実績を得た機体を持ち帰ることに成功したからこそ、彼らの罪は問われなかった。
しかし、彼らのその後は有体に言って最悪であった。
何故か。戦場で友軍を見捨てたこともそうだが、なによりそうまでして持ち帰った機体が、魔物に見つからないよう機体そのものが小さくなり、魔物に脅威と思われぬよう砲も縮小してしまうという、進化ではなく退化に近い成長・最適化をしてしまったからだ。
それは量産型だけでなく、砲士たちが使用していた与一型も同様である。
研究者からすればこれはこれで一つの成果として認められるものではあるものの、軍人として見れば無様の一言でしかない。
結果としてこの小隊に所属していた面々は、ある意味で貴重な研究資料となった機体を操作させるために退役することも部署を替えることも認められず、今や軍の関係者から『例の連中』と呼称されて隔離されている状態にあるという。
もし彼らが無理やり逃亡したり、ストレスから病に罹り、それを理由にして退役などしてしまえば、第三師団の名誉を穢したとして第三師団の関係者に殺されるか、裏切り者として第二次大攻勢に対応した各師団の関係者から消されることになるだろう。その際彼らに与えられる称号は、もちろん【共生派】であろう。
生きていても地獄、逃げても地獄。そのくらい救いがない状況らしい。
(ま、彼らの所業を考えれば同情の余地はないんだがな)
なにせ敵前逃亡に限りなく近い命令無視だ。
通常ならその場で銃殺されても文句は言えない所業である。
そしてこの場面で彼らのことに言及したボスの懸念も理解できる。
「正直に言おう。私は怖いのだ。自らの力で貴様らを護れぬこともそうだが、それ以上に大尉という盾に隠れながら後先を考えずに焼夷榴弾による砲撃を行い、それによって結果的にそれなりの経験を積むことが」
「……あぁ」
ようやくボスが何を憂慮していたのかわかった。
「その結果はどうなる? その行為は例の機士たちと何が違う?」
俺としては『少なくとも命令違反ではない』ということはできる。
だが今ボスが求めているのはそういうことではない。
「……怖いのだ。私が操る機体が矮小化するのが。それによって現場の士官たちから見下されるのが。それによって大尉や部下たち、さらには家族から失望の眼差しを向けられるのが」
要するに今のボスは初陣――軍事的な意味での初陣はすでに済ませているだろうが、本格的な戦場に初めて赴くという意味での初陣――を恐れているのだ。
ましてボスは似たようなケースで失敗した存在を、またその存在が現在周囲からどう扱われているかを知っている。
故に失敗が怖いのだろう。名家の生まれだからこそ失敗して名を落とすのが怖いのだろう。
その気持ちは理解できる。多少だけどな。
でもなぁ。
これ、言葉を飾らずに言えば『自分では満足に使えない武器と、年端もいかない学生を部下として持たされた30になるかならないかの貴族のお嬢さんが、初陣を前にして緊張しているだけ』なんだよなぁ。
なんか一気に力が抜けたわ。
「……なんだその表情は」
うん。ボスとしては恥を忍んで己の心情を告白したつもりなのだろう。普通であれば慰められるか叱咤激励される場面だというのに、俺の反応が【脱力】では、ムッとするのも当然だ。
当人にとっては重要なことだし、部下としてもそんな気持ちを抱えたまま指揮を執られても困る。
そう考えれば、そりゃ何かしらのフォローを入れるべきだろうさ。
ゲームの主人公ならここで効果的なフォローを入れて好感度アップを狙うところだろう。
でもなぁ。
別にボスの好感度とかいらんし。
「……おい」
そもそも初陣の不安なんかいくら言葉を尽くしたところで実際に戦場に出ないことには解消しないし。
この状況で俺から言えることとなんて『訓練頑張りましょう』ってことくらいじゃないか?
訓練の結果【射撃】ができるようになれば、ボスの気持ちも少しは落ち着くと思うんだが。
「……なにか言ったらどうだ?」
「と、言われましてもねぇ」
(今のボスに何を言っても嫌味にしかならないだろうし、特に言うべきことはなにも)ないです。
「……そうか。貴様、私を舐めているんだな? そうなんだな?」
「はい?」
何がどうなればそうなるのかわからないんだが。
「よし。決めた。これから暫く付き合え」
「はい?」
――この後、めちゃくちゃ訓練した。
ボスにも色々と思うところがあるもよう。
というか、自分では満足に使えない武器と、年端もいかない学生を部下として持たされた30になるかならないかの貴族のお嬢さんが、初陣を前にして――なおその初陣はいきなり決まったものとする――緊張しないわけないだるぉ!
まぁ誰も彼もが啓太くんのように頭のネジが外れているわけではありませんからね。
不安を覚えるのもシカタナイネ。
閲覧ありがとうございました。













