表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東救世主伝説  作者: 仏ょも
4章 ベトナム遠征
76/111

4話。教導大隊についてのあれこれ③

五十谷翔子は啓太がナニカをしたせい――もしくはおかげ――で自分に専用機が割り振られたと考えていたが、結論から言えば啓太は何もしていない。


当然だ。如何に啓太が最上重工業の社長やら技術者と仲が良くとも、如何に英雄と持て囃されていようとも、所詮は一介の大尉でしかない啓太に一機で50億を超えるような機体を準備できるはずがない。


もちろん、最上重工業からすれば啓太は試作機を動かせる唯一のテスターであるだけでなく、強化外骨格でも一定以上の活躍をしてくれたことで、文字通り自社の株を高めてくれた存在だ。よって啓太から『どうしても』と頼まれれば、多少の便宜を図るくらいのことはするだろう。


しかしそれもあくまで『頼まれたらの話』だ。そして重ねて言うがこれに関して啓太は本当に何もしていないので、最上重工業が便宜を図ることはない。


というか、啓太が教導大隊が発足することを知ったのは担任であり上司でもある久我静香から聞かされたとき、つまりつい先ほどである。当然五十谷のための機体を用意させるなどといった根回しなどする時間はなかったし、そもそも啓太には五十谷を特別扱いする理由がないので、五十谷の為に機体を用意してほしいなどと頼むはずがないのだ。


よって五十谷の為に機体を用意したのは啓太ではない。

もちろん大隊指揮官となった久我静香でもない。

では誰が五十谷のための機体を用意したのか? 

確認するまでもない。製造元の名前が全てである。


「へへっ。これで試作三号機も日の目を見ることができるぜ」


新設される教導大隊の名簿を見ながらそう嘯くのは、最上重工業の社長にして変態技術者のトップにして啓太も認めた変態でもある男、最上隆文その人であった。


―――


教導大隊の設立についてのあれこれを聞いた翌日のことである。


「くっ」


「そこで悔しそうに『くっ』とか言われましてもねぇ」


教室の入り口付近では、俺が上で五十谷さんが下になっていた。


いや、別にいかがわしいことをしているわけではないぞ。


教室に入った途端なぜか五十谷さんが「うらぁぁぁ!」とか言いながら殴りかかってきたので、取り抑えて殴りかかってきた事情を聴いているだけだ。


五十谷さんも中々の強者らしいが、機体に乗って行われる近接戦闘ならまだしも肉弾戦で同年代の女子に負けるほど耄碌した覚えはない。


(武術的に)差し出された腕をつかんで逆関節をキメながら足を払い、腕を折らぬように勢いを殺した上で倒す。そのまま腕をキメつつ倒れている五十谷さんの背中に乗れば、ハイ拘束完了。


もしかしたら『やりすぎだ!』と言われるかもしれないが、倒す前に両足で頭を挟まなかっただけ有情だと思ってもらいたい。


尤も彼女がいきなり殴りかかってくるのは予想していなかったので結構強めにキメることになってしまったが、そこは彼女もさるもので。腕を掴まれてから倒されるまでの僅かな時間で、抵抗すれば折れると確信したのだろう。キメられた腕が折れないよう抵抗せずに倒れこむことで被害を最小限に抑えることに成功していた。


結果として腕をキメられて倒れているのが五十谷さんで、その背中に乗っているのが俺、というわけである。


もしも五十谷さんが地上最強の生物並みの腕力があればこの状態からでも床を殴りつけて攻守を逆転できるのだろうが、残念ながら普通の軍人志望のお嬢さんでしかない彼女はそんな理不尽とも言える腕力は持ち合わせていなかったようだ。


閑話休題。


「……本当にアンタがナニカしたわけじゃないのね?」


「俺がナニカしたところで機体が用意できるとお思いで?」


事情を聴いてみれば、なんでも教導大隊に参加するメンバーの中で五十谷さんにだけ専用機が与えられることになっていて、それを羨んだ他のメンバーから結構な吊し上げを喰らった、らしい。


実際五十谷さんは何もしていなかったのだが、何もしていなかったからこそそのことを証明することもできなかったそうな。まぁ所謂悪魔の証明というやつだからそれ自体は仕方のないことではある。


最終的に三人の暴走はボスによって止められたのだが、それはあくまで『上官の前で騒ぐな』というものでしかなかったので、三人の中に宿った嫉妬の心は燻ったままとなっている、らしい。


これがクラスメイトによるただの嫉妬であれば五十谷さんも『専用機を貰えなかったアンタらが悪い』とでも言って斬り捨てていたのだろう。だが、残念なことに田口さんたちは名実ともに同じ釜の飯を食うことになる仲間だ。


当然大隊発足の時点で関係性に亀裂が入っているのはよろしくない。

それが誤解からくるものであれば猶更だ。


よって五十谷さんとしてはなんとか誤解を解いておきたい。

だが向こうは五十谷さんが悪いと確信してしまっている。


こんな状況なので(このままでは何かあったさいに孤立してしまう。最悪後ろから撃たれる)と考えた五十谷さんは、抜本的な部分、つまり自分に専用機を与えた意図――最悪でも『五十谷翔子がナニカをしたわけではない』ということ――を証言させるため、元凶と思しき人間に殴りかかった。という次第らしい。


うん。とりあえず『なんで俺が元凶になる?』とか『なんで殴りかかる必要があった?』という疑問はさておくとして、なんで五十谷さんに専用機が与えられることになったのかは……まぁなんとなく理解できる。どうせあの人だろうし。


「なんで知ってるの? やっぱりアンタが!」


「してないしてない」


事情を知っている時点で怪しく思えるのは理解できるが、実際に俺は何もしていないし、何も知らない。なので俺ができるのはあくまで推測だ。確度はかなり高いと思うけど。


細かい事情を知っているであろうボスが説明しなかったのは、おそらく『自分で気付け』ってことなんだと思う。もしくは俺が気付くかどうかの確認だろうな。


「だからそんなに難しいことじゃないぞ」


「……聞かせてもらおうじゃないの」


不機嫌ではあるものの、一応聞く気にはなってくれたようでなにより。話を聞こうとしないのが一番問題だからな。まぁそれはそれとして。


「まず大前提の話として、元々最上さんは試作三号機のテストパイロットを探していたんだ」


「そうなの?」


「そうなのだ」


これはマジな話。なにせ機体ができても乗り手がいなければ意味がないからな。


最悪の場合は俺にやらせるつもりだったらしいけど、俺は俺で試作一号機やら強化外骨格やら量産型のあれこれで忙しかったからな。本当に最悪の場合にならない限りは俺以外の人を乗せる予定だったらしい。


だが状況が変わってしまった。


「どうせなら能力の高い機士に依頼したい。でも軍はそれぞれの師団の再建を優先した」


「……そうね」


軍というか師団か? まぁどっちでもいいけど。

とりあえずここまでは共通認識だから特に問題はない。


問題はここからだ。


「機体があっても機士がいない。このままでは試作三号機は性能実験すらできない。それは困る」


「まぁ、困るでしょうね」


軍の工廠なら予算は税金だし、財閥系企業ならそれなりに余裕もあるかもしれない。だが、最上重工業は新規で参入したばかりの民間企業だからな。試作二号機を売ったときの金は試作三号機の開発に回されたし、強化外骨格も発注は受けているものの納品はまだ先。つまり代金の支払いはないわけで。


「最上さんたちにはこのまま機体を遊ばせておく余裕はない。だからなんとかして軍に売り込みたい。最低でも実験データが欲しい。そこで最上さんは考えた。『学生でもいいんじゃないか』ってね」


「いや、そうはならないでしょ」


「普通はな」


そうなんだよなぁ。本来新型機のテストパイロットとは、その企業の将来を左右する重要な役割を担う存在だ。よって普通であればその役割は企業と関わりの強い人間、もしくは相当優秀な人間に任せるものだ。


だが、変態のトップを張る最上さんは普通ではない。

いや、会社の舵取りをしている奥さんは普通の価値観と感性を持つ人なのだが、今回はその普通の感性をもってしても最上さんを止めることができなかったのだろう。その原因はもちろん俺。


「ここに青田買いに成功した実例があるじゃろ?」


「……あぁ」


そう。元々この学校に入った当初の俺は、第三席で入学しそれなりの優秀さを示しながらも一般庶民であるが故に派閥の色がついていないという、企業的に見て安パイ枠かつ有望株であった。


なのでこれだけ聞けば最上さんが俺をテストパイロットに抜擢したことに問題はないように思われる。


だが違うのだ。師団の色がないということは、師団の援助を受けられないことを意味しているのだから。


例えば五十谷さんであれば、シミュレーターや実験で多少躓いても実家や第六師団からのフォローが入るので、時間的にも予算的にも多少の余裕はできただろう。だがそんなバックボーンのない俺は違う。


時間はあまりかけられない。失敗すればそこまで。そもそもが軍学校の学生なので無理強いもできない。


そんな人間に新型機を任せるというのが最上重工業にとってどれだけの冒険だったかは想像に難くない。最上さん本人はまだしも、奥さん的には首を吊る覚悟を決める程には危うい賭けだったはずだ。


しかし、結果として最上さんはその賭けに勝った。勝ってしまった。


この事実があるため、現実的な価値観と感性を持つ奥さんであっても最上さんの『もう学生でもいい』という意見に強く反対できなかったのだと思われる。


「そうこうして最上さんがテストパイロットのハードルを下げていたところに、今回の人事が打診されたわけだ」


俺は軍人だからいきなり出た辞令でも正式な命令であればそれに従って粛々と異動するだけで済むが、最上さんは民間だからな。機体の整備やら何やらを考えれば事前に連絡が行っているだろう。


「部隊の新設に伴う人員の配置と整備計画の見直し。やるべきことはいくらでもある。そこで最上さんは教導大隊に機体が不足していることを知った。まぁ草薙型や八房型でさえ不足しているからな。普通に考えれば乗り手がいない量産型が製造・配備されるのは一番最後になるのが当然だ。最上さんはそこに目を付けた」


「それが機体の提供に繋がるのね?」


Exactly。正確には提供ではなく格安で販売だと思うが、誤差だろう。


「軍としても『量産型を使える人間を増やすための実験部隊に機体がないのは問題だ』と考えていただろうからな。機体を出すという最上さんの提案は断れなかったはずだ」


最上さんが機体を出してくれなかったら部隊にはボスの分を抜かせば一機しかなかったからな。

おそらくだが、軍は金以外にもデータやなにやらで結構な譲歩をしているだろう。


それでも量産型の教導と各師団の有望株を飼い殺しにするよりはマシと考えたはず。


「……それはわかった。じゃあ私がテストパイロットになったのはなんで?」


「単純に、俺との訓練回数が多いからだな」


「あぁ。そうね。そりゃそうだわ」


「まぁ訓練回数が多いということはその分五十谷さんのデータを持っているということだしな。技術者としては十分以上の理由になるんじゃないか?」


最上さんだって全くデータがない人よりはある人を使いたいだろうよ。


さらに言えば五十谷さんは第四席だし、文化祭でもしっかり勝利していたからな。学生の中ではかなりの有望株と認識しているはずだ。


さらに彼女に新型を任せれば、それを知った第六師団から支援も受けられる可能性がある。


データも取れるし金ももらえるし伝手も得られる。

どう転んでも最上さんに損はないというわけだ。


「……なるほど」


そんなこんなを説明したところ、五十谷さんも納得したのか先ほどまでの荒々しさはなくなっているように思える。


「というわけよ。私が何もしていないって理解してもらえたかしら?」


冷静になった五十谷さんがドヤ顔で問いかけたのは、俺と五十谷さんの様子を窺っていたクラスメイトたち。いや、田口さんと橋本さんと綾瀬さんだ。


「確かにそうみたいですねぇ」

「あぁ、誤解をして済まなかった」

「うん。ほんとごめんねー」


「軽っ! そして雑っ! ……まぁいいけど」


(いいのか?)


俺から見てもなんともアレな扱いだが、五十谷さんからすれば誤解が解けたこととおざなりでも謝罪を貰った時点で十分なのだろう。晴れ晴れとした表情でツッコミを入れていたので、そこに突っ込むのは野暮というものだと思い無言を貫くことにした。


問題があるとすれば俺と五十谷さんの状態、だろうか。


「ところで川上さん? いつまで翔子さんを拘束しているんです?」


「あ! そうよ! アンタ! いい加減に放しなさいよ!」


「そうしたいのは山々なんだけどなぁ」


「なによ!?」


いや、ほんと。俺に女子高生の関節をキメたまま拘束する趣味はないから、可能であればさっさと解放してあげたいところなのだが。そうもいかない事情があるわけで。


「あぁ、もしかしてアレですかぁ?」


「あれ、とは?」


「とぼけなくてもいいんですよぉ。えぇ。川上さんも男の子ですからねぇ」


「んなっ!?」

「ほ、ほう。まぁ、そういうこともあるかもな」

「それはしょうがないなー」

「……(最低)」


したり顔で頷く田口さんと、それを聞いて何を勘違いしたのか顔を真っ赤に染める五十谷さんと、フォローだかなんだかわからないことを口にする橋本さんと綾瀬さん。


心なしか遠くで見ていた武藤さんから軽蔑の眼差しを向けられている気がしないでもない。


「せ、セクハラよ! これはセクハラだわ! ていうかアンタはそういうのが嫌だから監視カメラを付けるように進言したんじゃなかったの!?」


「それはその通り。だがこの現場はみんなが見ている」


「だ、だから!」


「セクハラは免れない、と?」


証拠はいくらでもあるとでも言いたいのか?


「そうよ!」


俺が拘束と偽って彼女の体の感触を堪能していると勘違いをしているのだろう。必死で拘束を解こうと暴れる五十谷さん。だがな。残念ながらそれは違う。


「五十谷さん」


「な、なによ!」


だからいい加減教えてあげよう。


「学生であるとはいえ准尉待遇の軍人が上官に対して暴力を振るった場合、どうなると思う?」


「……あっ!」


そう。俺は正式な大尉なのだ。准尉待遇の五十谷さんが暴力を――それも勘違いで――振るっていい相手ではない。そしてその現場はこの場にいる全員が目撃してしまっている。つまりもみ消しは不可能。

学生だから許す? 違う。軍学校に通う学生だからこそルールは絶対に守らせなくてはならないのだ。


まして彼女たちは正式に教導大隊に所属する身。

つまり学生ではなく軍人として扱われるべき立場にある。

それも話を聞けば無理やり参加させられたわけではなく、自分から立候補しているときた。


俺が納得して『別に構わない』と言ったのであればまだしも、何も言わずに奇襲を仕掛けてしまったら俺としても問題にしないわけにはいかないのである。


「なるほどぉ」

「……うん。拘束は妥当だね」

「これから独房? 営倉?」

「も、元はと言えばアンタらのせいでしょうが!」

「……(自業自得ですね。私を仲間外れにしたことも含めて)」


各々が他人事のように言っているが、残念だったな。

軍――学校――とはそんなに甘い組織ではない。


「暴力はもちろん駄目だ。では、冗談とはいえ上官にセクハラの冤罪を擦り付けた場合はどうなると思う?」


「「「「……あっ!」」」」


「俺はそれが嫌だからカメラの設置を頼んだんだぞ? それを知りながら冤罪を仕掛けてくるとはいい度胸だ」


「あ、あはははは。冗談、では駄目ですかねぇ?」


面白いことをいうねぇ。


「わ、私は特に何も言っていないぞ?」

「お、同じくー」

「……(私も)」

「ず、ずるいですよ!」

「田口、往生際が悪いわよ!」


処罰が確定しているが故に道連れを作ろうと必死な五十谷さんは放っておくとして。


「まぁ確かに田口さん以外の面々は明確に何かを口にしたわけではないな」


「そ、そんなぁ」


橋本さんたちは悪ノリに乗っただけと言えばその通りだ。

さすがにそれくらいでは処罰はできない。せいぜいが訓告くらいか?


「「ヨシッ!」」

「……(ヨシ)」


逃げ切ったと確信して安堵の息を吐く橋本さんと綾瀬さん、と武藤さん。

だが甘い。チョコラテよりも甘い。


「君たち。連帯責任って言葉を知っているかな?」


「「あぁっ!!」」


そう。同じ部隊に所属している以上、五十谷さんが殴りかかってきた時点で彼女らの処罰も決定していたのである。


「ざまぁ」

「ふへっ」

「くっ」

「やべー」

「……(私は関係ありませんよ。だって仲間外れにされていますから)」


「……これは、一体どういう状況だ?」


色んな意味でダメージを受けている女性陣。

HRのために教室に現れたものの状況が理解できずに混乱する久我静香。


そして……。


「俺は、いったい何を見せられているんだ?」

「さぁ?」

「五十谷に専用機? 今更? 笠原、貴様は何か知っているか?」

「……これから調査します」


教導大隊が発足することはまだしも、その詳細を知らされていない男子陣もまた目の前で引き起こされた喜劇を理解できず、ただただ混乱していたそうな。

閲覧ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ