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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
3章・文化祭
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20話。リザルト的なお話

結局、軍学校に於ける文化祭は波乱、というには大きすぎる事態が発生したため当然のように即時中止となった。


一部の民間人から中止を惜しむ声もあるにはあったようだが、さすがに政府要人が集う首都……もとい、多数の民間人や国家の未来を背負うであろう若者たちが大勢いる軍学校に魔族が侵入していた――それも堂々と姿を現したことでマスコミを含め不特定多数の人間に確認されてしまった――以上、さしもの第一師団上層部とてイベントを継続するなどという腑抜けた決断を下せるはずもなかった。


というかあのまま文化祭を継続していたら、今以上に『軍は何を考えているんだ』と各方面から叱責を受けていたであろう。


唯一の救いは民間人に被害がなかったことだろうが、それも結果的にそうなっただけで、軍が何かをしたわけでもない。


また、記録に残されていた第一師団上層部の会議の内容があまりにも杜撰かつ無気力かつ意味不明なものであったため、件の会議に参加していた面々は現在各方面から激しい突き上げを喰らうこととなっていた。


「ふぅ。やれやれだわ」


そんな中、自身の査問を終えた統合本部本部長の浅香涼子は執務室に帰ってきて早々溜息を溢した。


「やれやれ。ではありませんよ」


溜息を溢す浅香に厳しい言葉を掛けるのは、彼女の査問が終わるのを待っていた第二師団師団長の緒方勝利である。


ちなみに第二師団の再建に専念していた緒方を始めとした第二師団の面々は、啓太が操る量産型の性能は気になっていたものの、その多忙さ故に軍学校の文化祭に参加していなかった。


故に彼らが軍学校に魔族が出現したことを知ったのは、すべてが終わった後――と言っても、アルバと名乗った魔族が出現してから啓太に討伐されるまでは20分も掛かっていないので、それほど遅かったわけではない――だった。


(『軍学校に魔族が現れました』と報告を受けたと思ったら、次の報告が『川上中尉が一騎討ちで魔族を討伐しました』だぞ。当時の俺や、俺と一緒に作業していた芝野らがどれだけ混乱したことか)


緒方は吹きすさぶ情報の暴風に意識が飛ばされぬよう飛ばぬようにと耐えつつ、現地にいた第二師団の関係者に続報と詳細を報告するよう通達した。


それから少しして緒方に報告されたのは、第一師団の面々が下した意味の分からない命令のオンパレードと、その意味の分からない命令を受けて戦わされた啓太の戦闘記録であった。


もしも量産型の性能がカタログスペック以下であったなら。

もしも啓太が量産型を使いこなせなかったら。

もしも魔族がもう少し強かったら。

もしも魔族が最初からあの黒い魔力を纏っていたら。


すべては仮定の話ではあるが、どれもこれも可能性が皆無というわけではない。


指揮官とは最悪の事態を想定して動くべき。その常識に鑑みれば、あの状況は啓太が死んでいた可能性すら考慮しなくてはならない状況だ。


文化祭で学生に戦わせるのもそうだし、その学生が死んだ場合など一体どれだけの非難が軍に向けられることか。


考えすぎと言われるかもしれないが、そこまで警戒するのが上層部の仕事である。


にも拘わらずそのことを確認した久我静香に対し第一師団の上層部が告げたのは『一騎打ちで負けたのであればそれも仕方あるまい』などという世迷い事ときた。


一連の情報を得た際に、啓太を決戦兵器兼防衛の要と評価している緒方をはじめとした面々が『連中よりも中尉一人のほうが価値があるとなぜわからん!』とブチ切れたのは当然のことと言えよう。


そして、その際に緒方が抱いた怒りの炎はまだ完全に鎮火していない。


「そもそも、魔族と一騎討ちなどする必要などないでしょう。なぜ止めなかったのですか」


緒方だけではなく、軍人全体が抱いた疑問である。


「それについては査問でも答えたでしょう? 私も一騎討ちなんてナンセンスだと思っていたわよ。ただ私と違って実戦を知ると嘯いていたお歴々が『挑まれたなら逃げるな』って感じで押してきたからね。私は流されただけよ」


ちなみにその押してきた人物の中には師団長も含まれている。


「それを止めるのが貴女の仕事でしょうに」


「いや、どっちかと言えば参謀総長の仕事でしょ」


ここで参謀本部長の名が出てこないのは、ことが起こった現場が第一師団の管轄だからだ。


参謀本部や統括本部は全体的な戦略を練る将官によって構成されているので、現場に意見をすることが憚られる傾向にある。


もちろん緒方とてそのことは知っている。実際に口を挟まれたら面倒くさいと思うだろう。


だが、現場が明らかに暴走していると判断できる状況であれば話は別だ。


「師団長が暴走していた場合、同じ師団に所属する参謀総長では止められません。それは第三師団の件で理解されていたはずでは?」


「……えぇそうね」


さらに第一師団の上層部は皇族と貴族によって構成されている。そうである以上、それを掣肘できるのは同じ皇族である参謀本部長か浅香しかいなかった。


よって彼女は『会議に参加していながら彼らを止めなかった浅香や参謀本部長はその責任を果たしていない』という指摘に対して反論することはできない。


もちろん『第三師団の壊滅から何を学んだのか?』という嫌味にも、だ。


「それについては反省しています。陛下からも厳しくお叱りを受けましたし」


「それは重畳」


当然のことながら、皇族と貴族によって構成されている第一師団上層部を査問できるのは極々限られた人物だけである。


そのため彼らは大概のことであればその権力で抑え込めるのだが、今回は勝手が違った。


なぜか。それは彼ら以上の存在が怒りを隠そうともしていなかったからだ。


彼にとって自身のお膝元である首都に魔族が出現した。それだけならまだよかった。

彼が許せなかったのは、その後の対応である。


曰く、魔族と人間を見た目で判別できない以上、潜入されることもあるだろう。その方法が来賓やその護衛に紛れてきたというのであれば猶更である。将来的には何かしらの備えが必要だろうが、現時点でそれを完全に防げなどとは言わない。だが、魔族が出現してからの流れはどういうことか。


なぜさっさと討伐しなかった?

一騎討ち? 何を馬鹿なことを!


十年、二十年後に交渉するかもしれない? 

何を勝手なことを!


自分たちが出ずに子供を戦わせる? 

それも性能の調査さえ終わっていない機体で? 

そして勝った子供に対してかけた言葉が『卑怯』とはなんだ! 

そのような言葉を吐くのであればまずは貴様らが行かぬか!


なぁ? 貴様らは件の英雄が出るまで10分近く魔族を放置していたのだぞ?

なぁ? 貴様らは同盟国や協力国の来賓が見ている前で恥を晒した自覚はあるか?

なぁ? 貴様らは朕の顔に泥を塗った自覚はあるか? 痴れ者どもが、恥を知れ!


その後も務めて冷静になろうとするものの怒りを隠せないかの御方によって滔々と行われた叱責と言及によって、第一師団上層部は文字通り絞られたそうな。


もちろん浅香も無関係ではいられなかった。しかし彼女はあくまで全体を管轄する立場の軍政家であったので第一師団の面々と比べればそれほど大きな叱責は受けずに済んでいたのだが、叱責を受けた事実に変わりはない。


(続けて失策を犯せば罷免、いえ、皇籍を剥奪された上で処刑、なんてこともあるでしょう)


この時代、貴族が貴族足りえているのは彼ら彼女らが戦う者であり護る者だからだ。


そして皇族とはその頂点。いわば範を示す立場である。よってかの御方もまた、その任を果たそうとしない、もしくは果たす能力が無い者をいつまでも優遇しておくような真似はしない。それが身内なら猶更だ。


(第一師団のお歴々も戦場に出ることを義務付けられたし、ね)


そう。今回の件で長年首都を防衛してきた第一師団が平和ボケしていることが明らかになったため、第一師団上層部にはとある勅命が下された。


その内容を細かく言えば色々あるのだが、一言に要約すれば『貴様らは今一度戦場に赴き、魔物と戦ってこい』というものである。


それが指揮官としてなのかそれとも一兵卒としてなのかは不明だが、とにかく意図としては『平和ボケをどうにかしてこい』というものだ。


もちろん彼らは「自分たちがいなくなれば首都の防衛が覚束なくなる」などと言って抵抗した。だがそんな彼らの抵抗はあっさりと却下されている。


(まさか正面から『平和ボケした連中に何が護れるか』なんて言われるとは思っていなかったでしょうね。第一師団のお歴々が鼻白んだ様子が想像できるわ)


実に小気味のいい返しである。問題は自分もその言葉の範疇にあるということだが、それはそれで紛れもない事実なので甘んじて受け入れるほかない。


浅香への罰はまさしくそこにあるのだから。


「部隊をどこに、どれくらいの規模で、どれくらいの期間を送るか。その間の防衛はどうするか。移動と配置換えにかかる予算もそうね。あぁ、考えることがいっぱいで困るわ」


これに加えて魔族による行動の分析と再発防止策について検討しなくてはならないのだ。想像しただけでも頭を抱えそうになる仕事量である。


現時点で気が滅入っている浅香だが、彼女の目の前にいる緒方は助け船を出すつもりはなかった。むしろ彼は浅香を追い詰めに来た立場の人間である。


「再建中の第二師団と第六師団、第八師団は首都に兵を出せませんし、指揮系統の関係から平和ボケした第一師団を迎え入れる余裕もありません。次回の大攻勢に備えて援軍を出す予定の第七、第九も同様とのことです」


浅香が第一師団の派遣先として真っ先に考えられていたのは当然というかなんというか、国内で防衛戦を行っている第二師団であった。しかしその師団長から直々にお断りされては、それも足手まといを抱える余裕がないと言われてしまっては浅香とて無理は通せない。


「……では第一師団は何処に行って、第一師団の代わりに首都を護る兵はどこから出せ、と?」


とはいえ、第一師団に戦闘を経験させることは決定事項である。現場指揮官の意見は重要だが勅命に勝るものではない。そのため浅香はどうにかして緒方を説得しなくてはならないのだが、当の緒方は絶対に第一師団を受け入れないと決めてこの場に立っている。


「第一師団を三分割して、交代で海外に遠征させてはいかがでしょうか。穴埋めは第三師団にさせればよろしいかと。まぁ川上()()がいればよほどのことがない限り第三師団は必要ないと思いますが」


「海外遠征、ですって?」


「なにか問題でも?」


「問題も何も、予算が……」


当たり前の話だが、国内に遠征させるのと国外に遠征させるのでは、準備に必要な手間や時間や予算がまるで違うものとなる。もちろん仕事が増すことについてはそれを自分への罰と受け止めることができるが、予算はそうはいかない。


「ならば部隊ではなく上層部のお歴々を観戦武官として送ればよろしい。現地で小型の魔物と戦わせるだけでも随分違うと思いますよ。もちろん先輩も一度は行くべきでしょうね」


「……現場を知れ、と?」


「えぇ。そもそもこれから九州や中国地方に来たところで向こうは冬篭りに入りますので、魔物と戦うことができません。しかしそれでは冬の間は勅命を果たせないということになります。それはよろしくないでしょう?」


「……そうね」


意識改革を行うのであれば一刻も早く行うべきだし、なにより中途半端に時間を置けば、連中が悪知恵を働かせて遠征を免除されるような状況を作りかねない。それでは勅命が下された意味がなくなってしまう。


そう考えた緒方らは、第一師団の逃げ道を封じるために様々な下準備を終わらせていた。


「加えて戦地にいる面々がどれだけ苦労しているかを知るいい機会です。第四・第五師団からは『喜んで受け入れる』と返事をもらっていますので、気兼ねなく行けますよ」


「……根回し済み、か」


「えぇ。できるだけ早く勅命を果たすのは臣民の務めですので」


正確には『俺らを戦場に送り込んでおきながら首都でふんぞり返っている連中に地獄を見せてやれ? いいだろう、とびっきりの地獄を見せてやる! 喜んで受け入れると伝えてくれ!』という、些か以上に過激な発言だったが、彼らが『喜んで受け入れる』と言ったのは嘘ではない。


それもこれも邪魔者を受け入れたくない国内防衛組と、常々国内組――特に第一師団に対して――現地の苦労を教え込みたいと考えていた国外遠征組の思惑が完全に一致したがゆえに可能となった提案である。


「ふむ」


(悪くはないわね)


浅香としても『勅命はなるべく早く果たすべき』という常識に反論することはできないし、反論するつもりもない。問題があるとすれば上層部が海外に行くことで指揮系統が危うくなることだが、それについては緒方が言ったように交代制で賄えば問題ない。


「予算も手間も、部隊ではなく個人を送るのであればそんなに必要はないものね」


「えぇ。幸い久我()()を始めとした現地組は上層部のお歴々ほどに耄碌していないようですので、部隊を送る必要はないでしょう。それに部隊を送ればそれを自分の護衛のように使う可能性があります。また、指揮系統が違う部隊の存在など現地で戦う者たちの邪魔にしかなりません」


「だから個人、というわけね」


「そういうことです。あぁ、そうそう」


「……まだなにかあるのかしら?」


緒方の言葉や態度から各師団が第一師団に対してどれだけ鬱屈を抱えていたのかを知って食傷気味になりつつある浅香。だが、長年の憂さを晴らせる機会を得た緒方に容赦するつもりはない。


「なんなら第三師団、特に政策推進課の面々も一緒に連れていき、その身で新型の強化外骨格を試させるべきかと。単体で中型の魔物を屠れる強化外骨格については第四師団も第五師団も興味があるようでしたので、邪険にはされないでしょう」


邪険にするどころか最前線で戦わせまくる気満々だが、それはそれ。


政策課はデータが手に入ってうれしい。

現場は魔物が減ってうれしい。

各師団は中央の連中の意識改革ができてうれしい。

当事者は勅命を果たせてうれしい。

かの御方も勅命が果たされてうれしい。

だれも損をしない素晴らしい提案である。


(これはもう無理ね)


「貴方たちの中でそこまで話が進んでいるのであれば断るわけにもいかないわね。……いいでしょう。その方向で計画書を作成し、陛下の承認が下り次第順次移動を開始させます」


第一師団の承認を得ないのは、これが提案ではなく一種の懲罰だからだ。自身もそれを受ける立場の一人であるが、浅香には時間稼ぎや言い訳をするつもりもさせるつもりもなかった。


この公平性があればこそ、彼女は統合本部の本部長という重責を任されているのである。


「了解しました。各師団にもその旨を通達します」


「えぇ。よろしく」


「はっ。それでは失礼します」


(よし。これで邪魔者はこないし、川上大尉も余計な仕事を押し付けられずに済む。浅香先輩がまともな人物で助かったな)


浅香の執務室を後にした緒方は緒方で、もし浅香が断ったら自身でかの御方に直訴することまで考えていたため、こうして浅香が自分たちの提案に従ってくれるという宣言をしてくれたことに安堵の息を吐いていた。


「さて、これからが大変だ」


第一師団への懲罰内容が明確に決定したことで『魔族襲来』という大事件に伴う一連の動きに一つの区切りがつくこととなったものの、これから再発防止策の検討や、再度魔族が現れた際のマニュアル作成など、彼らがやることは多々ある。


それらに目を向けつつ師団の再建までしなくてはならないのだ。緒方が抱える心労は並大抵のものではない。


だが緒方にとって明るい話題もあった。


(なにせ今回の件で『満足に扱うことができるのであれば、量産型――それも初期状態――であっても魔族を完封できる』ということが証明されたのだ。これは現場で戦う者たちにとって間違いなく福音となるだろう)


その『満足に動かす』ことが難しいのだが……それも時間によって解決する可能性が高いとなれば話は別だ。


現場で戦い、そして散っていく部下を憂いていた緒方が量産型に希望を抱くのも当然のことと言えよう。


「教導大隊の発足と大隊長への就任、か。期待させてもらうぞ、大尉」


川上啓太16歳。


英雄と称される少年のその身には――本人が預かり知らぬうちに――また一つ新たな肩書が加えられていたそうな。

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