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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
3章・文化祭
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19話。文化祭12

「ま、別にどうでもいいか」


上層部の思惑を考えること数分。翔子は上層部の思惑を考察することを止めた。


「えぇぇぇぇ」


それでいいの? と視線を向ける那奈だが、翔子とて無責任に放り投げたわけではない。


「だってさ、考えてもわからない。しかもわかったところで得がないことを考えてもしょうがない。というか、下手に勘ぐれば思いもしないナニカが出てくるかもしれない。だったら考えないほうがいい。違う?」


「……確かに私たちが上層部の、それも第一師団の考えなんて理解したところで何の得もありませんねぇ」


上の思惑を考えて動くのも士官の仕事だが、今の自分たちは士官ではなく学生である。で、あるならばいつでもできる考察に時間を取られるのは好ましくない。


「そうでしょ? 私はね、藪を突くのはそこからナニが出てきても責任が取れる人がやるべきことだと思うの。それは少なくとも私たちじゃないわ」


「それは、まぁそうですね」


「どうしても気になったら聞けばいいのよ。久我少佐はどうか知らないけど、アイツなら喋っていいことは喋るでしょ?」


「そこで『話せない』と言われたらそれこそ私たちの関わる話ではない、ですか」


「そういうこと。納得したところで確認なんだけど」


「なんでしょう?」


那奈が一定の理解を示したことを確認した翔子は話の方向性を変えることにした。


「文化祭は中止、よね?」


「それはそうでしょう。この状況で継続するなんてありえませんよ」


討伐したとはいえ、首都に魔族が現れたのだ。このこと自体が決して軽い案件ではない。さらに討伐された魔族の目的は啓太と判明していたものの、それが本当だとは限らない。


さらにさらに、討伐された魔族以外にも魔族がいる可能性が高いとなれば、悠長に文化祭など行っている場合ではない。来賓や観客として来ていた民間人の安全確保に加え、政治中枢の警備やら何やらの見直しも並行して行う必要がある。


今頃第一師団の上層部では喧々諤々とした会議が行われていることだろう。


「……そうか。そうだな」


「私、結局一回も戦ってないんですけどー」


と、ここで今までフリーズしていた夏希と茉理が再起動を果たした。


自然な形で会話に参加してきたことから、どうやらフリーズしていたときも翔子と那奈の言葉は耳に入っていたらしい。


(悪くないわね)


翔子はそれを盗み聞きされた、とは思わない。

むしろ説明の手間が省けたと喜ぶことにした。


何故かと言えば、啓太と魔族の戦いを観て決めたことがあるからだ。


(あまり数が増えれば情報の独占はできないけど、サンプルが少なすぎれば必要な情報に届かない)


準備をしたものの試合をしていないことをボヤく茉理に、一回戦負けよりはマシだろうと慰めなのか自分に勝った那奈への当てつけなのかよくわからないことを口にする夏希。


その夏希に勝った那奈はと言えば、腹の中を明かさぬままに「まぁ、弱くはありませんでしたよ?」と上から目線で煽っていた。


(こいつらを使うのかぁ。でもこいつらしかいないしなぁ。武藤沙織だと第三師団の連中に邪魔されそうだし、藤田は……悪くないけど、近接戦闘の問題があるから難しい。だからやっぱりこいつらしかいない。それはわかる。でもなぁ。田口那奈はまだしも他の二人はなぁ)


「で、五十谷さんは何が言いたかったんですかぁ?」


夏希を煽るのに飽きたのか、それとも会話に参加してこない――同級生を巻き込む気満々なくせに内心で不満を垂れ流していた――翔子を見て不審に思ったのか、那奈は無言を貫いていた翔子に問いかける。


「そういえば会話の途中だったね」


「文化祭が中断されるって話だっけ?」


その問いかけを耳にした夏希と茉理も二人の会話を思い出したのか、翔子に目を向けてきた。


三人から注目を浴びる形となった翔子は(タイミング的にも話の内容的にも悪くないんだけど、なんだかなぁ)と思いつつ「実はね。思いついたことがあるの」と、目の前にいる三人――田口那奈に関してはおそらく自分と同じ考えを持っているだろうと半ば確信しつつあるが――を己の目的を果たすために巻き込むことにしたのであった。



―――



「ただいま帰投しました」


奥義か何かを使うつもりだったのかどうかは知らないが、結果として油断慢心して棒立ちになっていた魔族をぶち抜いた俺は、何故か唖然とした様子の兵士さんたちに後片付けを任せてさっさと関係者席と繋がっているハンガーに戻り、そこで待っていたボスや最上さんに声を掛けた。


挨拶は大事。古事記にもそう書いてあるからな。


「うむ。ご苦労だった」


「お疲れさん。で、あの魔族はどうだった? 死体は残っているか? いや、死体じゃなくてもいい。血や骨はどうだ?」


普通に労わってくれたのがボスで、あきらかに倫理から外れたことをしようとしているのが最上さんだな。まぁこの人に限らず研究者を名乗るなら魔族の死体が目の前にあったら研究しようとするだろうよ。


だが駄目。


「死体は残っていませんね。血や骨は探せばあると思いますが、確実に鬼体と混ざっています。あと軍の関係者が回収作業をしていますので、残り物も期待はできないと思います」


「……そうか」


今から行ってもおこぼれすらもらえないだろうな。そもそも一民間企業に回すようなものでもないし。


「……つーかお前さん。あそこまでやる必要はあったのか?」


「と、言いますと?」


最初の焼夷榴弾をばら蒔き過ぎたことか?

それとも40mmを使いすぎたか? 

予算的には大丈夫だと思うんだが……。


「止めだよ。殺るだけなら一発で十分。つーかグレイブで仕留めることだってできた。だがお前さんが選んだのは88mmを二発だ。あの状態で胴体に二発も喰らわせたら何も残らねぇのはわかっていただろ? 勿体ねぇとは思わなかったか?」


(あぁ、そっちね)


やっぱりこの人も魔族の体を狙っていたか。


うん。最上さんがアレなのは今に始まったことではないからこの程度のことで驚きはしない。驚きはしないんだが、この人が俺を自分と同類だと勘違いしている節があるのは頂けない。


まぁそれはそれとして。


「中途半端に残して復活されたりしても困りますからね」


「復活? 魔族はあの状態からでもなにかできるのか?」


正直わからないんだよなぁ。


「するかもしれませんし、しないかもしれません。でも反撃の芽は摘むべきだと思いませんか?」


復活はしなくても『最後の力を振り絞って鬼体と融合! 魔族は巨大化! 相手は死ぬ!』なんてことがないとも限らないからな。


あぁいうのは殺せるときに殺すべきだと思う。


「ついでに言えば、下手に魔族を残していたら観察役の魔族も出てきていたかもしれません。そうなれば混乱に拍車がかかっていました。だからあの場はああやって完全に処分するのが一番だと判断した次第です」


魔族の感性はわからんが、研究材料にされるとわかっている同族を助けないとも限らん。というか、研究されたら不利になると考えれば助けるか証拠隠滅を図りにくる可能性が高いんだよな。


そこで損害が出た場合、俺には責任が取れんからな。


「なるほどなぁ」


「そうだな。貴様の判断は間違っていない。軍の研究者や一部の連中が文句を言うかもしれんが、こちらからもそれと同じことを、否、さらに『来賓や観客の命には代えられん』とでも言っておく。貴様も研究者や無責任な連中にナニカ言われたらそう言っておけ」


ん? この言い方は、あれか? もしかしたら俺に一騎討ちをさせた連中の中に『卑怯だ』と騒いだヤツでもいたのか? 


……これだから政治屋は嫌いなんだ。

文句があるなら自分でやってみろと言ってやりたい。


「了解です」


まぁボスの言う通りにしておけば何かしら護ってくれるだろうよ。別に命令違反をしたわけじゃないんだし。


それよりも、だ。今ここで考えてもどうしようもない上層部の思惑よりも、俺は俺で先に聞いておかなきゃいけないことがあるんだよな。


「で、この機体はどうするんです?」


普通なら初期化だろう? 俺には試作一号機や強化外骨格の調整があるからな。だが魔族を討伐して得た魔力や経験値のことを考えれば簡単に初期化をするのも勿体ないと思うわけで。


「あぁ、それなぁ」


なので今後どういう扱いになるのか聞いてみたんだが、最上さんはなんとも微妙な表情をしながらガシガシと頭を掻いていた。


「軍の判断も割れているんだわ」


「割れる?」


なぜ? というか割れる要因なんてあるのか?


「あぁ。なんでも俺に預けるか軍の工廠に入れるかで悩んでいるらしい」


そこか。


俺としてはその前段階が気になっているんだが。 


「初期化はしないんですか?」


一度成長と最適化をさせてデータを取ってから初期化をするのか、それともこのまま初期化するのか。


前者は労力の無駄……とまでは言わないが、他の研究の妨げにしかならないような気がしないでもないからできれば遠慮したいんだよな。


いや、でもこれを機に量産型を軌道に乗せて、今後は他の機士も使えるように改良するための足掛かりと考えれば悪くはない、のか? 


そうすれば俺が量産型に関わる比率も減るだろうし。

つまり最初は面倒だけど後から楽になる、みたいな。


そう、急がば回れ的な感じで。


「ん、あぁ。それな。確かに時間としては短いがしっかりと戦闘をした上で魔族を討伐した以上、こいつには魔力も経験もそれなり以上に溜まっているのは確実だ。だからこのまま成長と最適化をさせれば良い形で進化する可能性が高い。そのことは関係者全員が理解している」


「ですよね」


前の人たちは退化したらしいからな。良い方向に成長したケースを確認するのは悪くはないのでは?


俺の手間暇を考えなければ。


「ただな」


「ただ?」


「その基準となるのがお前さんのデータってのが問題になっている」


「はい?」


問題? ナンデ? 


「段階ってのをすっ飛ばし過ぎなんだよ。現状他の機士は、まずアレを動かせるかどうかってところなんだぞ? そこにあんなにぴょんぴょん飛び跳ねてるデータがあって何になる?」


「それは……」


確かにそうかも。これは『ハイハイしかできない幼児に陸上選手が行う走り幅跳びを見せても参考にはならない』って話だ。全面的に同意する。


「無論意味がないとは言わん。量産型に乗る機士が最終的に目指す到達点、もしくは中間点として見れば悪くはない。悪くはないのだが……」


フォローなんだろうが、なんとも言い辛そうに話すボス。まぁ関係者とはいえ民間人である最上さんの前で軍の機士が未熟だって認めるようなもんだからな。そりゃ言い辛いだろうさ。


「肝心の機体はできたてホヤホヤで、それを操ったお前さんも実戦で使ったのはこれが初めて。つまりこれから訓練すればいくらでも向上する余地がある。それを到達点にはできねぇわな」


「なるほど」


葛藤を抱えるボスを無視して正面からバッサリと『まだまだ足りねぇ』と嘯く最上さん。


その、他人を一切慮らない姿勢には痺れもしないし憧れもしない。貴方はもう少し周りを見るべきだと思うよ。


「つってもデータ自体は欲しい。将来的には初期化する可能性は高いが、一度は成長と最適化をしてもらう予定ってところだろう。お前さんには手間になるが、これも正式な任務と思って諦めろ」


思うもなにも、正式な任務だろうに。


「ここまでを踏まえた上で、さっきの話の続きだ」


さっき? あぁ。


「軍が最上さんに預けるか軍の工廠で研究するかで迷っているって話ですよね?」


元々はその話だったもんな。


「そうだ。普通に考えれば常にお前さんと一緒になって整備やら何やらをしている俺に預けるのが一番都合がいい。なにせ一度成長・最適化させてしまえば搭乗者を変えることはできないんだからな」


「そうですね」


稼働データを取るなら最上さんに預けるしかない。わざわざ俺を呼び出して試験を行うのも手間だし、なにより俺は俺で試作一号機や強化外骨格の試験があるからな。


でもそれで迷うってことは……。


「軍は稼働データよりも成長した際の変化、武装や装甲に興味があるってことですか?」


それなら俺がいなくてもチェックできるからな。データも成長前のものはもう記録してあるだろうし。


「そうだな。それに加えて、俺に預けた場合は成長の度合いやらモーションパターンをどこまで計測させるか。成長した機体をどうやって俺から奪うかって問題があるだろう?」


んん? なんか変な言葉が聞こえてきたぞ。


「奪うもなにも、機体は軍のものでは?」


(元は試作二号機でも、量産型として生産された機体はアンタのものじゃないだろうに)


そう考えていた時期が俺にもありました。


「その通りだな。で、軍のモノを優先的に成長やら最適化やらをさせたとして、だ。俺になんの得がある?」


「そりゃあ……あぁ。そういうことですか」


「そういうことだ」


つまり、あれだ。自分が預かることになった場合、この人は『自分のモノでもない機体を優先する気はない』とはっきりと軍に伝えるつもりなのか。


いや、もしかしたらもう伝えているかも。


(この人ならあり得る)


元々試作二号機を持っていかれたことも、量産されたことも良く思っていない人だからな。

軍や財閥系企業の尻拭いなんて真っ平御免だろう。


まして、実験で得たデータは当然のことながら最上重工業が最も得をする形で運用されることになる。


そんなの、現時点でさえ大きな差を付けられている財閥系企業からしたら面白いはずがない。


だから当然財閥系企業と繋がっている連中も最上さんに機体を預けたくない。

だけど最上さんに預けないことには研究が中途半端になる可能性が高い。


ここで重要になるのが、現在軍が置かれている状況である。


これが今まで通り大陸からの魔物の迎撃にも成功し、遠征に出ている各師団にも大きな被害がない状況であれば『通例通り』財閥系企業の思惑を優先しても問題はなかった。


しかし現状はどうか。遠征に出た第三師団が壊滅し、防衛にあたっていた第二師団も甚大な被害を受けている。さらには首都にまで魔族が現れるような状況ときた。


こんな状況で『通例通りでいい』などと悠長なことを口にできるだろうか? 否。できるはずがない。もしそれを口にするような担当者がいたら、真っ先に首を切られることになるだろう。


(スポンサーの機嫌を取って国が滅亡したら、いや、自分が死んだら意味がないからな)


世の中には『国が滅んでも自分が生きていればそれでいい』という人種は一定数いるが、国が滅んだうえで自分も死ぬというのを受け入れる人間はそうそういないのだ。


そういう点で言えば、今回首都に魔族が現れたというのは連中の危機感を煽る上で非常に有用だったと思わないでもないが、それはそれ。


俺が聞きたいのは、上層部だの財閥系企業だのそれらと繋がっている官僚だのの思惑ではなく、もっと目先のこと。


「とりあえず上の方針が決定するまでは量産型の成長・最適化はせずに放置、ですか?」


「せっかく成長・最適化したのを持っていかれるのも癪だからな。指示が来るまでは放置でいいだろ。幸いお前さんにはやることがたんまりあるからな」


「確かに」


成長も最適化も義務ではない。もちろん、正式に任務として与えられている試作一号機や強化外骨格の調整よりも優先しなくてはならないことでもない。


なので今の俺たちが量産型よりも他のことを優先するのは何らおかしなことではないのだ。


(なにより、俺も積極的に連中の為になることをしたいとは思わないし。それでもやって欲しいならそれなりの態度を見せろってな)


こうして理論武装を完了した俺と最上さんは量産型を放置し、自分たちに与えられている任務を果たすために歩きだした。


「……似た者同士」


そんな任務に忠実な俺たちを見てボスがため息交じりになにか呟いたようだが、きっと気のせいだろう。

これにて文化祭編終了

あと2話くらいで3章終了予定です


閲覧ありがとうございました

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