14話。文化祭7
『お? やっと出てきやがったな英雄さんよぉ!』
「……」
どうしてこうなった。
いや、理由は知っているけど。説明も受けたけど。
理解はしているが納得はしていないからな!
『随分と待たせやがって。この分は楽しませてくれるんだろうなぁ?』
知らん。このまま帰ってくれ。
「……」
『おいおいだんまりか? あぁ、もしかして戦う前の口上を無粋って思うタイプか?』
それもないとは言わんけど。
それ以前に魔族と親しく話していたら後で誰に何を言われるかわからんからな。
『ま、そっちに語る口がなくとも俺様は名乗ってやる。俺様の名はアルバ。お前さんを殺す者だ』
勝手に情報を開示してくれるのはありがたいんだが、その名乗りに対して俺はどうしたらいいんですかねぇ?
『……中尉、まだ攻撃はするなよ』
「……了解です」
隙だらけのドタマをぶち抜こうとしてたんですが駄目ですか。そうですか。
『で、それが噂の新型か。……上が鬼で下が獣。噂に違わぬゲテモノだ。どんな発想をしていたらそんなモンを造ろうと思うんだ? えぇ?』
「……」
それに関しては俺じゃなく最上さんに言え。
『極東ロシアで暴れる前にソレで大型の魔物を討伐したんだってなぁ? その後はお前さんがいなかったせいで国防軍にでっけぇ損害が出たらしいじゃねぇか』
「……」
これで殺った覚えはねぇし、俺がいなかったせいでもねぇだろ。
『ま、ニンゲンがどうなろうと知ったこっちゃねぇさ。とりあえず……死ね!』
「……っ!」
いきなり間合いを潰してきた!
こいつは近接が得意なタイプか!
『喰らえやっ!』
右腕の振り下ろし? 持っているのは棍棒、ではなく金砕棒か?
威力はありそうだがまだ届かない……いや、違う!
「ちぃっ!」
『ほう?』
こいつ、攻撃に魔力を纏わせて伸ばしてきやがった!
斬撃じゃなく打撃でもできるのかよ!
『今の一撃をよく避けたな。なるほど。確かにその辺にいる雑魚とは違うらしい』
しかも攻撃の際に感じた膂力と接近するまでの速さは洒落にならんぞ。
大きさは通常型と同等だが中身はまるで違うじゃねぇか!
『だがまだ始まったばかりだ。せいぜい楽しませろよ?』
知るか!
あぁもう! 何が『大型と戦えるなら中型の魔物に乗った魔族くらい楽勝だろう?』だ。
そもそも遠距離戦闘用の機体がアリーナで全力を出せると思ってんのか!
どう考えても相性最悪だろうが!
こんなのと一騎討ちしろだなんて、それも奇襲は不可だなんて舐めた命令出しやがって!
「政治屋どもがっ!」
今後何があっても連中だけは絶対に助けねぇからな!
―――
『政治屋どもがっ!』
魔族の攻撃を凌いでいる啓太が思わず吐き捨てたその声は、外部スピーカーは切っているので外には聞こえていないものの、静香を始めとした軍関係者が待機しているスペースに容赦なく響き渡っていた。
本来であれば直属の上官である静香が嗜めるべきだ。そうしないと後で上層部が何らかの嫌がらせを実行しようとした際の口実を与えることになるのだから。
しかし静香は、否、この場にいる静香以外の教員たちも啓太の言動を嗜めようとは思わなかった。
なぜか? それは静香も静香以外の教員たちも同じ気持ちを抱いていたからだ。
「口に出すのは頂けないが、まぁ中尉とはいえ彼はまだ学生だからな。それくらいは許すさ」
「……校長」
そう呟きながら静香の横でモニターを見上げるのは、軍学校の校長にして予備役大佐の広幡忠明であった。
見た感じは雅な老人といった感じで、軍人というよりは公家の色が強い忠明だが、その内面は武人そのものである。むしろそういう人物だからこそ、前途ある若者に多大な影響を与えることになる軍学校の校長という重職を任されているのである。
その忠明から見ても今回の命令は常軌を逸していると言わざるを得ないものであった。
「なにが『十年後、二十年後の日本のため』だ。自分たちが助かりたいだけだろうに」
「……そうですね」
啓太と共に魔族の狙いについて考察した結果を静香が浅香に上申したところ、緊急会議を行う手筈となっていた浅香たちはその内容を踏まえた上での討議を行うこととなった。
数分後、静香に下された命令は『その可能性が高いのは理解しました。その上で命じます。魔族に川上中尉を当ててください。もちろん警備部隊を先にぶつけたり、奇襲で討ち取ることは許しません』という、さしもの静香も思わず「正気ですか?」と問いかけてしまうほど意味がわからないモノであった。
それはもちろん現場指揮官でしかない少佐程度が統合本部本部長に対して放っていい言葉ではない。だがその命令を出した浅香も静香の気持ちを理解できていたのだろう。浅香は静香の言葉を聞かなかったことにして、その命令の意図するところを伝えた。
曰く『そこには多数の来賓がいる。もし今そこで大規模な戦闘が発生すれば、来賓や観客に被害が出る』『よって魔族が動いていない以上、下手に刺激をするべきではない』『魔族の狙いが一介の中尉と量産型の性能試験にあるのであれば、やらせてやればいい』『その間に稼いだ時間で来賓の安全を確保できる』とのこと。
(確かにそうだ。それは認めよう)
来賓はともかくとして、戦えない民間人を護るのが本来の軍の役目だ。そのため啓太が出ることで民間人の被害が抑えられるというのであれば、躊躇せずに出すべきだという意見は静香にも理解できる。
もちろん学生にすべてを任せることについて忸怩たるものがないとは言わない。
だがそれもこれも私事である。民間人の救助に勝るものではない。
そう割り切ることができるからこそ静香は俊英なのだ。
よって命令の内容がこれだけであったならば静香とて激高したりはしなかった。
問題はその後だ。会議に参加していたとある将官が放った『魔族が敵地に単身現れ一騎討ちを望んでいるのだ。それに応えなくて何が武人か』という一言から始まった一幕である。
曰く『相手が正々堂々と姿をさらしているのにこちらが多勢で囲むのはどうなんだ?』『英雄が一騎討から逃げるのはよろしくないでしょう』『もしその推察が正しいのであれば検分役がいるということになる。その検分役に我々が一騎討ちを承諾せずに一方的に囲んで叩くことを良しとする集団と思われるのはよろしくない』『大型と戦えるなら中型の魔物に乗った魔族くらい楽勝だろう?』『将来魔族と交渉を行うことになるかもしれない。その際に今回のことが尾を引いては困る』というものであった。
現場の人間からすればその全てが「馬鹿か?」としか言えない戯言のオンパレードだ。
最終的に、現場の人間を完全に無視して行われたその会議は『十年後、二十年後の日本のために交渉のチャンネルを潰すような卑劣な真似は許さない。よって川上中尉は単身で、かつ正面から堂々と戦うべし』という、いわば魔族を保護するかのような命令を下すことで幕を閉じたのだから、現場としては文句の一つも言いたくなる。
この会議が10分も掛からずに終わったことから軍組織としては優秀なのだろうことはわかる。だが内容がここまで酷ければ組織の優劣などなんの慰めにもなりはしない。
まず啓太が出るまで魔族が大人しく待つかどうかがわからない。
この魔族が大人しくしていたとして、協力者はなにもしないとは限らない。
何を以て来賓や観客の安全を確保したと確信すればいいのかがわからない。
この魔族との一騎討ちに応じたところで、それがチャンネルの構築に役立つかどうかわからない。
ないない尽くしのまま諸々の責任を現場に丸投げしておきながら、元凶である魔族に対しては正々堂々と当たれという。
ちなみに『それで川上啓太が死んだらどうする?』という問いには『一騎討ちで負けたのであればそれも已む無し。向こうも目的を果たしたことになるのだから、後は仇を取るなり交渉するなりすればよかろう』とにべもない意見が返されるのみであった。
本来、推察と仮定と希望的観測に頼った命令など出すべきではないし、兵士の命を無駄遣いするような命令を下すなど、後ろから撃たれても文句を言えない愚行に他ならない。
ましてその命令を受けたのが英雄と持て囃される啓太である。
彼を無駄に殺すような命令を出したと知られた際、周囲に与える影響はいかほどのものか、静香には想像すらできない。
それを知るからこそ静香は思わず『正気か?』と口に出してしまったのだが、浅香はそこまで理解していただろうか。
さらに静香を失望させたのは、この命令が正式な命令であったことだ。
もしこれらの戯言を言ったのが第三師団の連中であれば静香らも『またあの連中か』と、主力を失って勢力を維持することさえも覚束ない第三師団連中の無様さに落胆と失望したあとで『連中がほざく戯言など聞く必要はない』と切って捨てただろう。
だが静香にとって最悪なことに、今回開催されたこの緊急会議は統括本部と参謀本部、さらには第一師団の幹部たちによって行われた会議である。つまり第一師団の上層部を構成する面々が正式に啓太に魔族との一騎討ちに応じるよう命令してきたのだ。
それらを聞いていた啓太が、彼らを軍人ではなく政治屋と見做すのも無理はない。
静香や忠明を始めとした関係者各位が先ほど啓太が吐き捨てた言葉を聞かなかったことにしたのも、この場にいる全員が啓太と同じような感情を抱いていたからだ。
「……いつから第一師団はあそこまで耄碌したのでしょう?」
軍とはいかに効率的に敵を倒すかを突き詰めた集団ではないのか。
敵が一人で来たのであれば囲んで倒すのが当然ではないのか。
なんなら囲みそのものを囮として狙撃を行って対象を討伐するのが軍ではないのか。
それがいつから『魔族が正々堂々と一人で来たのだからこちらも一人で当たるべし』などと、わざわざ部下を危険に晒すことを良しとするような戯言を真面目に述べるような組織となったのか。
恐ろしいのは、静香が信頼している浅香でさえもその意見について否定的な意見は持ち合わせていなかったことだろう。
つまりこの風潮は第一師団だけでなく、統括本部にもあるということになる。
――尤も、浅香の場合は名実ともに軍政家であるため前線を知らないので『自分の中では一騎討ちなんてナンセンスの極みだとしか思っていないのだが、他の方々がそういうのであればそうなんだろうなぁ』といった感じで彼らの意見を現場の意見と勘違いして黙認しているだけに過ぎないのだが、それはそれで現場への無理解という意味で深刻な問題と言える――
「これまで戦いから遠ざかってきた弊害、だろうな。元々公家や武家にはロマンチストが多い。それが戦場という現実を知らずに助長されればこうなるのだろうよ」
「……これでは敵を軽んじて滅ぼされた第三師団と同じではありませんか」
「そうだな。いや、権力がある分、それよりも悪いかもしれん」
自分が所属する組織が腐りつつあることを知り消沈する静香に対し、忠明は敢えて厳しい現実を突きつけた。
なぜなら、彼らの目の前には腐敗した上層部のあおりを受け、現在進行形で命を懸けて魔族と戦っている学生がいるからだ。
『避けるな!』
『確かにその砲撃は脅威だ! 当たれば俺とてただじゃ済まねぇだろう! だがな、そんな攻撃は鈍重な大型や考えなしの中型にしか通用しねぇ!』
量産型とは思えないほどの機動力で常に魔族と一定の距離を置きつつ、適時88mm滑腔砲から徹甲弾を放つ啓太。しかしその攻撃はアルバも警戒しているためあっさりと回避される。
『これならっ』
『機関銃ではなぁ!』
ならばと40mm機関銃で空間を埋めようとするもその攻撃は正面から防がれる。
一見すれば啓太が一方的に攻撃をしているように見える。事実、観客や来賓、もしくはモニター越しでこの戦闘を見ている重鎮たちは啓太が有利にことを運んでいると思っているだろう。
だが実際は違う。見る者が見ればわかってしまうのだ。
追い詰められているのは啓太の方だ、と。
『当たらんうえに効果もなし、か』
直撃せずともダメージを与えられると思われていた80mm焼夷榴弾。
これによって生じる熱も魔族に痛痒を与えることはできなかった。
『そろそろ終わりか? 英雄さんよぉ』
「……川上中尉が死ぬ前に救援に入ります」
「あぁ。頼む。邪魔をしそうな連中はこちらで抑えよう」
「お願いします」
近接戦闘が得意な魔族と、遠距離戦闘が得意な英雄。
多くの者がそれぞれの思いを乗せて見守る中、両者の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
閲覧ありがとうございました
 













