11話。文化祭4
『ふふっ。ご無礼』
『……くっ』
【状況終了。一回戦第三試合・勝者、田口那奈】
結果から言えば、第三試合は田口さんが勝った。
橋本さんも決して弱かったわけではない。ないのだが、やはり草薙型に乗る機士にとってあの機体は近接戦闘こそが華と認識されていることが勝敗を分けた大きな要因だと思う。
主席である武藤さんでさえ近接戦闘では敵わないという田口さんのナギナタに対し、橋本さんが近接戦闘を挑んで勝つのはそうとう厳しい、というか無理だ。
事実、橋本さんも笹穂槍のようなものでナギナタに対抗するも、田口さんが常に一枚上回る形で勝利を手にした。パッと見ただけではそう思えないかもしれないが、技術の差を見せつけた試合だったといえよう。
派手さで言えば先ほどの小畑くんと笠原くんの試合の方が派手だったかもしれないが、機士や軍関係者から見ればこちらの戦いの方が見るべきところが多かったはずだ。
尤も、この文化祭が民間の人たちに対するオープンキャンパスも兼ねていると考えれば、一概にどちらの方が良いのか断言できないのが辛いところである。
「うむ」
ちなみにボスはこの戦いを見て無事に持ち直している。周囲の視線が、さっきは『アレが今年のAクラスか?』なんて視線だったのが、六席の田口さんと七席の橋本さんが五席の笠原くんよりも優れた使い手であることがわかった途端に大きく変わったからだ。
そう、あくまで彼らが例外なのだ。その例外の存在を強要した第三師団の面々とそれを赦した学校の上層部は、今頃彼らより上のお歴々から『こんなときにこんなことのために権力を使いやがって』と冷たい視線を向けられていることだろう。
ただまぁ、俺達が入学した、というか試験を受けた時点では今のような情勢ではなかったので、多少酌量の余地はあるのかもしれない。
……トーナメントの組み合わせに関しては言い訳のしようもないけどな。
上層部の問題は俺には関係ないので放置するとして。
「次は五十谷さんと福原くんですか」
一回戦第四試合。元々は小畑くんと五十谷さんだったが、第三師団の方々からの直訴に応じた形で変更となったという、ある意味で曰く付きの試合である。
「中尉、貴様の見立てではどちらが勝つと思う?」
個人的には五十谷さん。と言いたいところなんだが。
「福原くんの戦い方を見たことがないのでなんとも……」
「ふむ。それもそうか」
四席と八席なら四席の方が強いと思わなくもないが、それはあくまで筆記も絡んだ入試の成績でしかない。実際俺は三席だが、草薙型に乗って六席の田口さんや七席の橋本さんに勝てるとは思えないしな。
いや、最上さんが造った機体と強化外骨格のおかげで出世しただけの俺と同列にされたら向こうも迷惑か。
俺と彼女らの差はいいとして。
「そうやって聞いてくるってことは、ボ……少佐はこの戦いもいい勝負になるとお考えなのでしょうか?」
少なくともさっきの田口さんと橋本さんの戦いに見劣りしないと思っていなきゃ聞いてこないよな?
「まぁ、そうだな。最終的に勝つのは五十谷だろうが、福原も中々のものだ。それなり以上に損耗させるだろうと見ている」
「なるほど」
武器に刃引きをしていても衝撃は通るし、銃弾がペイント弾になっても同じだな。さらに乗り手である機士の消耗もある。そういう点も考えて戦わなくてはならないのがトーナメントの難しいところだ。
「もし五十谷が必要以上に余力を残そうとしたら、番狂わせも十分あり得るだろう」
「ほう」
それはそれは。
(ボスがそこまでいうのか。少し楽しみだな)
そんな感じでそれなりに拮抗すると思われていた両者であったが、試合はボスの予想よりもあっさりと終わってしまった。
『ぐッ!』
『ま、こんなもんでしょうね』
勝ったのは五十谷さん。それも秒殺。もちろん無傷だ。
「なるほど、そうきたか」
試合前は拮抗すると見ていたボスも唸る試合運びである。
試合自体は秒殺で終わったが、そこに至るまでが普通ではなかった。
そこがボスの琴線に触れたのだろう。
まず、この戦いの決め手となったのは、最近五十谷さんが好んで使用している32mm対物ライフルによる射撃だった。
元々草薙型が装備しているのは40mm機関銃であり、これは中型の魔物が防御に専念しても倒しきることができる武器である。
そのため対中型の魔物を想定するのであれば必需品と思われていた。
だが、五十谷さんはその常識に疑いを抱いたんだとか。
そのきっかけはどうやら俺らしい。
というのも、俺は極東ロシアに於いて中型の魔物を討伐している。
その際に使用した武器は超鋼刀と12.7mm対物ライフルだ。
両方それなりに魔力を込めたとはいえ、所詮は強化外骨格でも装備できる程度の武器である。だがそれでも、当たりどころさえよければ中型の魔物を倒せることを俺が証明してしまったのだ。
それを知った五十谷さんは、12.7mmよりも威力があり、かつ草薙型で扱える武器を探したそうだ。
そうして見つけたのが32mm対物ライフルだ。
一発ごとの威力は落ちるもののその分反動は少ないし、また基本的に単発式のため一度使えば何発も撃たなければならない40mm機関銃よりも硬直時間が短い。
加えて40mm機関銃を使う際は反動を抑える為に両手を使い、さらに腰を落とす必要がある。つまり機動性が完全に殺されてしまう。
対して32mm対物ライフルは、片手で扱える程度の反動しかない。
このためやろうと思えば横っ飛びをしながらでも撃てるというメリットがあった。
機動力が削がれるものの防御に専念されてもダメージを与える40mm――機関銃なので連射が前提――か、防御を貫けずピンポイントで当てなければ倒せないものの、機動力を活かすことができる32mm――対物ライフルなので連射性能は低い――か。
二者択一の中、五十谷さんが選んだのは32mmであった。
曰く『一体倒して終わるタイマンなら40mmでしょう。だけど複数の敵を相手にするなら32mm以外はないわ』とのこと。
確かに、囲まれた場合に取り回しがきかない機関銃よりも機動力が殺されない対物ライフルの方が生き延びる可能性は高いと思う。
あとは、先述したように『近接戦闘こそが華』という認識もあるためか、そもそも40mm機関銃があまり使われていなかったりするのも大きいな。
佐藤少佐も普通に斬り込んでいたし。
まして我々は学生だ。正規の軍人さんたちよりもさらに射撃技術に劣る我々なら、普通は防御すれば防がれる機関銃による射撃よりも、技量の差が出やすい近接戦闘を選ぶだろう。
(あと機士って40mm機関銃への対処法も弁えているから、尚更対機士戦だと使えない武器なんだよな)
まして40mm機関銃が防御に回った中型にダメージを与えることができる武器とはいえ、それはあくまで正面から受け止めることしかできない、いわば知性の無い魔物に限った話だ。
魔物と違って知性のある機士であれば、盾を斜めに構えるなどして衝撃を逃がす方法を当たり前に修得している。事実、福原くんも五十谷さんもその技術は会得しているらしい。
そういった事情も相まって【闘技場】では近接戦闘で決着をつける形が主流となっている。
もちろん福原くんにもその意識があったのだろう。
彼の初手は、盾を構えつつ距離を詰めるというオーソドックスな方法だった。
対する五十谷さんは、盾を構えたものの距離を詰めなかった。
【闘技場】の広さは半径50m。一見すれば広いように見えるが、体高が6mある草薙型であれば、3秒も掛からずに相手を間合いに収めることができる程度の広さしかないステージである。
なので『間合いを詰めようと接近してくる相手を迎え撃つ』というスタイルも決して珍しいものではない。
よって福原くんは五十谷さんが動かなかったことに対して特に疑問を持つことなく、むしろ『防御ごと貫く』と言わんばかりに速度を増して突っ込んだ。
シールドバッシュと、超鋼刀の併用である。防御したところで速度を乗せている福原くんが勝つのは明白。もし避けても刀で薙ぎ払う。福原くんはそう考えたのだろう。
それが五十谷さんの策だと気付かずに。
『はっ』
『なにっ!?』
福原くんが突っ込んできたところを転がって避けた五十谷さん。それも最初から反撃を想定していないかのような勢いで転がったせいで距離があき、福原くんの薙ぎ払いは届かなかった。
その、互いの武器が届かない位置こそが、五十谷さんが求めた射撃ポイントであった。
『貰った』
薙ぎ払いを行ったが故に隙ができた頭部と胴体部に対して、両手に構えた32mm対物ライフルが火を噴いた。
所謂コロラド撃ちである。
『がっ!』
完全に意表を突かれた形となった福原くんは、盾を回すこともできず、なんとか顔を捻って頭部への攻撃は回避したものの、胴体部に向けて放たれた一撃をまとも喰らってしまう。
【クリーンヒット。ポイント5】
うん。特段頑丈ともいえない草薙型が対物ライフルの一撃をまともに受けたら一撃で再起不能だよな。
『『……』』
自分がやられたことに驚愕する福原くんと、残心を崩さない五十谷さんが向き合うこと数秒。
【状況終了。一回戦第四試合・勝者、五十谷翔子】
逆転はないと判断した運営から試合終了のアナウンスが流れた。
これでようやく五十谷さんの勝利が確定したことになる。
『ま、こんなもんでしょうね』
試合時間は僅かに5秒。言うまでもなく最速である。
「……なるほど。五十谷は草薙型に乗る機士が軽視しがちな『射撃』を意識の穴と見たか」
「そのようですね」
そもそもあの戦い方は御影型に乗った俺との戦いの最中に編み出したものだ。
尤も、元から草薙型よりも機動力が高い上に魔力でブーストしている御影型の場合、シールドバッシュをキめるのに1秒もかからないので、五十谷さんが回避に成功すること自体極めて稀だし、回避に成功しても俺は福原くんのように急停止して薙ぎ払いなどせず、避けられたと判断した時点で横なり上なりにジャンプするので狙撃されたことなどないが、決まればあそこまで綺麗に決まるんだな。
「経験の差、か。これは武藤や藤田とて簡単には勝てんだろうな」
田口さんとは模擬戦をしたことがあるけど、武藤さんとは無いし、藤田くんの戦いもみたことがないのでなんとも言えないが、両者の実力を知っているボスは五十谷さんを高く評価しているようだ。
(彼女は儂が育てた。とか言ったらぶっ飛ばされそうだな)
余計なことは言わない。古事記にもそう書いてある。
あぁ、古事記といえば。
「秒殺でしたけど、あれって大丈夫なんですか?」
第二試合終了時にちらっと小耳に挟んだのだが、こういった催し物の場合は相手に華を持たせるためにそこそこの見せ場を用意するのが通例らしい。
さすがに小畑くんと笠原くんのアレはその度合いが強すぎて茶番になってしまったが、今回はあまりにも福原くんに見せ場がないような?
「あぁ、まぁ、今回に関してはあれでも問題にはならないだろう」
「そうなんですか?」
なにゆえ?
「福原の間合いの詰め方や構えに悪い点はなかった。さらにシールドバッシュを回避されたあとの反応も悪くない。極めつけは完全に意表を突かれたであろう射撃さえも一発は回避していることだ。あの一瞬であそこまでやった上で敗けるのであれば、あとはもう相手が悪いとしか言えん。第七師団とて文句は言わんさ」
「ほほう」
そんなもんですかねぇ。武家とか名誉に五月蠅い感じがするんですけど。
「なにより福原は藤田の付き人だ。藤田よりも目立つわけにはいかん」
「あぁ、なるほど」
それなら納得できるわ。
「問題があるとすれば、この戦いで付き人が秒殺されてしまった藤田が入れ込むことだろうな」
「それは藤田くんだけではないような……」
こんな戦いを見せられたら武藤さんも冷静ではいられないのでは?
「安心しろ。武藤はもう入れ込んでいる」
「……そうですか」
ですよね。第三師団の二人がアレでしたもんね。
さらに二回戦の第一試合にも出てきますもんね。
そりゃ入れ込みますわ。
一息吐ければいいんだけど、まぁ無理だろうな。
―――
「……私は負けるわけにはいきません」
「それはお前に限った話ではない」
「えぇ。えぇ。そうでしょう。貴方も勝たねば第七師団の誉れに泥を塗ることになりますからね」
「そうだな。だがそういう点であればお前はもういいだろう? この後さらに泥を被るのだからな」
「だからこそ、です。私は他の方々のためにも泥の中に咲く華があることを示さねばならないのです!」
「迷惑な話だ。今更お前が何をしたところでお前たちを華麗な華と見る者はいまい」
「……」
「もう諦めろ。貴様らは鰈が如く泥に塗れるのがお似合いだ」
「あきらめ、られるかぁ!」
一回戦第五試合。
主席・武藤沙織対次席・藤田一成。
これ以上第三師団の顔に泥を塗れない武藤沙織と、見る者が見れば理解できる高い技術を見せたものの、記録の上では秒殺されたという記録しか残せなかった友人の名誉と第七師団の名誉を背負った藤田一成。
負けられない両者の戦いが始まる。
【悲報】橋本夏希=サン。ナレ死【魚住?】
そして普通に勝利する五十谷=サン。
相当誰かさんの影響を受けているもよう
閲覧ありがとうございました。















