8話。文化祭1
時は少し流れて10月中旬。
世間では体育の日という祝日であり、軍学校に於ける文化祭が行われる日でもある。
体育の日に文化祭をするのもどうかと思わなくもないが、軍学校で行われていることなど半分以上が体育か訓練なので、特段気にする者はいない。
一応関係者は文化祭の目玉である機士戦の団体戦を行わないことを事前周知しているため、観客の数が減少すること――団体戦が無いのであればわざわざ青梅までこなくとも市ヶ谷でこと足りる――を懸念していたのだが、今では予約や交通量の変動から今年も例年並みの来客が見込めると判断しているらしい。
それ自体は紛れもなく良いことなのだが、一部の学生にとっては不思議なことでもあった。
「数が減ると思ったけど、そんなに少ないって感じはしないわね?」
こういうことは気にする者は気にするのだ。具体的には、最近どこかの誰かさんの影響を受けたのか万事に深読みする癖が付きつつある五十谷家のお嬢様とか。
しかし今回に限ってはそれほど難しいことでもない。
故にその答えはすぐ近くから齎された。
「そりゃそっすよ。個人戦だけでも見ていて楽しいですし、シミュレーターでの体験コーナーもあります。なにより今年は川上さんがいるっす」
困ったときには即参上。五十谷翔子の付き人兼友人の坂崎恵美である。
「あぁ。そういえばアイツって英雄だったわね」
「っす。なぜか英雄呼びを始めた極東ロシアの方々から変態扱いされてるっすけど、間違いなく英雄っすよ」
大型14体。中型70体以上、小型に至っては数百体を討伐している大エース。対外的にも同盟国のお姫様を助けた英雄として持て囃されているとなれば注目を浴びないはずがない。
当の英雄こと川上啓太は、暗殺を防ぐためにガレージに篭っているので衆目に晒されることはないものの、それらしい影武者が用意されるらしいと聞かされていた。
「あの時は『何を大げさな』って思ったけど、決して大げさではなかったわね」
「そっすね」
影武者のことを告知された際に思わず噴き出した翔子であったが、予想を上回る規模の来客を前にした今では彼らの懸念が決して杞憂ではなかったことを理解できていた。
「……あの中に共生派がいるのよね」
「っす。一般人もそうだし、来賓も怪しいらしいっす」
「大陸からやってきた同志との邂逅、か。そりゃ動きも活発になるわ」
「そこを狙って網を張るのも軍の仕事っすよ」
「そうね。その通りだわ。貴女もそう思わない?」
「そうですねぇ。……ここで手柄を立てないと相当ヤバいとは思ってますよ」
「でしょうね」
極々自然な形で二人の会話に混ざってきたのは、今年度の主席入学者である武藤沙織である。
今回の捕物については各師団に対して派閥を問わず第一師団に協力するよう統合本部から指示がでている。そのため、彼女の実家である武藤家も協力を惜しむつもりはなく、むしろ全力で以て第一師団に協力することを申し出ている。
「それもこれも全部私たちの自業自得なんですけどねぇ」
「そうね」
「そうっすね」
翔子も恵美も沙織の自虐に対して慰めるようなことはしない。
冷たい? 違う。なぜならそれが事実でしかないからだ。
命を惜しんで砲撃命令に従わないような人材を援軍として送りつけたのもそうだし、そもそも啓太を極東ロシアに行く切っ掛けを作ったのも彼ら第三師団である。その結果が再建計画の凍結なのだから文字通り自業自得だろう。
ただし、厳密に言えば武藤家を始めとしたいくつかの家はこれらのことに関わっていない。だが何もしなかったというのも立派な協力である。そのため他の師団からは武藤家も同じ穴の狢と認識されていた。
「さすがの私も彼らと一緒というのは正直嫌なんですよねぇ」
「わかるわ」
「わかるっす」
三人の目が同じ方向を向く。視線の先では、今しがた沙織から『彼ら』呼ばわりされた二人の男性が係員らしき人物に向かって大声で何事かを喚いているではないか。
軍閥の領袖を目指すのであれば、それにふさわしい態度と言うものがある。翔子とて同い年の男子に『常に余裕を持って優雅たれ』とまではいわないが、少なくとも来客が見聞きできるような場所で騒ぐような真似は控えて欲しいものだ。
「で、あれはなにをしているの?」
ただしそれが命に関わる問題だったり、武門の人間として絶対に譲れないような問題であったならば話は別だ。それでも騒ぐのはどうかと思うが理解はできる。
せめてそうであって欲しいという願いを込めて確認をする翔子であったが、残念ながら現実は非情である。
「……個人戦の組み合わせと順番に文句をつけているんですよ」
「しょうもな」
「はわぁ。あほっすねぇ」
顔を顰めた沙織から齎された答えは、翔子が想定していた中にはなかった――想定すらできなかった――程に下らない理由であった。
「たしか、アレの一回戦の相手って笠原でしょ?」
「えぇ。それが気に入らないそうです」
「なんでっすか? 第三師団同士で戦うことで、その笠原さん? から勝ちを譲ってもらうんすよね?」
「そうね。そうしないとアレは誰にも勝てない……というか、まともな戦いにならないまま一方的に負けてしまうもの」
「ですね。さすがに故牟呂口大将の孫である彼が一方的な惨敗を喫するわけには参りません。かといって他の師団の方々にご迷惑をおかけすることもできません」
「まぁ、そうでしょうね」
迷惑をかけるもなにも、もし自分が父親からアレに勝ちを譲るよう言われたとしても、断固として断るだろう。それこそ『演技であろうとアレに負けるのは武門の恥だ』と主張したうえで、だ。
「第一、今の第三師団閥さんには他の師団に我儘を通せるだけの力がないっすからね」
「……えぇ。そうですわね」
五十谷翔子本人ならまだしも、その付き人にさえ揶揄される。
しかも陰に隠れてではなく、真正面から。
本来であれば激高して決闘を挑むような屈辱である。だがそれにさえ耐えねばならないのが今の第三師団が置かれている状況なのだ。
(嫌味で終わるだけマシ、なのでしょうね)
まして相手は第六師団。先の戦闘で同じ派閥の人間が直接迷惑をかけた相手である。
沙織の立場であれば猶更怒りに身を任せることはできない。
もちろん恵美もそれを理解した上で沙織に嫌味をぶつけている。
恵美だけでなく、あの戦場にいた関係者の誰もが第三師団の連中が最後までまともに戦っていたら被害は各段に少なくなっていたと考えているからだ。
さらに悪いことは続く。
弾詰まりだろうが何だろうが、せめて生き延びた連中の機体が使えるようになってくれていれば、第三師団もなんとか面目を保つことができたのかもしれない。
だが、連中の機体に訪れた成長の結果は、進化という名の退化であった。それも大型の魔物を恐れるかのように矮小化してしまったのだ。
それを受けて戦闘に参加した面々が『こんな成果を出すために命を惜しんだのか?』と嘲ると同時に『こんなやつらを生かすために俺たちの仲間は死んだのか』と憤るのも無理はない。
第三師団にとって現状は正しく針の筵。そんな中で派閥の領袖を目指さんとしている直系の孫が問題を起こしているのだ。沙織の心労と周囲が覚える嫌悪はどれほどのものか。
「で、アレはそれの何が不満なの?」
そこそこ離れていても聞こえる喚き声。翔子としてもいい加減耳障りになってきたが、ことが個人戦に関わることだ。つまり自分も無関係ではない。そう思って聞いてみれば、その答えはまたもや翔子の想定をはるかに下回るもので……。
「なんでもあの組み合わせは『第三師団同士を食い合わせて我々の活躍の場を奪おうとする者の陰謀』なんだとか」
第三師団側からお願いして何とか通してもらった我儘に対してこの発言である。
「はぁ? 正気なの?」
「あそこまでいくと凄いっすね」
当然それを聞かされた二人に容赦の文字はない。当たり前だ。
彼女らには自分たちに不利益を齎しつつ、周囲の顔にも泥を塗るような相手に容赦をする必要などないのだから。
「……」
沙織は同じ派閥というだけで完全にとばっちりを喰らっている形となっている状態だ。
そんなに恥ずかしいのであれば力尽くで連中を止めてしまえばいいと思うかもしれないが、あれでも派閥を代表する名家なので強硬手段は推奨されていないし、なにより彼女は家から『下手に関わると仲間扱いされてしまうから、連中とは距離を置け』と指示を受けていた。
そのため沙織は顔から火が出るほどの羞恥に耐えながらも、彼らの行動を放置することしかできないのである。
「だから! 不公平だからこの組み合わせを変えろと言っている!」
「そうです! 最低でもシードでしょう!」
(もう、死んでください)
もちろん沙織は、この場合の放置が周囲からすれば黙認と同義であることを理解している。
そのことが彼女の羞恥をさらに深める要因となっていた。
(大変だとは思うけど)
(自業自得っすからね)
そして不幸にもこの場に居合わせた二人には、隣で俯きながら羞恥に震える沙織にフォローを入れてあげるような優しさ――もしくは甘さ――を持ち合わせていなかった。
誰も彼もがうんざりするような醜い男たちの問答は、苦情を聞きつけた静香が現場に到着するまで、具体的には凡そ10分近く続いたという。
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