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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
3章・文化祭
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5話。妹からの情報提供と啓太の警戒

クラスメイトである五十谷翔子と橋本夏希が交友めいたナニカを温めあった日の夜のこと。妹様こと優菜は訓練以外に興味がねぇと言わんばかりにさっさと帰宅していた啓太と食卓を共にしていた。


「どう? おいしい?」


「おう。美味いぞ」


「そっか。よかった」


まるでそれなりの年数を連れ添った夫婦のような会話だが、これは優菜が意図してそうなるような言葉を選んで啓太に投げかけているからだ。


(ほんとは全部作ってあげたいんだけどね)


ちなみに啓太が定職に就いてからというもの、彼らの食事――主に夕食――は外食か出来合いのモノを買った上でなにか一品を優菜が作るという形で済ませることが多くなっている。


金欠じゃないのか? と思われるかもしれないが、これはそれなりの収入を見込めるようになった啓太ができるだけ優菜に食事を作らせないようにするためにしている苦肉の策であった。


と言ってもそれは別に優菜が特殊な味覚の保持者であったり、作った料理が特殊な味や臭いを醸し出す危険物になったりするからではない。偏に中学生という多感な時期に必要以上の苦労をさせないためである。


元々啓太に養われていると考えている優菜は、啓太がいないときに率先して家事をしようとする癖があった。もちろん本人にとっては啓太と暮らす家の管理をすること自体が幸せな行為なのだが、そんな彼女の気持ちは啓太にはわからない。


啓太は純粋に優菜には家事よりも友人との付き合いや部活動など、一般的な中学生のように学校生活を満喫して欲しいと思っているのである。


年頃の妹を持つ兄としては至極まともな思いと言えよう。


(別にそんなこと考えなくてもいいんだけどなぁ。でもお兄ちゃんが私を心配してくれるのは普通に嬉しいんだよね)


問題はその妹が啓太以外に興味がないことなのだが、その辺は優菜もうまく隠しているので今のところ啓太は自分の考えが間違っているとは露とも考えていなかったりする。


まぁ、仲が悪いわけではないし誰に迷惑をかけているわけでもなし。

それどころかこの関係こそ兄が妹を思い、妹が兄を想うという、ある意味理想的な兄妹の姿と言えなくもないのかもしれないので、問題はないのだ。


「あ、そうだ」


「おん?」


日々啓太にとって理想的な妹を演じる優菜だが、今日は一つ啓太に報告することがあった。


「あのね。今日私の学校、ていうかクラスに転入生が来たの」


「転入生? この時期に?」


「うん。それも外国の人が二人」


「外国の人、それが二人?」


「うん。男の人と女の人」


優菜からの情報提供を受けて、妙だな。と呟く啓太。


実際、9月の末に転入生が来るというのは珍しいことだし、外人となればもっと珍しい。


「……極東ロシアからか?」


啓太は『珍しいこと』を『珍しい』で終わらせるような性格をしていない。それが妹である優菜が関わることであれば猶更だ。というか、誰よりも啓太の性格を知っている優菜が報告してきた時点で、それはただの珍しいことではないことは明白である。


そこまで考えが至れば、この時期にやってくる外国人の素性を予測することなどそれほど難しいことではない。


「うん。そうだって言ってた」


「……そうか」


予想が当たった形となったが、啓太としては全然嬉しくなかった。


なにせこの時期に極東ロシアからの転入生――というか留学生――が来るということは、その目的が間違いなく自分にあるだからだ。


「いや、もしかしたら日本の文化や武器を研究しにきたという可能性も……」


「それはないと思うなぁ」


「……やっぱり?」


「うん」


優菜は現実逃避をしようとした啓太をあっさりと繋ぎとめる。


「武器に関しては少しはあるかもしれないけど、そっちは最上さんと向こうの人が条約を締結したんでしょ?」


「そうだな」


極東ロシアが欲している最上重工業製の強化外骨格は、最新型とはいえ国軍に正式採用されているわけではない。というかそれ以前の段階、もっと言えばコンペどころか規格のプレゼンすらやっていない状態だ。


使われている技術も軍で正式採用されている系統とはまるで違うものなので、情報を漏洩する心配もない。そのため試運転を見た極東ロシアの担当者がそれを欲しいと言ってきたのであれば、最上重工業は国の許可――軍の許可ではない――さえあれば即出荷できる状態である。


よってあとは外交や総務の問題だ。付け加えれば、武器やら何やらの調査に来たのであればそれをするのは親の世代なはず。


もちろん日本側とてその人物が産業スパイ的な行為を行うことは理解しているだろう。

対象国に警戒されているとわかっている中、わざわざ家族連れを擬態するためにただの中学生を連れてくる理由はない。


つまりその中学生には中学生にしかできない役目があるということだ。

その役目とはなにか? 当然啓太だろう。


「女性の方が俺を落とす役か? いや、もしかしたら優菜と仲良くなる役か? で、男が優菜を落とすために差し向けられてきた人材の可能性もあるな」


「それはあるかも。見た感じはお嬢様とその護衛って感じだったけど、私の方を頻繁に確認してたし」


この時期に極東ロシアからくる人物だ。


当然、向こうで英雄と囃し立てられていた啓太の情報は確認しているだろう。その中に啓太の唯一の肉親である優菜の情報が含まれていないと考えるのは無理がある。


「……将を射んとすればまず馬を射よってか? 舐められたもんだな」


その馬が自分にとっての逆鱗だと理解していないのだろうか。


いや、啓太とて優菜が同年代の友人と普通に仲良くなって、普通に付き合って、普通に結婚するというのであればそれを止めるつもりはないのだ。


もしくは武家だの公家だのがお見合いをセッティングしてくる可能性もあるだろう。

それらについても、重要なのは結婚したあとのことなので一方的に邪険にするつもりもない。


だが最初から釣りめいた真似をしようというのであれば話は別だ。


(なにかしらの報復を……いや、まて。おかしいぞ?)


初手から自分の逆鱗を踏み抜いてきた極東ロシアに対して抗議しようとした啓太だったが、行動に移す前に相手の不自然さに気が付いた。


(まず確認するか)


「来たのはお嬢様っぽい女性と、その護衛っぽい男性なんだよな?」


「え? あ、うん」


「俺の知り合いってわけではないんだろう?」


「ん~。もしそうだとしたらもっと近付いてきたと思うから、多分違うと思う」


「なるほどな」


(やっぱりおかしい)


妹の聡明さに内心で頬を緩ませながら啓太は自分が感じた不自然さが見当違いのものでなかったことを確信した。


基本的な話ではあるが、極東ロシア大公国は一度革命を経験した貴族たちによって再建された国だ。そのため彼らは革命を起こしうる存在を忌避する傾向にある。


「例えば『平民の英雄』なんてまさにそれだな」


「そう……なの?」


「そうだよ」


だからこそ彼らは啓太を騎士とした上で、貴族の嫁――それも大公の身内――を宛がうことで権力者側に取り込もうとしたのである。


それに失敗した以上、彼らが啓太を懐にいれようとする可能性は極めて低い。


(少なくとも数年はないだろうな)


彼らにとって身内にならない英雄など、同盟国から来る援軍くらいに収まってくれるのが一番都合が良いのだから。


「つまり、そのお嬢さんと護衛さんがお兄ちゃん目当てで私と同じ学校に入ってきたこと自体がおかしいってこと?」


「そうだな。日本の影響力が少ない地元で、それも大公の身内を餌にした状態ですら断られたんだぞ? それなのに、軍の関係者が通う学校なんていう明らかに日本政府から妨害を受ける場所に来てまで引き抜き工作をすると思うか?」


成功しても失敗しても確実に日本政府から悪感情を向けられることになる。

こんなのもはや賭けですらない。ただの自殺だ。


「そう言われると、そうかも」


「だろ? 少なくとも俺ならしない」


「じゃああの人たちの目的はなんなの?」


「いくつか考えられるが……」


一つ目は大公の意思ではなく、極東ロシアの貴族が暴走したケースだ。大公のモノにならないのであれば自分のモノになればいいと判断して人を送り込むというケースはないわけでもない。


啓太のことを『一人で一個中隊以上の活躍ができる兵士』と評価するのであれば、そういった行動に出る貴族も現れないとも言い切れないからだ。


だが留学をするには外交ルートを通す必要があるし、ことが公になれば日本だけでなく大公からの評価も落とすことになるので、この線は薄い。


引き抜きではないとすれば、あとは敵対行動である。


「可能性としては『川上啓太を高く評価している』と公言することで国内の軍関係者と俺の関係を悪化させようとしているのかもな」


六韜の応用である。褒美を与えて相手の寵臣を手懐けつつ、それ以外でも相手の忠臣を厚遇し引き込む。それと同時に無能者に多くを与えて歓待して無能者の矜持を煽ることで内外の関係に楔を打ち込む。


文字だけ並べれば矛盾しているように見えるが、その実なにも矛盾はしていない。


「例えば『相手の寵臣』を俺に置き換え『無能者』を『能力はあれども思うような実績を上げられていない者』つまり第三師団に置き換えれば話は簡単だ。俺に関してはすでに大公から評価を受けているので問題ない。あとはそれを見て悔しがっている第三師団の嫉妬を煽るだけでいい」


「あぁ。今でさえお兄ちゃんに嫉妬している人って多いんだもんね。そこに向こうからお嫁さん候補として貴族の人が来たってなったら、さらに嫉妬するかも」


「そうだな」


「それで嫉妬に狂った連中に愛想を尽かしたお兄ちゃんが向こうに行くってこと? でも向こうでもお兄ちゃんは嫉妬とか警戒されるんじゃないの?」


「多少はな。でも日本っていう後ろ盾を無くした場合、権力に関しては向こうに依存するしかなくなるだろうから、今以上に取り込む隙ができることになる。だから問題はないんじゃないか?」


「あぁ。なるほどなー」


事実、そうなったら啓太は極東ロシアの貴族の娘と結婚することになるだろう。後は向こうの都市と国家を護るために馬車馬のように戦う英雄の出来上がりである。ここまでくれば大公も警戒する必要はなくなるという寸法だ。


もちろん啓太が日本を脱出する前に暗殺される可能性が極めて高いし、成功しようと失敗しようと極東ロシアと日本の関係に罅が入ることになるが、それも当然織り込み済み。


というかそれこそが相手の目的と考えるべきだろう。


「つまり向こうの狙いは俺。それも俺を引き抜くよりも殺すこと。より最高なのは日本に殺させること、かな?」


「極東ロシアと日本の関係を悪くしてまでお兄ちゃんを殺そうとする? ……じゃああの人たちは共生派ってこと?」


「可能性は高い」


「向こうの貴族なんだよね? あり得るの?」


基本的に貴族とは『率先して魔物と戦う者』のことを指す。それに鑑みれば、優菜が貴族のくせに共生派なんてありえないのでは? と疑問に思うのも無理はない。


だがいるのだ。貴族でも共生派と同じ思考を持つ者は。


実際、海で隔てられているが故に本格的に侵攻をされていない日本でさえ、百年以上続く戦争に疲れを感じて共生派の声に耳を傾ける連中がそれなりにいるのだ。


よって地続きであるが故に、常に魔物の脅威に晒されている彼らが共生派にならない理由がどこにあるというのか。


それは一般市民に限定された話ではない。


「貴族は『戦う者』だ。それは間違っていない。だが『戦い』にも色々あってな」


一番の問題はその『戦い』の目的だ。誇りを保つために戦うのか、それとも自分が治める都市を護るために戦うのかによってその内容は大きく変わる。


「極論を言ってしまえば、人間なんて『自分を護ってくれる』なら誰でもいいんだ。魔族に従った場合に奴隷化されたり餌にされるのが嫌だから抗戦しているのであって、そうでないのであれば支配者が魔族だってかまわないのさ」


だから貴族も自分の生活が護られるのであれば魔族と繋がる。そして『自分の街を襲わないで欲しい』と願う。あとは年に一、二回程度の軍役に応じればその貴族は『貴族の義務』を果たしたことになる。


魔族はその見返りとして食糧や情報、または技術を得るわけだ。


そんなある意味でWIN-WINの関係を築いている彼らにしてみたら、確かに啓太の存在は邪魔者以外のなにものでもないだろう。


かといって軍学校、それも1学年に10人しかいないAクラスに通う啓太を直接狙うのは敷居が高すぎる。故にまずは啓太に比べて接触が容易な優菜の傍に人を配置した。


そう考えれば一応の辻褄はあう。


「もちろん考えすぎの可能性もある」


「うん」


「だけど今の俺たちは考え過ぎ、用心し過ぎと笑われるくらいが丁度良いところにいる」


「うん」


「それもこれも俺のせいだ。一方的に迷惑を押し付けて申し訳ないとは思うが……」


「謝らなくていいよ。だってそうしないと私たちはこうして暮らしていられなかったんだから」


事実、優菜にとって啓太と二人きりで暮らせている現状に不満はない。というか、日々幸せを実感しているまである。


「……そうか」


「うん! そうだよ」


「……そうかぁ」


啓太はその表情から優菜に無理をしている様子がないことを確認して安堵の息を吐きつつ、自慢の妹の近くに不審者を送り込んできた連中に対して『必ず意趣返しをしてやる』と心に決めたのであった。

※あくまで個人の感想――妄想ともいう――です。


もちろん意趣返しを実行するのは事実関係がはっきりしてからです。

そうしないと外交問題になるからシカタナイネ。



閲覧ありがとうございました

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