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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
3章・文化祭
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2話。待機中の訓練も立派な仕事

「さすがにキツイな!」


文化祭というかオープンキャンパスに向けてクラスメイトたちが色々と準備をしている中、特に割り当てを与えられなかった――正確には待機任務を与えられた――俺は今日も今日とてシミュレーターでの訓練に明け暮れていた。


『近接なら勝てる! でもそこまで簡単にはやらせて……いけるっ!』


相手はいつもの、と言っては叱られるかもしれないが、いつもの五十谷さんである。

ただし最近はいつもの訓練とは一風変わったシチュエーションでの戦闘を行っている。


「ちぃっ!」


『甘い!』


一風変わったシチュエーションとはなにか? 

なんと最近、俺も彼女と同じ草薙型を使って訓練をしているのである。


あくまでシミュレーションだが、内容はお互い初期データだけという縛りだ。


そのため機体はもちろん、俺はこれまで蓄えてきた魔晶の魔力も使えない状態となっている。


こうなると勝負の明暗を分けるのは純粋な操作能力と慣れだ。

そして俺はその両方とも五十谷さんには及ばないわけで。


『そこっ!』


「あぶなっ!」


突き出されたナギナタを避けるも、完全に態勢を崩してしまう。

そして五十谷さんはその隙を見逃してくれるほど甘い相手ではない。


『貰ったっ!』


「ぐっ!」


結果、薙ぎ払いに変化したナギナタの攻撃を受けきることも捌くこともできなかった俺は、中途半端な形で前に出してしまった右腕を持っていかれた。


『ふぅ。まだやる?』


「……」


ここで五十谷さんからの降伏勧告がきた。


ただでさえ慣れない機体だというのに右手が無くては勝負にもならないことは明白なので、妥当と言えば妥当なタイミングと言えるだろう。


俺の答えはもちろん……。


「降参します」


『よろしい』


これが負け=死の実戦だったなら『まだだ!』とか言って巻き返しを狙うことも考えるのだが、さすがの俺も訓練でそこまではしない。


というかここまで追い込まれておきながら負けを認めないのは、未だに残心を崩していない五十谷さんに対して失礼と言うもの。


そんなわけであっさりと降参すれば、五十谷さんは『なんでそこで諦めるのよ! もっと熱くなりなさいよ!』などといった感じで戦闘の継続を促すような理不尽な態度を取ることもなく、ゆっくりと構えを解く。


――状況終了――


ここまでやって訓練終了である。世の中には降伏と偽って攻撃をしてきたり、死んだふりなどをして相手に隙ができるのを待ってから襲ってくる魔物とかもいるので、たとえシミュレーターであっても残心については非常に厳しいのだ。


それはそれとして。


「いやぁ。やっぱり勝てないねぇ」


この条件下における五十谷さんとの戦績は5戦して5敗。もちろん勝率は0。

この結果は俺と彼女の間に覆しようのないくらいに技術の差があるということを証明している。


それなりに鍛えたつもりであっても、やはり対人戦闘の経験が足りていないし、なにより機体の動かし方がまるで違うので、どうしても動きに無駄が出てしまう。


そしてそれは五十谷さんから見て明確な隙。

そこを突かれてしまえば俺に抗う術はない。


ただし、それもこれもあくまで『この条件なら』という但し書きが付く。


『そりゃそうよ。アンタと違ってこっちはこの機体に慣れてるし。むしろこの条件で負けてたらAクラスに居られないわよ』


五十谷さんの立場で考えればそうなるだろう。


というのも、俺の場合はこれまでの戦闘で、大型を14体、中型を数十体、小型をたくさん仕留めているのに対して、五十谷さんはいままで戦場に出たことがないので、大型も中型も――もしかしたら今まで小型を数体仕留めているかもしれないが、その程度だ――仕留めていない。


畢竟(ひっきょう)、俺の機体や俺の魔晶には魔力が蓄えられているが、五十谷さんのそれには何もないということになる。


そして俺は、魔力を姿勢の制御や移動の際のブーストとして使うことが常態化してしまっている。

普段使っているものが使えなくなったらどうなるか? 結果は見てのとおり。


俺は全ての行動に制約が掛かったような感覚に苛まれたまま戦闘をしなくてはならなくなり、結果としてすべての行動にラグが生まれてしまう。


つまり俺は『魔力を使えない素の状態』という時点で多大なハンデを背負っていると言ってもいい。


機体性能でごり押ししてきた弊害というかなんというか。

自分でも歪だと思わなくもないが、それで生き抜いてきた以上文句を言うつもりはない。


そしてそのことは五十谷さんも重々承知の上である。


『実際、アンタが持つ魔晶の魔力を解放しただけで戦闘時間は数倍以上になったし、こっちだって無傷じゃなくなるんだもの。それらがない、本当にまっさらな状態のアンタに勝ったところで自慢にはならないわ』


ハンデ付きの状態で勝てなかったら自分の立場がないというのは、謙遜でも嫌味でもなく掛け値なしの本音だろう。


「あ~」


さすがに俺の立場ではここで『うん、そうだね』とは言えんけど。


実際の戦場に於いて、双方が同じ装備だったり同じ損耗状態で戦闘が始まることはありえない。そもそも万全の状態で戦闘になることの方が稀。そういう前提が存在する以上、俺がこれまで蓄えてきた魔力や、本来の機体である御影型を使わないという縛りのある状態で戦闘に及ぶなんてことは『ない』と断言できる。


尤も、もしかしたら機体が故障したり整備で使えなくなる可能性も皆無ではないので、こうして他の機体を使った訓練を行っているのだが、これはあくまでそういう訓練だから。


ただこの訓練が無意味とは思っていない。それどころか訓練の甲斐はあると思っている。


なぜなら『実際に使ってみないとわからないことが多い』という、ある意味で一般的な常識を再認識できたからだ。


俺が草薙型を使うにあたって特に問題に思ったのは、移動についてだった。


基本動作の一つであるジャンプをすれば膝を始めとした駆動部全体に負担がかかるし、走っても同じように負担がかかるのだ。これではゆっくり歩いて進むしかない。


聞けば、転がったり受け身を取ることで衝撃を逃がせるらしいのだが、逆に言えばそこまでしなければ衝撃を逃がすことができないとも言える。


戦闘中にジャンプする度に転がるわけにもいかないし、なにより俺の技術だとジャンプ中に射撃をしようとすると機関銃の反動でバランスを崩してしまい、射撃どころか着地も覚束なくなることが判明した。


このことを知れただけでも十分な収穫だと思っている。


精鋭部隊は魔物の攻撃を搔い潜りながら距離を詰めるのだが、少なくとも俺には無理だ。


前回の迎撃戦の映像で、佐藤少佐が魔物の攻撃を斬った上で突撃を敢行したところを見せられたが、あんなのどうやってもできる気がしないぞ。


俺なら回避するか、魔力の盾で敵の攻撃を受け止めるかそらすのが精いっぱいだろう。


なので、俺の場合は草薙型を使うくらいなら、最上さんが造った強化外骨格を使った方が良いとさえ思っている。


それを言ったら五十谷さんから信じられないようなものを見る目をされたが、この辺は機体を『ボタンで動く機械』と認識している俺と、機体を武器、即ち『体の延長』と認識している彼女との違いだろう。


強化外骨格なら機体と違って体の延長として認識できるから、動きと思考の間にズレが生じないのが一番大きな理由である。


事実、強化外骨格を装備した状態――縛りなし状態――で五十谷さんと戦わせてもらったら、最初から勝つことができたからな。


その後2回連続で負けたけど。


いやぁ。あの時の五十谷さんは怖かった。

そりゃ彼女にも彼女なりの意地ってのがあるもんな。

そりゃ機体を使って強化外骨格に負けたら屈辱だよな。


火に油を注ぐことになるから言わんけど。


『うーん。アンタに勝てるのはいいんだけど、これじゃ私の訓練にならないわね』


そんな益体もないことを考えていたところ、五十谷さんからさらなる通信がきた。


「さいですか」


煽られている気がしないでもないが、事実だから何とも言えん。

第一、俺も御影型に乗ってるときはそんな感じのことを考えているからな。


『だからこれからは草薙型に乗るのは止めて、例の強化外骨格にしなさい』


「おっと」


まさか向こうから指名されるとは。


『その方が私の訓練にもなるし、アンタだって草薙型よりはそっちがいいんでしょ?』


「それはそうなんだが……」


勝手に訓練の内容を切り替えるのもどうかと思わなくはないわけで。


『あとね。私個人の意見なんだけど』


「ふむ?」


『アンタは中途半端に草薙型に慣れない方がいいと思うのよ』


「ほほう?」


んー。確かにそうなんだよな。

諦めと言えばそうだが、そもそも人間に割けるリソースってのは決まっている。

なので、どうせ使えないなら諦めるというのは一概に悪い判断とはいえない。


そもそも俺の生存率を高めることを考えたら、機体を二つ使えるようにするよりも、機体と強化外骨格を使えるようにする方が労力が少ないってのも事実だ。


少なくともそっちなら両立できているし。


問題があるとすれば担任(ボス)主任整備士(変態兼スポンサー)がなんというかってことくらいか? 


いや、まぁ、主任整備士の意見は聞かなくてもわかる気がするけど。一応確認しとくか?


「……こんなこと言ってますけど最上さんはどう思います?」


「あ~。まぁ、五十谷の嬢ちゃんの言う通りだと思うぞ」


「そっすか」


うん。知ってた。


だって五十谷さんの意見は、言い換えれば『最上重工業の機体と強化外骨格を使え』って意見だもんな。そりゃ最上さんの立場であれば否定はしないだろうよ。


「ボ……少佐はどう思います?」


最上さんの意見を聞いたところで、これまで訓練を黙ってみていた担任(ボス)にも意見を聞いてみる。


いくら俺や五十谷さんが訓練の内容を変更した方が良いと思っていても、上官である少佐(ボス)が駄目と言えばそれで話は終わるからな。


上官の命令は絶対。軍規にもそう書いてある。


「その度々出てくる『ボ』が気になるところだが……まぁいいだろう」


さすがに本人にボスとか言えないからね。心の中で言ってるから咄嗟のときは出てしまうが、その辺はおいおいなんとかする所存である(なんとかするとは言っていない)


「機体に関してだったな? 私としても五十谷と同じ意見だ。貴様に草薙型は合わんようだし、無理に習熟する必要性は薄いだろう。今は色々とやらせているが、これはあくまで御影型が使えないときに備えた用心と、貴様の近接戦闘データを取るためのものだしな。また、先日お披露目された最上重工業製の強化外骨格は極東ロシアや再編中の部隊から注目を集めている状態だ。当然そのデータも欲しい。よって貴様が自分から進んでそれを取るというのであれば、こちらから反対することはない」


「なるほど」


担任としてだけでなく、第一師団の少佐としてもそういう意見なわけだ。


再編中の師団はより強い装備を求めているし、何より極東ロシアが関わってくるとなると、そう簡単に却下はできんわな。


最上さんとしても、元々あちらと繋がりがあるから武器の輸出先としては悪くないし、向こうで実戦を経験しつつ耐久性能やら整備性といった、ある程度の期間、実際に使ってみないとわからない様々なデータと実績を積んでくれれば、わざわざ国内の連中に嫌味を言われながら試験したりプレゼンをする必要もないからな。


なにやら俺も最上さんも今回の件で再建計画を凍結された第三師団とか、元々話を持ってきたなんちゃら政策課の連中に逆恨みされてるらしいというので、しばらくは国内よりも国外に販路を求めた方が良いって判断したんだったか。


で、どうせ輸出するなら精度を高めた方が良い。

そのためにはテスターである俺が頑張る必要があるってわけだ。


当然俺にも得はある。


俺が頑張った分だけキックバックがあるってだけじゃなく、向こうに一定の戦力が生まれればわざわざ援軍として出征する必要がなくなるからな。


たまに旅行に行く分にはいいかもしれないが、さすがに頻繁に行きたいとは思わんぞ。とくにこれからは寒くなるし。


まして英雄呼ばわりとか最悪だ。

なんでって? 

だって英雄なんて最後に裏切られて殺される人間に与えられる称号じゃないか。


それにな。騎士にするだとか貴族の嫁を取らせるだとかそんな露骨な引き留め工作するくらいなら、まず『HENTAI』呼ばわりをやめろと言いたい。


なんだよ『HENTAIする英雄』って。絶対褒めてねぇだろ。 


もしも今の段階で殺されたら、俺は『変態行為を働いたから殺された』ってレッテル貼られそうなんだが、その辺どうなんでしょうねぇ?


そんなわけで、ほとぼりが冷めるまで極東ロシアには行きたくないのだ。


だからしばらくは真面目に試験をさせてもらうぞ。


―――


「聞いたな? 最上さんと少佐の許可が下りたから、お言葉に甘えてこれからは強化外骨格メインでやらせてもらうぞ。当然ハンデはなしだ」


『望むところよ!』


「……強化外骨格と機体が戦う時点で十分なハンデだろうに」


「最上社長、それ以上はいけない」


「……行くぞ!」

『……来なさい!』


俺には何も聞こえなかった。

もちろん五十谷さんにもだ。



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