1話。プロローグ的な話
この誤字脱字の多さよ……いつもご報告ありがとうございます
秋。基本的に暑くもなく寒くもないこの時期は、民間の学校に於いて文化祭や体育祭が催される時期でもある。
それは啓太たちが所属している軍学校も例外ではない。
とは言っても、そこは軍学校。
卒業後に就職するか進学するかを悩むことができる若者が通うような民間の学校と違い、卒業後は軍に配属されるか更なる教育を受けるために大学校へと進むかの二択しかない、なんなら全校集会で校長から『幸せになるのは民間人で良い。軍人は死ね』という訓示を告げられても何らおかしくないほど硬派な教育機関である。
当然、教員は生徒の卒業後の生存率を高めることを第一としているし、生徒も部活などに現を抜かして死にたくはないので、民間の学校にあるような部活動など存在しない。
スポーツの秋? 文化の秋? なにそれ美味しいの?
民間人には理解しがたい価値観かもしれないが、一人のミスが全体の死に繋がるのが戦場である。それを考えれば、教員たちや生徒たちが訓練以外のことに目を向けない、否、向けようとさえしないのは至極当然のことと言えよう。
もしそう言った前提を理解していない民間人気質の抜けていない生徒がいて、さらに「自分、部活動をやりたいです」などと言おうものなら、即座に独房じみた指導室へと連行され、複数の教員から『部活? そんなことをしている暇があるなら一歩でも多く走れるようになれ!』とか『部活? そんなことをしている暇があるなら0・1秒でも早く銃弾を装填できるようになれ!』というありがたい訓示を頂いた上で、余計なことを考えることができなくなるまで扱いてもらえることだろう。
そんな軍学校だが、例外的に民間の学校と同様に実行されるイベントというものがいくつか存在する。
一つは修学旅行。場所は太平洋に浮かぶその辺にある湖よりも小さな島だ。
もちろん自由時間などは存在しない。往復の時間も移動用に用意された艦船の中で訓練を行うし、島に近付けば上陸訓練を上陸したら後続を相手に迎撃訓練を行ったりする。主に防衛戦や造営の技術などを学ぶための旅行である。
一つは職場体験。もちろん行先は前線である。ただし、先月の第二次大攻勢によって防衛部隊の主力である第二師団が甚大な損害を被ったため、今年も行われるかどうかは今のところ不明である。
そしてもう一つが文化祭だ。
『文化祭? そんなことを言っている暇があったら撃て!』とか言われそうだが、そんなことはない。何故か。小畑健次郎などが特権意識を振りかざすので勘違いされがちだが、そもそも近代国家に於ける軍とは民間人の理解がなければ満足に維持できない代物であるからだ。
一次産業の従事者が存在しなければ食事はできないし、工場で働く人たちがいなければ補給だってできやしない。なにより軍閥出身者だけでは兵が足りないのである。
通常兵器では中型以上の魔物を討伐することはできないが、最も量が多い小型の魔物は討伐できる。彼らが小型の魔物を処理しなければ民間人に多数の犠牲が出ることは明白。
よって軍学校では民間人との触れ合いを否定していない(もちろん情報漏洩をしないことが前提だが)
そういった前提があるため、軍学校に於ける文化祭とは民間人を引き込む機会と同義である。またそう認識されている以上、軍学校に所属している生徒にとって文化祭とは『広報活動』という立派な任務なのだ。
『任務』である以上、そこにかける労力は本気そのものである。
それは啓太の知る過去に於いて、札幌雪まつりで陸上自衛隊が本気で巨大なハリウッド映画の雪像を造ったように、もしくは海上自衛隊の音楽隊が艦船の上で本気でアニソンを演奏したように。
軍学校でも、否、軍学校だからこそ『任務』の一言は重い。
それこそ授業は実習以外免除となるし、実習も民間人に受けの良いように演舞のような形がメインとなる程度には本気であった。
つまるところ、如何なる内容であれ、軍人――向こうは自衛隊員――が任務に対して本気で当たるのは、こちらの世界も変わらないことなのである。
―――
「って感じね。わかった?」
「うん。それは理解した」
久方ぶりに学校に来たと思ったら妙に飾りっ気が増えてたんで「たまげたなぁ」なんて言っていたら担任に呼び出され、向かった先にいた五十谷さんから現状の説明をしてもらった俺の図である。
もちろん自衛隊云々は俺の中で勝手に咀嚼しただけ――ちなみにこの世界でも軍人さんは本気で雪像を造るそうだ――なので、五十谷さんの口から自衛隊なんて言葉は出ていないので悪しからず。
それはさておき。
「俺は何をすればいいんだ?」
状況は理解した。文化祭が任務であるならば俺とて一生徒として働かねばなるまい。
「アンタは何もしなくて良いわ」
「なんで!?」
いや、別にナニカしたいわけではないが。楽できるならそれに越したことはないが、それでも本当に何もしなかったら今後の学校生活に支障がでそうなんだけど?
具体的には『あいつ、文化祭のとき協力しなかったぜ』とか言われていじめられたり村八分にされそうなんだけど?
「はぁ」
懸念を伝えたら溜息を吐かれたでござる。
「……色々言いたいことはあるが、まずその勘違いを正そう」
「はい?」
ここで五十谷さんに説明を任せていた担任がエントリーだ!
「大前提として、貴様を虐めることができる生徒がいると思うか?」
「いる……かもしれないですよ?」
武藤さんとか笠原くんとか小畑くんとか。
「はっ。圧倒的な武功を上げて同盟国から騎士に叙勲されただけでなく、正六位に叙位までされた挙句、正式に第一師団の所属になった上、中尉に昇進したアンタを虐める? 誰が? もしかして未だにただの学生で、准尉でさえない私たちが虐めるの? どうやって?」
どうやって、か。まず実力行使……は無理だな。普通に潰すし。
権力を使うにしても、なんだかんだで俺も注目されているからな。
下手な介入をすれば俺はともかく周囲がだまっちゃいないわけだ。
そうなるとできることは嫌がらせ、か?
嫌がらせと言えば
「俺の靴を切り裂いたり、教科書を傷つけたり?」
机や椅子は俺の私物じゃなく学校の備品だからな。やるとしたら靴とか教科書とか着替えだろ。
「アンタ、絶対復讐するじゃない。それにそもそも置き勉してないでしょ」
「まぁ、そうだな」
うん。確かにやられたらやりかえすわ。
つーか、靴も教科書も着替えも魔晶の中に収納してたわ。
「村八分っていってもね。アンタを無視したら情報が得られなくなるじゃない。個人的な感情と家からの命令、私たちがどちらを優先するかなんて今更説明する必要ないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
納得しているわけではないが、今の俺は軍にとって注目の的だからな。
試作一号機の成長度合いやら、量産型の運用方法やら、強化外骨格の試験結果やら、色々と情報を持っているのは事実だ。内心はどうあれ、それを得る機会を自分から投げ出す奴はいないだろう。
俺は俺で直接言動に出されない限りは、俺を嫌おうが何だろうが見て見ぬ振りをする程度の度量は備えているつもりだ。
実際、小畑くんとか笠原くんにナニカしようとは思ってないし。
笠原くんの方は結構大変らしいけど、それに関しては俺じゃなくて最上さんたちの管轄だし。
「そもそもアンタに何もさせないのは先生からの指示、というか命令よ。少佐からの命令に異論を唱えるような阿呆はいないわ」
「その通りだ。というか貴様、今更クラスメイトから村八分にされたとして、だ。何か困ることでもあるのか?」
「……ないですね」
なんだかんだでもう中尉だしな。元々五十谷さん以外とは関係も希薄だし、なんなら軍学校を中退して尉官教育だけ受ければいいまである。
ただしそれらは俺が文化祭の準備に参加しなくても虐められない理由であって、俺が仕事をしなくて良い理由ではない。
正直文化祭の準備なんて面倒なことはしたくないのでこの指示自体はありがたい指示なんだが、どうもおさまりが悪いというかなんというか。
「納得できていないようだからはっきり言おう。まず貴様に仕事を任せていた場合、いざというときに対応できなくなる可能性がある。軍はそれを認めていない」
「いざというとき? あぁ。九州ですか」
「九州だけとは限らんが、まぁそうだ」
本来九州を護るべき第二師団が壊滅的な被害を出し、援軍を出した第六師団と第八師団も被害甚大。
現在も再編を急いでいるものの、機体はともかく機士の補充は難しい。
そんなわけで現在は第七師団と第九師団からも援軍が派遣されているんだとか。そこに前回同様の攻勢がきたら滅ぶもんな。
だから俺の身柄を確保しておく必要があるわけだ。
いや、厳密に言えば必ずしも俺じゃなくてもいいんだが、今のところ試作一号機を動かせるのが俺しかいないからな。まさか反撃を受けるたびに量産型を蒸発させられるわけにもいかんだろうし。
……まさか量産型に乗っている人たちがあそこまで動けないとは思わなんだ。
というかあの練度で前線に出すとは思わなんだ。
尤も最上さんからすれば、まだ製造から2か月くらいしか経っていない機体なんだからあれくらいが妥当と言えば妥当らしいけどな。
で、軍としては俺をいつでも動かせるようにしておきたいわけだ。
「そういうこと。いついなくなるかもわからないアンタに仕事を割り振るわけにもいかないでしょ?」
「そりゃそうだな」
引き継ぎにかかる手間や時間を考えれば最初から仕事を割り振らない方が合理的ってわけだ。
「加えて、貴様は有名になりすぎた」
ん?
「有名になったというのであれば、なおさら客寄せに使うべきでは?」
手前味噌な話になるが、俺は軍閥所属じゃない民間人だ。それが軍で活躍しているだけじゃなく、同盟国の国家元首からも評価されているんだぞ? 民間人の理解を欲している軍としては広告塔にするべきだろう?
そう考えたが故の疑問だったのだが、どうやら俺の評価は俺が思っている以上に重いものらしい。
「……貴様を狙ってくる連中が出てくる、そういうことだ」
「あぁ、なるほど」
明確な敵としては共生派や、反戦主義の議員や貴族か? もしかしたら連中の息がかかったマスコミとかもくるかもな。
全部纏めてぶっ潰せれば話は早いんだが、さすがにそんなことはできない。
餌にするには大きすぎる。ならば最初から遠ざけておけばいいってわけか。
「と言っても、学校にはいてもらうわ。もちろん仕事もある。主にシミュレーターで演舞や来場客の相手をしてもらう形になるらしいけどね」
シミュレーターなら必ずしも来場者に姿を晒す必要は無いし、事前の準備も不要。
かといって当日に仕事をしていないわけでもないってか。
「なるほど。大体理解した。最後に一ついいか?」
「なにかしら?」
「実はずっと気になっていたんだが」
「なによ?」
「その説明だけなら先生だけでよくない? なんで五十谷さんが説明を?」
俺、気になります!
「なんだ。疑問なんていうから何かと思えばそんなこと?」
いや、普通に気になるだろ。
「そんなの、私がアンタのお目付け役だからに決まってるでしょ」
フンスと鼻を鳴らして胸を張りそう宣言する五十谷さん。
本当か? と思って担任を見れば、彼女は彼女でしたり顔で頷いているではないか。
いつからそうなった?
というかお目付け役が必要になるようなことをしたか?
大体やらかしてるのは最上さんだろ。
お目付け役が必要なのはあの人だろ。
等々、様々な思いが脳裏に浮かんでは消えていく。
しかし担任が認めている以上、これは覆ることのない事実なわけで。
「解せぬ」
「それはアンタだけよ」
「そうだな。その通りだ」
「……」
せめてもの抵抗とばかりに呟いた俺の言葉は、歯牙にもかけられずあっさりと流されたのであった。
静香せんせーが五十谷さんを呼んだのは、単純に啓太との距離感がわからなかったため。
五十谷さんは元々啓太担当みたいなものだったが、少佐公認になれば啓太の情報を優先的に入手(もしくは独占)しても周囲から文句を言われなくなるので喜んで引き受けたもよう。
周囲も啓太にはお目付け役が必要だと考えていたようで、これといって大きな反対意見はでなかった。(担当を日替わりにするとか週替わりにしたらどうか? といった意見は出た)
解せぬは啓太ばかりなり。
閲覧ありがとうございました。
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