23話。幕間的なお話
二章は前回でラストだといったな?
アレは嘘だ。
レビューありがとうございます!
人類の天敵である悪魔と魔族。
悪魔については人間とはまったく違う生態なので調査は行われているものの理解はほぼ諦められているのに対し、魔族については直近の脅威として認識されているためかそこそこの情報が存在する。
情報源は人間に協力的な悪魔だったり、対象の悪魔と敵対している悪魔だったり、その下僕である魔族だったりするので信憑性は皆無に等しいが、それでも貴重な情報なので参考資料的な扱いとして認知されている。
それによれば魔族の総数は凡そ1000体前後いるらしい。
彼ら彼女らは、明確に敵視していたり明確に仲間として認識しているわけではないらしいが、各々がそれなりに連絡を取り合っているらしい。
さらに彼ら彼女らは階級社会であり、その階級は最初に悪魔によって注がれた魔力の多寡――悪魔が『大体これくらいなら大丈夫だろ』と判断した量を注ぐらしい――によって決められるらしい。
また、この上下関係には彼ら彼女らを魔族にした悪魔の立場は関係していないらしい。
元が人間であることから、その階級も人間であったときの知識から応用されているらしい。
即ち、騎士・準男爵・男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵・王であるとされるらしい。
子爵以下を下級魔族、伯爵以上を上級魔族とし、子爵と伯爵の間には明確な上下関係が存在するらしい。
大陸にはおよそ200体の魔族がいるが、その中で上級とされるのは僅かに8体しかいないらしい。
―――
西暦2056年9月末日。旧北京紫禁城。
「さて、言い訳を聞こうか?」
この日、数少ない上級魔族の1体にして侯爵の爵位を持つルフィナは、実質的にこの地区を治めている【王】に呼び出されていた。
彼女が呼び出された理由は明白である。
すなわち『やりすぎたこと』だ。
元々彼らが悪魔から与えられた命令は『余裕を持たせない程度に追い詰めること』であって、かの国の護国を司る精鋭部隊を半壊させることではない。
この命令に従っていたからこそ、彼ら魔族は適度な数の魔物を適度な頻度で送り、日本側に圧力をかけていたのである。
それがどうだ。今回ルフィナが『これじゃ圧力にならない。前回も簡単に凌がれたことだし、とりあえず前回の倍を送ってみよう!』と倍以上の数を送り込んだことで、日本が誇る精鋭の第二師団がほぼ全滅し、その補佐として入っていた第六師団と第八師団も壊滅的なダメージを受けた。再建中の第三師団に至ってはもう再建の目途すら立たない有様だ。
こうなってしまえば『誰がここまでしろと言った?』と叱責されるのも当然のことだろう。
もちろんルフィナとてそれは理解している。極東ロシアに現れた変態については真顔で突っ込む程度で済んだが、それとほぼ同時に齎された日本の被害報告に対しては『なんでそうなるの?』と本気で首を傾げたあとに『あれ? これって不味くない?』と顔を青褪めさせた程度には状況を理解していた。
しかし彼女には彼女の言い分がある。
「いや、だって。二倍の兵力を送り込んだくらいであんなに被害が出るなんて思わないじゃないですか」
臣下が王に語る態度ではないが、彼らの関係はあくまで同胞であって主従ではないので、この程度は問題という問題にはならない。王の気質によってはタメ口でも許されるだろう。
それでもルフィナが敬語を使う――かなり崩れているが、一応敬ってはいる――のは、今回は自分が悪いと理解している上に、彼我の力関係もしっかりと理解しているからだ。
彼女の話し方についてはさておき。問題はその内容である。
ルフィナからすればあれは正しく小手調べだったのだ。そのため、日本の被害状況によっては今月末にもさらに魔物を派遣する予定さえあったのである。それが、まさか、小手調べで壊滅するなんて想定できるはずもないではないか。
「それは貴様が不見識なだけだ」
「ぐっ」
『連中が弱すぎた。だから自分は悪くない』そう声高に語ろうとしたルフィナだったが、その言い訳は王の一言によって否定された。
「元々連中が弱いことなど理解していたはずだ。なるほど。大型の魔物10体を含む集団が全滅したのは事実かもしれん。そしてそれを見た貴様が『これでは圧力にならない』と考えるのも一応理解はできなくもない」
「なら!」
「だが甘い」
「……甘い?」
「想定が、な。はぁ。何故わからんのだ」
「え、えっと?」
予想外の出来事に向き合うことになった王は、今後のことを考えて頭を押さえながらため息を吐いた。
ちなみに彼にとって『今後のこと』とは『これから日本とどう向き合うか』ということだ。
今までは口減らしと圧迫を兼ねて適度に魔物を送ってきたが、戦力が回復するまでは控える必要があるだろうことは明白。
だが日本の上層部とて馬鹿ではない。わざわざ戦力回復を待っている素振りを見せてしまえば、魔族側が本気で日本を滅ぼそうとしていないことに気付かれる可能性がある。
そうなれば自然と余裕が生まれるだろう。そこに兵を差し向けて絶望させるのは簡単だが、それをしてしまえば最後、彼我の戦力は拮抗しなくなる。
もちろん今でも拮抗しているわけではないが、重要なのは実際に拮抗しているか否かではなく『拮抗しているように見せることができているか否か』だ。
それさえできなくなってしまえば、もう適度な圧力も何もない。ただ滅ぼすしかなくなってしまう。
王としては敵がいなくなるのだからそれでも構わないと考えているのだが、それをすれば悪魔からの指示に逆らうことになるし、なにより彼ら人類がより良い生活を求めるが故に行っている技術の革新や、農産物の品種を改良することによる恩恵は、魔族である彼らにも多大な影響を与えている。
特に食生活方面で。
少なくとも日本の影響を強く受けている東アジア周辺と、イギリスの影響を強く受けている西・北欧の食生活の差は、文字通り雲泥の差があると言っても過言ではない。
(それらの恩恵を捨てるなんてとんでもない)
そう考えているが故に、日本にはそれなりの緊張感と勢力を維持して貰いたいと考えていたところに齎されたのが今回の凶報だ。
戦力の回復にかかる時間は少なくとも5年と見込まれているとか。
(その間、どうすりゃいいんだ)
王は内心で頭を抱えていた。元々彼が【王】なのは、あくまで保持している魔力が多いからであって、カリスマがあったり事務処理能力に優れているからではない。
もちろん、力任せに敵を滅ぼして良いというのであれば話は簡単だ。
喜び勇んで滅ぼしに行くだけの話である。
だが『現状維持』や『適度に圧迫』というような調整が必要となると話は別。
なまじ力があるだけに自由に動くこともできず、さりとて他の魔族も脳筋ばかり。
一応自分が口にするものの品質に関わるからか、各々に割り当てられている領地の経営は真面目にやっているが、言ってしまえばそれだけだ。
そういう意味では知的な突っ込みができるルフィナは貴重な存在だったが、元がただの少女だったためか常識に疎いところがある。というか、今回の件でそれが発覚してしまった。
(まぁ、元が小娘だから仕方ないと言えば仕方のない話なんだがな)
普通であれば殺していただろう。感情のままに八つ裂きにしたあと、その血肉を自分が治める牧場に住むニンゲンたちに『貴重なご馳走』として分配していただろう。
だが王にとって彼女は貴重な知識人枠である。
そのため(しかたねぇ。今回は不問にしてやる)と思いつつ、今も尚彼の言いたいことを理解できていないルフィナに、彼女が失敗した原因を告げることにした。
「覚えておけ。敵の戦力が2倍になったとき、それに対処するために必要とされる労力は元の2倍ではない。2乗だ」
情報、時間、兵数、武器、弾薬、陣地、陣形、戦術、その他諸々。
10体の大型と130体の中型を含む魔物の群れを処理するのに必要なものと、20体の大型と300体以上の中型を含む魔物の群れを処理するのに必要なものには、それだけ差があるのである。
「え?」
もちろん厳密には違う。とはいえ兵の数、装備、練度、士気、天候、地形、将の質など様々な要因は簡単に数値化できるものではないので、あくまで目安だ。
しかし目安とは言え一つの基準であることに違いはない。
「それに鑑みて今回の件だが……ここまで言えば理解できるだろう? 貴様が派遣した兵に対して向こうが前回の2乗の労力を準備できなかった。それが今回日本の国防軍が大損害を出した原因だ」
「な、なるほど……」
これ以上ない明確な理由である。
「そもそも前回の件で被害が出なかったのは、連中が最大限出せる力を振り絞ったためという発想はなかったのか?」
「うっ……」
「どうなんだ?」
「あ、ありませんでした」
「はぁ。共生派などと嘯いていても、連中が持っている情報などたかが知れている。軍とは議員にさえ情報を隠す連中だからな。そうでなくとも『余力なんて一切ありませんけど勝ちました』と一般人に知らせる軍などありえんだろうに」
「はい」
どれだけ無理をしても『勝ちました。もちろん余裕はあります』と喧伝するのが軍というものだ。事実、今回の第二次大攻勢迎撃作戦と呼称した作戦についても、軍は『多少の被害は出しましたが、それに倍する魔物を滅ぼしました』と、魔物の死骸を前にして報告を行っている。
それが普通なのだ。もしこの報道を信じて『まだ余裕なんだ?』と今回の倍の兵を送り込んだらどうなるか? 間違いなく日本が亡ぶだろう。そうなってから『そんなつもりはなかった』などとほざいても、言い訳にさえなりはしない。
日本が滅んだあと、命令違反を犯した魔族たちは悪魔によって滅ぼされることになるだろう。
(そんなのは真っ平御免だ!)
王は駄目押しとばかりにルフィナの軽挙妄動を戒めることにした。
「前回の件は無理に無理を重ね、その上で短期決戦に持ち込んだからこそ一方的な戦果を上げられたのであって、少しでも天秤の針が傾けば連中も大被害を受けていた。そういうことだ。当然一か月後に倍の兵力を捌ける余力などない。違うか?」
「……その通りです」
ここまで言われてしまえば、ルフィナとて『単純に倍』などという戦力を差し向けた自分がどれだけ考えなしだったのかを理解できた。
何度も言うが、滅ぼすのであればそれでも良いのだ。
問題なのは、滅ぼすつもりもないくせに相手を追い詰めすぎたことだ。
ちなみに数年前にインパールまで攻め寄せた第三師団を滅ぼしたのは問題ない。
魔族からすれば、そこまでニンゲンに余裕を与えるつもりはないからだ。
なので現地の魔族が『突出してくるだけの余裕があるなら滅ぼしても構わんのだろう?』と嘯いて彼らを滅ぼしたときも、特に文句が出ることはなかった。
しかし今回は前提条件からしてまるで違う。なにせ今回の件で大損害を受けたのは、日本の国防を司る第二部隊だったからだ。
「まず今後の九州方面への派兵が難しくなったな」
「うっ」
完全に余力がない状態なら、たとえ大型が数体しかいなくとも現地の軍勢は壊滅するだろう。そうなったら日本に対する戦略は完全にご破算だ。ただ、これに関してはまだ救いがある。
「これから冬がくるからな。そのため冬篭りの準備をしていると誤認させれば、少なくとも半年は稼げるだろうよ」
敵の為に時間を稼ぐというのもアレな話だが、王は至って真面目である。
「問題は、もしかしたら大規模な再編成を行うために、ベトナムやタイ方面に展開している遠征軍が引き上げる可能性があることだ」
「ううっ」
「遠征軍が引き上げたらどうする? 無視するのは不自然だ。だが侵攻したところで得られるものがない。正直あそこら辺はもう少しインフラを整備してもらわないと不便でしょうがないからな。それともあそこを貴様の担当にしてやろうか?」
「か、勘弁してください……」
名前からわかるように、ルフィナはロシア系の出身である。そのため『暖かい』ところに憧れはあるものの『暑い』ところに常駐することに対しては忌避感が強かった。
「嫌だというなら働いてもらう。まずは今回の失策を挽回できるような案を出せ。もちろん実行する前に概要を説明してもらうぞ」
(これだけ脅せば少なくとも同じミスはしないだろうよ。あとは……そうだな。後始末もこいつに考えさせよう。元々こいつのせいだしな。文句はあるまい)
「は、はい」
(やばい! 本気で考えないとやばい!)
面倒ごとを丸投げした王と、王の言葉に頷くことしかできないルフィナの図であった。
――こうして、期せずして日本を追い込んでしまった策士ルフィナは、日本を存続させるための策を練ることになる。このことが日本や魔族たちに何を齎すのか。現時点でそれを知る者はいない
魔族さんの事情。
彼らは彼らで色々と考えているもよう。
敵も味方も困らせる第三師団って実は優秀なのでは?
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