21話。予期していたが予想できなかった大攻勢(後)
月間総合6位ありが……6位!?
「魔物が上陸しました!」
「数は!?」
「大型11、中型200以上、小型800以上!」
「くそっ! やはり火力が足りんか!」
機士隊を率いる第二師団所属佐藤泰明少佐は、上陸させてしまった魔物たちの数を耳にした瞬間、思わず悪態をついてしまった。
部下の前で見せて良い態度ではない。なにより佐藤は芝野らがどれだけ苦労をして今回の陣容を整えたのかを知っている。故に文句を言うべきではないと頭では理解していた。
にも拘わらず、文句が出てしまった。
だが、それも無理ないことだろう、何せ10キロ以上離れた地点にいる段階から絶えず砲撃を行ったにも拘わらず、予定していた戦果を得られなかったのだから。
『第一砲撃小隊から順に斉射!』
指揮所から聞こえる芝野の声も普段の冷静さをかなぐり捨てたものであった。
ちなみに今回の迎撃戦に先だって編成された砲撃部隊は全部で5つの小隊からなっている。
その詳細は、それぞれに量産型2機と砲士30人。それらが上陸地点を半包囲する形で配置されている。
もう少し細かく言えば、第一、第二、第三小隊の量産型が第三師団からだされたもので、第四小隊は1機が第二師団でもう1機が第六師団の混成で、第五小隊も第二師団から1機、第八師団から1機という形になっている。砲士については出来るだけ均等になるように配置しており、砲撃小隊に含まれていない砲士たちは機士隊の傍から砲撃を行う手はずとなっていた。
これは戦力の均一化と敵の反撃に備えて考えられた編成だ。
砲撃小隊の編成については以上である。
話を戻そう。
もちろん冷静さを欠くことは指揮官としては慎むべきことなのだが、今の佐藤には芝野の考えが痛いほどわかるので、司令部に対してそれを言及することはなかった。
なにせこれから魔物と切り結ぶことになる佐藤にも、同僚たちが抱えている恐怖心が理解できるのだから。
(ここで冷静になっては駄目だ。今は知恵捨の教えに従い、邪念を捨てるべきとき!)
考える段階はもう過ぎた。
これ以降は勢いこそが重要。
勢いがなければ勝てるものも勝てはしない。
(必要なのは純粋な戦意ッ!)
最低限の冷静さを保ちつつ修羅と成る。
(部下の安全と敵の殲滅を両立させなければならないのが指揮官の辛いところだな)
そう独り言ちながら、佐藤は己の中の戦意と魔物に対する殺意を高めていく。
普段であればその両方を純粋に高めることは極めて難しい。
だが今は、今だけはそのことに苦労はない。
何故なら今、このときも友軍が魔物の手によって討たれているのだから。
「魔物どもからの反撃!」
友軍の砲撃に対する反撃は大型10体以上、中型200体以上の魔物たちによる一斉砲撃だ。
その勢いと威力は熾烈の一言。
「第一砲撃小隊、消滅しました!」
一撃で量産型2体と砲士30人からなる小隊が消し飛んだ。
大型の装甲を材料にした盾があったはずだが、そんなものは関係無いと言わんばかりの威力である。
「……戦果は?」
しかし彼らの死は無駄ではなかった。
「30m級が1体、25m級が1体沈黙!」
「……そうか」
生き残りの中で一番大きな魔物を狙ったのだろう。
彼らの一撃は確かに魔物に届いていた。
『怯むな! 第二砲撃小隊から斉射!』
そしてこの指揮所からの指示も秀逸だ。
「着弾確認! 25m級1体、20m級2体沈黙!」
魔物はその生態からほぼ反射で反撃を行う。
そのため魔物による反撃は、一番最初に撃ったところにくる可能性が極めて高いというデータがある。
「反撃、きます!」
このことを知っていれば、ある程度は魔物からの反撃が来る場所やタイミングをコントロールすることが可能となるのだ。そして全体の指揮官である芝野は当然このことを知っている。
「第二砲撃小隊、消滅!」
(第一、第二砲撃小隊を構成しているのは主に第三師団閥。つまり司令部は最も未熟にして崩れやすい連中を先に使うことで覚悟を決めた機士を生存させ、継続して戦果を上げることを望んだわけだ。……芝野大佐も修羅となったらしいな)
消費するなら未熟な者から。ゲームなどでは当たり前の判断だが、実戦でそう割り切ることができる指揮官は極めて少ない。
もちろんこの判断には余計なことをした第三師団閥に対する当てつけもあるのだろう。だが死ぬのは彼らだけではない。順番が多少代わるだけで、全員が反撃を受けることは変わらないのだから。
『第三砲撃小隊以下、一斉に砲撃! いいか! デカいのを狙え! 狙いが被っても一向に構わんッ!』
(一斉? あぁ、さすがにここまでくれば生き残った第三砲撃小隊も『先に攻撃した部隊が反撃を受ける』と気付くだろうからな。司令部は連中に命令拒否をさせないつもりか。だがそれは反撃が全体に及ぶということだが……む、弾幕が薄い?)
第一、第二小隊がいないのだから先ほどよりも弾幕が薄くなるのは当然のことではある。
まして今はそれぞれの小隊以外からも砲撃が行われているため、詳細を把握できる状態ではない。
そのため気のせいと思おうとした佐藤だが、一度覚えた違和感は拭えなかった。
そして佐藤が覚えた違和感の答えはすぐに訪れる。
「着弾確認! 25m級1体、15m級が1体沈黙!」
(これで沈黙は7体。残りは4体。生き残り次第ではいけるか? しかし……)
「反撃! 第四砲撃小隊消滅、第五砲撃小隊、量産型1機と砲士5人を残して消滅! 第三砲撃小隊は……は?」
「どうした!」
「し、失礼しました。第三砲撃小隊に被害なし!」
「……なに?」
他の小隊が甚大な被害を受けたにも拘わらず、一切の被害がない。
もしもそれが『敵の攻撃を回避した結果』であればいい。
そもそも量産型はそのように運用する為に造られた機体なのだから、佐藤とて敵の攻撃を回避することに成功した量産型の機士を褒めることはあっても眉を顰めることはない。
だが、生き延びたのは量産型だけではない、小隊そのものが無傷、つまり砲士たちも無事だというではないか。
別に砲士に死んでほしかったわけではない。ただ小隊全てが無事という事実がおかしいのである。
このことから導き出される答えは1つだけ。
(第三砲撃小隊に反撃がいかなかった。これしかない)
ではなぜ第三砲撃小隊に反撃がいかなかったのか?
(可能性は2つある。他の小隊と比べて攻撃が遅れたか、もしくは砲撃自体をしなかったか)
普通であれば前者だ。師団そのものが再建中であるが故に第三師団閥に所属する軍人たちは練度が足りていない。
そのことは佐藤も承知している。故に、精鋭である第二師団を加えている他の小隊と差が出るのは当然だ。
また、確かに第三師団閥は余計なことをして決戦兵力である川上啓太を戦場から遠ざけた戦犯だろう。だがここにいる面々は政治屋きどりの連中ではなく、自分たちと同様に命を懸けて国防にあたる同士である。
それが自分の身の可愛さで味方を裏切るような真似をするはずがない。
(そうだ。反撃を恐れて砲撃をしなかったなんてことはあり得ない!)
そう思おうとした佐藤であったが、その思いは指揮所からの通信によって否定されてしまう。
『第三砲撃小隊ッ! ……先ほどの弾詰まりによる砲撃の遅延は不問に処す! 直ちに砲撃を始めろ!』
(あぁ。やはりそうか)
小隊全てが弾詰まりをおこすことなどあるはずがない。
(一応戦場の事故ということで片付けようと配慮しているようだが……)
配慮はしているのだろう。だが怒りを隠そうともしない通信が全てを物語っていた。
「あ、だ、第五砲撃小隊、さらに攻撃! 20m級1体沈黙! 反撃で……おぉ! 量産型が反撃を回避しました! あれは柿崎中尉です! 砲士は消滅しましたが中尉はさらに追撃を……あぁ!」
中尉の攻撃が傷付いた大型を仕留めると同時に、生き残っている魔物たちからの反撃が放たれた。
その結果は、聞くまでもない。
「15m級、沈黙。しかし柿崎中尉も……」
「見事」
最後の最後まで魔物と戦い、一人で大型を2体仕留めるという大殊勲を上げた柿崎中尉。
もちろん彼一人の手柄ではない。これまでの度重なる砲撃によって魔物も少なくないダメージを受けていたからこその戦果だが、それでも命を懸けて止めを刺した柿崎中尉に対して佐藤は称賛を惜しむつもりはなかった。
しかしながら、そうまでして戦い散った部下がいる反面、同じ戦場に今もなお無様を晒し続ける者たちがいることに憤りを覚えているのもまた事実。
「で、第三砲撃小隊は?」
「……動き、ありません」
「そうか」
(無様な)
心が折れたのだろう。第三砲撃小隊はもう使えない。
佐藤はそう割り切ることにした。
『……機士隊、戦闘準備』
そしてそれは佐藤だけでなく、司令部も同様であった。
現状は戦後のことを考えている余裕などないのでいったん放置する形としたものの、戦闘が終わった後は吊るし上げるつもりであることはその声色からも十分に伝わった。
(戦後、か。川上特務中尉がいればこのような被害は……いや、今はそんなことはいい)
「出るぞ。砲士と八房隊は残った大型を狙え! 相手は無傷ではない。勝てるぞ! ただしできるだけ八房型に攻撃がいくよう調整を忘れるな!」
「「「はっ!」」」
八房型が死んでもいいというわけでない。機動力があり回避能力が高い八房型に攻撃を集中させることで、砲士に攻撃がいかないようにするための指示である。
「草薙型は近接戦闘用意!」
「「「はっ!」」」
量産型が生き延びていたら焼夷榴弾による範囲攻撃をさせて小型や中型に打撃を与えさせていたのだが、戦える者たちは全滅してしまった。
ならばほとんど無傷で残っている魔物たちは草薙型で相手をするしかない。
(近接戦闘を旨とする我らを待ち受けるは200を数える中型の魔物たち。支援もほとんど受けられない。距離を縮めるのも苦労するだろう)
絶望を絵に描いたような状況だが、魔物を前にした佐藤の表情に絶望の色は無かった。
(被害は相応に出るだろうな。というか、既にかなりの数の被害が出ている。今後の防衛戦に支障が出るのは間違いない。しかしっ!)
「魔物が200体いようと、一度に全ての敵と当たるわけではない! まして連中は連携を取れぬ獣だ! 常に3対1で当たることを忘れるな!」
「「「はっ!」」」
「俺たちは国を背負っている! この国に、魔物どもに与えるものは何一つない!」
「「「はっ!」」」
「総員、抜刀!」
「「「はっ!」」」
「出撃ッ! 先頭は第二師団が受け持つ。他の師団は我らが明けた穴を広げられたし!」
「「「はっ!」」」
第二師団が誇る最精鋭部隊が前に出る。
『グァ!』
戦気。とでもいうのだろうか、彼らが放つソレを察した魔物が、今も砲撃を続けている八房型や砲士たちを差し置いて、粛々と歩を進める佐藤らに向けて魔力砲撃を放つ。
もしもこれが第二師団以外の師団であったなら、いや、この集団の先頭に立つのが佐藤以外の人間だったなら、この攻撃は大型の装甲を加工して造られた盾で以て防ごうとしただろう。
だが佐藤は精鋭部隊の中の精鋭部隊を率いる武人であり、その腕でこれまで10体以上の中型の魔物を斬り捨ててきた、押しも押されぬエース機士である。
(心・刀・滅・却!)
「チェイアァァァ!」
魔物から放たれた砲撃は、佐藤の目の前で霧散した。
いや、この表現は正確ではない。
『ガァ?』
「魔力を攻撃に使えるのは特務中尉だけではないぞッ!」
なんと佐藤は自分に向けて発せられた魔力砲撃を、その手に持った刀で斬り捨てたのである。
もちろんこれは偶然の産物ではない。
佐藤が持つ卓抜した武術の腕と、これまで培ってきた魔力によって成された必然の結果だ。
「見たな? 道は俺が斬り開く! 全軍、続けぇぇ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!」」」
――後にこの戦闘データを見た他の師団の面々は『第二師団こそ最精鋭』と謳われる理由を知り、生き延びた面々に対して惜しみない称賛を向けることとなる。
しかし、多くの人々から称賛を向けられた当人たちがそのことを純粋に喜んだかどうかは明確にされていない。
包囲殲滅陣なんてなかった。
閲覧ありがとうございました。













