17話。市街戦の前に
ちょっと冗長になってしまいました。
基本的に川上啓太という人間は、妹である優菜以外の人間に対してさしたる興味を抱いていない。
最近では五十谷翔子を始めとするクラスメイトとそれなりに会話をしているが、彼ら彼女らの重要度は優菜の足下にも及ばない。
やや極端な例を挙げるとすれば、もしも五十谷翔子が死にそうになっている横で優菜が転びそうになっていたら、迷わず優菜を助けることを選択する程度には差が存在する。
ただし、そういった如実な差ができるのはあくまで優菜が絡んでいるときだけであり、目の前で死にそうになっている人――自分にとって害悪ではない人――がいたら助けるくらいの良心は――もちろん自分が安全であることが大前提だが――持っている。
それは自分自身の寝覚めが悪くなるからというのもあるが、一番は『妹に誇れる兄でありたい』と願っているからだ。
目の前で人――あくまで自分にとって不利益を齎さない人限定――が死にかけていたとして、それを見捨てたことを優菜の前で誇れるか? と問われたとき、啓太の良心と魂は否と答える。
よって自分に余裕があり、自分にとって不利益をもたらしていない人間が眼前で窮地に陥っていたならば、その手を差し伸べる程度には常識も良識も持ち合わせているのである。
もちろん『助けた際にはちゃんと恩返しをしてもらう』という下心もあるが、それに関しては極々自然なことなので非難されるようなことではないだろう。
「あ」
故に最初に啓太がソレに気付いたのは、ある意味で必然だったかもしれない。
もちろん啓太自身が向こうにいる人たちがソレを出してくれることを望んでいたことと、ソレが出た時に決して見のがさないよう注視していたこと。
また、いざというときの為に着込んでいたパワードスーツが最新型である上、スーツに搭載されている受信機能の性能が、これまでの戦闘と成長によって他の面々よりも高まっていたことなど、様々な理由もあるだろう。だが、それでも啓太にその気がなければソレは見過ごされていたはずであった。
「どうした?」
「信号です。短いし二回で終わりましたがこれは……」
「これは?」
「おそらく救難信号ですね。受信した信号のデータを回しますのでトレーラーの方でも解析お願いします」
「そうか。わかった。……おい。急いで解析しろ!」
「はい!」
もし啓太が受信したものが救難信号であれば『魔物に襲われている都市から救難信号が出た。だから介入した』という大義名分が成立するため、先ほどまで二人で話していたことの大半が解決する。むしろ介入しなかった方が問題になる。
ここで問題になるのが啓太の気持ち、ではなく、護衛対象である隆文の気持ちだ。
啓太の心情については先述した通りだが、隆文が戦いを避けるよう決めたのであれば、機体やパワードスーツを貸与されているだけの立場に過ぎない啓太に反論する術はない。
(さて。もしもそれが救難信号だったとして、俺たちはどう動くべきか……)
しかし、幸運というかなんというか、隆文の心情もまた啓太と似たようなものであった。
そもそも隆文は子を持つ親である。万事に於いて趣味と会社の利益を優先する節はあるものの、娘に恥ずべき背中を見せたい父親などいない。
日本に帰った際、妻と娘に『目の前で襲われている街を見捨てたせいで商売も失敗した』などと報告をする? ありえない。社長としても夫としても親としても願い下げだ。
加えて従業員の心証も無視できるものではない。
一般的な価値観の持ち主であれば、今も魔物と戦う人間を見捨てることに抵抗があるはずだ。
隆文にはそういう人間を集めているという自負もある。
そんな彼らを前にして『俺達には関係ない。あそこは見捨てる』と判断を下せるほど隆文は達観していない。
また、もっと簡単な理由がある。
それは『街を襲っている連中が自分たちに襲い掛かって来ないとは限らない』ということだ。
距離的には10キロほど離れているが、野生動物の嗅覚や聴覚、縄張り意識を考えれば、10キロは決して安全な距離とは言えない。
またこちらが気付いている以上、向こうにも気付いている魔物が存在するとみるべきだ。
なので、現在街を襲撃している魔物たちがこちらを新しい獲物と認識し、矛を向けてこないとも限らないのである。
どうせ戦闘になるのであれば最初から街で戦っている戦力と歩調を合わせた方が良い。
それは戦術的に考えて当たり前の方針と言えよう。
「社長!」
「どうだ!?」
「出ました! 間違いありません! 市庁舎から発せられた公的な救難信号です!」
「よし!」
たとえ啓太が掴んだものが本当に救難信号であったとしても、それが一般人や一軍人が出したものであれば後から問題になる可能性もあった。だが、市庁舎、つまり市長や市長所縁の人間が出したのであれば問題はない。
「啓太!」
「はい」
「作戦を述べる。まず俺らは向こうの戦力と合流するから、お前さんは先行して街に向かって欲しい」
「はい?」
(自分たちは他の軍勢と合流するために動く中、俺は一人で街に行け、だと? 1000を超える魔物の群れに吶喊しろってことか? 俺に死ねと申す? なんの権限があって?)
繰り返すが、啓太には目の前で死にそうになっている人を助けようとするだけの常識も良識もある。
しかしそれはあくまで自身の安全が担保されていることが絶対条件だ。
間違っても『命を懸けても市民を護る!』などという正義感は持ち合わせていない。
いわんやそれが自国民でさえない、他国の人間が救助対象ならどうか?
「お断りします」
当然啓太の答えは否だ。隆文との繋がりが絶たれるのは惜しいが、だからと言って命には代えられない。まして隆文はスポンサーとはいえ上官ではない。民間人だ。
当然ながら啓太は命令権を持たない民間人に『死ね』と言われて大人しく頷くような殊勝な性格をしていない。
むしろ『自分がそんなふざけた命令に従う』などと蒙昧な思考を持ってしまった民間人の蒙を啓くため、様々なことをしてわからせてやろうとするタイプの人間である。
当然、そこに容赦の文字はない。
「残念です。皆さんとはここでお別れのようですね」
帰還したときに色々と疑問を持たれるかもしれないが、それについては『自分が市内に突入している間に魔物に襲われた』とでも言えばいい。
事実、ここには千体以上の魔物がいるのだ。
数については極東ロシアの面々も証言してくれるだろうから、証拠には困らない。
今後の整備にはやや不安もあるが……なに、国内には最上重工業を邪魔だと思っている勢力がいくらでもいる。第二師団だって、財閥系企業と敵対せずに自分を抱え込みたいと思っているはず。
(つまりここで彼らを始末しても、俺は生きていくことができる)
「あ! まて! 誤解すんな! ちゃんとした理由はあるんだ! これから説明するからっ!」
「……聞きましょう」
(俺が納得できるような、ちゃんとした理由ってやつをな)
―――
「まったく。お前さんは物騒すぎるぞ」
「戦場ですよ?」
物騒で当然だろうが。
「まぁ、それもそうなんだけどな」
俺が明確な殺意を抱いたことを理解したのだろうか。
最上さんは先ほどの命令に彼なりの意図があることを説明しようとするが、そんなのがあるのなら最初からそうしろと言いたい。
もしここで『人命が掛かってるんだから四の五の言わずに動け!』なんて言われていたら、俺は迷わずぶっ放してたぞ。
「まずお前さんと俺らは連携訓練をしてねぇ」
「そうですね」
俺の機体とパワードスーツの成長を第一にしていたから獲物を独占する必要があったし、なにより火力や性能差の問題もあって連携訓練ができなかったのは事実だ。
「お前さんはまだ知らねぇと思うが、連携ってのは異物が1つ入っただけで驚くほど脆くなる」
「……そうですか」
確かに。軍事的な常識なので理屈はわかるが実感はないな。
「ましてお前さんが今装備しているパワードスーツは新型な上、すでに中型を2体と小型を30体以上討伐しているだろ?」
「えぇ」
「だから、今お前さんが装備しているパワードスーツの能力は、お前さん自身が持つ魔晶と合わせればこの隊商の中でも群を抜いている。少なくともお前さんが小型と戦ったとして、1対1で負けることはねぇだろ?」
「そうかもしれませんね」
それは普通なのでは? と言いたいところだが、どうも普通のパワードスーツはそこまで強くないらしい。魔力障壁も出せないしな。やっぱり多少なりとも魔晶に対応しているかどうかは戦力的にかなり大きいってことだろう。
「そんなわけで、個々の性能差があり、連携訓練もしていないお前さんとウチの連中が一緒に動けば、双方の足を引っ張ることになるってわけだ」
「だから先行、ですか」
「そうだ」
「ふむ」
彼なりの理由があるのは分かった。だが俺の危険性は一切減っていないんだが?
「別にお前さん一人で同時に千体の魔物と戦えとは言わねぇよ。1体や2体と孤立しているやつを重点的に狙うなり、なんなら10体くらいなら同時でもなんとかなるだろ?」
「微妙なところですね」
1、2体なら勝てるだろうが10体はどうだろうな? いけるかもしれんし、いけないかもしれん。
だが言いたいことはわかった。アレだ。100対1なら100が勝つが、1対1を100回ならその限りではないってやつだ。
実際『魔物が千体以上いる』と言っても、戦隊を組んでいるわけでもなければ一か所に纏まっているわけではないからな。最上さんとしては、街中にバラけた連中を狙って始末していけばいいと考えているのだろう。
それは理解した。でもな。これ、自分が造ったパワードスーツの性能に対する自信と俺への信頼と受け取れなくもないが、結局俺を危険な所に送ろうとしていることには変わりはないってことを自覚しているか?
(まぁ、今回はそれでもいいけどな)
それなりの理由と勝算があるならそれでいい。
ただし、最上さんの商売のために死ぬつもりはない。
「ヤバくなったら逃げますよ?」
駄目だと言っても逃げるが。
「当然だ。最悪の場合はパワードスーツを放棄して御影型を使ってくれてもかまわんぞ」
それなら、まぁ死ぬことはない、か?
「……ふむ」
うん。そこまで許可が出ているのであれば一応この場は納得しよう。
あまりグダグダと話していたら助けられる人も助けられなくなるしな。
「んじゃ、そろそろ動くぞ。作戦終了のサインは別に出す。もし不測の事態に陥った場合はさっきも言ったように御影型を出すなり街から脱出するなりしてくれ」
「……了解です」
相手は小型が多数。攻撃する場所と相手とタイミングは俺が自由にできる。
つまりは好きな相手に奇襲し放題ってわけだ。
よし。切り替えるか。
「死なない程度に稼がせてもらうぞ」
―――
「行ったか。……いやぁ、おっかねぇなぁ。見たか? さっきのアイツ。本気で俺を殺そうとしてやがったぞ?」
「そりゃそうでしょ。俺らだっていきなりあんなこと言われたら殺意の一つや二つは抱きますよ」
「……マジで?」
「マジです。社長とそれなりに付き合いのある俺らでもそうなんですから、知り合って一年も経ってない子供なら猶更でしょうね」
「……そうか」
「そうです。だから社長。言葉足らずは仕方ありませんが、あぁいう物騒な指示はきちんと信頼関係を築いてからにしてください。でないと本当に殺されますよ? 俺らに」
「お前らにかよ!」
「えぇ。巻き添えで死にたくないんで」
「正直者どもが。まぁいい。準備は?」
「完了してます」
「よし。なら俺らも行くぞ。子供一人に戦わせるわけにもいかねぇからな」
「了解!」
戦いを前にして昂っている兵士の前でふざけた命令を出してはいけません(戒め)
指揮官でさえ後ろから撃たれることがありますからね。
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