13話。最上重工業製強化外骨格開発計画の概要(後)
サブタイトル詐欺?
……考えるな。感じろ。
第三師団閥は相当俺のことが嫌いらしい。
そういえば前に五十谷さん経由で聞いたところ、どうも俺の実績は元々彼らが得るものだったと主張しているとか言ってたな。
なんでも、彼らの理屈でいうと俺は彼らの功績を盗んだって認識らしい。
うん。正直言って意味が分からん。
ちなみに第三師団の皆さんは運用課の伝手を使ってそれなりの数の量産型を回してもらったらしいが、今のところまともに動かせている人はいないらしい。
むしろ2機だけ回してもらった第六師団や第八師団の人たちの方が使えるようになっているんだとか。それはもちろん性根からくる実力の違い……ではなく、第三師団が例の敗戦で経験豊富な機士を大量に失ってしまったため、テストパイロットを都合するのにも手間取っているからだ。
このせいで俺のクラスメイトである二人――武藤さんは大丈夫らしい――にも影響が出ているとかなんとか。
なんにせよ。最上さん曰く量産型の火力でも数発当てれば大型をぶち抜けるらしいので、彼らには何卒頑張っていただきたいところである。
とりあえず俺としては、連中が短絡的に俺を殺そうとしていたのではなく、戦場に出したくないと思っていたことがわかったのが大きいかな。
尤も、短絡的ではないとしても、中・長期的に俺を殺そうとしている可能性はあるので警戒を怠る気はないが。
とりあえず直近の敵が判明した以上、俺がやることは一つしかない。
「さっさと極東ロシアへ行く準備をしましょう」
第二師団や他の師団から出撃要請が来る前に極東ロシアへ行く。これしかない。
これが今の俺ができる中で一番第三師団への意趣返しになりそうなことなんだから、急がない理由がない。
「あ、あと俺が使うパワードスーツの試作機はあるんですよね?」
企画書は見たがそれだけだ。実物がないなら実験もなにもないから後から文句を言われる可能性もある。ただ、元々この提案をしてきたのは最上さんだからな。この程度のことを見越していないとは思わない。つまり試作品はできているとみるべきだ。
「あぁ。もちろんそのつもりだ。パワードスーツについては多少の調整が必要だが、それも数日あれば
実戦で使うこともできるようになるはずだ」
「はず?」
なんか怖い単語が出てきたが、本当に大丈夫か?
実はこの人も第三師団に買収されてたりしてないだろうな?
「それを試すのが任務だからな」
「……ごもっともです」
うん。そうだった。自分でも試験機って言ってたのにな。
どうも神経が苛立っているようだ。疑って申し訳ない。
―――
「なん……だと?」
芝野雄平の下にその報せが届いたのは、来たる魔物の襲来に備えるために援軍として派遣されてきた第六師団と第八師団の実働部隊長と共に合同訓練についての段取りを汲んでいる最中のことであった。
「……川上特務少尉、いや、今は特務中尉か。その特務中尉が今回の迎撃戦に参加しない? 本当か?」
「……そのようです」
報せを持ってきた佐藤泰明少佐も憮然とした表情を隠そうともしていないのを見て、芝野は(少佐に怒鳴ってもしょうがない)と考え、怒鳴り散らすのを何とかこらえた。
「理由は?」
ただしその声には怒りの感情がこれでもかと篭っていたが。
芝野から怒りの感情を向けられた佐藤は完全に被害者と言えないこともないが、佐藤は芝野の気持ちもわかるため特に文句を口にすることはなかった。というか、佐藤も怒りをこらえるのに必死であった。
彼らが怒りを抱くのは当然のことだ。
啓太は『大型なんて2、3発で倒せるみたいだから大丈夫だろ』などと軽く考えていたようだが、実際はそんなに簡単なものではない。
確かに先制攻撃で大型に攻撃を当てることはできるだろう。
だが一撃で倒さない限り反撃が来る。
そして大型による反撃は、一撃で防御に回った草薙型を数体中破から大破させるだけの威力を誇るのだ。
これまでの攻勢では大型が数体しかいなかったからこそ砲士と八房型による一斉砲撃でなんとか仕留めることができていたが、彼らを護るために動く草薙型の損害は決して軽微なものではない。
その上で残った中型や小型の相手もするのだ。
砲撃によるダメージがあるとはいえ、それがどれだけ危険なことか。
通常の攻勢でさえそれだというのに、少なくとも大型が10体、中型が100体を超えるような大攻勢に於いて生じるリスクはいったいどれほどのものか、想像するだけで胃が痛くなる。
だが、啓太がいればその危険の大半をクリアできるのだ。もちろん芝野らとて今後ずっと啓太一人に頼るつもりはない。そのための第六師団や第八師団からの援軍だ。量産型や試作機の配備が始まればもっと楽になるだろうと思っている。
しかし今回に限ってはどうしても時間が足りなかった。訓練の時間も少なく、量産型もまともに稼働できるのは僅かに4体のみ。それとて砲撃の後に一度横跳びができるだけで、啓太のような縦横無尽の回避行動がとれるわけではないので、今の量産型が攻撃できるのは基本1度。良くて2度だけだ。
統合本部としてはそれで大型か中型を討伐してもらい、成長と最適化をしてもらうことを望んでいるようだが、そんな望みを抱けるのも勝てる算段が付いているからこそである。
その算段が消失した。それも戦う前に。
現場指揮官である芝野がその理由を尋ねるのは当然のことであった。
「……特務、だそうです」
「特務? 内容はわかるか?」
「それが……」
「いや、そうだな。すまん」
学生とはいえ正式な少尉であり特務中尉なので、啓太に特務が与えられるのはなんらおかしなことではない。そして基本的に特務の内容を知るのは、命令を出した者と受けた者を含めた関係者数名のみである。
なので芝野も佐藤がその内容を掴んでいるとは思っていない。
しかしそれを理解してもなお芝野は特務の内容を確認をしてしまった。
それだけ啓太が参戦しないということが彼を動揺させていたのだ。
もちろんその特務が『芝野とは違う人間の指揮下に入って今回の作戦に参加すること』であれば芝野とて多少の文句は言いたくなるものの我慢はできる。現場士官である芝野にとって重要なのは『啓太が誰の指揮下で戦うか』ではなく『啓太が参戦するか否か』なのだから。
だが先ほど佐藤は『啓太は迎撃戦に参戦しない』とはっきり明言している。
つまり啓太に与えらえれた特務は迎撃戦に参加するという命令以外の命令となる。
(この状況で彼に与えられる特務とはなんだ?)
もし先ほど挙げたような理由だったり、戦訓を纏めた参謀本部が大攻勢以上の危機を察知したというのであれば、啓太をそれに対応させようとするのも納得できただろう。
だが実際はそんなことはなく、もっと単純で、もっと酷いものであった。
先ほど特務の内容を聞かれて佐藤が言いよどんだのは、彼が特務の内容を探れなかったからではない。あまりにお粗末な内容だったため怒りをこらえきれなかったからだ。
「……新型の強化外骨格の性能試験だそうです」
「は?」
「命令を出したのは運用政策の第二課。その命令が出た経緯は……」
「経緯は?」
「……川上特務中尉と最上重工業への嫌がらせです」
「馬鹿かっ!」
芝野は切れた。
普通に切れた。
当然だろう、これから命懸け、否、日本の国防を懸けた防衛戦を行おうというときに、防衛戦の要ともいえる戦力に対し防衛戦とは全く関係のない強化外骨格の性能試験をさせるなどどう考えても正気の沙汰ではない。
さらにその理由が嫌がらせときた。
これで怒らない現場指揮官がいるだろうか。
いや、いない。
とはいえ、芝野とて子供ではない。
佐藤から聞かされた内容を反芻すれば啓太たちが置かれている状況も理解できる程度には大人であった。
(川上特務中尉に対しては単なる嫉妬だからまだいい。第三師団の連中も武功を立てれば落ち着くだろう。だが、最上重工業については一筋縄ではいかんだろうな)
嫌がらせを受けた啓太と最上重工業。両者の最大の違いは、そこに利益が絡むかどうかにある。
啓太の場合は芝野が考察したように他の面々が武功を立てることで解決……とまではいかないが大幅な改善が見込めるだろう。しかしながら最上重工業の場合は違う。これまで財閥系企業が独占してきた機体製造事業への参画は、間違いなく財閥系企業に与えられていた既得権益を侵すものだ。
その財閥系企業とて、普段から遊んでいるわけでもなければ、不当に事業を独占していたわけではない。
彼らには軍から求められた能力水準を満たす機体を、求められただけ製造するだけの力があるが故に独占を許されてきたのだ。
最上重工業が製造した御影型の性能が凄い? それはそうだろう。
なにせ彼らは他の企業とは違い、最初から浪漫に走り採算を度外視してあの機体を造ったのだから。
そうして詰め込めるだけ詰め込まれた機体が弱いはずがない。
それは財閥系企業の技術者たちも認めていることだ。
当然、最上重工業よりも資本やノウハウをため込んでいる財閥系企業であれば、カタログスペックだけなら御影型を上回る機体を造ることも可能だった。
しかし、どれだけ優れたスペックを有する機体であっても、動かなければ意味がない。
ただの置物、否、メンテナンス費用などが掛かる分、置物よりも性質が悪いモノにしかならない。
それがわかっていたからこそ財閥系企業は混合型を造らなかった――実際は過去に似たようなものを造ったことがあり、それが動かせなかったので開発を止めた――のである。
そこに突如として現れたのが、最上重工業と彼らが造った混合型だ。
彼らが諦めた設計を混ぜ合わせ、その上で三か月煮込んだような機体を造っただけならまだいい。
彼らも『あぁ、あいつも俺たちと同じ道を通るんだな』と、生暖かい目で見守ることもできただろう。
だがそこに川上啓太という変態が加わったせいで全てが変わってしまった。
動かせない機体を動かせてしまった変態の登場により、カタログスペック上にしか存在しなかった機体が日の目を浴びることになったのだ。
自分たちのシェアを脅かされて面白いと思う経営者などいないし、同時に自分たちが諦めたものを目の前で見せつけられて面白いと思う技術者もいない。
嫉妬と羨望によって発狂寸前まで追い込まれた彼らは考えた。
『最上重工業がなくなれば川上啓太というデバイスは我々が手に入れることができるのではないか?』と。
『元よりあった混合型のノウハウに量産型を造ったことで得た経験と、試作一号機の戦闘データや啓太が狩った大型の魔物の素材があれば、俺たちが御影型以上の機体を造ることも決して不可能ではない。というかできる』と
(彼らの気持ちも理解できなくはないんだがな)
企業として社員を食わせるため。
技術者として自分たちが造った機体の能力を証明するため。
その他諸々。今回の件がそういったさまざまな理由があってのことだとは理解しているつもりだ。
芝野としても、啓太の傍にいるのが必ずしも最上重工業の面々である必要はないと考えているので、財閥系企業に対する怒りは少ししかない。あくまで財閥系企業については。
(だが運用政策第二課、お前らは駄目だ)
財閥から依頼を受けたにしてもタイミングというものがあるだろう。
なぜ今この時にそのような無駄な命令を出したのか。
腸が煮えくり返るのを自覚しつつ考え込む芝野。
彼の脳裏に浮かんだ答えは一つだけ。
(連中が現場を知らないから、だ。ならば話は早い)
「すぐに師団長に伝えて運用政策課の連中を締め上げて頂く。なんなら連中をここに招待しよう。連中とて魔物の恐怖を肌で感じれば今後このような阿呆な真似はしないだろうからな」
「はっ。良いアイディアかと」
平穏は人を腐らせる。
(今も遠征に出ている師団やこうして魔物と戦っている自分たちとは違い、戦場から遠い関東で身内の失態のせいで失った権力を維持、もしくは回復しようとしている連中には荒療治が必要だ)
芝野はそう結論付けたし、佐藤もまた同じ考えを持っていたため芝野の意見を肯定する。
「で、川上特務中尉だが、命令の撤回はできそうか?」
それができれば一番いい。できなくともパワードスーツの開発を一時中断してこちらに来てもらえるだけでもいい。
かなり自分たちに都合の良い命令になるが、そもそも軍とはそういうものだ。多少の不条理には我慢してもらうしかない。
もちろん無理を通した分恩賞は弾むし、この戦闘のあとで第三師団閥を始めとした否定派の面々から謂れのない攻撃を受けないよう、第二師団を挙げてフォローするつもりもある。
気分は全面降伏。言葉にするなら『頼むから来てください。何でもしますから』と言ったところだろうか。
これが啓太一人であれば『え? いま何でもするって言った?』の後に『しょうがないなぁ』と言って第二師団の下にはせ参じたかもしれない。しかし今の啓太は一人ではない。厄介なブレインが着いている。
「それが……すでに川上特務中尉は最上隆文社長と共に極東ロシアへと渡ったそうです。そこで実戦を交えた実験をするとのこと。政策課もそれを認めたとのことでした」
この提案は隆文から出されたものだが、これ以上啓太に活躍してほしくない第三師団と、これ以上御影型に活躍してほしくない財閥系企業にとって断る理由などなく、むしろ諸手を挙げて歓迎すべき提案であったため話はあっさりと進んでしまう。
結果、こうして佐藤が芝野に報告を上げる前に、啓太と隆文は正式な命令書を携えた上で極東ロシアへと足を運んでいた。
「……絶対に政策課の連中を逃がすな。絶対にだ」
「はっ!」
(川上特務中尉は悪くない。最上社長は少し悪い。だが一番悪いのは間違いなく奴らだ。……俺は決めたぞ、連中は絶対に許さんとな。そうだ。他の師団の面々にもこのことを伝えて協力してもらおう)
この後、切り札が参戦しないことを聞かされた第六師団・第八師団の面々は、余計な真似をして自分たちの生存を危うくさせた運用政策課と、課長にそれを命じたであろう第三師団の面々に対し隔意を抱くことになる。
こうして啓太と隆文の意趣返しは、徐々に第三師団を蝕んでいくのであった。
悪いのは命令をだしたやつ。これ常識。
つまり啓太くんは命令に従っただけだからシカタナイのです。













