9話。新しい仕事
少しずつ話が動きます
一日で120万円を手に入れた模擬戦から数日が経ったある日のこと。
「あぁ。今日はちょっと待ってくれ」
「はい?」
今日も今日とてシミュレーターで訓練をしようとしたところ最上さんが止めてきた。
端的に言ってこれは非常に珍しいパターンである。
なにせ俺が乗っている機体は最上さんが奥さんや娘さんの反対を押し切ってまで造った機体だ。
俺が乗れたからこそゴミ扱いされることはなくなったらしいが、そんな賭けをした時点で家族内の立場は低い。故に今の最上さんはこの機体からデータを得ることに心血を注いでいる。
正確に言えば、この機体から得られたデータをどれだけ次回以降に造る機体に反映させるかっていう見極め作業に心血を注いでいるのだ。
そしてこの機体は俺以外には動かせない。それがたとえシミュレーターであっても、だ。
そのため俺がシミュレーターを起動しないことには最上さんの目的は果たせなくなるわけで。
「……なにかデータを取る以上に大事なことが発生したんですか?」
そう考えるのが当然だろう。
そして俺からの問いかけを受けた最上さんの答えは、肯定。
「あぁそうだ。上からの依頼でな。お前さんにこれの実験をして欲しいんだとよ」
そう言って見せられたのは、通常兵器を運用する兵隊さんたちが装備している特殊兵装。
魔物の素材を利用して造られた人工骨格に、同じく魔物由来の素材で造った人工筋肉を付け足して造られた強化外骨格。所謂パワードスーツの企画書だ。
「……正気ですか?」
「少なくとも向こうはそうらしいな」
「はぁ」
「ちなみにこれは最上重工業で造っている新型でな。その兼ね合いもあってお前さんに頼みたいらしい」
「はぁ」
(それなら納得ですね! とでも言うと思ったか?)
先述したように、パワードスーツは通常兵器を運用する兵隊さんたちの為に造られているものだ。
大前提として、中型以上の魔物は魔力障壁と呼ばれる障壁を持つため通常兵器ではまともにダメージを与えることができない。そのためそれらは機士や砲士が対処することになっている。
翻って小型の魔物だが、小型に分類される魔物にはそのような障壁がない――あってもかなり弱い――ため、これらは通常兵器、即ち戦車などによる砲撃で処理されることが多い。
戦車で倒すのならパワードスーツの意味がないのでは?
と思うかもしれないが、ある意味ではその通りだ。
なぜならパワードスーツを装備した兵隊の役割は、接近してきた魔物から戦車を護る随伴歩兵なのだから。
元々戦車は装甲が厚い反面、視界が悪く奇襲を受けやすい兵科である。
この欠点は重火器が発展すればするほど致命的になるもので、例えば側面から対戦車砲を打ち込まれれば、一撃で履帯を破壊されたり、砲塔を破壊されたりすることだってある。ようするに戦い方によっては歩兵1人に負けてしまうのだ。
それを防ぎ、戦車を戦車として活躍させるために存在しているのが、戦車の周囲に展開して戦車への奇襲攻撃を防ぐことを職務としている随伴歩兵だ。
ただしこの世界に於ける随伴歩兵の役割は、対戦車砲を持つ歩兵への警戒ではない。
彼らは主に小型の魔物による奇襲や戦車への接敵を警戒するために存在する。
しかし、ただでさえ人間と野生動物ではその身体能力に大きな差があるというのに、仮想敵である魔物は魔力によって獰猛さや各種能力が底上げされている存在だ。
まして相手は小型と分類されているが、大きいものは3m近い大きさを誇る元野生動物。当然2mを超えれば巨漢と言って差支えのない人間では、まともに力比べをできるような存在ではない。
事実、ひと昔前までは防弾チョッキやら防刃ベストといった動きを阻害しない程度の防具しか装備していなかった随伴歩兵の損耗率は恐ろしく高かったそうだ。
そんな中、あまりにも歩兵の被害が大きすぎるということで開発されたのがこのパワードスーツである。
機体に使われた技術を余すことなく使われたこのスーツは、機動力や防御力だけでなく攻撃力も高めることとなったため、随伴歩兵の生存率と小型の討伐数を大きく上げることに成功したらしい。
また、それまで選ばれた者しか扱えなかった機体にだけ使われていた魔物の素材を、こともあろうに歩兵の為に用意したということで、当時の元帥は軍部から絶大な支持を得たとか得なかったとか。
その辺の事情はさておくとして。
これだけ見れば機士が装備してもおかしくない装備に見えるが、実際のところ機士はこのパワードスーツを装備していない。
理由は簡単。操縦席が壊れるからだ。
というのも、機体の操縦席部分は機械と肉でできており、機士はそこに手足――正確には胸元まで――差し込んで機体と接続し、操作をしているのだが……実はこの際、機士は結構動くのだ。
例えるなら、レーシングゲームで自機を右折させようとした際に体も一緒に右に動くあの感じがわかりやすいだろうか。
もちろん操縦席は設計段階で多少動いても良いように遊びを入れて造られているのだが、ここにパワードスーツの力が加わると細かい動きであっても遊びの部分ではカバーできないほどの力が発生してしまい、内部の機械が動きに耐え切れずあっさりと壊れてしまうのである。
このため機士は力や動きを補助するパワードスーツではなく、同じような魔物の素材を使っているものの、防弾性や対衝撃性能に特化しただけの、見た目は海が赤い世界の第三新東京市で不思議巨大生物と戦う少年少女が着ているアレに近いスーツを着込むのが通例となっている。
上記の理由から、俺がパワードスーツの性能実験をする意味は限りなく低い。
それでも、あえて俺がやる理由を挙げるとすれば、機士の生存率がどうたらいう可能性だろうか。
だがそういう目的であれば、まずは俺のような武術の素人――自分としては少しはできるつもりだが、公式に道場などに通っていたわけではないので、その道のプロである軍人からみたら素人でしかない――ではなく、田口さんのような武術に造詣のある人物か、五十谷さんや武藤さんのように武術も射撃もできる人物に頼むべき事柄だろう。
さらに言えば、俺は現在世界に一つしかない機体の性能実験を行っている真っ最中である。
つまり? これは間違っても俺がやるような仕事ではない。
それでも俺にやれという。しかもこれは最上さんの趣味ではなく上からの命令らしい。
それらから導き出される答えは……。
(はいはい。大体理解した)
そう遠くないうちにくると思ったが、まさかここまで早くくるとは。
見抜けなかった。この啓太の目を以てしても。
(この命令を出した人間の意図。それは俺を殺すことだな)
―――
他の人間が聞けば『なんでそうなる?』と首を傾げるが、啓太の中では確信があった。
それは啓太が他の派閥の人間を差し置いて昇進していることや、世界に1つしかない機体を動かせているという稀少価値を彼なりに理解しているからだし、なにより彼自身が持つ性質がそう訴えてきたからだ。
まず昇進については言うまでもない。クラスメイト――主に小畑健次郎――でさえ露骨に悪意を見せてくるのだから、上級生やその家族が啓太を目障りな存在だと認識していてもなんらおかしなことはない。むしろそう思っているほうが自然だ。
次いで稀少性だが、研究者にとって啓太は不思議の塊である。故に第二次救世主計画に協力した少年のように、隅々まで調べたいと思う人間がいてもおかしくはない。
むしろ前例がいるというのにそういう連中がいないと考える方がおかしいだろう。
加えて、もっと短絡的な理由で『啓太がいなくなればあの機体を使える』と考える人間がいる可能性も忘れてはいけない。具体的には小畑健次郎とその周囲の人間がそれだ。
そして3つ目。周囲は正しく理解していないことだが、啓太には前世の記憶があるが故に前世から引き摺っている悪癖がある。
それは別に既存の常識を知らないことでもなければ、自分の行いを見て周囲の人間が驚いているところに『え? ロボットってこうやって動かしますよね?』などと言ってキョトン顔を晒すことでもない。
啓太が前世から引き摺っている悪癖。それは、一般的には中二病や妄想癖などに分類される、思春期にありがちともいわれるソレ。つまり『むやみやたらと考察する癖』である。
人は『欲』によって動く。故に相手がなにを『欲』しているかを知れば相手の狙いも読める。
そういう考えを念頭に置いているが故に、この癖をもつ人間は他人の『欲』を信じ、疑うことをやめないようになる。
つまるところ、とにかく物事の裏を疑うようになるのだ。
具体的な例を挙げると、いきなり大金を渡されれば『この金で悪いことをさせる気か? いや、この金を貰ったということがすでに何らかのトリガーか?』と疑う。
なんの脈絡もなしに『いい話がある』と言われれば『あ、俺を嵌める気だな』と考えるようになるのである。
啓太の両親が死んだ際にすり寄ってきた親戚から距離をとったのも、彼らの目を疑ったのもあるが根元にはこの癖の影響がある。
軍学校に入学したあともそうだ。
入学したあと隆文が自分を特務少尉にしたのは機体の実験をするためだし、軍がそれを認めたのもシミュレーターで高成績を出したことを知ったが故に実際の機体を見たかったからだ。
その後で出世したのは大型を倒したからだし、ボーナスで200万円貰ったのも世界で唯一のテスターである自分を繋ぎとめるため。
五十谷翔子がことあるごとに金を出してくれるのも、それが最も確実かつ迅速に彼女が欲しいと思っている情報を得ることができる手段だと理解しているから。
そういった『欲』からくる『理由』があればいい。
それを理解していればこそ、啓太は隆文や翔子とそれなりに仲良くやれているのであるし、それらを知りつつ彼らの思惑に乗るのは、当然自分にも得があるからである。
翻って今回のこれはどうだ。
機士である自分がパワードスーツの実験をすることになんの得があるというのか。
パワードスーツの性能向上? それに伴う生存率の向上?
それで大型に勝てるのか? 御影型の慣熟訓練やデータ取りよりも重要なことなのか?
否。断じて否。
さらに依頼主が上というのも頂けない。
上が、本来機士には必要のない装備の性能実験を武術もなにも知らない人間に求める?
それも危険がないうえに成功すればそれなりの功績になるであろう実験を、よりにもよって昇進を羨まれている自分にさせる?
(はい。アウト。3アウトどころか5アウトです。次回は2アウトからお願いします)
啓太の価値観に於いて、これはどう考えても『騙して悪いが』案件である。
(考えすぎ? それの何が悪い)
現時点では啓太の妄想でしかないが、少なくとも啓太はそう思うことにした。
(さて。これを命令したのは誰だ? 最上さんはどこまで関わっている?)
もちろん啓太にはそれを知りながら黙って殺されてやるつもりはない。
相手の裏切りが発覚した時点で反撃するつもりだし、なんなら発覚する前であっても疑わしいと思っているところに対して反撃を行う所存であった。
それが反撃と呼べるかどうかはさておくとして。
この日、啓太は『軍の内部に自身にとって明確な敵が存在する』ことを確信した。
――この確信が正しかったか、それとも誤りであったか。
それは他の何者でもなく、後の啓太が判断することである。
簡単な補足
【騙して悪いが】案件。
主人公を嵌めようとする連中が、嘘の依頼などを出して主人公を所定の場所に誘い出し、ノコノコと現れた主人公に『引っかかったな!』と言って襲い掛かる案件。
依頼主や上司による裏切り行為のことを差す。
啓太くんは『理由なく自分が得をする』ことや『上からの命令』については非常に敏感……というか過敏に反応しますし、なにより『やられた後だと反撃できないのでやられる前にやる』精神の持ち主なので、やるべきことはしっかりとやる人間です。
閲覧ありがとうございました。
 













