7話。そして蹂躙へ
蒙が……啓けた?
『さぁ。武術の妙を味わっていただきましょう』
半径50mのフィールド。人呼んで【闘技場】
人間からすれば十分広いフィールドだが、体高が6mもある草薙型や御影型からすればそれほど広いわけではない。
主に軍学校の生徒が近接戦闘の技術を学ぶ際に利用されるが、先述したように軍関係者からは『こんな状態で戦闘が始まることはありえない』という理由から忌避されがちなフィールドである。
尤も、日本における最初期の機体開発のコンセプトは対機体用であったので、近接戦闘技術自体が無駄だと思われていたわけではない。
また、機体を用いた射撃訓練や連携訓練など簡単に行えるわけでもないので、シミュレーターを持たない家では基本技術として武術を学ばせる傾向にある。
そのため昨今では『近接戦闘ができない生徒は怠け者』というレッテルが貼られたりするのだとか。
主席で入学した武藤沙織が、参謀の家の出でありながら高い水準で――あくまで学生基準だが――近接戦闘をこなせるのもこういった風潮が関係している。
ちなみに指揮官と軍政家を自認している小畑健次郎は近接戦闘も苦手としているとか。
彼が一体何を得意としているのかはさておくとして。
学生たちがその技量を競う中で、主席入学者である武藤沙織でさえ『総合力ならまだしも近接戦闘では勝てない』と言わしめる程の実力を誇るのが田口那奈その人である。
ナギナタを携えるその姿は、それだけで彼女が一流と言っても差支えのない技量を持っていることを証明している。
対して啓太はどうか。グレイブのようなものを持っているが、どう見ても素人感が否めない。
「いや、素人にしては堂に入っている、かしら。多分だけど教本か何かで学んだのでしょうね。でも圧倒的に対人経験が足りていない事実は変わらない。それじゃ那奈には勝てないわ」
距離が短ければ短いほど技量の差というのが出るものだ。
それに鑑みて、啓太と那奈の差は歴然。
残るは御影型と草薙型の差だが、少なくとも近接戦闘では草薙型に分があるのも明白。
もちろん今回の条件として自爆覚悟で焼夷榴弾を放つのは禁止しているので、相討ちも無い。
「那奈の勝ち、ね」
外から両者を見比べた翔子はそう結論付けた。
自分が連敗――それも一方的に――した啓太が負けるのは面白くはない。
だが負けっぱなしというのも面白くない。
「……次は私も【闘技場】でやろうかしら」
弱点を突くようで少し後ろめたいところがないわけではないが、戦いとは相手の弱点を突いてなんぼである。
ただ、遠距離狙撃用の機体に近接戦闘で勝ったからと言って何を誇れというのかという思いもあるのが複雑なところである。
「あぁ、いや。まずは観ましょうか。機体の性能差が戦力の決定的な差ではないということを、ね」
頭を振って眼前の映像に集中することにした翔子。結論から言えば彼女の行動は正しかった。
―――
【状況開始】
『キックゥ!』
『キャッ!』
【状況終了】
―――
第五戦(田口那奈にとっては第一戦)、終了。
所要時間、1.6秒。
田口機、大破。
機士、死亡。
―――
『……は?』
「……あぁなるほど。外から観るとこう見えるのね」
予想外ではある。
翔子もまさかここまで一方的に終わるとは思っていなかった。
しかし岡目八目とでもいうのだろうか、傍から観てみればこれが実に妥当な結果だということが理解できてしまう。
『しょ、翔子さん!?』
「えぇ。わかる。わかっているわ」
今の那奈が感じている混乱は、つい先ほどまで自分が経験していたものだ。
故に翔子には那奈が今なにを言いたいのか、そしてなにを聞きたいかが理解できている。
そして翔子には現状を理解できていなくて混乱しているクラスメイトに対して焦らすような真似をするつもりもなければ、煽る趣味もない。
「シールドバッシュよ」
『はい?』
「だから、シールドバッシュ。アンタがやられたのはシールドバッシュよ」
『えっと。それって、その、盾を持った兵士がやるアレ、ですよね?』
「えぇ」
何故か掛け声はキック――正確にはキックゥ――だが、やったことはシールドバッシュに間違いない。
(ミスリードでも誘うつもり? ま、掛け声はさておくとしても、考えてみれば当たり前の話よね)
相手は自分たちよりも3倍以上重い――実際は5倍以上重いのだが最新情報は公開されていない――が、自分たちの倍の足、つまり4本の脚を備えているが故に自分たちを凌駕する機動力が有り、40mm機関砲でも傷一つ付かない頑強な盾を持っている。
そのうえ魔力を放出することで機動力にブーストが入るのだ。
ここまで条件が揃えば、やることなど一つしかないではないか。
そう。それこそが突撃。
武術? なにそれ美味しいの? を地で行く原初の一撃。
その威力は今見たとおり。その有様は正しく交通事故。
モロに喰らった那奈の機体は、高速で突っ込んできたトラックと正面衝突した軽自動車が如くぐちゃりと音を立てて潰されてしまっている。
(那奈の機体が吹き飛ばなかったのは吹き飛ぶ速度よりも向こうが速かったからかしら。まぁなんにせよ、草薙型が機体同士の衝突の衝撃を100%受けたらああなるってことね。また一つ貴重な情報を得たわ。……使えるかどうかは知らないけど)
ちなみに啓太の機体には傷一つ付いていない。衝撃で腕関節が破壊された様子もなければ、もちろんシールドも健在だ。その気になればこのまま連戦だってできるだろう。憎らしいほどのノーダメージである。
『シールドバッシュ? つまりグレイブを弄っていたのはブラフ? やってくれるっ!』
(地が出てるわよ。まぁ気持ちはわかるけど。でも勘違いは頂けないわ)
「いいえ。アイツはもう片方の手でグレイブを掴んでいたわ。おそらく回避に成功したところを薙ぎ払うつもりだったんでしょう」
『……ッ。油断も隙もないわねっ』
アレを回避するとしたら横転だろうか。
だが回避に成功したとしても間違いなく体勢は崩れている。
そこを突かれたら終わり。
そもそも高速で突っ込んでくる騎兵が相手では武術が介在する余地などない。
いや、達人と呼ばれるような人間であれば別かもしれないが、少なくとも翔子には無理だ。
(防御はできない。回避も駄目。反撃も通用しない。打てる手がないんだけど。どうすんのよこれ。これで近接戦闘が苦手? 馬鹿言ってんじゃないわよ!)
内心で悪態をつく翔子と、おそらく翔子と同じ結論に至り、今も必死で頭を回転させているであろう那奈。
『まだやるかい?』
そんな二人の思いを知ってか知らずか、啓太は本日5回目となる問いかけをしてきた。
『こ、このっ!』
「落ち着きなさい」
『……翔子さん。でもこれはっ!』
外から観ていたときは『まだやってくれるのね。ありがたい話だわ』などと受け止めていた那奈だったが、実際に敗北した後だと受け止め方も異なるのだろう。完全に自分が煽られていると勘違いしてしまっていた。
だが翔子は知っている。
(あれ、煽っているんじゃなくて、単純に10万が欲しいだけなのよねぇ)
煽りではなく期待。それも自分や那奈が健闘することではなく、きちんとお金を落とすことを期待しているだけなのだ。
(ムカつくにはムカつくけど、私たちだって後輩を相手に指導するときは後輩を敵とは思わないものね。現状それだけの差がある以上、あの態度も認めざるを得ないわ)
敵として見られていないということに思うところが無いわけではない。
だが、自分に置き換えてみればそれも納得できるのだ。
(同級生との模擬戦だと思うから駄目なのよ。これはエースに指導して貰っていると思えばいい)
この場合自分たちがすべきことはなにか?
相手の態度に憤ることか?
違う。挑戦を続けることだ。
「那奈」
『……なんでしょう?』
「とりあえず最低でもあと2戦して。フィールドは【広域戦場】が1回。通常の【戦場】が1回。……理由は言わなくてもわかるわね?」
『……えぇ』
単純に翔子が上記の二箇所での啓太の動きを見たいというのが一つ。
そしてもう一つは翔子と啓太の戦闘を見た那奈がどんな動きをするのか見たいというのが大きな理由となる。
当然那奈としても翔子が撃破される様をただ見ていたわけではない。
こうしたらどうなるだろうか? こう動けば啓太はどう動くだろうか? と自分に当てはめてシミュレートをしていた。
それを翔子に伝えなかったのは、翔子と那奈の技量の違いや、啓太に飽きられて『もういいや』と言われるのを恐れたが故。
これは那奈の考えすぎと思われるかもしれないが、これまでの模擬戦を省みて啓太に得るものがあるとは思えなかったが故に那奈がそう考えるのはなんらおかしなことではない。むしろ自然な考えと言える。
だが那奈と違ってそれなりに啓太の性格を掴んでいる翔子にはその恐れが無い。
だからこんな提案もできる。
「啓太。次は【広域戦場】で1回。それが終わったら【戦場】で1回よ。その後は【闘技場】で2回やりたいんだけど、できるかしら?」
『ちょっ!』
『大丈夫だ。問題ない』
自分で言っておきながらあっさり承諾されるとそれはそれで面白くはない。
だが翔子にとっての本題はここからだ。
翔子は蟀谷に青筋を立てつつも、努めて冷静な声を出して、考えていた案を口にする。
「……【闘技場】では私と那奈の二人でアンタと戦うつもりだけど。それでもいいかしら?」
(さて、どう出る?)
『は?』
思いがけない提案に思わず呆けた声を上げたのは啓太、ではなくもう一人の当事者である那奈だ。
そんな那奈を放置して、啓太は翔子の提案に対して(自分でもどうかと思うがそれでもいけたらいいなぁ)などと考えつつ、己の要求を伝えることにした。
『ん? んー。2人相手の場合はそれぞれから料金を貰うけど、それでいいか?』
『はぁ!?』
(これで煽っていないってんだから恐れ入るわ)
啓太が心配したのは2対1で戦うことではなく、それぞれから10万を貰えるか否かであった。
那奈の立場からすれば完全に舐められていると思うだろう。翔子だってそう思う。だが事実は違う。
啓太は金が欲しいだけだ。これが舐めていると言えばその通りなのだろうが、啓太の実績がそれを否定する。
(私たちには舐められる資格さえない)
「もちろんそのつもりよ。那奈。そういうわけだから準備よろしく」
彼我の差を自覚しつつも、クラスメイト――それも他者から見れば見目麗しいとも言える年頃の少女たち――に対してもある意味で歪みの無い態度を見せる啓太に対し、溜息を堪えつつ承諾する翔子の図である。
『いや、ちょっと! 翔子さん!?』
苛立ちながらも納得した翔子に異議を唱えたのは、頭越しで決められた対戦に納得できていない那奈だ。
【広域戦場】や【戦場】での模擬戦はいい。
自分でも確かめたかったことを試す機会だ。
啓太が許すなら翔子と同じように2回ずつやらせて欲しいくらいである。
だが【闘技場】の2回はなんだ。
確かにまともにやっては勝てないだろう。
彼我の差が技術が介在するレベルにないのだから当然だ。
現状で勝利を掴む為には相当な準備やハンデが必要なのも分かる。
だがそのハンデが2対1――それも相手が苦手としている近距離戦を指定する――とはどういう了見か。
自分に武人でもない相手を嬲れとでもいうのか。
激昂しそうになる那奈だったが、翔子とて何も考えていないわけではない。
「那奈。私たちとアイツにはそれだけの差がある。いいえ。2対1でも勝てない。まずはそれを自覚しなさい」
『それはっ!』
「私たちに必要なのは経験なのよ。それも圧倒的な、言い訳のしようもない完全な敗北の経験。それを経験することで初めて私たちは心のどこかにあった驕りをなくすことができるの」
『……』
武門の出だから。
子供の頃から鍛えてきたから。
そんなものが理不尽溢れる戦場でなんの役に立つのか。
那奈は模擬戦の前にこう言った。
『武術の妙を味わっていただく』と。
翔子は模擬戦の前にこう言った。
『那奈の勝ち』と。
だが実際はどうだ。
勝負? 同じ土俵の上にすら立っていないではないか。
これが驕りでなくてなんだというのか。
戦場では驕った者から死んでいく。
こんなこと、武人にとっての常識ではないか。
「経験しましょう。どうしようもない敗北を。学びましょう。理不尽を。それが今の私たちには必要なのよ」
『……そうですね。えぇ。そうです。仰る通りです』
元より勝てるとは思っていなかったではないか。
で、あるならば、何が何でも食らいつくという気概を見せなくてどうするというのか。
プライド? 模擬戦にそんなものは必要ない。
ただ必死で、手段を選ばずに食らいつく。
それが教えを受ける者の態度というものではないか。
こうして翔子と那奈は覚悟をキめた。
負ける覚悟を。一般人に2対1で挑み、完敗するという恥を晒す覚悟をキめたのだ。
覚悟をキめた人間は強い。
『はぁぁぁぁぁぁ!』
『あぁぁぁぁぁぁ!』
軍閥嫌いの隆文でさえ思わず『学生とは思えねぇ気迫だ』と呟く程の気迫を纏った二人が挑んだ模擬戦の結果は……
『大・勝・利。あ、ちゃんと払うものは払えよ?』
『『……』』
―――
【状況終了】
五十谷翔子 0勝6敗
【広域戦場】2敗
【戦場】2敗
【闘技場】2敗
田口那奈 0勝6敗
【広域戦場】1敗
【戦場】 2敗
【闘技場】 3敗
―――
完敗であった。それも啓太に一切にダメージがないという、言い訳のしようもない程の完敗である。
……この日二人の少女は『気合と根性で勝てるほど戦場は甘くない』という現実を、知識ではなく魂で理解することができたのであった。
勘違いされている方が多かったのですが、啓太くんが挙げた掛け声はキックではなくキックゥで、やったことは盾とブレードを構えての突進でした。
つまり? 射突です。ありがとうございました。
閲覧ありがとうございました。













