6話。模擬戦(後)
ま、待たせたな!(震え声)
『はい。どーん』
『なぁ!?」
―――
第三戦目、終了。
所要時間、28秒。
五十谷機、大破。
機士、死亡。
―――
『……っもう! 理不尽すぎるでしょ!』
シミュレーターの中に五十谷の声が響く。
「これで三連敗ですかぁ」
三戦目。さすがの五十谷とて、10秒攻撃を中止したうえで姿まで見せてもらっている中で、これ以上のハンデを付けてもらうのは機士としてのプライドが許さなかったのか、追加のハンデはなし。
ただしフィールドは半径500mの【戦場】で、さらに状況を市街戦に設定したり、スタート位置を調節して遮蔽物を増やしてみたのだが、結果は建物の上に出た頭をぶち抜かれて30秒と持たずに敗北した。
「索敵範囲からして違いますからねぇ。それとあの巨体で細かい動きもできるんですかぁ? ……隙がありませんね」
市街戦に於いて、建物を破壊しないよう機体を操るのは意外と難しい。
人を模した動きができる草薙型でさえそうなのだから、上半身が人で下半身が獣……獣? とにかく四脚の御影型ではまともに動くことも難しいだろうと思い――公平さという点では著しく問題があるが弱点を探るという点では有用だし、なにより相手が承諾したので問題ない――この舞台設定にしてみたのだが、結果は見ての通り秒殺である。
『どうなってんのよ!』
相手は遠距離狙撃型なので中距離戦闘に持ち込めれば勝機はある。
そう考えたが故のシチュエーションなのに一方的に見つけられて狙撃されてしまったのだ。五十谷翔子でなくとも文句の一つくらいは出るだろう。
理由としてはいくつかあるが、その最たるものが先ほど那奈が言ったような、彼我の索敵能力の違いにある。
元々中・近距離用の機体であるが故に、八房型や通常兵器を持つ部隊に索敵を任せている草薙型と違い、御影型は遠距離狙撃型。それも単体で活動することを前提に開発されたが故に索敵能力は非常に高い。
ただでさえそうなのに、啓太が乗る試作一号機は大量の魔物を倒しているので製作者である最上重工業の技術者でさえ想定していないレベルで成長しているのである。
よって両者の機体性能の差は、すでに初陣すらはたしていない彼女がどうこうできるレベルにないところまで離れてしまっている。
そこに啓太自身の成長も加わるのだから、索敵の速度に差が出るのは当然の話と言えよう。
それ以外にも理由はある。
それは御影型が翔子や那奈が想定していた以上に市街戦を苦にしていなかったことだ。
前述のとおり、6mを超える機体を操る機士にとって、市街戦とは非常に神経を使うシチュエーションである。建物を壊さないことはもちろん、信号や街路樹。電線などが行動を阻害するからだ。
もちろん『市街戦になった時点で民間人とかはいないんだから建物の損害なんか関係ない!』という意見はある。復興作業も大事だが、それ以上に勝つこと――もっと言えば生き残ること――が優先されるのは当然の話なので、状況によっては『射線が通らない!』と言って建物やら電線やらを優先して破壊する機士もいるくらいだ。
(彼もそうだったら話は早かったんだけどね)
力任せに来るのであれば侵攻方向もわかるし、罠を張るなどして対処することも可能だろう。距離の関係上、索敵のためにジャンプしたならそこを狙って撃つことも可能だ。
だからこそ那奈も、向こうにとって最適の距離ではなく、草薙型が有利とされる中距離なら、少なくとも一方的な戦いにならないだろうと思っていた。
しかし背中や脚部から魔力を放出できるということを自覚した啓太は格が違った。
小刻みなジャンプを繰り返しながら、その都度魔力を補助推力とする謎の動きで上下左右に動きつつ、翔子機を見つけたと同時に撃つ。そんな、傍から見てもわけのわからない挙動を見せたのだ。
『……なによこれ。こんなの機体の動きじゃないでしょ』
第三者視点からの映像を見せられた翔子の反応もむべなるかな。那奈とて同じ気持ちだ。
しかし実際にこういう動きをする敵が現れた以上、軍人である彼女たちに対処しないという選択肢はない。
実際市街戦に於ける小型の魔物は縦横無尽に動くことで知られているのだ。
機体にできて魔物にできないはずがない。一つの油断が死につながる環境にあるからこそ、これから戦場に出ることになる彼女たちに油断をする余裕などないのである。
「これも良いデータが貰えました。そう思いましょう」
『……そうね』
事実、御影型による市街戦のデータが貴重なデータであることは間違いない事実だ。
なんなら第六師団と第八師団だけでなく、第一師団や第二師団も欲しがるデータでもある。
これを得られただけで30万以上の価値はあると言える。
ちなみに啓太側、つまり最上重工業の方でも御影型による市街戦のデータは欲しかったので、社長である最上隆文は――広域戦場での対戦のときとは違って――啓太の挙動を見て一喜一憂していたとかいなかったとか。
変態技術者の喜びはさておくとして。
「えぇ。今は対処できませんけど、いずれ対処できるようになればいいのです」
『そう思わないとやってられないわね』
「で、次なんですけど、同じシチュエーションで良いと思うんです」
『……なんでよ?』
「向こうがこのシチュエーションを得意としていないことは確かなんです。なので向こうよりも先に見つけることができれば一矢報いることができるという考えが間違っているとは思えません」
『それは、そうね』
「なので、次は遮蔽物の影に隠れて待機する方針を採用していただければ」
『なるほど。私が見つかるのはアイツを探そうとするから。機体の性能もあるけど、個人としても実戦を積んだアイツの方がそういう能力は高いからね』
「えぇ。そう思います」
『悔しいけど能力の差があることは認める。だから私は無理に探そうとするんじゃなく、向こうが私を探して動いているところを見つければいい。そういうことね?』
「はい。そちらの方が運任せで探すよりもよっぽど可能性は高いと思います」
動かなければ見つからない。もちろん隠れているところを見つかって狙撃される可能性もあるが、スキルや性能に差がある以上、どこかで賭けに出なければ勝負にもならないのもまた事実。
那奈は今回の場合『動かないこと』こそがその賭けになると考えていた。
もちろん彼女がこの考えに至ったのには他にも理由がある。
(彼は五十谷翔子には甘い。彼女の意図を悟ったなら、彼は必ず彼女が求める行動をするはず)
これまでの会話や、今回の模擬戦で確信した答えである。
翔子に言えば『余計な気を回すんじゃないわよ!』と声を荒げるだろうが、事実なのだから利用しない手はない。
尤も、被害を顧みずに焼夷榴弾を使われたら隠れる意味がない。
よって焼夷榴弾の使用を禁止をした上で行われた4戦目。その結果は……。
―――
『ん? あぁ、そうくるか。よし。いいだろう』
『見つけたわ! その体勢じゃ避けられないでしょ! 40mm機関砲を喰らいなさい!』
(よしっ)
『甘い』
『は?』
「え?」
―――
第四戦目、終了。
所要時間、89秒。
五十谷機、大破。
機士、死亡。
―――
「40mm機関砲を真正面から抑える盾もそうですけど、防御中に40mm機関砲を叩き込む腕力もあるんですか!?」
『なによあの盾! 理不尽すぎるでしょ!』
「本当にそうですよねぇ……」
もちろん那奈としては盾を使うこと自体は問題ないと思っている。というか御影型の上半身が通常型なのは、元々そういう用途で使用することを想定しているからだ。翔子もそのことは理解はしている。
故に彼女たちが問題としているのは盾を使ったことではない。盾の性能そのものと、それを使いながら自分たちが両手で使用している兵器と同様の兵器を使って反撃してきたことだ
まず盾。上半身部分を覆うかのような大きさと40mm機関砲を完全に防ぎきる硬度を両立させている時点で色々とおかしいのだが、絶対にありえないというわけではない。
実際那奈はわずか数秒しか見ていないにも拘わらず、盾の素材についておおよその見当をつけている。
(おそらく大型の魔物の装甲を加工したものでしょうね)
大型の素材など、本来であれば砲撃によって原形をとどめていないものしか残らないので盾に使えるようなものが見つかるはずがない。もし見つかったとしても研究用に回されるため、学生である啓太や財閥系ではない最上重工業に回るようなモノではない。
だが、そもそも軍が盾の原料となったであろう大型の死体をほぼ無傷で手に入れることができたのは、先の大攻勢に於いて御影型に乗った啓太がヘッドショットをキめたからだ。
故に啓太の機体を補強するという目的であれば、優先的に啓太と最上重工業に素材が回されることもおかしなことではない。
そして大型の装甲に40mmが効かないのは見ての通り――正確に言えば盾に魔力を通す必要があるが那奈はそこまでの情報を持っていない――だ。
(正面からきたときは随分と五十谷翔子に甘いと思っていたけど、あれは甘さじゃなくて余裕、か。思っていたよりもイイ性格をしているわね)
確かに、こちらの攻撃が通用しないと分かっているのであれば、いくら誘いに乗っても問題ないだろう。
一応奇襲をうけることを警戒したのかもしれないが、真正面から接近されては奇襲もなにもない。
結果、翔子は正面から40mm機関砲を打ち込むことになり、完封されてしまった。
それだけの話だ。
(盾については量産を待つしかないでしょうね。草薙型が携行できるようになるかは技術部に期待するとして……当座の問題は、盾をかいくぐって攻撃を当てる方法と、向こうの攻撃を防ぐ方法よね)
啓太は翔子の攻撃を盾で受け止めながら翔子と同じ40mm機関砲による斉射で反撃を行った。つまり中距離戦でも草薙型と同様の火力を用いることが可能ということだ。
ちなみに、元々40mm機関砲は草薙型が携行できる兵器の中で最大の火力を誇る武器である。
その威力は中型なら数発、小型なら一撃で爆散させる程度の火力がある反面、当然その反動も強く、草薙型の場合であれば両手に加えて体をも使って反動を抑えなければまともに標的に当たらないほどの反動がある兵器だ。
(それを片手で振り回すって? 五十谷翔子じゃないけど、本当に理不尽だわ)
だが啓太は、彼が操る御影型は当たり前のようにそれをやる。できてしまう。
片や盾を構えながらの斉射を行う御影型。片や両手で抱えていたが故に無防備だった草薙型。どちらに軍配が上がるかなど確認するまでもない。
元々単騎で重砲を扱う御影型には草薙型にはない重さがある。それによって反動を抑え込むのは知っていたが、あそこまで器用にできるなんて想定外だ。
(この分だと近接戦闘が苦手というのも、遠距離に比べればという枕詞がつくのかもしれないわね)
なんとなく結果が見えてきた那奈だが、彼女の立場ではそれも試さないわけにもいかないわけで。
「では~。次は私にやらせてもらえますかぁ?」
『……えぇ。そうね。一度外から見させてもらうわ』
那奈の提案にあっさりと頷いたのは、もちろん度重なる秒殺で翔子の心が折れた、わけでない。
あくまで一度冷静になる必要があると判断しただけだ。
そして翔子は近接戦闘における那奈の強さを知っている。
『次は那奈に代わるわ。セッティングするからちょっと待ってて』
『りょーかいです』
「……余裕、ありますねぇ」
『闘技場に意味は無い』という風潮は確かにある。
しかし個人技に全く意味が無いわけではない。
「では、一矢報いさせていただきましょうか」
啓太が理不尽の権化だということは理解した。しかしながら、そもそも武術とはそういう相手と戦う為の技術である。
まして相手は半年前まで一般家庭で過ごしてきた一般人。軍学校に入学したことで多少は学んだのかもしれないが、技術とは一朝一夕でどうにかなるものではない。
(彼には武門の娘として積み上げてきたものを堪能してもらいましょう)
勝てるとは言い切れない。だが苦戦はさせて見せる。
『覚悟』を以て挑んだ那奈の一戦目は……。
―――
『キックゥ!』
『キャッ! ……は?』
「……あぁなるほど。外から観るとこう見えるのね」
―――
第五戦(田口那奈にとっては第一戦)、終了。
所要時間、1.6秒。
田口機、大破。
機士、死亡。
―――
結論からいうと、川上啓太が操る御影型は闘技場でも理不尽な存在であった。
頑張って書きますので楽しんで頂ければ幸いです。
閲覧ありがとうございました。
 













