表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東救世主伝説  作者: 仏ょも
1章・入校~夏休みまで
26/111

26話。リザルト的なお話

蒙を啓くのです。

未曾有の大規模攻勢から一週間。現場の後始末やら戦訓やらを纏めた第二師団の師団長・緒方勝利(おがたかつとし)大将は報告のため任地である九州を離れ、東京は市ヶ谷にある国防軍本部を訪れていた。


「なるほど。それで、彼の最終的なスコアは大型10体。中型が50弱。小型が100以上、と」


「はっ。本来であれば焼夷榴弾による効果を確認した後に砲撃を行うべきという意見も有るかと思いますが、あの場では魔物を逃がさぬことを優先したとのことでした。私としても芝野大佐の判断は正しいものと確信しております」


「えぇ。まぁ、こちらとしても、ね。個人の戦果を軽んずるつもりはありませんが、それを重視したが故に魔物を逃がしたとなれば本末転倒ですからね。魔物の殲滅を優先したことに否はありませんよ」


「ご理解いただきありがとうございます!」


緒方が頭を下げた先にいるのは、皇族にして統括本部長である浅香涼子(あさかりょうこ)大将である。


両者は大将という点では同格だが、浅香が皇族である点や片や第二師団長で片や統括本部長という役職の違いから、緒方が遜る必要がある間柄であった。


ちなみに国防軍に於いては第一師団の師団長と統括本部長と幕僚長。さらに軍の最高司令官たる国防省長官は皇族で占められている。


これは各師団がそれぞれ派閥を形成していることと、その派閥が地元との繋がりが強すぎるため、師団の人間を全軍の司令官とした場合に公平な立場で全軍の指揮を執ることができない可能性が高いと懸念されたこと、過去に利権を巡って各師団の間で暗闘が繰り返されたことなどがあり、最終的に権力争いに疲れた複数の上級の将校たちから『万人に公平な態度を取ることが可能な皇族こそが軍の指揮官であるべきだ』という意見が上がり、彼らが半ば無理やりそれを採用させたために、これが正式な制度となっている。


まぁ皇族は皇族で自分たちが住む関東や、過去千年にわたってこの国の首都であった京都がある近畿を重視する傾向があるが、首都や近畿の経済圏を重視するのは国防上なんの問題もない、というかある意味では常識だし、彼らが有能な軍政家であることは間違いのない事実なので、今のところ誰からも文句は上がっていない。


そんな軍上層部の人事についてはさておくとして。


「現場の意見は理解しましたが、彼個人の功績を称えないわけではありません」


「はっ」


「統括本部としては、彼を正式な少尉とした上で特務中尉に昇進させようと考えています」


「少尉、ですか」


現時点で少尉となれば、軍学校を卒業した後は正式な中尉となることが確約されたようなものだ。

学生であることを考えれば破格の待遇となる。


「他の生徒からのやっかみはあるでしょう。しかし信賞必罰をあやふやにする組織は正常な組織とは言えません。違いますか?」


「その通りです。しかし……」


「しかし?」


「当人がそれをどう受け取るかがわかりません」


「ん?」


緒方としても啓太を昇進させることに異論はない。


むしろあれだけの功績を立てた啓太が『学生だから』などという理由で昇進できない方が問題だとさえ思う。


だが、問題は啓太がそれを喜ぶか否かにある。


迎撃戦後に直接啓太と話をした芝野大佐や啓太のお目付け役のような立場にある隆文からの聞き取りでわかったことは、啓太が目立つことを良しとしない性格の持ち主だということだ。


「元々彼は他の生徒と違い武功や昇進を望んでいるわけではありません」


もちろん啓太も人間なので下っ端よりは昇進したほうが良いとは思っている。

だがその立場から自分が目立ちすぎることは望んではいない(これに関しては昇進云々関係なくもはや手遅れだが)


「では彼の望みとは?」


「金銭。それと妹と平穏に暮らせる環境だそうです」


「それは……いえ。彼の身の上を考えれば俗物、とは言えませんね」


「はっ」


もしも皇族や軍閥の人間が啓太と同じことを言ったならば、浅香も緒方もその者に対して侮蔑の視線を向けただろう。


またそういう思想の持主だと判明した時点で軍部での昇進は望めなくなるはずだ。


だが啓太は国家と共にあるが故に特権を有している皇族や、他者に先駆けて戦争で命を懸けるが故にその権勢を認められている軍閥の人間と違い、()()戦う素質と理由をもっただけの一般人である。


両親を失い、妹と二人で暮らす一般人である子供が、自分たちの生活をよりよくする為に纏まった金銭を求めたり、戦いから距離を置きたいと願うことになんの問題があるというのか。


むしろそれを与えるのが皇族にして軍人である自分たちの務めではないか。


そこまで考えが至れば啓太に対して悪感情など抱けるわけもない。


しかしそれを与えるかどうかは別問題だ。


「少尉の望みは理解しました。申し訳ありませんが今の段階で彼にそれを与えることはできません」


「はい」


大型を一撃で仕留める攻撃力。大型からの反撃を回避できる運動性能。


回避の後にさらなる攻撃を行える速射性能と、10体の大型を討伐してもなお継続して戦闘を行える継戦能力。そのどれもが手放せるものではない。


故に平穏は諦めてもらうしかない。


では金銭はどうかと言えば、これも難しい。


とはいえ、それは別に金がないからというわけではない。


金銭が欲しいというのであれば、金銭を支払うことで啓太を引き込めるというのであれば、たとえ軍の予算が使えなくとも浅香や緒方個人の資産から10億でも20億でも支払うことは可能だし、他の派閥の面々とて同じことをしようとするだろう。


なにしろ草薙型(所謂通常型)の機体を一機製造するのに必要とされる予算が20億程度なのだ。啓太と複合型の活躍に伴う評価を考えれば啓太個人には機体10機分以上の価値がある。


少なくとも浅香や緒方を始めとした上層部はそう考えている。だからたとえ百億払っても文句はでないはずだった。


ではそれを払ってやればいいじゃないかと思われるかもしれないが、ことはそう簡単な話ではない。


浅香らが何を懸念しているのかと言えば、大金を得たことで啓太の意欲が落ちる可能性、もっと言えば啓太が軍を辞める可能性を憂慮しているのである。


大前提として啓太は金がないからこそ軍に所属しているのであって、妹を大学にやり、かつ生活に不自由しないくらいの大金を手に入れたならば啓太には軍学校に所属し続ける理由がなくなってしまうのだ。


さらに悪いことに、軍学校には自主退学を望む生徒を引き留める法律が存在しない。


もちろん緘口令を適用することはできるし、少尉となった以上学校を辞めても予備役扱いになるので、いざというときは徴兵もできる。


ただ、軍部の常識として一度戦場から離れ兵士としての緊張感を失った機士は大幅に弱体化するというのがある。


また弱体化するのは機士だけではない。機体もそうだ。


実質的な専用機になっているとはいえ機体の大本の所有権は軍にあるので、啓太が学校を辞めた場合、啓太が使っていた機体は初期化処理を施されて学校()に返還されることになる。


だが、せっかく大型を4体以上討伐して大幅な成長をした機体、否、今回さらに大型10体と中型を50近く討伐した機体を初期化するなど、少しでも機体の知識がある人間が聞けば誰もが反対するであろう、とんでもない愚行だ。軍関係者にそんな愚行を冒したいと思う人間はいない。


ならば金銭を支払わなければ解決するのではないか? と言えば、それも違う。


昇進だけさせて一切金銭を支払わなかった場合、最悪『十分な評価をされていない』と考えた啓太が他国の引き抜きに応じてしまう可能性が発生してしまうのである。


今は妹が人質のようなものになっているからいいかもしれないが、もし他国のエージェントが妹の安全を確保した上で大金を用意してきた場合、啓太はどう動くだろうか。


(高い確率で引き抜きに応じるでしょう。はぁ。十分な金銭を支払えばやる気がなくなり、金銭を支払わなければ引き抜かれるなんて、ね。まったく、軍人としての誇りがあるわけでもなければ、皇族や貴族としての義務感があるわけでもない相手が力を持った場合ここまで面倒な相手になるとは……)


「まぁ彼についてはまた後にしましょう。担任である久我のお嬢さんにも話を聞きたいしね」


「ですな」


ボスこと担任の久我静香にとって迷惑極まりない面談が決まった瞬間である。


「では第二師団からの要請、他派閥からの人員の派遣ですが」


「はっ!」


「要請通り他の師団より人員を派遣します。まずは第六師団と第八師団からです」


「はっ」


元々浅香も緒方も、国防軍が啓太一人に頼らなければ戦線を維持できないような弱卒ぞろいの集団だとは考えていない。


せんだっての戦闘の際は相手よりも数が少ない、もしくは同じくらいしか居なかったからこそ魔物からの反撃を警戒しなくてはならず、その反撃を受けた際の損害を恐れたが故に芝野も即断できなかったのであって、元々第二師団が行っていた『敵の倍以上の兵を集めて砲撃を行う』というスタイルそのものに問題があるわけではないというのが彼らの経験からくる結論であり、事実であった。


故に緒方は戦訓を纏めた際、現場指揮官であった芝野から告げられた『各師団から人員を募り、防衛にあたる機士、できれば砲士の絶対数を増やしてほしい』という方針に賛同し、浅香に上奏することにしたのである。


そして上奏を受けた浅香の返事は、是。


浅香はただでさえ第三師団が壊滅したせいで数が足りていないのに、ここで人員の派遣を渋って第二師団を失うような愚かな決断をするつもりはなかった。


加えて、大攻勢の内容を知らされた他の師団の面々が切実に『自分たちも実戦経験を積まなくてはいけないのではないか』と認識したことも、今回の大規模派遣に許可が下りた要因の一つである。


(よし。他の師団の思惑はさておくにしても、これで少なくとも彼一人が命がけで単騎駆けするような状況は生まれないはずだ)


「とりあえず堅っ苦しい話はこれで終わりでいいかな?」


「はっ」


一番懸念していた事が解決したため内心で胸を撫でおろした緒方を見て、浅香も肩から力を抜くことにした。


「それで、緒方君。私は君に一つ聞きたいことがある」


「はい。まぁ先輩が何を聞きたいのかは理解していますけどね。私にもよくわかっていないんですよ」


「ほう。君もそうか。だがそれを聞いた上で聞かせてもらおう。これ、なんだい?」


先輩後輩の関係に戻った浅香が指差したのは、先の防衛戦に於いて獅子奮迅の働きを見せた特務少尉、即ち啓太の戦闘を撮影した映像であった。


その中に映っている啓太が操る混合型は、明らかにおかしな――浅香が今まで培ってきた常識の中には該当しない――挙動を取っていた。即ち……。


「飛んでるよね? これ、間違いなく飛んでいるよね?」


そう。飛んでいるのだ。

30トンを超えるはずの機体が。

昆虫のような四脚にマッチョな上半身を乗せたような、黒くて観るものに不快感を与えるような、名状しがたい造形をした機体が、空を飛んでいるのだ。


「どうなってるの?」


もちろん浅香とて事前にこの機体が横軸移動を行うためにジャンプを多用することは聞いていたし、この機体の量産型を動かすために有効な手段として仮採用されているコマンドシステムについても把握している。


だが、ジャンプした後に背中や脚部から妙な光を出して滞空時間を延ばしたり、空中で方向転換をしたり、重砲の反動を抑えるなんて話は聞いていない。


少なくとも浅香にはそんな報告は上がってきていない。


最初に映像を見せられた時はキャラを忘れて思わず「どういうことなの……」と呟いたくらいだ。


ありえない光景を前にしてツッコミに走る浅香。

だがそれは緒方も通った道である。


「えー。最上社長に聞いたところ、混合型に飛行機構はついていないとのことでした。また、最上社長が川上特務少尉……失礼、川上少尉に確認したところ、これはあくまでジャンプだそうです」


「いや、どう見ても飛んでるでしょ」


「そう思われるのも無理はありませんが、最上社長が少尉にこの映像を見せたところ『ジャンプですね。えぇ。ジャンプした後に足や背中から魔法攻撃に近い形で魔力を放出することで滞空時間を延ばしたり、方向転換の補助をしているみたいです。え? 飛んでいる? ハハッ。ナイスジョーク。飛行するための機構を備えていない機体が飛べるわけないじゃないですか。ムササビのアレを飛行とは呼ばないでしょう? だからあれはジャンプです。あえて言うのであれば()()ねているんですよ。いいですか? あれは飛翔ではなく跳躍です。ジャンプです』と早口で(のたま)わったそうです。最終的に最上社長が下した判断は『無意識にやっていたみたいですね。あとジャンプらしいです』とのことでした」


「その(かたく)なな姿勢はなんなの? 技術者ならそこで諦めないでよ。あと、跳躍だろうと飛翔だろうと構わないけど、無意識って本能ってことでしょ? 本能でこんな動きをするって、彼の本能には何が刻み込まれているのよ」


「私としてもごもっともな意見だと思いますが、私に言われても困ります」


「……そりゃそうでしょうけどさぁ。限度ってあると思わない?」


いや、確かに、まぁ、理屈自体は理解できなくもないものではあるのだ。


確かに一機で大型4体と中型・小型を多数仕留めた機体ならそれくらいことが可能な程度の魔力は蓄えられている可能性はあるかもしれない。


魔力の使い方としては異質だが、大型の魔物や中型の魔物が行う魔力砲撃と同じ原理と言われれば、頷ける部分は確かにある。


だが魔力があるからといって、魔物が使えるからといって自分もそれができると考えるのはおかしいし、なにより無意識で背中や脚部から魔力を放出するって一体どんな精神状態なら可能なのかがわからない。


というかこいつは機体を何だと思っているのか。


そもそもその原理であればこれと同じことを他の機体でもできるのではないか? 

もし可能なのであればどうやれば可能なの?

出力を安定させる方法はあるの?


他にもツッコミどころが多々あるものの、直接繋がりがあるわけでもない緒方に言っても話が進むわけではないことくらいは浅香も理解している。


かと言って一介の学生であり少尉でしかない啓太を、皇族であり統括本部長であり大将である自分が軽々に――しかも呼び出す理由が好奇心とツッコミのためという、啓太の素行や実績にまったく関係のないことで――呼び出すわけにもいかないこともまた理解している。


ただ、それなりの知識と経験を持つ軍人として突っ込まずにはいられなかったのだ。


(この、なんていうの? 消化不良みたいな感じはどうしたものか。うん。とにかく一番近くで観察しているであろう久我のお嬢さんにしっかりと確認させてもらいましょう!)


……後に、担任であるというだけで様々な面倒ごとを積み重ねられて我慢の限界を迎えた久我のお嬢さんこと久我静香がAクラスの面々に対して特別メニューを施すことになるのだが、それはもう少し先のお話である。



悲報。変態、飛んでいた。(飛んでいるとは言っていない)


なお「魔力がある世界だからシカタナイネ!」と納得できるのは啓太だけだったもよう。



これにて一章にあたる部分が終了です。


読者様から頂けるポイントが作者にとっての燃料となります。


面白かった。続きが気になるという読者様がいらっしゃいましたら、ブックマークや下部の☆をクリックしてポイント評価をしてくださいますよう、何卒よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ